第十二話 悪夢
前話投稿から二週間開いてしまいました。
これからも二週間に一話のペースになるかもしれません……
あと、章分けしてみました! 取り敢えず今回の話は新章のプロローグみたいなものです。
御堂アキラは真っ暗な空間に一人ぽつんと立っていた。どこまでも闇が続くこの空間は現実のものではない。しかしアキラには見覚えがあり動揺はなく、ゆっくりと歩き出した。
不意に目の前に一組の男女が現れた。両親を亡くしたアキラを最初に引き取ってくれた叔父夫妻だ。二人の影に隠れるように彼らの息子もいる。彼らは皆一様に顔には笑顔が浮かんでいる。それは独りぼっちになったアキラを哀れみ新しい家族になってあげようと思っているからだ。
だがその笑顔がすぐに崩れることをアキラは知っている。叔父の勤める会社が不況の波にのまれ倒産し、叔父一家は都内から地方の知り合いの元へ落ち延びていった。アキラは別の親戚の家に引き取られることになった。叔父たちとの別れの日、彼らにあの日の笑顔はなかった。アキラを迎え入れてたった半年の出来事で、彼らは内心アキラが不幸を呼び込んだのだと思っていたが、それを口にすることはなかった。しかしアキラは彼らの黒い感情をはっきり感じていた。苦しげな表情のまま彼らの姿は闇の中に消えていった。
次に現れたのはアキラの祖父の兄とその娘夫妻。彼らもアキラに微笑みかける。次々と家族を失ったアキラを可哀相に思っていた彼らの口癖は『僕(私)たちが新しい家族だよ。ずっと一緒だからね』だった。だが三ヶ月後、娘婿が工場での作業中指を切断し仕事が出来なくなり、祖父の兄もガンで入院、娘は外に出て働き出すも苦労の連続で軽度の鬱病にかかった。祖父の兄が亡くなった後夫婦の間では喧嘩が絶えなくなり、その二ヶ月後に離婚した。『ずっと一緒』という言葉は祖父の兄が入院した頃から聞かなかった。彼らも闇に溶けて消えた。
次に引き取られた家では初めから笑顔は向けられなかった。この頃からアキラは親戚の間で『呪われた子供』と噂され出した。行く家々で不幸を撒き散らす呪われた子。アキラの両親の事故もアキラのせいだったのではとまで言われた。なまじ見た目がよかった為、男に色目を使っているという噂が流れたこともあった。
現れては消えていく人影。アキラ自身、一体いくつの家に引き取られその家庭を崩壊させてきたのか覚えていない。覚えているのは皆がアキラを鬱陶しそうに見る瞳と、その瞳を向けられるたび壊れていく自分の心だけ。両親が死んで二年が過ぎた頃にはもうアキラは自然な笑顔のしかたが分からなくなっていた。それでも作り笑いを絶やすことはなかった。嘘でも笑えなくなったら本当に壊れてしまいそうだった。
苦しさでその場に蹲りそうになるのを我慢し歩みを止めない。アキラはこの闇の向こうに待つ温かい人たちを知っていたからだ。
小学五年生に上がる頃、とうとう引き取り手がいなくなり施設に預けるかという話になったとき現れたのが秋山月夜その人だった。彼は初対面でアキラに微笑みかけた。数年ぶりに笑顔を向けられ戸惑うアキラだったが、その後の日常の変化について行くので精一杯になりそんなことを考える暇もなくなった。
温かいご飯を与えられ服も何着も買って貰い、憂さ晴らしに殴られることもなく身体の関係を迫られることもなかった。アキラは普通の生活がどんなものだったか少しずつ思い出し、笑顔にぎこちなさが取れていった。
金持ちが通うような私立の小学校に転入させられた時はかなり嫌だったが、琢磨という友を得たことでアキラの心はやっと温かいもので満たされた。
このころからアキラは誰かの為になにかをしたいと思うようになった。壊してしまった家族に対する罪滅ぼしの意味もあったが、なによりこんな自分に笑いかけてくれる人がまだいたことに感謝していた。その礼に何かを彼らに返したかった。そして再び居場所をくれた温かい人たちを前と同じように不幸にしたくなかった。彼らまで不幸にすれば、彼らから笑顔が消えれば、今度こそアキラの心は完全に砕け散ってしまうことをアキラはわかっていたのだ。
幸せを思い出した今のアキラにこの闇の中は耐えられない。自然と涙が流れるがそれを拭うこともせずただただ前に進む。温かい人たちのいる場所を目指して、過去の不幸にした人々の呼び止める声を振り切って、ひたすらに前へ。
そうして現れたのは光に包まれた月夜たち、ではなかった。
そこにいたのは黒い男。身体は闇に溶け込み薄くしかみえないが、その輝く銀色の瞳だけが闇の中に浮かんでいてアキラを視線で射貫く。アキラはその瞳から目を離すことも逃げ出すこともできず、じっと見つめ合っていた。
今までこんなことはなかった。この悪夢は最後には必ず光の中で終わるはずだった。そう信じていたから闇の中を歩けたのに、最後の希望が消えてはもうアキラは進むことなどできないではないか。
身体から力が抜け、へたり込んでしまいそうになったその時。
―――大丈夫、私がずっとそばにいる
見えない男の口から言葉が紡がれる。
―――私は貴女を置いて消えたりしない
それはアキラがずっと欲しかった言葉。
―――私は貴女だけを愛している
自分だけを求めてくれる存在。
―――私だけが貴女を愛している
儚く消えてしまったがゆえ、捨てきれずにいた想い。
―――必ず迎えに行き、貴女を私のものにする
そんなものは幻想だと何度も思い知らされても心の奥深くで渇望し続けた。
―――貴女は私の愛しい人
どうしようもなく嬉しくて、すぐにでも欲しくなって、アキラは手を伸ばすが男は闇に紛れていてふれることすら出来ない。男がだんだん消えていく。周りの闇も薄くなっていき、夢の終わりが近いことをアキラに伝えていた。必死に掴もうとしても男はもう何も言わず、無情にも消え去った。
アキラはその場に泣き崩れた。希望を見せつけておいて目の前で奪い去るとは、なんと残酷なことだろうか。今まで自分を心から愛してくれる存在をどれだけ恋い焦がれてきたか、神は見ているはずなのに何故これ以上の地獄をアキラに味わせるのか。あるいはアキラの心が壊れる様をただ見たいだけなのか。
「誰か、僕を愛してよ……ここから救い出してよ……!」
愛してくれるなら何でもする。この暗いところから連れ出してくれるならもう誰でもよかった。こんなに苦しいならあの時迫ってきた男や女に身を捧げたほうがマシだった。
今いる場所は確かに温かかったが、同時にぬるま湯のようだった。彼らは優しいがアキラだけを愛してくれるわけではない。大切なものの中の一人にすぎない。
どんなに彼らに尽くしても、彼らはアキラが欲しい物をくれない。再びアキラは壊れかけていた。
崩れゆく夢の世界で最後に現れたのは小さな黒猫。青い目でアキラをじっと見つめている。
先ほどの黒い男は確かにアキラの欲しい物をくれるだろう。だがその時アキラはアキラでなくなる、そんな気がした。理由はないがそうなると確信していた。
この女性が最後の希望だ。彼女がもし愛をくれなければ、アキラはもうあの黒い男の物になるほかない。それが最悪の選択だとしても。
アキラは黒猫に歪んだ作り笑いを向けた。
「あなたは僕を愛してくれますか?」
ちょっとダークっぽくなってきました。一応結末をハッピーにするかバッド気味にするかで二種類考えています。どっちになるかは未定です。




