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74話 ガーネットのダンジョン02

 ガーネットのダンジョンは、歩を進める。

 眼前に広がるティニー国の王都では、兵たちが、都民たちが、右往左往している様子を確認できる。

 

『あれが、あの人間の故郷とやらでありんすね』

 

 ダンジョンに故郷はない。

 しいていえば、魔物化する前に存在していた場所を故郷と呼べなくもないが、名もなき土地に愛着はない。

 まして、国と紐づくことなどない。

 ダンジョンが、つまり自身が存在していた場所に人間が集まり、勝手に国というラベル付けをしただけなのだから。

 

 だが、大多数の人間にとって、故郷が特別であるということは知っている。

 人間は、生まれた場所という、何の意味も価値もないものに執着することも知っている。

 聞いたからだ。

 なればこそ、最初の襲撃先をティニー国に定めた。

 あの人間の――ラウンドの故郷だから。

 

『さあ、蹂躙を開始するでありんす』

 

 ティニー国に恨みはない。

 ティニー国の人間に恨みはない。

 が、人間には恨みがある。

 自身の仲間たちを次々と討伐していく人間という存在には。

 

 青白い肌に、額に埋め込まれたガーネットの石が爛々と輝く。

 真紅の目が、自身に向かってくる人間たちを捉える。

 が、歩みを止めることはない。

 真紅のポニーテールを揺らしながら、近づいていく。

 大胆に胸元を露出したベアトップスに、パニエによって大きく広がったスカートという、真紅のドレスは、とてもこれから戦場に向かう者の装いには見えないが、その程度でダンジョンの脅威が落ちることはない。

 人間たちが警戒を薄めることはない。

 

「止まれ!」

 

 王都への入り口よりはるか手前で、ガーネットのダンジョンは人間たちに囲まれる。

 ティニー国に所属する兵たち、ティニー国に滞在するハンターたち。

 ガーネットのダンジョンを討伐するために急遽集められた人間たちによって、ガーネットのダンジョンは包囲された。

 合わせてたかだか数十人ではあるが、準備する時間の短さを考えても、最初にダンジョンへ入る数としては十分だろう。

 討伐を目的とするのであれば、数の比率において、ダンジョン慣れしていない兵の割合が高くなっていることだけが不安要素だが、次の隊が組まれるまでの時間稼ぎと考えれば悪くはない。

 

『……ぬしらが、最初の相手かえ?』

 

 兵たちが、ハンターたちが、その表情を引き締める。

 次に起こることに、この後ダンジョンに飲み込まれることに、既に覚悟を決めてきた。

 ただ静かに、その時を待つ。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

『まず一人』

 

 ガーネットのダンジョンが腕を横に振る。

 掌が、軌道にあった一人の兵の顔を捉え、その頭部を無理やり首から引きはがす。

 グシャリと鈍い音が響いた後、頭部を失った兵の体は力なくその場に崩れ落ちる。

 ガーネットのダンジョンの掌の中に残された頭部も、すぐに握りつぶされる。

 辺り一面が血しぶきに染まる。

 唖然とする人間たちの視線を浴びながら、ガーネットのダンジョンは薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

『さあ、次は誰かえ?』

 

 そして、一歩を踏み出す。

 

「っあああああああ!?」

 

 一人のハンターの叫びを皮切りに、数人のハンターが背中を向けて逃走する。

 ハンターにも、何が起きているのか理解できない。

 が、誰一人何が起きているのか理解できない事象が目の前で起きていることは理解できた。

 死が見えた。

 あくまでも時間稼ぎに徹し、上位の階層でのらりくらりと戦って時間を稼ごうとしたハンターたちは、その死の前に逃亡を選択した。

 残るハンターたちと兵たちは、それを横目で捉えつつも、ガーネットのダンジョンから目を離さない。

 何が起きているのか理解できないが、何をすべきか理解できていた。

 地上でダンジョンと戦わなければならないという、異常を。

 

『強者を前にして逃走を試みるのは、弱者の生存戦略として、とても有効でありんすな』

 

 ガーネットのダンジョンの姿が消える。

 正確には、ここにいる誰一人として捉えられない速度で、移動した。

 

 逃走したハンターの、目の前へと。

 

「ひ!?」

 

『もっとも、逃走できるかは別問題でありんすが』

 

 ガーネットのダンジョンの腕が振り下ろされる。

 腕は、ハンターの頭と体を、左右真っ二つに分けた。

 ドサドサと倒れる音がする直前に、再びガーネットのダンジョンの姿が消える。

 

「ぎゃあ!」

 

「ひええ!」

 

 わずか数秒後、闘争を試みたハンターは、全て死体へと変わっていた。

 

『さて』

 

 気づけば、ガーネットのダンジョンは、元の場所へ戻っていた。

 最初に兵を殺した、その位置に。

 兵たちが、ハンターたちが、思わず唾をのむ。

 彼らには、すでに死が見えていた。

 逃走したら殺される。

 挑んだら殺される。

 

 一人のハンターが、その場にへたり込んだ。

 恐怖のあまり失禁し、地面を潤す。

 それをとがめる者はいない。

 死を前に、ハンター全員の全身が小刻みに震え始める。

 武器を落とさないように、精いっぱい手に力を加える。

 

 一方兵たちに、怯えはなかった。

 恐怖はあるが、兵となった時点で、国のために命を懸けると決めた者たち。

 一攫千金を求めてハンターとなった者たちよりも、覚悟を決めるのは早かった。

 この戦いは、ティニー国の誰かにより、監視されているはずだ。

 ならば我々の役目は、少しでも敵の情報を引き出すことであると、冷静に頭を回転させ、武器を取った。

 

