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憎き故郷

指がヤバイカモ。

私は、冷たい石床から立ち上がった。足元には、魔族の幹部が震えながら這いつくばっている。さっきまでの傲慢さはどこへやら、今や涙と鼻水で顔を濡らし、恐怖に押し潰された哀れな姿だ。


「立って」


声は冷たく、刃物のように鋭い。


魔族は、ガタガタ震える膝を必死に支え、よろめきながら立ち上がる。彼の背中に広がる蝙蝠の翼は、萎びたように縮こまり、もはや威厳のかけらもない。


「名前は?」


「グ、グラウシュ……魔王軍第七軍団、副官……」


「いいわ、グラウシュ」


私はゆっくりと歩き出す。溶けた鉄格子の残骸を踏みしめ、地下牢の通路へと進む。背中からは、巨大な黒い翼が無意識に広がり、天井を擦るたびに石屑がさらさらと落ちる。


「私を、あの村へ連れて行きなさい。ガルザ王国の辺境、レイヴンウッド村へ」


「は、はい……!」


グラウシュは必死にうなずく。彼の目には、私への恐怖以上のもの――この状況を利用しようとする、魔族らしいしたたかさがちらりと光った。おそらく、私を魔王軍へ引き込めば、自分が大きな功績を立てられると考えているのだろう。


愚か者め。


私はもう、誰の道具にもならない。魔王軍だろうが人間の王国だろうが、私を利用しようとするものは、すべて灰に帰してやる。


通路を進むと、地上への階段が見えてきた。その途中には、数人の兵士の死体が散乱している。グラウシュの仕業だろう。内臓が引きずり出された者、首がねじり切られた者――どれも一撃で仕留められた跡だ。


「お前が殺したの?」


振り返らずに問う。声には、特に感情は込められていない。


「は、はい……人間どもが邪魔でしたので……」


「ふん」


私はただそれだけを言い、階段を上がり続けた。死体の血の海を、平然と踏み越える。数日前までなら、こんな光景を見て吐き気を催したかもしれない。でも今は、何も感じない。人間の血も、魔族の血も、どちらも同じくらい汚れて見える。


階段の上には、砦の広間が広がっていた。


ここでは、まだ戦いが続いていた。残存する人間の兵士たちが、数体の下級魔族と戦っている。剣戟の音、悲鳴、魔族の唸り声――すべてが混沌と混ざり合い、鉄の臭いと血の臭いが鼻を刺す。


