25話 ベリドットのダンジョン09
第六十一階層。
立ちふさがるは、ハイマジシャンインキュバスとハイマジシャンサキュバスの群れ。
さらには、サトリ。
人型ではなく、球体のサトリ。
――この場で聞こえる心の声、一切を偽りの言葉と考えろ。
ラウンドの言葉が、心の声を筒抜けにするサトリの能力を無効化する。
もちろん声は響き、時にその言葉を信じそうにはなる。
本当の心の声が聞こえる場合もあれば、サトリの作った偽りの声が聞こえる場合もある。
第六十一階層、突破。
だが、関係ないのだ。
本当だろうが、偽りだろうが。
聞こえる心の声は、すべて偽りと考える。
その方針が一つあるだけで、ずいぶんと心が楽になる。
第六十二階層、突破。
「マスターは人の心を動かすのがうまいのお」
「俺はサトリじゃない」
第六十三階層、突破。
「ステップ。お前ら、最終階層に着いたら、俺たちを襲うつもりか?」
「どうだろうな」
第六十四階層、突破。
「吾輩は、まただっこされるのか」
「こっちの方が速いからな」
第六十五階層、突破。
「足疲れたぁ(はぁと)。オーバル、おぶってぇ(はぁと)」
「この手じゃ無理だ!」
第六十六階層、突破。
第六十七階層、突破。
第六十八階層、突破。
第六十九階層、突破。
第七十階層、突入。
そこには、今までのフロアボスの階層と変わらない、不揃いな石を組んで作った床が広がっていた。
他には何もない。
インキュバスもサキュバスもサトリもいない。
絵画や像もない。
ただ、ベリドットのダンジョンが、フロアの真ん中で、悠然とたたずんでいた。
風もないのに、そのイブニングドレスは少し揺れ、光もないのに額に埋め込まれたベリドットの石はきらきらと輝いている。
地上と同様。
最初に飛び出したのは、バゲットとスクウェアステップだった。
ベリドットのダンジョンが牙をむく前に、ラウンドたちが動く前に、バゲットとスクウェアステップは前に出て、跪いた。
「こいつらまた!」
オーバルの声など、二人は気にしない。
「この度、我々人間が、貴女のダンジョンに侵入し、魔物たちを倒したことまずは心より謝罪いたします。しかしこれで、我々人間が、対話に値する実力者であると、お約束通り示すことができたでしょうか?」
「貴女がサトリを使役しているならば、どうぞサトリを使い、あたしたちの心をお読みください。あたしたちが、貴女に危害を加える気はなく、本気で共存を望んでいるとお分かりいただけるはずです!」
ベリドットのダンジョンは、表情を変えない。
薄い微笑みで、透き通った緑色の瞳で、二人を眺めていた。
しばしの沈黙が続く。
「どうぞ、人間たちとの共存を! 対話を!」
「私たちは共存できます! だって、人間とダンジョンは、こんなにも似ているのですから!」
ベリドットのダンジョンの眉が、わずかにピクリと動いた。
『ここは、ベリドットのダンジョンの最終階層』
そして、口を開いた。
まるで、説明でもするように、ベルドットのダンジョンは無機質に言葉を紡ぐ。
『汝らは、夫婦の幸福を示した。愛を示した』
そして、六人の顔を、三組のペアを、順に見ていく。
『ラウンドとマーキーズ』
ラウンドは名前を呼ばれたことに不快感を示し、マーキーズは少し警戒を強める。
『オーバルとハート』
オーバルは剣に手をかけ、ハートはきょとんとした表情で見つめ返す。
『バゲットとスクウェアステップ』
バゲットとスクウェアステップは、ベリドットのダンジョンの次の言葉を待つ。
望むのは、対話の承諾。
『汝らは、魅惑的な異性よりも、パートナーを選んだ。汝らは、偽りの心の声よりも、パートナーの声を選んだ。汝らの愛は真実であると認めよう。ベリドットのダンジョンの名の元に』
表情が変わることはない。
だがしかし、その声には確かに賞賛の感情が乗っていた。
『そして、ベリドットのダンジョン、夫婦の幸福の試練を乗り越えた証として、ベリドットの石を授けよう』
そのまま、ベリドットのダンジョンは、自らの手を額に突き刺し、ベリドットの石を引っこ抜いた。
額には穴が空き、穴の周辺にひびが入る。
ひびは、どんどん広がっていき、あっという間にベリドットのダンジョンの全身へと広がった。
同時に、ベリドットのダンジョンが、崩壊を始めた。
「「な!?」」
ラウンドとバゲットが同時に声を出す。
ベリドットのダンジョンの手にある石は、浮かび上がり、最も近くにいたバゲットの手の中へと落ちる。
そして六人の体が光に包まれ、手首のリングが砕け散る。
『汝らの今後に、さらなる幸福が訪れますように』
ベリドットのダンジョンはにこりと微笑んだ。
透き通るような笑顔に見送られ、六人はダンジョンから消えた。
次には、地上へ戻っていることだろう。
ベリドットの石と、ベリドットのダンジョンがもつ宝とともに。
『ああ、ワタクシの役目が終わりました』
崩れるダンジョンの中、最終階層の中央で、ベリドットのダンジョンは天井を眺める。
六人が戻っていっただろう地上がある方向へ。
太陽が輝いているだろう地上がある方向へ。
ある日、突然意識を持った。
ある日、突然意思を持った。
ある日、突然感情を持った。
それはまるで人間のように。
そしてある日、突然魔物化した。
しかしな、ベリドットのダンジョンは、自身がダンジョンであるという考えを変えることはなかった。
ダンジョン。
侵入して来た人間に対し、試練を与える場所。
その人間が試練を乗り越えれば莫大な財を、乗り越えられなければ死を与える場所。
そう、場所なのだ。
生物などではない。
ただの場所。
自然の一部。
そして今日、ベリドットのダンジョンは攻略された。
ダンジョンとしての役目は、終わりを告げたのだ。
消滅するまで、十秒。
最期の十秒。
ベリドットのダンジョンに後悔はない。
恐怖もない。
ただの自然の一部なのだから。
ただ一つ、思うことがあるとすれば。
『さよなら、ガーネット』
ベリドットのダンジョンは消滅した。




