54 合同演習②
合同演習当日。
騎士と魔術師たちは、意外にも和やかに打ち解けていた。
演習の1月以上前から、騎士と魔術士の混合チームが決められていた。演習当日までの間、各チームは騎士も魔術士も混じって訓練に励んだ。それまでの騎士団、魔術士隊毎の訓練とは勝手が違っていたが、職種は違えどお互いに戦闘職であり、身体を動かしている内にそれなりの連帯感は出来ていく。仲が良くとまではいかないが、連携した戦いも学べ、お互いに利点があったのだ。
「なるほど。去年までの演習では魔術士達の欠点を突くように訓練を行っていたが、そのお陰で共闘する時はお互いの得手不得手が分かるから、カバーがしやすいな」
「大規模な討伐となると、合同チームを組むことがありますが、戦い方は騎士、魔術士、それぞれがバラバラでしたから、勉強になります」
参加する騎士や魔術士たちからも、たまにはこういう演習も勉強になると、概ね高評価であった。例年であれば観客が見守る中、いい所を見せようと大掛かりな剣技や魔術を披露していた参加者たちも、今年は無観客であるため、落ち着いて自分の実力に会った技や魔術での戦いで協力し合える。
演習開始前、チームごとに自主練習をしながら、騎士や魔術士達はそんな暢気な事を考えていた。演習が始まれば、チームごとのトーナメント戦を行うのだろう。他のチームの戦い方はどうだろうか。自分たちのチームはどれぐらいの実力があるのだろうかと、新たな試みにちょっとワクワクしながら、皆、暢気に身体を温めていたのである。
「総員、整列! 陛下のおなりである!」
割れんばかりの騎士団長の声に、騎士や魔術士達は即座に反応し、自主練習を打ち切って整列した。
整然と並ぶ騎士や魔術士達の視線の先、特別に設えられた観覧席に彼らの主たるサーフ・アジス・ジャイロが姿を現す。騎士団長の他、魔術士団長たちの姿も同じ観覧席にあり、彼らもそこから演習を観戦するようだ。
「日々の鍛錬、ご苦労である。その成果を、今日は見せて貰おう」
無駄な事は一切省いた端的なサーフの言葉に、騎士と魔術士たちはザッと頭を下げる。陛下の御前での演習だ。決して無様な真似はできない。
そう思っていたのだが。そこから不可解な流れが始まった。
真っ白なローブを身に纏った魔術士達が演習場に入って来たかと思うと、騎士や魔術士たちに指示を出し始めたのだ。
「それでは本日の演習を始めます。1から6チームは前に出て、それ以外のチームはお下がりください」
真っ白なローブ。それがどこの所属の者なのか、知らない者はいない。
ジャイロ王国の秘められた汚点といえるべき存在。大魔術士の側に侍る者たちが着るローブだ。
「な、なぜ大魔術士の腰巾着共が、この誉れ高き演習に参加しているのか!」
「我らに指図するとは、何様のつもりだ!」
今回の演習に参加しているのは、騎士団、魔術士団の中でも優れた者たちばかりだ。元は魔術士団の落ちこぼれであり、現在は大魔術士の侍従でしかない彼らに指図されるのは侮辱だと捕らえたのだろう。耳に耐えがたい罵詈雑言を浴びせられたが、大魔術士隊であるファイ、スーラン、ウィーグ、ラドが、それぐらいでへこたれるはずもなかった。
「今回の合同演習については、陛下より大魔術士隊が取り仕切る様にと仰せでございます。ご意見がございましたら、陛下へお願いします」
騎士や魔術士たちの不満を、スーランの良く通る声がねじ伏せる。声に魔力を乗せ圧をかけているので、面白いぐらいその場は静かになった。何人かが真偽を確かめる様に観覧席を見上げるが、国王は黙としたままである。つまり、国王はスーランの言葉を肯定しているのだ。
