家出 10
「報酬をくださいな、女王様」
アキのにこやかなおねだりに、リラはハッと髪の毛に手をやった。
忘れていたわけではないけれど、本当にそんなことが報酬になるのかと半信半疑だったのだ。念のため、と昨晩しっかりと髪を洗ってはきたのだけれど。
「髪を解いて、触らせてくれるでしょう?」
邪気のない笑顔で、純粋にリラのふわふわの髪を触りたいだけで下心はないのだと思わされる。それが少し残念でもあり、ほっともする。リラはヘアバンドを外し、さらに一つにまとめていた紐をするりと外す。見た目にはボワンとした髪がリラの頭を覆う。
「どうぞ」
頭をずっと差し出したリラに、アキは一瞬驚いたようだったが、一歩近づいてくるとリラの髪にそっと手を載せた。
「ふわふわだ…」
アキの細い指が、リラの髪の毛にゆっくり差し込まれる。彼の指先が頭皮近くまで潜ってきて、そっと頭頂部から後ろに髪の毛を梳いていく。その繰り返し。梳かれ指が離れるたびに、リラの髪はふわっと元の位置に戻り、またそれを追ってアキの手が髪を梳く。
「素敵だ…」
うっとりとしたアキの声。リラは丹念に髪の毛を梳かれる感触に戸惑いながら、そっと視線を上げ、アキの顔を窺った。
室内で見るからだろうか、彼の目は明らかに黒く、睫も眉毛も黒く真っ直ぐのものに見えた。髪の毛だけが細い茶色。それにしても麗しい顔だちだ。
リラの視線に気づいたのか、アキもリラに視線を向けた。その目はまっすくにリラを射抜く。どきりとしてリラは慌てて視線を逸らそうとするが、頭に載っていたアキの手が後頭部に滑りぐっと上向かせる。否応なくアキを見上げたリラの半開きの口元が麗しい唇に塞がれる。
口付けられた、と気付くまで半瞬かかり、そのぬくもりにリラは目を閉じた。気付けばリラはすっかりアキの腕の中にいたのだ。
耳元で、弟の生意気な声がリピートする。
「姉さんの今季の目標は恋をすることだね」
恋ねぇ。
柔らかい温もりを堪能したところで、アキの唇が離れた。目を開ければ若干済まない顔をして、リラを見ている。
「ごめん、リラ、つい」
「つい…」
それはそれで失礼じゃなかろうか、と思いつつ、リラは小首をかしげる。
「まぁいいんじゃない。妙齢の男女がこの距離にいれば起こりうるハプニングよ、多分」
「ハプニング…」
軽くショックを受けた顔で繰り返され、だが自分も少しパニックに陥っていると自覚しながらリラは言葉を返す。
「恋じゃあ、ないでしょう?そこに唇があったから、キスしただけでしょう?」
「それではまるで僕が痴漢のようじゃないか」
「じゃあ、女たらし?」
「ひどいな」
苦笑するアキの顔に、リラはつっと手を伸ばした。つるりとした頬は見た通りの柔らかさで男性のものとは思えない。そのまま首の後ろに手を回して、ぐっとアキの顔を引き寄せる。
「お返し」
そして、今度はリラから口付ける。何故自分がそんなことをしているのか分からないが、そうしたいと思ったのだ。これが恋かと問われると違うと思うが、彼とのキスは心地良い。
リラの唇を味わうように吸いながら、アキの手が再度ゆっくりとリラの髪を梳き、それから背へと降りていき、腰のあたりで止まって体を引き寄せられる。密着した部分からアキの体温が伝わってくる。
「アキ…」
息継ぎの合間に名を呼べば、宥めるように頬を撫でられる。
「リラ、ずっと君をこの腕に抱きたかったんだよ」
「都合のよい台詞ね」
そう言いながらリラは目を閉じて体の力を抜いた。
「でも嫌じゃないわ」
「ありがとう」
ソファに横たえられて、リラはカーテンを閉める音を聞いたのだった。
ここでプロット上は前半終了。
キスまでしか予定はなかったんですけど筆がツツっと。二人の間に何があったかはとりあえずご想像にお任せします…。




