17話 ベリドットのダンジョン01
「いい天気だ。絶好の討伐日和だ」
快晴の下、馬車の揺れる音が響く。
道の整備を怠っているのか、少々揺れは強く、快適とはいいがたい旅路ではある。
すでにベリドットのダンジョンが出現していることはティニー国内に広報されており、そこへ向かう人も馬車も他にはいない。
現在、ラウンドたちが乗っている馬車も、破格の料金を支払い、特別に出してもらったものだ。
「だ、旦那ぁ。このあたりでいいですか? これ以上は、ちょっと……」
「十分だ。これは約束の金だ」
御者は、硬貨の入った袋を受け取ると、中身を確認し、そそくさと来た道を走っていった。
何かから逃げるように、馬を急いで走らせた。
残った四人――ラウンド、マーキーズ、オーバル、ハートは、ダンジョン・サーチャーの示す方向へと向かう。
ベリドットのダンジョンのいる方向へ。
「マーキーズ。ベリドットのダンジョンの試練内容は覚えているな?」
「無論じゃ。夫婦の幸福の試練。男女ペアでしか入れず、一心同体であることが求められるダンジョンじゃ。そして、このルールに違反すれば石化じゃ」
「その通りだ。マーキーズ、俺はお前を信用している」
「吾輩もじゃ。恋愛対象ではないが、信用はしておる。……じゃからな、そう睨むでない、ハートよ」
互いの意思を確認するラウンドとマーキーズの後ろで、ハートはハンカチを噛みながら嫉妬の目をマーキーズに向けていた。
「夫婦……夫婦……(はぁと)」
「睨むでない! 恐い! 泣くぞ!」
「ぐぐぐ……(はぁと)」
「さっきより表情が険しくなっておるぞ!?」
「なあ、ラウンド。俺とハート、ダンジョンに入った瞬間に石化する気がしてきたぞ」
「そうなれば死ぬだろうな」
オーバルの懸念の言葉を軽くいなし、ラウンドはハートの方へ顔を向ける。
「ハート」
「はい(はぁと)!」
「やれるな?」
「やれる(はぁと)!頑張ろうね、オーバル(はぁと)」
「……俺はお前がわからん」
馬車が引き返した位置からベリドットのダンジョンの位置までひたすら歩く。
危険地帯に近づいているというのに、四人はまるで散歩でもするように軽口をたたきながら歩く。
四人以外、人影のない道を。
「あ?なんだありゃ?人か?」
最初に気づいたのはオーバルだった。
「どうした?」
「なんか、人影が見えねえか?」
「ダンジョンまではまだ距離があるはずだが」
「一人じゃねえ。もっとたくさん」
オーバルの差す方向へ、三人が視線を向ける。
「何かいるな」
「どこかの村人……ではないじゃろうな。国から避難勧告がでておるじゃろうし」
「なら、ハンターかなぁ(はぁと)?」
状況を知らぬ野盗の類か、火事場泥棒を狙う盗賊の可能性もある。
ラウンド達は、念のためすぐに戦闘に入れるよう、集中力を高める。
野盗であろうが盗賊であろうが全く負ける気はなく、ダンジョン攻略の前哨戦としては物足りない相手程度の認識ではあるが、万が一にも負傷しダンジョン攻略に差し障る事への備えである。
「あ?」
さらに近づき、その正体を認識する。
つい最近、マーキーズ以外はあったばかりの顔が二つ、そこにはあった。
一人は男性。
金色の装飾が施された白色のテーラードジャケットとスラックスに身を包んでいる。
短く切り揃えられた黒い髪に、ラウンド達をにらみつける黒い瞳。
顔の作りが柔らかい童顔のため、表情からはあまり威圧感を感じられないが、ハンターレベル六十一というハンターの中でも最上位と言っていい実力者である。
ハンターギルド・ステップのナンバー2――バゲット。
一人は女性。
金色の装飾が施された黒色のテーラードジャケットとスラックスに身を包んでいる。
腰まで伸びる白い髪に、ラウンド達をにらみつける白い瞳。
顔の作りが柔らかい童顔のため、表情からはあまり威圧感を感じられないが、ハンターレベル六十一というハンターの中でも最上位と言っていい実力者である。
ハンターギルド・ステップのナンバー2――スクウェアステップ。
そしてその周囲を囲むように、金色の刺繍が施されていない黒服と白服のハンターが立っている。
その数、百人。
ステップのギルドメンバーたちである。
なお、ステップにナンバー2が二人存在するのは、バゲットとスクウェアステップの両名が譲らず、また実力も均衡しているためである。
バゲットとスクウェアステップは、ラウンドたちの方へ近づいてくる。
「なんでステップがこんなところにいやがる」
ラウンドの疑問も当然と言える。
ステップは、ダンジョンとの共存を掲げるギルドであり、ダンジョンの討伐を快く思っていない。