「皆、覚悟はいいな?」

 

「「「おおおおお!!」」」

 

 後悔はあるし心残りもある。

 死にたくないと感情が渦巻いている。

 が、覚悟は決まった。

 兵たちが一斉に駆け出す。

 

『死を覚悟して強者に挑む。それもまた、弱者の生の在り方でありんすな』

 

 そして、予想通りに殺された。

 剣を振る間も魔法を放つ間もなく殺された。

 剣を振っても魔法を放っても躱され殺された。

 戦場に響く叫び声は、あっという間になくなった。

 

 残されたのは、足がすくみ、声を出せないまま武器を構えたハンターが数人。

 

『何もできない。それもまた一つの形でありんす』

 

 残飯処理をするように殺された。

 売れ残りを処分するように殺された。

 

 そして再び歩き始める。

 誰にでも見える速度で。

 観光でもしているようにゆっくりと。

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な……」

 

 その様子は、城壁に立つ兵隊長の耳に入り、すぐさま王宮へと伝わった。

 ティニー国の国王は、報告を聞いて頭を抱えていた。

 第一陣として短期間で集めさせた者たちとはいえ、それなりの実力者たちがいたはずだった。

 それがあっさりと殺されたことに。

 何より、地上で戦闘が起きたという事実に。

 戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的ではあったが。

 

 話を聞く限りだと、すぐにでも王都を囲む門にも到着するだろう。

 門にて兵たちが迎え撃つだろうが、僅かな足止めさえ期待はできない。

 王宮内では、全ての戦力をかき集めて迎え撃つ準備をしているが、ガーネットのダンジョン相手にどこまで戦うことができるかは未知数である。

 いや、内心では全滅以外の未来を描くことができていない。

 国王として戦いの結末を見届けるべきとも考えていたが、それは確実な死と同義になり始めた。

 

「国王様、王都を捨てるご決断を」

 

 王都の民の避難は既に開始している。

 レッドクロウによる支援要請はしている。

 兵へ指示すべきことももうない。

 ここで、国王としてできる仕事などもうない。

 残るは、国王が無事に生きているという事実を公開し続けることで、兵たちの戦いのモチベーションとなるのみである。

 

 側近の言葉に、国王は難しい顔をしながら頷いた。

 

「では、こちらへ」

 

 安堵の表情を浮かべた側近は、国王に進む方向を指し示す。

 国王は玉座から立ち上がり、示された方へと歩き始める。

 

 

 

 爆音が響いたのは、その瞬間である。

 

 

 

「何事だ!?」

 

 今まで聞いたことがないほどの巨大な音に、国王が叫ぶ。

 側近が速やかに状況確認を兵に促す。

 慌ただしい雰囲気の中、真っ青な顔をした一人の兵が飛び込んでくる。

 

「ご、ご報告します! 門が……王都の門が飛んできて、王宮に衝突しました!」

 

「門……?」

 

 爆音の理由を聞いて、誰もその言葉を飲み込むことができなかった。

 王都の門は、王都を囲む巨大な壁における唯一の出入り口で、東西南北の四か所に設置されている。

 人間十五人分の身長よりも高い巨大な門は、非常に重く、そもそも空を飛ぶようなものではない。

 人間に、そんなことができるわけがない。

 気づいたときには、玉座の間にいる全員の背に、汗が流れていた。

 手遅れだった。

 明確な証拠はないが、そう悟った。

 

『こんにちは』

 

 同時に、証拠がやって来た。

 

『おはようでありんしたっけ? それとも、こんばんは? いかんでありんすね、わっちらは、どうも時間感覚というものが希薄でありんしてな』

 

「…………どうやって」

 

 頭の中が混乱し、何を言うべきか、何を聞くべきかがぐちゃぐちゃにかき乱され、ようやく国王は一言をひねり出した。

 まもなく王宮に到着するだろうとは思っていたが、予想をはるかに超えて早過ぎた。

 

『どう、とは? 手近にあった門を投げて、それに乗ってきただけでありんす』

 

「そうか」

 

 事もなげに言い放ったガーネットのダンジョンを前に、国王は生存を諦めた。

 側近の示した道を逆戻りに、玉座に座りなおした。

 聞くまでもなく、国王は理解していた。

 ガーネットのダンジョンは、自身を殺す気であると。

 言葉にせずとも、その真紅の目が、表情が、言葉以上の情報を持って訴えていた。

 悪あがきにガーネットのダンジョンを囲んだ兵士たちは、次の瞬間に体に風穴を開けられ、絶命した。

 

「十秒、待って欲しい」

 

『構わないでありんすよ?』

 

 国王は、ポケットから小さな笛を取り出し、それを吹いた。

 その音は、人間には聞こえない。

 届くのは、金色のカラス――ゴールデンクロウ。

 

 ティニー国の城の上を飛び回るゴールデンクロウは、その動きを止め、どこへともなく去っていった。

 ゴールデンクロウは、レッドクロウと似た性質を持っている。

 行うことは単純、非常事態の伝達である。

 唯一レッドクロウと違うのは、ゴールデンクロウには手紙を持たせない。

 手紙を持たせる必要がないからだ。

 

 ゴールデンクロウの到着が示すのは、ただ一つ。

 王都の陥落。

 

 

 

『十秒経ったでありんす』

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