44話 ジルコンのダンジョン01
走る。
ラウンドは走る。
全力で走る。
ラウンドがハリーウィンス国の国境に着いたときには既に、ダンジョン出現に伴う入国禁止の体制が敷かれており、ハリーウィンス国の国軍が大量に国境付近で待機していた。
国境へと向かうラウンドはすぐに見つかり、見張りたちは武器を構え、忠告を投げかける。
「おいお前、止まれ! 今この国は、緊急事態で立ち入りを禁止して……げふぅ!?」
ラウンドは、それを鮮やかに蹴り飛ばす。
上に跳び、相手の視界から消え、死角からの顔面キックである。
見張りの一人が、まったく無抵抗のままに後ろへ吹き飛ばされ、地面にあおむけで倒れた。
「貴様! 何……をぐぉう!?」
忠告に従う気なしと判断し、周囲の見張りたちが脅しに武器を構える体制から、臨戦体制へと移行する。
ラウンドの近くにいる見張りが、剣や槍をラウンドへ向け、接近する。
ラウンドは、左右から振られる剣を躱し、振りぬかれた腕の一本を掴み、力を籠める。
そして、掴んだ腕を――見張りを、まるで剣のように右から左へと振った。
ラウンドに接近していた見張りたちは、剣のように降られる自軍の仲間に武器を振るうわけにはいかないと一瞬動きを止めてしまい、そのまま吹き飛ばされた。
「弓矢隊!」
号令と共に、後方に控える弓矢隊が弓を構え、ラウンドへと狙いを定める。
が、ラウンドは先ほど剣のように振った隊員を、次は盾の様に自身の前に構える。
矢を射れば、こいつが犠牲になるといわんばかりの行動である。
弓矢隊は、弓を引いた状態で手を止め、苦虫をつぶしたような顔で走り始めたラウンドを見る。
ラウンドが国境の守りを抜け、手に持っていた隊員を用済みとばかりに捨てる、その時まで。
その後もラウンドは走り続け、ハリーウィンス国の王都へと到着した。
ハリーウィンス国の王都の町並みを一言で言うと、豪華絢爛である。
王宮は、王都の端にいようが目に入るほどに巨大で、すべてが黄金で作られているかのように輝きを放っており、その荘厳さは言うまでもない。
ハリーウィンス国の王都の特筆すべきは、爵位を持たないただの平民の家でさえ、他国の平民の家と比べると、はるかに巨大な建造物であるという点だ。
広さだけで言えば、他国の下級貴族の屋敷に匹敵しかねない。
ハリーウィンス国は、八つの国の頂点を自称する国家である。
それゆえ、他国を圧倒する建造物へのこだわりが強い。
その拘りは、現国王のファイブ・ハリーウィンスが戴冠してから、一層強くなった。
戴冠したファイブ・ハリーウィンスは、手始めの国策として、当時の王都を捨て、新たな王都を築いた。
自分に相応しくないという、ただそれだけの理由で。
ファイブにとって、過去の国王たちは自身に劣る有象無象でしかなく、その有象無象が築き、守ってきた王都など、廃材でしかなかった。
新たな王都は、ファイブが巧妙な建築家と共に設計し、作りあげた、ファイブの作品である。
自身の力を鼓舞するように、当時の王宮と比べ、王宮も、平民の家も、気品あふれる建物とした。
さらに、作品は建物だけにとどまらず、人間にも及んだ。
王都に住まう人々が高度な教育を受けられる仕組みを整備し、着る物も食べる物も干渉し、都民の質を高めていった。
高貴な人間とは、常に高貴なものに触れる人間のことである、とはファイブの言葉である。
当然に、数百年の歴史を持つ王都を捨てることに、当初は反対勢力も存在した。
が、どんどん変わっていく王都や自身の生活を間近で見て、その心も変わっていった。
現在では、気品あふれる人々でにぎわう街となった。
しかし、ラウンドが王都到着した時には、王都に賑わいがなかった。
ダンジョンの出現により、王都の民全員に避難令が出ていたため、人っ子一人、王都を歩いていなかった。
これもまた、緊急時の対応を明確に決め、なおかつ王都の民を救うことを前提に設計しているているハリーウィンス国だからこそなせる業である。
「ちっ」
もっとも、王都でダンジョンの出現場所の情報を集める予定だったラウンドにとっては、不幸な状況である。
本来であれば、ダンジョン・サーチャーにアメシストの石を登録することで、次のダンジョン――ジルコンのダンジョンの場所を把握するのであるが、生憎と石はオーバルに預けている。
現在のラウンドに、ダンジョンの場所を知るための情報はない。
「仕方ないな」
頭を切り替える。
王都に人がいなくとも、避難するために王都全体へなんらかの連絡を行っているはずだ、
であれば、その痕跡を辿ることで、ダンジョンの場所が分かるかもしれない。
痕跡に、ダンジョンの出現場所が最高。
どちらの方角へ避難したかが分かれば、推測もできる。
