68話 アクアマリンのダンジョン06
オーバルに怒りが湧いてきた。
耳から入り込んだアクアマリンのダンジョンの言葉が脳を沸騰させる。
ぐちゃぐちゃに絡みついた怒りの感情を紐解き、伸ばし、それを言語化する。
「俺の幸福をお前が決めるな!」
『……どういうことかしらぁ?』
オーバルが絞り出した言葉に、アクアマリンのダンジョンは眉を顰める。
言葉の意味が理解できないといった顔で、目線で次の言葉を促す。
「俺は、誰かに与えられた幸福なんて、全く嬉しくない!死ぬ気で努力して努力して、手に入れた幸福だからこそ嬉しいし、価値があるんだ!」
『死ぬ気で努力してもぉ、手に入らないかもしれないわよぉ?』
「なら、手に入るまで努力するさ!」
『努力は苦痛よぉ。なぜ、不幸なことをわざわざするのぉ?』
「苦しんだ分だけ、達成したときの喜びが、幸福が大きくなるからだ!」
『それこそ幻よぉ』
「いや、それが現実だ!」
アクアマリンのダンジョンは再度口を開き、何も発することなく閉じた。
何一つ、オーバルの言葉が理解できなかったのだ。
そして、再び何かを問ったところで、自分が理解できる回答はないだろうと考えた。
オーバルも、それきり何も言わなかった。
アクアマリンのダンジョンに何も伝わっていないことは、表情でわかった。
わかったからこそ、言葉の追撃もしなかった。
代わりに、オーバルとアクアマリンのダンジョンは、相手を見る。
視線がぶつかり、言葉以上の情報が互いに流れ込んでくる。
即ち、勝者こそが正しいと。
『そんな貴方にも、幸福は与えるわぁ。それが、私の存在理由だからぁ』
「いらねえよ!」
アクアマリンのダンジョンの体がどろどろと溶け、中からパペットが現れる。
オーバルは、パペットが別の何かに変わる前にと、剣で切り捨てた。
二つに分かれ、地面に落ちたパペットが消滅するのを見届けた後、ラウンドの方を見る。
「マスター、あいつは俺が斬る」
アクアマリンのダンジョンとの相対は、オーバルの中での何かを燃やした。
自分の信念をかけて、絶対に自分で倒さなければならないと決意し、ラウンドに言葉で表明した。
ラウンドは、オーバルの力のこもった目を見て、眉を動かす。
「駄目だ」
「ああ、ありが……え、あれ、今、そういう雰囲気じゃ」
「早い者勝ちだ。倒したいなら、お前が一番に倒せばいい。わざわざ倒す人間を制限する縛りをつける気はない」
ラウンドは、そのままマーキーズの近くまで歩く。
マーキーズの様子は変わらない。
人形のように横たわっている。
「しばらくは目を覚ましそうにないですね」
「そうだな」
ペアシェイプの言葉に、ラウンドが同意する。
「私が運びましょうか?」
ラウンドの次の言葉を予測したオールドマインが近づき、運び役を申し出る。
元々、オールドマインは気を失ったメンバーや目を瞑っての行動ができないメンバーを運ぶことが多く、マーキーズを運ぶとすればそれは自分お役目だと考えたからだ。
が、ラウンドがそれを片手で制す。
「ゴーレムに乗せて運ぶ」
「ゴーレム?」
確かに、人間が運ぶよりも、ゴーレムに乗せて運ぶ方が効率はいい。
運び手の手がふさがることもなく、狭い背中でなく広いゴーレムの中で眠らせることができる。
しかし、現在、ブリリアントの唯一のゴーレム召喚士であるマーキーズは、目の前で寝ている。
どうやってゴーレムを準備するかを考えるオールドマインを、ラウンドは指差した。
「オパールの石で、ゴーレムを作れ」
「……なるほど」
オールドマインは、難しい顔をして目を閉じた。
確かにゴーレムは、巨大な石を組み合わせて作られた物であり、生物ではない。
また、構造自体は人体よりもはるかに単純であるため、オパールの石で創造することは可能である。
そこまではオールドマイン自身も理解している。
