前編
ギャクです。軽い気持ちでお読みいただければ。
私が息も絶え絶えに、なんとか今日の昼のラッシュを乗り切ったと安堵した時、店の入り口のベルが鳴った。
「よう、シルフィー」
そういって店に入ってきたのはブライアンだ。
……ああ、終わった。
私は瞬時に悟った。ブライアンからは逃れられた試しがないのだ。
ゴクリと唾を飲み込み、決死の覚悟で近づいた。
彼の座った席にコトリと水を置き、乾いた唇を無意識に舐めてお決まりの台詞を述べる。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「ああ、店主のオススメな。それとシルフィーの可愛い笑顔」
そう言ってウィンクひとつ。
ぐはっ!
飛んできた星が私の胸にクリティカルヒットした。
ライフゲージが一気に半減する。
私はワナワナと震える体を叱咤した。
あと少し。もうちょっとだけ。
歯を食いしばりブライアンを見つめる。もしかしたら目が血走っているかもしれない。
短く刈り込んだ金髪。日に焼けた逞しい体。騎士という職業柄、よく鍛えられた体躯に弛んだ部位などどこにも見当たらない。
そして高く通った鼻梁と大きめの口、切れ長の目。その完璧な配列。
正に絶世の美男子たる彼を更に特徴付けるのが、右目を覆った黒の眼帯。
任務中に怪我を負ったとのことで、彼は常に眼帯を付けている。
しかしまたそれが良い。
一見品のある顔立ちの彼を、黒の眼帯が野性味と男の色気を加えている。
好みだ。
ブライアンの全てが、私の好みのど真ん中だった。
呼吸が苦しくなってきた。
もうそろそろ限界だ。
私はもう一度彼の姿を目に焼けつけ、慌ててその場を離れようとした。
「おっと、そういつも逃げなさんな。少しは男に慣れねーと結婚もできやしねーよ?」
そして早業で私の手を掴んだ。
ブワッ!!
一気に頭の先から足の先まで鳥肌が立った。急激に血の気が引くのを感じる。
「お、おい……」
ああ、声まで素敵。
そう思ったのを最後に、私の意識はブラックアウトした。
「お兄ちゃんの馬鹿!!」
私はこれでもかと罵倒した。到底この程度では怒りは収まらず、その場で地団駄を踏む。
「何だ、起きて早々喧しい」
白の神官服を着た涼しげな兄の小面憎いこと。
いっそご自慢の銀髪を全部引っこ抜いてやりたい。
しかし私は兄に触れることができない。益々憎らしい。
「ブライアンとまともに話すこともできないじゃない!」
そう言って私は泣き崩れた。
兄は五月蝿いのが嫌いだ。
神殿は声が響く。私は嫌がらせ半分、身も世もなく泣き喚いてやった。
「このまま私がいきおくれたら、一生恨むからね!」
持てる限りの憎しみを込めて睨みつけてやると、流石に気まづかったのか、兄は私から視線を逸らした。
そう、この厄介な体質は、兄の呪いによるものなのだ。
突然だが、兄と私は神の愛し子である。
神の愛し子とは、要は超絶美男・美女のことだ。
遥か三千年前、この世に神が降臨した。
そして人々にこう告げたのだ。
「やっぱりイケメンバラダイスがいいよね」
と。
そして世界に光が溢れ、その光が収まった時、この世界はイケメンだらけになっていたのだそうだ。
もちろん、この世界の神は女神である。恐らく、相当な面食いの。
