第十四話
後に関ヶ原の戦いと呼ばれるであろう日、城の廊下には小早川秀秋。
とうとうこの日が来てしまったことに怯え、緊張している様子だ。
元から青い顔がより一層青い。
正直、怖い。
自分でも気分が悪いと感じたようで、少しでも良くしようと部屋の外に出て大きく息を吸った。
それでも緊張が解けず、何度も繰り返していた。
すると、向かいから誰かが歩いてきた。大谷吉継である。
姿を確認した後、少しマシになっていた顔色が段々と戻っていく。
頭巾で隠れている為、表情が分からない。
そのため何を考えているのかは分かりづらいが、どこかしら緊張感が出ているものである。
ただ、秀秋とは決定的に違うところがあった。
吉継は怯えていなかった。
むしろ、さすがというべき威厳で溢れていた。
秀秋は昨日のこともあり気まずく思い、真っ直ぐ顔を見られない。
このまま通り過ぎてくれ、と願うばかりである。
そしてとうとう2人が廊下ですれ違う時。
秀秋の願いは届かず、吉継は秀秋の前でピタリと止まった。
「小早川殿、お早う」
「お、お早う御座います…」
変わらず俯いたままで、搾り取ったような声で挨拶を返す。
「一昨日の晩はどこにおられた」
秀秋の方がびくりと動き、額からはだらだらと汗が流れてくる。
「ど、どこにも……」
声量が下がっってしまい、大谷の声でかき消されてしまう。
「小早川殿から、狸のにおいが香る」
あり得ない程、大きく秀秋の体がびくついた。
先程とは比べものにはならない。
効果音をつけるとすれば「びっっくーん!!」
これが正しいと言える。いや、ほんとに。
汗も額だけでなく様々なところから、滝のように流れてくる。
更にさらに、青い顔が真っ青なってきた。
今ここで死ぬのではないか。いや、ほんとに。
「狸鍋でも食べましたか。我も誘ってくれればよいのに…」
名残惜しそうに言うが、現状はそんなことない。
大谷は至近距離で秀秋をじーっと睨む。まさに蛇に睨まれた蛙だ。少しも動けない。
すると、大谷は秀秋の耳元に近づくと一言だけつぶやいた。
その言葉を聞いた瞬間、秀秋は恐怖のあまり腰が抜けてしまい、しばらく立てなかった。
大谷はそんな秀秋を放り、颯爽と去って行った。
「裏切りでもしてみろ。三年の間に祟ってあの世に引きずり込んやるわ」
小早川秀秋は極度のあがり症と言われており汗は尋常ではなく、本当に滝のようであった。
また、その話は武将たちの間で有名であり、実際大谷吉継はこのあと「話はまことであった。まるで滝のようであった」と記述を残している。
これが後世で言われる滝汗という言葉の由来と考えられる。




