第十三話 決意
アキラが学校で魔物と戦い、謎の男と接触した事件から三日。世間ではこの騒動を“謎の毒ガス事件”と呼び、警察・消防・研究所などが原因究明に努めていた。
倒れた人々はほとんどがその日の内に意識を取り戻した。ただ一人アキラを除いて。
熱もなく、どこか怪我をしている訳でもないのに、アキラは眠り続けた。意識が戻らない原因もわからず月夜と琢磨は病室に交代で泊まり込んだ。ミーナも認識阻害の魔符を使って病院に入り込んだ。
ベッドの上のアキラを見てミーナはひどく後悔した。何故あの時最低限の結界を施したらすぐにアキラの元へ駆けつけなかったのか。どんなに魔法の才能があってもまだ中学生の子供だと何故わからなかったのか。悔恨が後から後から出てくるがすべては後の祭りだ。
「ごめんなさい。私が、ちっぽけなプライドを捨てられなかったから……」
泣いてはいけないと分かっていても涙が一筋流れ落ちた。こんな、相手に許しを請うかのように弱音を吐く自分の弱さが、今回の結果を招いたのだと思った。
自分の無力さを思い知らされて視線が床に落ちたとき、ベッドから布が擦れる音が聞こえ、ミーナははっと顔を上げた。
「う……うう……」
「アキラ、気がついたの?!」
慌ててベッドに飛び乗るとアキラが目を開いてミーナを見ていた。意識が戻ったばかりだからかぼんやりとしていて焦点が合っていない。ぐるりと病室の中を見渡して口を開いた。
「ミーナ、さん……ここは?」
「病院よ。学校内で倒れているのを一条君が見つけてくれて、病院に連れてきてくれたのよ」
「……学校……」
アキラは何かを思い出そうとする様に黙り込んだかと思うと、それまでぼんやりしていた目に段々光が戻ってきた。しかしすぐに顰め面になってしまった。
「そうだ、魔物が……学校に魔物が現れたんだ。確か倒したと思うんだけど、その後僕は……駄目だ、思い出せない」
「アキラ?」
「意識が無くなる前に何か、いや誰かを見たような……」
「アキラ、しっかりして!」
ぶつぶつと何かを呟くアキラに何だか嫌な感じがして、ミーナは思わず大声を上げた。アキラははっとした後、ゆっくりとミーナに視点を合わせた。
「ミーナさん……ごめん、大丈夫だよ」
「あなた、三日間も寝たきりだったのよ。本当に大丈夫?」
「ちょっと記憶が混濁してるだけだから。それより僕が寝てる間に何があったの?」
「えっと、倒れた人たちはほとんどがその日の内に意識を取り戻したわ。魔物もアキラが倒してくれたみたいだから、それ以上の被害はないわ」
「そう、良かった……くっ」
「まだ起き上がっちゃ駄目よ」
身体を起こそうとするアキラを再びベッドに寝かせた。アキラも自分の身体の状態を理解したのかそれ以上無理に動こうとはしなかった。
「痛た……ごめんなさいミーナさん」
「もう、無理しないで。今人を呼ぶから」
そう言ってナースコールのボタンを押そうとしたミーナの前足は突然伸びてきたアキラの手に掴まれた。驚いてアキラの方を見るとアキラが切羽詰まったような真剣な表情をしていた。強い眼差しに射貫かれてミーナは一瞬息が止まるかと思った。
「ミーナさんにお願いがあるんだ」
「アキラ、どうしたの?」
「僕に魔法の修行をつけてほしいんだ」
「い、いきなりどうしたのよ?」
「今までは行き当たりばったりで戦ってきた。これまではそれでも良かったかも知れない。でも、今回のことでわかったんだ」
「わかったって、何が?」
「この町を、大切な人たちを守るにはもっと力が必要なんだ。いつまでも受け身で状況に流されていては駄目なんだ。自分の意志で行動しないと、何も出来ないんだ」
アキラの言葉がミーナの心に突き刺さった。アキラは自分のことを言っているのだろうが、アキラを守れなかったミーナが感じていることと同じだった。