問題は、動かす、という点だ。
魔法使いであれば、ゴーレムを召喚すること自体は、そこまで難しいことではない。
岩の魔法の延長線上でしかないからだ。
一方で、動かす、となるとその難易度が跳ね上がる。
自分とは別の体を、あたかも自分の体の様に動かさなければならないからだ。
これは言い換えると、無意識に行っている行動を、意識的にゴーレムへ行動させなければならないということだ。
ゴーレム召喚士が難しいと言われる理由の一つであり、オールドマインもそれを理解していた。
「やってみましょう」
とはいえ、オールドマインは、ゴーレムを動かすほど、魔法の能力は高くない。
代替手段として、オールドマインは、オパールの石の力を開放する。
オパールの石が輝き、周囲に石が創られる。
石はその数を増やしていき、人型のゴーレムが現れた。
オールドマインはゴーレムの中で、壁に埋め込まれたオパールの石に触れ続けていた。
オパールの石の解析は、順調に進み、新しい能力を使えるようになっていた。
それは創造物の操作である。
オパールの石で創造した物は、創造が完了した時点でオパールの石の能力から解放され、ただの物となる。
ならば、完了させなければどうなるか。
創造した物を常時オパールの石に引っ付けた状態を維持すればどうなるか。
創造の途中と判断され、創造した物の形をある程度変えたり、動かしたりができたのだ。
これを応用することで、ゴーレムを操作する。
ゴーレムが一歩を踏み出す。
ダンジョン全体が揺れる。
二歩目を踏み出す。
音が響く。
「なんとか、いけそうですな」
ゴーレムの中から、オールドマインが大声を出す。
「よし、全員乗り込め」
ラウンドの指示で、二十人のメンバーたちが次々とゴーレムに乗り込もうとする。
が、三十人を乗せる事ができるほどに巨大なその人型ゴーレムには、入り口が胸にしかなかった。
そのうえ、立った状態から、動く気配がない。
状況から、ゴーレムを初めて動かすオールドマインが入り口を近づけるという器用な操作ができないのだろうと判断し、全員がゴーレムの足にしがみつき、よじ登っていく。
まるで柱を登る蟻の軍のような様である。
ラウンドはマーキーズをおぶり、それに続く。
「あー。ずるい(はぁと)」
ハートが文句を言っているが、いつも通り気にしない。
岩の魔法で足場を作り、一気に入り口まで登る。
ゴーレムをの足をよじ登るメンバーをごぼう抜きし、一番にゴーレムの中へと入り、オールドマインと目が合う。
周囲に二人しかいないことを確認し、ラウンドは声を潜める。
「どのくらい持ちそうだ」
「長くて一日、といったところでしょうな」
「そうか」
ゴーレムの操作の難しさ自体は、ラウンドも理解している。
どう頑張ったところで、ゴーレムに乗ったまま最終階層に到着することは不可能だという、いっそ諦めにも近いオールドマインの発言をとがめることもなく受け入れる。
「一日もたせろ。一日もあれば、マーキーズも起きるだろう」
理解したうえで、オールドマインに依頼したのは、マーキーズが目を覚ますまでの代替手段でしかない。
マーキーズであれば一日以内に目を覚ますことも、その後に最終階層まで走り抜けられることも、ラウンドには確信があった。
マーキーズへの信頼から来る確信が。
次々とゴーレムの中へメンバーが入ってくる。
ただ一人を除き、全員がゴーレムの中に集合した。
オーバルただ一人を除いては。
「? オーバルはどうした」
「えっと……」
メンバーの一人が、気まずそうに視線を外に向ける。
ラウンドがその視線を追うと、唖然とした表情で固まっているオーバルを見つけた。
「なんだ? オーバルも、時間差で精神がつぶれたのか?」
「マスターの言葉が止めになったかと思われます」