しかし皆が皆イケメンだと、もはやイケメンであることが分からない。顔の美醜は他者と比較されて初めて認識されるものであるからだ。
よって、この世界の男子は、普通一割、まあまあイケメン五割、イケメン三割、超絶イケメン一割という配分で生まれてくるようになった。
そんな一割の超絶イケメンを、神の愛し子という。
ちなみに普通の顔に生まれてしまった男子は、高確率で初々しい男子が好みという妖艶なお姉様と結婚するという特徴がある。恐らく神の趣味…いや、慈悲が働いた結果だろう。
男子に比べ、女子に変化はなかった。
神は言った。
「女の子は女の子であるだけで至宝である」
その言葉に世の男性はひれ伏すしかなかったとか。
しかし、たまに女子にも私のようなものが生まれる。神の手が加えられたとしか思えない、超絶美少女が。
私と兄は、世にも珍しい神の愛し子兄妹なのだ。
そんな私は、子供の頃、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ調子にのっていた。
超絶イケメンですら全体一割という希少さ、女の私は推して知るべし。
女の子の友人を見下していた。
超絶イケメンでも、好みのタイプでないと歯牙にもかけなかった。
なにせ、超絶イケメンですら兄で見慣れていたので。
そんな私を両親と兄は心配し、時に厳しく叱った。
そうした10歳のある日、全体三割のイケメン(10歳の同級生)の告白を散々馬鹿にしているのを兄に見つかりこっぴどく叱られムッとした私は、禁断の一言を発してしまったのだ。
この若白髪、と。
兄は輝くような銀髪の持ち主である。それは今や彼の自慢であり常に賞賛の的なのだが、銀髪はかなり珍しい。
光の加減によって白く見えることを、当時の兄が気にしているのを私は知っていたのだ。
兄は怒り狂った。
そして、神官になったばかりで習いたての呪文を私に放ったのだ。
それは女神が人々に伝えた神聖呪文。
主に自分のイケメンっぷりに調子に乗る男子を更生させるための呪文。
美女恐怖症になる呪文である。
神は地上を去る間際、人々に告げた。
「内面の美しさも忘れるなかれ」
お前が言うな。
皆そう思ったことだろう。
兄はその逆バージョン、イケメン恐怖症になる呪文を私にかけたのだ。
しかし兄はまだ神官になりたて。ましてや逆バージョンという、ある意味アレンジを加えた呪文である。
呪文は暴走し、私はその場で気を失った。
そして目覚めた時、私は兄の想定を遥かに上回るイケメン恐怖症になっていたのである。
通常の美女恐怖症は、精々が相手の顔をしっかり見られない程度である。顔が見られなければ美女も何も関係ない。この呪文によって、相手の内面に目を向けることができるのだ。まあ稀に、脚フェチや胸フェチなど、自分の嗜好に気づかされる者もいるのだが。
しかし私は顔を見るどころか、一分以上イケメンと喋ることができない。超絶イケメンとはわずか三十秒。
そして体に触れられようものなら、立っていられないほどの体調不良に陥るのだ。
万が一超絶イケメンに触られた場合、その場で気を失ってしまう。
そう、ブライアンと話すことができないのは、兄の神聖呪文、いや、呪いによるせいなのだ。
考えてもみよ。普通が一割のこの世界。私はほとんどの男とまともに会話すらできなくなってしまったのだ!