私が現れた瞬間、広間の空気が変わった。


戦っていた者たちすべてが、一瞬で動きを止める。人間の兵士も、魔族の兵士も、一斉にこちらを見つめる。その目には、混乱と恐怖が渦巻いている。


「な、なんだあれは……?」


「竜の……角? それに翼?」


「でも、あの銀髪は……もしかして、地下牢にいたハーフの……」


人間の兵士たちがざわめく。その中には、私を檻に閉じ込めた張本人の顔も混じっている。あの時、私の角を小突きながら嘲笑っていた、若い兵士だ。


彼は私の目を見て、顔色が一瞬で青ざめた。


「逃げろ……!」


誰かが叫ぶ。だが、もう遅い。


私はゆっくりと腕を上げた。指先から、黒紫色の魔力が渦を巻き始める。それは見る見うちに巨大な竜の頭部の形を成し、口を大きく開けた。


「ブレイズ」


一言、呟く。


次の瞬間、灼熱の炎の奔流が広間を飲み込んだ。


叫び声すら上がらない。人間だろうが魔族だろうが、区別なく。炎はすべてを平等に灰へと変えていく。石壁は溶け、鉄の鎧は蒸発し、生身の体は一瞬で炭化する。


ほんの数秒で、広間は静寂に包まれた。


残ったのは、溶けた石の床と、ところどころに残る黒い跡だけだ。生き残りは、私とグラウシュだけだった。


「ひっ……」


背後で、グラウシュが息を呑む声が聞こえる。彼の恐怖は、さらに深まっているだろう。これが、私の力のほんの一端だと理解したからだ。


「外へ」


私は言い、砦の大きな扉へと歩き出す。グラウシュは黙って従う。もはや反抗する気すら失せているようだ。


扉を開けると、そこには夜の森が広がっていた。


冷たい月明かりが、木々の間に細い道筋を作る。遠くでは、狼の遠吠えが響く。この砦は、王国の辺境にある森の奥深くに建てられていたのだ。


私は深く息を吸い込む。牢獄のカビ臭い空気ではなく、森の清涼な夜気が肺を満たす。でも、その清らかささえ、今の私には偽りに思える。


すべてが偽りだ。母親が信じていた「人間の優しさ」も、村人たちの「笑顔」も、幼馴染の「友情」も――全部、都合のいいときに剥がれる仮面に過ぎなかった。


「レイヴンウッド村は、どちらだ?」


振り返らずに問う。


「東、東へ……この森を抜けると、平原があります。そこからさらに半日……」


「遅い」


私はそう言い、背中の翼を大きく広げた。まだ未発達ではあるが、竜の血が呼び覚ました本能が、その使い方を教えてくれる。


「飛んで行く」


「え? でも、お嬢様の翼はまだ……」


「黙って着いて来い」


私は地面を蹴る。体が軽々と浮き上がる感覚。翼が風を捉え、大きく一回羽ばたく。次の瞬間、私は夜空へと舞い上がっていた。


下を見下ろす。砦はどんどん小さくなり、森の黒い絨毯の一部に過ぎなくなる。グラウシュが必死に飛び上がり、私の後を追ってくる。彼の蝙蝠の翼は、長距離飛行には向いていないようで、すぐに息が上がり始める。


でも、私は気にしない。彼が落ちていっても構わない。代わりはいくらでもいる。


高度を上げていく。雲が近づき、月がより大きく輝いて見える。地上では、小さな集落の灯りがところどころに散らばっている。どれも、私を裏切ったあの村と同じように、平和で穏やかに見える。