無人の王都を歩き、痕跡を探す。
風が通り過ぎる音。
風によって看板がカタカタと動く音。
静寂の中に、いくつもの音が現れては消える。
「うに~」
そんな音に混じって、人間の声が聞こえてきた。
ラウンドは足を止め、音のしたほうへと振り向く。
そこは酒場である。
扉も窓もが開かれたままの酒場から、確かに人間の声を聞いた。
「誰かいるのか?」
酒場に入り、中を見回しながら、ラウンドは声をかけてみる。
扉も窓も開いているというのに、酒場の中は酒のにおいが充満している。
「ん~~?」
ラウンドの声に反応し、女性の声が返ってくる。
店主も店員もいない酒場のカウンターで、その女性は酒瓶を片手に、机に付していた。
ふわふわとした長い金髪をもつその女性は、ラウンドの方へと顔を向けた。
豊満な胸の一部しか覆えていない、下着のようなデザインの服の上半身。
太ももより下があらわになっているホットパンツの下半身。
全体的に、非常に露出の多い恰好をしており、踊り子に見えなくもない。
しかし、腰につけている武器――銃と呼ばれるダンジョンからしか手に入らない武器は、その女性がハンターであることを指している。
ラウンドを視界にとらえた女性は、酔っ払った赤い顔と眠そうな瞳をラウンドへ向ける。
そして、包帯でぐるぐる巻きになっている手で、ゆっくりとラウンドを指差す。
「あ~~~、マスタ~~~。ど~~~したの~~~?」
「こんなところにいたのか、ペアシェイプ」
ハンターギルド・ブリリアントの幹部、ペアシェイプがそこにはいた。
ラウンドはそのままペアシェイプへと近づく。
近づくにつれて酒の匂いが強くなるが、ラウンドにとっては慣れたものだ。
「丁度いい。今からジルコンのダンジョンを討ちに行く。お前も来い」
「ん~~~、いいよ~~~。ちょうど、お酒もきれちゃったし~~~」
唐突な申し出にもかかわらず、ペアシェイプは不満を言うこともなく、承諾した。
酒瓶に残った酒を一気に飲みほし、ペアシェイプは立ち上がる。
足元がおぼつかないのか、直後に少しふらつくが、なんとかこらえる。
「お前はずっとこの酒場にいたのか? 避難令が出た時、ジルコンのダンジョンの出現場所を聞いてないか?」
「避難令~~~? あ~~~、それで誰もいないのね~~~。う~~~ん、聞いてないかなぁ~~~」
「そうか。では探してほしい」
「了解~~~」
そう言うと、ペアシェイプはカウンターを乗り越え、カウンターの奥に入る。
そして、水の入った瓶を見つけると、栓を開け、一気に飲み干す。
「んぐ~~~んぐ~~~んぐ~~~」
瓶からみるみる水がなくなっていく。
同時に、ペアシェイプの顔からみるみる赤みが引いていく。
空になった瓶を投げ捨てた時、ペアシェイプの顔は、すっかり通常の状態に戻っていた。
「それではマスター、一度高い場所に向かいましょう」
「わかった」
はっきりとした滑舌で、移動を促す。
そのまま、王都の端にある見張り台まで移動し、上る。
見張り台からは、王都の外が悠々と見渡せた。
「では」
ペアシェイプは、目を大きく開き、周囲を、王都の外をきょろきょろと見渡す。
ペアシェイプ。
ガンナーにして、固有魔法を二つ使うことができる。
一つ目は千里眼。
肉眼では捉えられない遠方までも見ることができる魔法。
「見つけました。額に石の埋め込まれた老人。おそらくあれがダンジョンかと」
「よくやった」
「光栄です」
その結果、遠方の獲物を視界にとらえることができるため、遠方から狙撃するガンナーという職業とは、非常に相性が良かったのだ。
ラウンドとペアシェイプは、すぐさま見張り台を降りて、ダンジョンの元へと向かう。
「なんだか、久々のダンジョンです」
「お前はしばらく、ギルドにいなかったからな」
『また……来たか……』
ジルコンのダンジョンは、石に腰かけでいた。
近づいてくるラウンドとペアシェイプを、青色の瞳で捉え、ニタニタと笑う。
顔全体に刻み込まれた深い皴が、笑ったことで一層に深くなる。
外見は、死を間近に控えた老人という風貌で、地面につきそうなほどに伸びた青色の髭が、ジルコンのダンジョンの長寿を示している。
もっとも、ダンジョンは年齢と外見に相関関係がないのだが。
「さっさと俺たちを入れな。お前を滅ぼしてやる」
『言い……よるわ……』
ジルコンのダンジョンはゆっくりと立ち上がる。
その足元が光り、円状に広がっていく。
光は、ラウンドとペアシェイプを捉え、沈めていく。
そして全身が沈み切ったとき、ダンジョンの中に立っていた。
ジルコンのダンジョン。
『生命は……有限……故に……脆い……。無限の……試練……』




