53 合同演習①
ジャイロ王国では、年に1度、騎士団と魔術士団の合同演習が行われる。騎士団の中でも精鋭で固められた第1騎士団と第2騎士団、4魔術士隊からはそれぞれ、第1部隊が参加し、騎士と魔術士の連携した戦闘を学ぶ事になっている。
というのは建前であり、実質は騎士団と4魔術士隊によるトーナメント形式の大会となっている。騎士団も4魔術士隊も、それぞれの立場に誇りを持ち、内部の結束が固く、連携した合同訓練には向いていないのだ。ぶっちゃけると、騎士団と魔術士隊は仲が悪いし、4魔術士隊同士でも何かと張り合うので仲が悪い。
「今年も我が騎士団が優秀な成績を上げるだろう」
第1騎士団の部団長であるジェムス・ドリーは鼻息荒く断言した。前回、合同演習で優勝したのは、何を隠そう、ジェムス率いる第1騎士団だ。
「今年も完膚なきまでに叩きのめしてやりましょう」
「我らが第2騎士団や、魔術士団どもに負けるはずがありませんっ!」
ムキッムキッと筋肉を誇示しながら鼻息荒い騎士たちだが、実はご令嬢たちからの人気と声援が1番少ないのが彼らだった。騎士はガタイも大きく顔も怖い者が多い。それに対して、同じ戦闘職でありながら、魔術士は鍛えてはいるがスラリとした優男ばかりだ。
王子様然とした貴公子が人気の昨今、むさ苦しい筋肉男たちはモテないのだ。それが余計に、騎士たちの闘争心に火をつけている。女性にモテない憂さを、魔術士たちにぶつけているのだ。
「しかし、今回の合同演習は、前回とは様相が違うみたいですね」
隊員の1人が合同演習のルールを確認して、首を捻る。
「騎士団員、魔術士団員の混合チームを作成? しかも関係者以外の観戦は禁止……?」
つまり討伐の時の様な、実戦を見据えた試合形式だということになる。近年のジャイロ王国は周辺諸国との関係も良好で、だからこそお祭りのようなトーナメント形式の合同演習が開催されていた。伝説の大魔術士アーノルド・ガスターが活躍していた時代は、魔物の動きも活発で、周辺諸国とも今ほど友好関係を築けてはおらず、騎士や魔術士たちは実践さながらの演習を頻繁に行なっていたと聞くが、少なくともジェムズが騎士団に入団したころにはもう、今の形式になっていた。
「陛下は何かお考えがあってのことなのだろうが……」
戸惑うジェムズをよそに、他の騎士団員たち、特に下位の騎士たちは今年の合同演習のルール変更に大いに不満を持っていた。あまりモテない騎士たちとはいえ、この合同演習で活躍した者と令嬢たちの縁談が成立する確率はなくはないのだ。年頃の娘を持つ貴族家では、この合同練習が娘の結婚相手を見繕う格好の機会となっている。下っ端の騎士たちにしてみたら、あわよくば良家の令嬢と縁付いて出世の足掛かりになるかもしれないと、期待を胸に日々の厳しい鍛錬に耐えて来たのだ。その機会が潰されるとあれば、不満を持つなという方が難しい。
「俺、文官の知り合いにこの間聞いたんですけど……」
騎士の1人が、不満を隠そうともせず、口を開く。
「なんでも、今回の合同演習の方法が変わったのは、陛下が愛妾様を人目に晒したくないからだって」
形だけは大魔術士に任じられている愛妾が、騎士団と魔術士団の合同演習に参加しないわけにはいかない。なにせ、大魔術士は4魔術士団を率いる立場なのだから。昨年までのトーナメント方式の華やかな演習では観客を締め出すのは難しいが、演習方式を変え、実践を見据えていると言えば無観客としても筋が通る。
「なんだと? そんな理由で演習方法を変えたのか?」
ジェムズは騎士の言葉に眦を釣り上げた。
元々、陛下のお気に入りである大魔術士の評判はすこぶる悪い。平民でありながら陛下の寵愛を盾に王宮ではやりたい放題だと聞く。気に入らない侍女を解雇したり、魔術士隊から若く見目の言い隊員に側仕えを無理強いしたりと、彼女の悪評を聞かない日はないぐらいだ。
何より、ジェムズの上司であり、敬愛するベール・ガイドレック騎士団長の娘、アリィシャ妃陛下の地位を脅かす存在など、騎士として許せなかった。
ジェムズは勢いよく立ち上がった。驚いた部下たちが、何事かと視線を向けてくるのに、断固として言い放つ。