騎士や魔術士達はぐっと拳を握って不満を口の中に押し込んだ。今回の演習は大魔術士に華を持たせるためにこのような仕切りになっているのだろう。国王の大魔術士に対する寵愛。噂には聞いていたが、これほどまでに酷いとは。
押し黙って指示に従う騎士と魔術士たちに、スーランは淡々とルールを説明する。
「皆さんにはこれから出現する敵と戦っていただきます。3チームずつで一丸となって倒してください。生死に関わる負傷のみ、我らが介入します。敵を倒せればこの6チームの演習は終了となります」
6チームのうち3チームずつ、離れた所に分けられる。
お互いに戦うのだろうと思っていた6チームの騎士と魔術士たちは、不審に思いながらも言われたとおりの陣形に広がった。彼らの前には何もない。一体、敵とは何のことなのか。それに、演習なのに生死に関わる負傷などと、なにやら不穏な言葉まで出て来て、騎士と魔術士達が騒めく。
スーランの言葉通り、3チームにつき、2人の大魔術士隊が見守るように付いている。大魔術士隊は大きな魔石を4つもあしらった立派な杖まで構えていて、実力もないくせに偉そうにと、騎士と魔術士達は苛立った。
「それでは演習スタートです。皆様、ご武運を!」
スーランの淡々とした言葉と同時に、凄まじい咆哮が演習場に響き渡った。
◇◇◇
突然、騎士や魔術士たちの間に出現した大きな2体の魔物。
「で、でかい」
全員、魔物のあまりの大きさと禍々しさに度肝を抜かれつつも、さすがはジャイロ王国の精鋭と言われる騎士と魔術士たちである。次の瞬間には全員が戦闘態勢をとっていた。
魔物の内、1頭は2足歩行の熊のような魔物だった。大きな身体と鋭い爪に鋭い牙。爪が青黒く染まっているのを見ると、毒爪なのだろう。
もう1頭は大きな蜥蜴の様な魔物だ。咆哮の合間に、背の鱗がピカピカと光っているのは、魔力持ちの魔物の証だ。ブレスの攻撃を警戒しなくてはならない。
見た目は恐ろしい魔物ではあったのだが、普通の魔物とは違う事は一目瞭然だった。何故なら2体の魔物は、違う種類だというのに全く同じ顔をしていたからだ。どんよりした目、折れ曲がった鼻、しまりがなくよだれを垂らす口。立派な魔物の体躯に5歳児が作ったような頭が乗っていて、その人を小馬鹿にしたような顔は、見る者すべてを不快な気持ちにさせた。
「まさか、人造の魔物か? 大魔術士アーノルド・ガスターが作り出したという、幻の人造魔物……」
お伽噺のような伝説を思い出し、魔術士たちがいやいや、と顔を顰める。
幻の人造魔物が、あんなにだらしない顔をしている筈がない。その辺で捕まえた弱い魔物に何かの細工をしたのだろうと、魔術士たちは苦々しい気持ちになる。
どうやらこの魔物を倒すことが演習だと理解した騎士たちは、魔物を牽制しながら、詠唱を始めた魔術士たちの時間を稼ぐ。魔術士たちもそれぞれ決めていた役割通りに攻撃と防御の魔術を練り上げた。その連携はスムーズで、ここ1カ月の合同演習の成果が表れていた。
「くっ。土壁!」
蜥蜴の魔物の放った炎のブレスを土壁で防いだ魔術士だったが、たったの一撃で崩れる土壁に顔を顰めた。演習にしては随分と強い魔物だ。土壁を一撃で破壊するなんて。
だが、炎を吐いたことにより火属性の魔物と判断が出来た。これなら弱点である水の属性の魔術で叩けば倒すことは容易であろう。1チームに1人は水の魔術士が配置されているので、討伐は容易な筈だった。
「ぐあぁぁっ!」
だがそう考えていたのを見越したように、立て続けに魔物から吐かれた炎が水の魔術士たちを襲う。炎をまともに浴びた水の魔術士の一人が倒れ、もう一人も直撃を免れたもののの、右腕が炎に巻かれ悲鳴をあげて転げまわった。
