49 ゴダ卿がやってきた(仲間を連れて)
「メイル様っ!」
キラッキラの笑顔で手を振る爺さんを、メイルは苦笑して迎えた。
「ははは。ゴダ卿。お久しぶりです」
80過ぎとは思えないほど、元気一杯の爺さんの後ろには、騎士たちが苦笑いで控えている。
「ゴダ卿! 急に走り出すなど危ないではないか! 歳を考えられよっ!」
騎士団副団長のカートが、ゴダ卿を怒鳴りつける。ルガルナ領に派遣されていたカート率いる騎士団は、ルガルナ領での任を解かれ帰ってきたのだ。
元々、メイルや弟子たちが積極的に損壊した家屋の再建、赤竜に汚染された箇所の浄化を行ったお陰で、ルガルナ領の復興はほとんど終わっていた。騎士団はルガルナ領軍を立て直すまでの治安維持に従事していたが、それも必要ないところまで回復したらしい。
「それで、王都に戻ることになったのだが。ゴダ卿も王都に移るというので、我が軍に同行したのだ」
嫌そうな顔でカートが語るが、ゴダ卿は素知らぬ顔をしている。きっと、ゴネにゴネまくって、無理やり騎士団に同行したのだろう。
「ゴダ卿は、故郷のルガルナを離れてもよろしいのですか?」
荷馬車一杯に積まれたゴダ卿の家財道具に、とても一時的な滞在とも思えずメイルが問うてみれば、ルガルナの家を完全に引き払って来たらしい。余生はゆっくり故郷のルガルナで過ごすと言っていたのに、どうしたのだろう。
「大魔術士アーノルド・ガスターのお弟子であるメイル様が王都にいらっしゃるというのに、ルガルナでのうのうと暮らせるはずがないでしょう! ワシは大図書庫管理官を辞してはおりますが、あそこの本は隅から隅まで頭に入れております! 必ずやメイル様のお役に立ちます故、なにとぞ、なにとぞメイル様のお側にっ!」
ずいずいずいっと目の前に迫られ、ゴダ卿にしっかりと手を握られたメイルは目を瞬かせる。
「近い」
不機嫌そうに呟いて、メイルの側に控えていたミルドがゴダ卿を引き剥がした。ゴダ卿とメイルの間に身体を割り込ませて、ぎろりと睨みつける。
「メイル様の側には既に優秀な弟子と文官が仕えております。不埒な真似をする輩など、必要ありません」
ゴダ卿に捕まれたメイルの手を自らのハンカチで優しく拭きながら、ミルドは笑顔で毒を吐く。
「ふ、不埒? ワ、ワシはもう80過ぎたジジイじゃぞ? そっちの方面はとうに涸れとるわっ! ワシはただメイル様にアーノルド・ガスターの事をお聞きしたいだけじゃ! アーノルド・ガスターのお姿と声が聴ける新たな魔道具が見つかったとは本当なのか? 後生じゃ! 見せてくれぇぇぇ」
血走った目でゴダ卿はミルドに迫った。ミルドは笑顔で「私にまで迫るとは節操がないですね」とゴダ卿の両手を掴んで押しとどめる。「其方にも迫ってなどおらん!」と、ゴダ卿は真っ赤な顔で怒鳴っていた。
「ミルドさん。あまりゴダ卿を揶揄っては可哀想ですよ」
見かねたメイルがミルドを嗜めるが。
「申し訳ありません、メイル様。貴女に不用意に触れるゴダ卿にイラっとしました。貴女に触れるのは私だけでいい」
大変イイ笑顔で甘い言葉を返された。どんどん話がずれていくなぁと、メイルはちょっとだけ疲れた。
「それになぁ、ワシがメイル様にお仕えするのは、サーフ様もお許しになっていることじゃ。ふぉふぉふぉ。ミルド、見よ。これなら其方も文句はあるまい」
ゴダ卿がビシッとミルドに書状を突き付ける。ちらりと見えたそれに、御璽が捺されているのを確認して、メイルはなんだか嫌な予感がした。書状を受け取り読み進めるミルドの顔がどんどん険しくなっていくのも、その嫌な予感に拍車を掛けた。
読み終えたミルドから書状を受け取り、メイルはじっくり中身を読み込む。
書かれていた事は、メイルにとっては悪くない事だった。でも、メイル以外にとってはどうだろうか。ミルドの渋い顔が全てを物語っているような気がする。
「大魔術士隊補佐官に任命するってありますね。つまり、私たちの補佐をしてくれるということですよね……?」
現在、大魔術士隊に所属するのはメイルを含めた5人の魔術士と若手の文官2名。メイル専任の護衛官が一名。少人数の魔術士隊にしてみれば、それぐらいで十分だと思えるが。
「大魔術士隊は、魔道具や成果物だけでも膨大で、その管理だけでも多忙です。文官2名では足りないので、増員は考えておりましたが……」
「今回補佐官として選ばれたのは、ワシの伝手で集めた者たちばかりじゃ。ぶっちゃけると、アーノルド・ガスター同好の士じゃよ。皆、現役を引退してはおるが、まだまだまだまだ働けるぞい」
つまりゴダ卿の趣味仲間ということになるが、なかなかに凄い経歴の持ち主ばかりだ。元大臣や元大商会の会頭、そして……。元宰相。
「ええっと。元宰相のレイド・ノートさんって……」
メイルの問いに、眉間に深い皺を刻んだまま、ミルドが重々しく答えた。
「……私の父ですね。引退して、領地に引っ込んだはずの」
◇◇◇
ゴダ卿が到着して数日後。大魔術士隊には新しい補佐官たちが着任していた。
王宮大図書庫の元管理官であるゴダ卿。
元財務大臣であるボーダ卿。
大商会を営んでいたビルズ卿。
そして。
