第十三話
「大谷殿、体の調子はどうなのじゃ」
「分かりきっていることを聞くのはやめていただきたい」
家康の呑気な態度とは対照的に苛立ちを見せる。
それもそうだろう。今回の関ヶ原に吉継は病が原因で遅れたのだから。
しかし、威圧的な態度にも少しも動じず、口を開いた。
「確かに、儂と石田殿は対立しておる。じゃが、だからといって話し相手にもなってはくれぬのか」
そういって大谷の前に静かに湯呑を出す。
この呑気な言い方にどこか、温かみを感じ大谷も少し下を向き、黙ってしまう。
少し躊躇したあと、ゆっくりと湯呑をとり口に運んだ。
それを肯定の意味だと受け取り、家康は話し始めた。
「最近はすっかり歳をとり、誰も相手にしてくれんのじゃ」
「徳川殿がたくさんの側室を娶られたことを小耳にはさみましたが」
「公家の奴等じゃろう。全く、根も葉もない噂を流しよって」
まるでそれが嘘のような口ぶりだ。
「儂のことはいいのじゃ。石田殿との仲はどうなのじゃ」
呑気な言い方は相変わらずだったか、先程よりも重みがある言葉であった。
「徳川殿には関係ないこと」
ぴしゃりと言い放ち、鋭い眼光を一層鋭くさせる。
「冷たいのぉ。今は戦のことは忘れてくれと、頼んだばかりじゃろう。ただ、仲はどうなのじゃ、と聞いただけじゃ」
「…仲は良いまま。何も変わりませぬ」
「それはまことか?」
「嘘をつく理由がない」
「追求して悪う。いや、先程厠に行った際、怒った石田殿が部屋から出ていくのを偶然見てしまったのじゃ」
その言葉に吉継の目元はぴくりと動く。
「こんな歳じゃ。いつ天に召されてもおかしくはない。儂は一国を背負う武将として、平和な世を見てから逝きたいのじゃ。失礼は承知のうえじゃが、大谷殿にも協力して頂きたい。当然、儂が勝利した暁には、それなりのものを用意するつもりじゃ」
先程までは、湯呑をいじっていたり下を向いていたりとしていたが、突然吉継の目をまっすぐ見つめ言う。家康の本気なのではないだろうか。
「平和な世が見たいのは誰しものこと。我とて、見てみたい。だが、それを治めるのは三成と決めておおりまする。失礼する」
家康の本気に、吉継も答えてたのではないだろうか。
すっと立ち上がり、家康に背中を向け部屋を出ようとした大谷。
その背中には一切の迷いはなく、凛とした日本男児、そのものであった。
「本当によいのだな。儂は今までのことを水に流し、東軍に来てほしいと思うておるのじゃが」
背中にその言葉を言ったあと、吉継は目を見開くことになる。
あの吉継が少しではあるが笑ったのである。頭巾で隠れてはいるが、かすかに笑い声が聞こえたのだ。
「徳川殿、先程の言葉を訂正させて頂きたい」
「東軍についてくれるのかっ」
家康は気持ちが高揚したのか、それが声色にも表れている。
説得できたのであろう。しかし、吉継の口から出た言葉は徳川の望むものではなかった。
「いや、我は今まで通り西軍である。先程の言葉とは、平和な世についてよ」
「なんじゃ、そのことか」
家康は分かりやすく落胆した。
「平和な世が見たいと申したが、そうではなかった。我は、三成が治める世が見たいのよ。たとえ、それが荒れ狂う世でも」
そう言い残し、吉継は部屋をあとにした。
部屋に一人残された家康は、落胆し諦めた様子で親指の爪をずっと噛み悔しそうにしていたという。
この二人の会話を記録されているものは少なく、あまり知られていない逸話である。
もともと石田との信頼関係は篤いとされる大谷だが、この逸話が残っている様子では、更に石田への信頼や忠誠心をうかがえるのではないのだろうか。