「自分の想いを通すには、それだけ力が必要なんだ。お願いします、僕に魔法を教えてください」
頭を下げるアキラを前にして、ミーナは動きを止めていた。
アキラの言っていることは理解できる。そしてその手伝いをしてあげたいとも思う。しかし、果たして自分なんかが教えてもいいのだろうかという気持ちが頭を過ぎる。
ここに来る前、ドイツでは天才だと周りからもてはやされた。しかし初めて一人で来た任務でそれは幻想だったと思い知らされた。現実を知らない自分が、アキラのような将来有望な魔法師を育てることなど出来るのか。そう思うと首を縦に振ることが出来なかった。
「……私なんかに教えるなんて無理よ。アキラには黙っていたけど、一人で任務に来たのはこれが初めてなの。魔法師資格も半年前に取得したばかりでまだまだ半人前なのよ。そんな人間が教えるなんて、無理よ」
こんな事を言っている自分が恥ずかしくなり、思わず顔を逸らした。今アキラがどんな顔でミーナのことを見ているのかと思うと顔を上げることなど出来なかった。失望しただろうか。それとも騙されたと怒っているだろうか。
ミーナは次に来るであろう怒声に身構えた。
しかし飛んできたのはもっと優しい声だった。
「そんなことないよ。ミーナさんはすごい人だよ」
「そんなことない! 現に、今回私は何も出来なかった! アキラを見捨てて一人で戦わせたの!」
「ううん、それは違うよ。ミーナさんは町の人たちを守ってくれていたんでしょ? あの時、黒い粉が町の方に飛んでいくのが見えたけど、それをミーナさんは防いでくれてたんだよね」
「な、何でそれを……けど、そんなのアキラに比べたら全然……」
「ミーナさんは僕に出来ないことをしてくれたんだ。僕はあの時目の前の敵で手一杯で、みんなを守ることは出来なかった。ミーナさんが町のみんなを守ったんだ」
「ち、違う……アキラが魔物を倒してくれると思ったから」
「うん、僕もミーナさんが守ってくれると信じてた。だから心おきなく全力で魔物と戦うことが出来たんだ。ミーナさんがいてくれたから倒せたんだ」
アキラの言葉が心に染みる。周りにいた大人たちのようなお世辞で言っているのではない、本心から出た言葉だと思えた。
「……ありがとう。そこまで言われて引き下がるわけにはいかないわね」
「それじゃあ……」
「ええ、私がビシバシ鍛えてあげる。厳しすぎても文句言わないでよね」
「ありがとう、ミーナさん!」
アキラの頼み事を引き受けたが、未だ自分では力不足だという気持ちは払拭できてはいない。しかしアキラはこんな自分を信じて任せてくれると言うのだ。いわばアキラからやり直すチャンスを貰ったのと同じだ。もう二度とあんな無様な姿を晒さない。アキラに魔法を教えるのと同時に自分を見つめ直すのだ。
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「そう、僕はもっともっと強くならなくちゃいけないんだ……」
アキラはミーナに気づかれぬよう呟いた。
アキラはこのとき夢の内容を覚えてはいなかった。だが自分には力が必要なこと、そしてこれが最後のチャンスであることを直感していた。
ミーナにとってアキラに魔法を教えることはやり直す機会であっても、アキラにとってこれは最後の賭。勝算は全く分からないが、この勝負に負ければどうなるかはアキラ自身が一番理解していた。それでも最後のチャンスにすがるしか選択肢は残されていなかった。
アキラの心の変化に、ミーナはまだ気づいていない。
果たしてこの先アキラたちを待ち受けるのは一体どんな未来なのか。其れを知るものはまだ誰もいない。