「お初にお目にかかります。大魔術士様。レイド・ノートと申します」
優雅な所作と穏やかな声。前ノート家の当主であり元宰相のレイド・ノートは、そっと掬い上げたメイルの手に唇を寄せる。
「触るな」
その手を叩き落としたのは実の息子であるミルドだ。並んでみると、とても似た親子だ。ミルドがあと20年ぐらい年を取ればこんな感じになるのかと、メイルは2人を見比べて感心した。違いといえば、ミルドがたまにみせる色気が、レイドは常時垂れ流しであるところだろうか。
「魔力の質は、ううーん、サーニャさんの方がミルドさんと似ているかなぁ? やっぱり親子より兄妹の方が類似性があるのかなぁ」
「メイル様。近いです。男性との適切な距離は保ってください」
繁々とレイドを観察するメイルを、ミルドは不快そうに引き離した。レイドが驚いたように目を見開く。
「すみません。親子よりも兄妹の方が魔力の質が近いのは理論的には知っていたのですが、実物を見るのは初めてで。こうしてみると、ミルドさんは父方の魔力を多く引いていて、サーニャさんは多分、母方の魔力を多く引いているのですね。ミルドさんとサーニャさんの魔力の差異はそこにあるみたいで……」
キラキラした目で語るメイルに、ミルドは目を細める。
「魔力の検証をなさりたいのでしたら、いくらでも私がご協力いたします。ですが他の男に馴れ馴れしくしてはいけません。麗しい貴女の魅力で、枯れ果てた老木すら花を咲かせかねない」
「ああ。そうですね、異性に許可なく近寄るなど、無礼な振る舞いをしてしまいました。申し訳ありません」
ミルドの言葉を、遠回しな叱責と受け取ってメイルは素直に頭を下げる。さすが紳士なミルドだ。叱る時も女性を尊重する事は忘れない。
「……おやおや、苦労していそうですね、ミルド」
「メイル様に近寄るな、触るな、話しかけるな。母上はどうしたんです? 」
「勿論、領地ですよ。彼女は田舎暮らしを気に入っていますからね。社交シーズン以外は王都に戻るなど御免だそうです」
「くっ。こんな有害物質を野放しにするなんて。母上は何をお考えなのだ」
ミルドは本気で忌々しそうに吐き捨てた。あまり見ないミルドの表情に、メイルは不思議そうな顔をする。
「ミルドさん。お父さんと仲が悪いんですか?」
「いえいえ。メイル様。ミルドと私の仲は良好ですとも。ですがこの子は小さな頃からお気に入りの物を独占する癖がありまして。メイル様の補佐官としてお側に侍る者を警戒してこんな態度なんですよ」
こそっと小声で訊ねれば、答えたのはレイドだった。地獄耳なところも親子そっくりだなぁとメイルは感心する。
「ミルド。心配しなくても私には最愛の妻が居るんだから、メイル様を取ったりしないよ?」
「メイル様。この男の戯言を真に受けてはいけません。この男が未婚既婚を問わず女性を魅了して起った揉め事は数知れず。何度母上を怒らせた事か。文官としての能力は確かに一流ですが、素行の悪さは看過できません」
「酷いなぁ。僕は妻一筋だよ? 不貞など犯した事はないよ?」
「ええ。残念ながら母も私も不貞の証拠は掴むことは出来ませんでした。そういう点では頭が回る所が忌々しい」
親子とは思えぬ応酬に、いつしか周囲は完全に2人から遠ざかっている。一早く避難して他の補佐官たちに挨拶をしている弟子たちを見て、メイルは逃げ遅れたなぁと苦笑いをした。
「いいですか、メイル様。一先ずは陛下のご命令なのでこの男を補佐官としてお側に置きますが、決して心を許してはなりません。2人きりにならない、不用意に近づかない、口を利かないを徹底してください。この男に何かお命じになる場合は、他の者を通すようになさってください。直接関わってはいけません」
懇々とメイルに言い聞かせるミルドに、レイドはブーブーと文句を垂れている。ミルドに比べてレイドは子どもっぽい面も持ち合わせているようだ。
「ふふふ。大丈夫ですよ、ミルドさん。節操無しの女好きには慣れていますから」
メイルはかつて散々苦労をさせられた師匠の色事を思い出しながら、にこにこと笑う。師匠が所かまわず口説きまくって、二股三股は当たり前、刃傷沙汰になったこともある。『俺って格好良いからモテちゃって大変』とガハガハ笑う師匠などいっそ刺されればいいと、メイルは常日頃から思っていた。メイルは不実な男が嫌いなのだ。面倒ばかり引き起こすから。
「それに私、ミルドさんが一番好きですよ? 」
それでも心配そうなミルドにダメ押しの様にそう言うと、ミルドはようやく落ち着いた。メイルをレイドの視界に入らぬように隠し、勝ち誇ったような顔をレイドに向けている。
「ちょっと合わない間に、随分と変わったねぇ、ミルド。前は面白みのない息子だったのに」
「おや。まるで息子に興味があるような口ぶりですね。今更、父親の様に振舞われても戸惑いしかありません」
「前のお前は何事にも関心がなくてつまらない顔ばかりしていたよ。うんうん、そんな顔ができるなら、これからは楽しく話が出来そうだ」
「貴方と楽しく会話ができるなど、未来永劫想像できませんね。大人しく仕事だけをしていなさい」
一見穏やかだが殺伐とした親子の会話は、なかなか尽きない様だった。