「た、退避させろ! 回復を!」
チームの指揮官が命じ、騎士たちが負傷した2名を後方に遠ざける。慌てて魔術士が回復魔術を掛けようとするが、もろに炎を浴びた魔術士の方は損傷がひどく、一目で己の魔術で助けるのは難しいと悟った。
「1名死亡、1名は戦闘不能。死亡判定を受けた者は戦闘から離脱してください」
すかさずスーランの杖が光り、回復魔術が飛んだ。重傷を負っていた魔術士の傷がみるみると癒えるが、そのままその魔術士は風の魔術で包まれて飛ばされ、『死亡者席』と書かれたエリアに運ばれて行った。あっという間に死亡判定され戦線離脱してしまった魔術士は『死亡者席』で何が起こったのかとキョトンとした顔で座り込んでいた。
「もう1名はチーム内で回復! 引き続き戦闘を認めます」
腕を炎で巻かれた魔術士は仲間の魔術士のお陰で回復し、再び戦闘に復帰した。
戦っている騎士や魔術士たちは段々と悟り始める。これは本当に実戦に即した訓練なのだと。本気でこの魔物を倒さない事には、終わらないのだと。死ぬ寸前まで離脱は許されないのだと。
「おい! 王宮内に魔物を出現させるとは正気なのか? こいつが外に逃げ出したら、どうするつもりだ!」
チームの指揮官の1人が、審判を務めるファイに喰って掛かる。演習とはいえ、王宮に魔物を放つなど許される事ではない。国王陛下をはじめ、身重の王妃陛下もいらっしゃるのだ。万が一、魔物が逃げ出し、その爪が尊き御方たちに触れでもしたらどうするつもりなのか。
「ご心配なく。この魔物は演習場から外に出ると元の魔石に戻るように術式を組んでいます。この演習場から一歩も外に出る事はありませんよ」
ファイが淡々と答え、杖を奮う。熊の魔物の爪に引っ掛かった騎士の1人を『死亡者判定』し、風の魔術で『死亡者席』に送る。
「そんなことより。無駄なお喋りをしている間に、お仲間が一人ヤラレましたよ。戻った方がよろしいのでは?」
ファイの言葉に、指揮官は慌てて戦闘に戻った。今は抗議よりも仲間と共に戦う事が大事だ。
それにしてもと、指揮官は不可解な目を向ける。審判を務める大魔術士隊の4人は、戦闘に加わる騎士や魔術士たち同様に。魔物の攻撃範囲内に居る。それなのに4人は他の騎士や魔術士たちのように、魔物の攻撃に倒れる事なく、無傷のまま審判を続けているのだ。
魔物の攻撃を避けられる魔道具でも身に着けているのかと思ったが、大魔術士隊の4人にも魔物は平等に?攻撃していた。大魔術士隊の4人は攻撃が当たってもケロッとした顔をして審判を続けている。よくよく耳を凝らしてみれば、『パンッ』という軽い音と共に結界魔術で魔物の攻撃は弾かれているのだが、騎士や魔術士たちはそれに気付くことはなかった。
「魔術士隊のミソッカスどもが、どうして……」
早々に『死亡者判定』になった騎士や魔術士たちは、そんな大魔術士隊の4人を得体のしれない、恐ろしいものを見る様な目で見ていた。『死亡者判定』されたから分かるのだ。あの魔物の強さ、容赦ない攻撃、そして圧倒的な死の恐怖。彼らは魔物の攻撃を受け、まさに死の淵にいた。そこから回復するのは、並大抵の魔術では無理だ。それを大魔術士隊の4人は易々とやってのけたのだ。しかも、扱いの難しい風魔術を使って、この『死亡者席』まで死亡者判定された者を運んで見せた。
あの恐ろしい魔物が側にいるだけで、精鋭である騎士や魔術士たちは足が震え、体中が恐怖で強張ったというのに。どうしてあの大魔術士隊の4人は、何でもない事の様に、平然とした顔でいられるのか。
あの魔物よりも、侮っていた筈の大魔術士隊の4人の方が恐ろしいと、騎士や魔術士たちは感じ始めていたのだった。