「納得がいかんと、王に訴えてくる!」
ジェムズのいつもの暴走に、部下たちが素早く動いた。
「部団長落ち着いて下さい」
「陛下に直訴なんて、不敬ですよ!」
部下たちに宥められなんとか国王への直訴を思い止まったジェムズだったが、納得したわけではない。国王の命とはいえ、国防を担う騎士たちの士気が下がるのは問題である。
国王への直訴が叶わぬのなら、せめて直属の上司である騎士団長へ騎士たちの想いを伝えようと、ジェムズは騎士団長に執務室に足を向けた。
◇◇◇
騎士団長ベール・ガイドレックへの面会はすぐに叶った。
元々、ベールは高位貴族でありながら、身分に関係なく接する気さくな性質だ。約束もなく面会を求めたジェムズに気分を害した様子もなく、快く出迎えてくれた。
だが、ジェムズが用件を話していくにつれ、ベールの顔つきは険しくなった。ジェムズはそれを、ベールも大魔術士に悪感情を持っているためだと感じ、ジェムズたちの怒りに対して、当然にベールの賛同が得られるものと思っていた。
「騎士団長。これ以上大魔術士に助長させないためにも、合同演習を元の形に戻していただけるよう、王に進言いたしましょう! 例え聞き届けていだだけなくても、我らの真意を王に知っていただくだけでも、今後、大魔術士に対しての牽制になります」
ベールは勢いづくジェムズを片手で制した。その口からは深いため息が漏れる。
「ジェムズ。お前の気持ちは有り難いがな……。見当違いもいい所だ」
「は?」
「大体、なんだその、陛下が大魔術師を外部に晒したくないから非公開にするという阿呆な理由は。万が一そんな阿呆な理由を陛下が通そうとしたならば、俺や魔術士団長たちが反対するとは思わんのか?」
「そ、それは……」
頭にすっかり血が上っていたジェムズであったが、言われてみれば確かにそうだ。ジャイロ王国は王政ではあるが、代々の国王は臣下たる貴族の意見をきちんと取り入れ、国の統治をおこなってきた。現王サーフも、臣下の意見を蔑ろにする君主ではない。もしもジェムズが述べた通りの理由で演習方法を変えるとなったら、反発を喰らうのは必至だ。
「どこの阿呆だ。そんなことを言いだしたのは? どうせコネでのし上がった高位文官のやつらあたりだろう? 仕事はしねぇ無能のくせに、余計な事ばかりしやがって」
ベールに据わった目でそう言われ、ジェムズの背中に冷や汗が流れる。確か、部下は知り合いの文官から聞いた話だと言っていなかったか。
「ジェムズ! お前も一団を預かる身として、軽々に噂に惑わされてんじゃねぇぞ!」
耳をつんざくような怒声を浴びせられ、ジェムズは姿勢を正して敬礼した。真正面から魔獣も真っ青の恐ろしい圧力を感じる。
「も、申し訳ありませんっ!」
ふんっと面白くなさそうに息を吐き、ベールはガシガシと頭を掻く。
「それからなぁ。馬鹿みてぇな噂を抜きにして、前回までのお祭り要素満載の演習ではなく、実践に即した演習方法に変更になった理由を、自分の頭でちゃんと考えてみろ。以上だ、下がれ」
「はっ」
身を竦ませつつ、ジェムズは騎士団長室から辞した。尋常ではない程の冷や汗で、全身が濡れている。ジャイロ王国随一の剣士であるベールの殺気はそれぐらい凄まじいのだ。
しおしおと執務室へ引き返すジェムズは、歩きながらベールの言葉を考えていた。確かに、これまでの合同演習は、演習とは名ばかりの一種のエンターテインメントだった。参加者も見学者も優勝を目指して熱狂する。それが名実共に実戦さながらの演習に変わった理由。
ジェムズは冷や汗を流した。なぜ実戦さながらの合同演習なのか。簡単だ。必要だからだ。実戦を見据えた演習が。騎士と魔術士が連携して戦う演習が。それは何故か?
「戦が起こるのか……?」
だがジャイロ王国と近隣諸国関係は良好だ。ジャイロ王国は他国に比べ武力が強く、外交にも力を入れており、今のところ敵となりうる国は思い当たらない。
「戦、ではない。では、一体、何を想定しての演習なんだ……?」
ジェムズは、正体の分からない敵を目の前にしたような不安感に包まれ、身体をぞくりと震わせた。