呪文をかけた張本人だからか、唯一まともに話せるイケメンが兄だけなんて、私の人生終わったようなものである。
しかし兄であっても、触ることまではできなかった。
まあ、いくら兄が超絶イケメンでも恋愛対象になる訳もなし、もし触ることができたのなら、すぐにでも駆け寄って彼の背に腕を回す代わりに首に手をかけるだろう。
流石の兄も私の症状を知るや否や、すぐさま呪文の解除を試みた。しかしアレンジを加えたせいか、拝み倒して依頼した高神官さえ、私の呪いを解くことはできなかったのだ。
さようなら、私の青春。
さようなら、世のイケメン達。
私は悲嘆にくれた。
「まあ、そう落ち込むな。いざとなれば普通の男と結婚すればいいだろう。お前の顔ならどんな男でも喜んで受けいれる」
な、なんてことを言いだすのだこの男は。
我が兄ながら正気を疑う。神官の風上にも置けない。
「私はこれでも敬虔な女神信者よ!?そんな適当に相手を選ぶなんて、愛を司る我らが女神が聞いたらきっとお嘆きになるわ!」
そう、私は誰よりも女神への信仰が厚いのだ。
それはつまり……
「イケメンじゃなきゃ嫌なのよぉ〜!」
私はワッと泣き崩れた。
女神信仰、それは三度の飯よりイケメン好きということなのだ。
ちなみに兄が神官なんぞをやっているのは、ただ安定した職場だからである。
私は床に突っ伏しておいおいと泣き続けた。
「う、う、ぐすん。なんとかしてよ。このままじゃブライアンに呆れられるのも時間の問題だわ。まともに話せないままお別れなんて、そんなの嫌よ」
しかもブライアンは超絶イケメン。つまり話せる時間はわずか三十秒、触られた瞬間にジ・エンドなのである。
せめて倒れている間にブライアンが出来心で私に手を出せば、既成事実を盾にとって交際でも結婚でも好きに迫れるのでは!?とヤケになって考えたこともあったが、世の中そう上手くはいかない。
倒れている間に暴漢などに襲われることを心配した兄により、私が気絶すると瞬時に兄の元に瞬間移動する術をかけられているのだ。
忌々しいほどに私の邪魔しかしない兄である。
しかもそんな高度な術が使えるのなら、何故こんなふざけた呪文が解けないのか疑問でならない。
「ねえお兄ちゃん。せめて瞬間移動の術解いてよ。これさえなければ倒れた私にブライアンがあれやこれやできるじゃない。後はその現場を誰かにちゃんと押さえてもらって言い逃れできないよう根回ししておくだけなんだから」
「えげつないぞ、お前」
うるさい、誰のせいだ誰の。
こちとら形振り構っていられないのだ。
「一応お前の兄である俺が、そんな危ない真似許せるわけないだろう」
「じゃあ私が死ぬまで寂しく独り身でもいいって言うの?」
一歩も引かない私。ここで引いたら残された道は普通の男、フツメンとの結婚か生涯独身かの二択である。
男子人口9割がイケメンであるこの世界でフツメンとの結婚を選ぶなど、イケメンを散々食い散らかして最後はフツメンに落ち着いたお姉様方だけで充分である。
いつになく真剣な私に、長い沈黙の後に兄は逡巡しながらも懐から一枚の紙を取り出した。
「昨日できたばかりの札だ。これを使えば一時的にかけられた呪文を解除することができる」
……なんだって?
私は兄の手に握られたその紙を凝視した。
「使い方は簡単だ。ただ身につけているだけなら呪文の軽減、札を破れば呪文を解除できる。といっても調子に乗って長いこと喋るとぶっ倒れるから気をつけろ。それに札を破った後の効果はおよそ一時間だ」
そう説明すると兄は苦々しげに眉間に皺を寄せた。
「これを作るのに六年かかった。しかもまだこの一枚しかできていない。使うタイミングと場所には十分注意しろ」
そう言って私に紙を差し出した。
私は震える手でその紙を受け取った。
これさえ、これさえあれば、ブライアンと楽しくお喋りできる。デートだってできるかもしれない。そうだ。彼の整った顔を思う存分観察することも、あの魅力的なサファイアの瞳を覗き込むことも、色気だだ漏れな体に擦り寄ることも、匂いを嗅いで体を撫で繰りまわすことも……
「おい。せっかくの顔が残念なことになってるぞ」
うるさい。
「とにかく、使い方は分かったな?札を破ったら一時間だ。それが過ぎたら気を失っていつも通り俺の元に強制転送される。そうなる前に勝負を決めろ」
「大丈夫、一時間もあれば勝負はつく。必ずブライアンとセッ◯◯してみせるわ!!」
私は拳を突き上げて高らかに宣言した。
遠い目をしながら、「可愛い妹の貞操観念が…」とか、「父さん母さんごめん、俺のせいで…」とか何やらブツブツ呟いている兄を尻目に、私は神殿を飛び出した。
待ってて、ブライアン。
あなたの体と未来は私が頂くわ!!