そのため、ベリドットのダンジョンが近い、この場所にいる理由がないのだ。
いや、あるとすれば。
「俺たちを止めに来たのか?」
ベリドットのダンジョン討伐をこれから行う、ラウンド達の足止めであろう。
ラウンドが剣に手をかけ、殺気を向ける。
それに応じる様に、バゲットもスクウェアステップも殺気を向ける。
「本当はそうしたいがな」
「ハンター同士の争いはご法度ですからね。……命拾いしましたね」
「お前らがな」
視線が激しくぶつかる。
宙に火花がとびちりそうな程に。
が、共に相手に危害を加えるつもりがないことを悟ると、双方とも殺気をおさめる。
「俺たちが今日ここに来た理由は、ベリドットのダンジョンとの対話だ」
「あなたたちがオパールのダンジョンを討ってしまったことを謝罪し、そのうえで共存を説きます」
「……は?」
想像もしなかったバゲットとスクウェアステップの言葉に、ラウンドは思わず呆れの混じった声を出す。
ステップがダンジョンとの共存を掲げているのは知っていたが、その方法に興味はなく知らなかった。
おそらくは、ダンジョンの動きを封じたり、昔のダンジョンのように途中の階層からでも地上に出る方法を確立したり、という方法だろうと推測はしていた。
が、実際は対話である。
ラウンド自身は、ダンジョンとの対話など不可能であると考えている。
なぜなら、ダンジョンは魔物で、価値観が人間と大きく異なり、対話による妥協点の探り合いなど不可能だと、経験から答えを出しているからだ。
「理解できねえ」
「なんとでも」
「あなたに理解されようなんて思っていませんよ」
対して、バゲットとスクウェアステップは、ダンジョンとの対話は可能だと考えている。
なぜなら、ダンジョンは人間の言葉を理解し、話しており、対話による意思疎通が可能であると、経験から答えを出しているからだ。
「くだらねぇ。行くぞ」
ラウンドたちが歩き出す。
「俺たちも行くぞ」
「皆、出発よ」
ステップの面々も歩き出す。
目的地は同じ。
目的は真逆。
ベリドットのダンジョンへと。
「近い」
ダンジョン・サーチャーの示す場所を視界にとらえた。
そこには、黒色のイブニングドレスを着た女性が立っていた。
スレンダーな体型が、ドレスの魅力をより引き立てている。
その髪は緑色に輝いており、まるでカーテンのように足元まで伸びていた。
瞳もまた緑色で、自分に近づいてくる存在を映している。
ダンジョンの象徴である額の石は、透き通った緑色のベリドットである。
その場から一歩も動かず、顔に張り付いた薄い笑顔を変えず、彼女はハンターたちを迎えた。
「失礼、ベリドットのダンジョンとお見受けする。私はステップのハンター、バゲットと申します。この度、我々人間が、オパールのダンジョンを討伐した件、心より謝罪したい」
「私はステップのハンター、スクウェアステップです。そのうえで、我々と対話をしていただけないでしょうか。我々は、人間は、貴女方ダンジョンとの共存を望んでいます」
ベリドットのダンジョンを見るや否や、誰よりも速く、バゲットとスクウェアステップは飛び出した。
そして頭を下げ、対話を試みた。
「おい!!」
それを見たラウンドは、不機嫌に叫ぶ。
あたかも人間の総意であるような言い方に。
ベリドットのダンジョンは、表情を変えない。
動かない。
『汝ら、愛する者を指し示せ』
ただ、その言葉を口にした。
意味を理解したブリリアントの面々は、ラウンドとマーキーズを、オーバルとハートは、それぞれを指差す。
「待ってください。まず、対話を」
「お願いします。あたしたちと対話を」
『汝ら、愛する者を指し示せ』
変わらない言葉が繰り返される。
『汝ら、愛する者を指し示せ』
『汝ら、愛する者を指し示せ』
『汝ら、愛する者を指し示せ』
「……わかりました。ではまず、貴女のダンジョンを攻略し、私たちが対話するに値する実力者であることをお見せします」
「そうですね。最終階層で、本物の貴女と、今度こそ対話を」
バゲットとスクウェアステップも、それぞれを指差す。
ステップのギルドメンバーたちも、その様子を見て、指しあう。
男性メンバー五十人、女性メンバー五十人、全員がかぶることなく指しあう
『汝ら、愛す……』
全員が指し示した時点でベリドットのダンジョンの言葉は止まり、その足元が光り、円状に広がっていく。
光は、周囲のハンター全員を捉え、沈めていく。
そして全身が沈み切ったとき、ダンジョンの中に立っていた。
指しあった男性の左手首と女性の右手首が、光の輪っかで繋がった状態で。
ベリドットのダンジョン。
『汝らの愛を見せよ。夫婦の幸福の試練』