偽りの平和だ。


私は速度を上げる。風が髪をなびかせ、服を激しく揺らす。まだすり切れた麻の服のままだが、もう寒さも感じない。竜の血が、私の体を内側から暖め続けている。


「お、お嬢様……! 少し、ペースを……」


背後からグラウシュの喘ぐ声が聞こえる。私は少し速度を緩める。彼が落ちてしまっては、村までの道案内ができなくなるからだ。


「あの村に着いたら、お前は自由だ」


突然、私は言った。


「え……?」


「私の復讐が終わったら、どこへでも行っていい。魔王軍に戻っても、どこかに隠れても」


グラウシュはしばらく黙っていたが、やがて低い声で問う。


「……なぜですか? 私のような戦力を、手放すなんて」


「戦力?」


私は初めて、少しだけ笑った。冷たく、底なしの闇を含んだ笑いだ。


「お前が戦力だと思う? 面白いわ。私にとって、お前は単なる案内役に過ぎない。私の本当の力の前では、お前のような魔族でさえ、塵同然だ」


グラウシュは何も言わなかった。だが、その沈黙が、私の言葉を認めた証だった。


数時間が経過し、夜明けが近づいてきた。


東の空が薄明るくなり始め、星々が一つずつ消えていく。その淡い光の中に、小さな村の輪郭が見えてきた。


レイヴンウッド村だ。


私の故郷――そう呼ぶには、あまりにも残酷に私を裏切った場所。


私は高度を下げ、村の外れにある森の中へと降り立つ。グラウシュも、へたり込むように着地する。彼の顔は疲労で青ざめ、翼は無様に垂れ下がっている。


「ここで待ってろ」


私は言い、一人で森の縁へと歩き出す。


村はまだ眠りの中にある。鶏の鳴き声も、朝の炊事の煙もまだない。すべてが静かで、平和そのものだ。


私の目は、村の中心にある広場を捉える。あの場所で、村人たちは私を縛り上げ、国軍の兵士に引き渡した。あの時、松明の炎に照らされた彼らの顔は、狂気に満ちていた。


「……さあ、始めよう」


私は小さく呟き、村へと歩き出した。


最初に訪れたのは、村長の家だ。立派な石造りの家は、村で一番大きな建物だった。私は扉をノックする必要すら感じず、手をかざした。


黒い魔力が扉を包み込み、次の瞬間、それは木屑になって崩れ落ちた。


中から、驚いた声が上がる。


「な、なんだ!? 盗賊か!?」


村長が寝間着のまま現れる。彼は太った中年の男で、いつも村人たちに威張り散らしていた。私が重労働を押し付けられたのも、彼の指示が多かった。


彼は私の顔を見て、目を見開く。


「あ、あんたは……レティシア!? どうして……国軍に引き渡されたはずが……」


「驚いた?」


私は無表情で問う。


「国軍の砦は、魔族の襲撃で全滅したわ。私は、自由になったの」


村長の顔から血の気が引いていく。


「そ、それは……よかったじゃないか! よかった、よかった! 実はな、あの時は村のみんなも必死でね……でも、君が無事で何よりだ!」


彼はでたらめな笑顔を作り、手を擦り合わせる。その態度が、どれだけ偽りに満ちているか。


「村長さん」


私はゆっくりと近づく。


「あの時、私を売ったお金は、どうしたの? 村のみんなで分けたの? それとも、あなたが独り占め?」


「な、なにを言う! もちろん村のみんなのために使ったさ! 新しい井戸を掘り、食料を買い……」


「嘘つき」


私は彼の言葉を遮った。


「この家の裏庭に、新しい倉庫が建っているわね。中には、高級な家具や絹の服がたくさんある。あれ全部、私を売ったお金で買ったんでしょう?」


村長の顔が歪む。


「お、お前、調べたのか……! だが、それは俺の取り分だ! 村長としての苦労の対価だ!」


「苦労?」


私は初めて、感情を込めて笑った。それは、氷のように冷たい笑いだった。


「私にすべての重労働を押し付け、母親が死んでも弔問すらせず、最後には金のために売り飛ばす――それが苦労?」


「ち、違う! お前は人間じゃない! 化け物の娘だ! お前のようなものが村にいるから、干ばつが起きたんだ!」


村長が叫ぶ。その言葉は、あの夜、村人たちが口にしたものと全く同じだ。


「そう……私は化け物ね」


私はうなずく。


「だったら、化け物らしく振舞わないと」


手を上げる。指先から、黒い炎がゆらめく。


「待て! 待つんだ! 謝る! 金を返す! だから、許して……!」


「遅いわ」


私はそう言い、炎を放った。


村長の体は一瞬で黒い炎に包まれ、彼は声すら上げられずに灰になった。風が吹き、その灰は散り散りに舞い上がる。


私は家を出ると、次へと向かった。


朝が訪れ始め、村人たちが起き出してきた。彼らは、村長の家から上がる黒煙に気付き、騒ぎ始める。


「火事だ!」


「村長の家が!」


「早く消火しろ!」


人々がバケツを持って走り出す。その中に、見覚えのある顔があった。


あの時、私に唾を吐きかけた近所のおばさんだ。


彼女はバケツを手に、必死に走っている。私は彼女の前に立ち塞がった。


「……あんた」


彼女は私の顔を見て、足を止める。目が大きく見開かれ、恐怖で震え始める。


「レ、レティシア……? どうして……」


「おばさん、あの時はありがとうね」


私は無表情で言う。


「私の顔に、ちゃんと唾をかけてくれて」


「ち、違う! あれは……みんながやってたから! 私だけじゃない!」


「みんながやったから、正しいの?」


私は一歩近づく。彼女は後ずさりするが、背後の壁にぶつかる。


「お願い、許して……私には子供がいるの! 幼い子供が二人も!」


「そう……」


私は少し考え込むふりをした。


「じゃあ、その子供たちに教えてあげてね。お母さんは、無実の少女を金で売り、顔に唾をかけたってことを」


「ひっ……」


彼女の目から涙が溢れる。でも、それは後悔の涙じゃない。恐怖と、自分が罰せられることへの悔しさの涙だ。


私は手を伸ばし、彼女の頬に触れる。


「苦しまないで済むように、一瞬で終わらせるわ」


炎は、彼女の体を優しく包み込んだ。彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、次の瞬間にはもういなかった。灰だけが、地面に積もる。


村の騒ぎは大きくなる。


「レティシアが戻ってきた!」


「化け物が復讐に来た!」


「武器を持て! 奴を殺せ!」


男たちが斧や鍬を持って集まってくる。その中には、あの幼馴染の男の子の姿もあった。彼は成長したように見え、立派な斧を握りしめている。


「レティシア……!」


彼は私を睨みつける。でも、その目には恐怖がしっかりと刻まれている。


「よく戻ってきたな。今回は、絶対に殺す」


「殺す?」


私は首を傾げる。


「あの時、『最後に村の役に立てて嬉しいだろ?』って言ってたよね。私はちゃんと役に立ったの? 村のみんな、豊かになった?」


彼の顔が歪む。


「黙れ! お前のような化け物が、人間の気持ちを理解できると思うな!」


「そうね、理解できないわ」


私はうなずく。


「だって、人間の気持ちって、こんなに醜いものだから」


私は両手を広げる。背中の翼が完全に広がり、頭の角がさらに鋭く尖る。体中から黒い魔力が噴き出し、地面をじりじりと溶かしていく。


村人たちは、その光景に凍りつく。


「逃げろ……!」


誰かが叫ぶ。でも、もう遅すぎる。


私は深く息を吸い込む。胸の中に、灼熱のエネルギーが渦巻く。それは竜の血が呼び覚ます、本来の力――すべてを焼き尽くすブレスの力だ。


「この村を、この偽りの平和を、この裏切りを――すべて、灰に帰す」


口を開ける。金色の瞳が、さらに輝きを増す。


次の瞬間、白熱の炎の奔流が、村全体を飲み込んだ。


叫び声。悲鳴。逃げ惑う人々の足音。すべてが、炎の轟音にかき消される。


家々は次々と炎上し、逃げ遅れた人々は一瞬で蒸発する。動物たちも、作物も、すべてが等しく焼き尽くされる。


私はただ、その光景を冷たい目で見つめていた。


かつては、この村で母親と暮らしていた。貧しくても、温かい日々があった。母親はいつも、私の手を握りながら言ったものだ。


『人間を恨んじゃだめだよ』


でも、もう恨みさえも感じない。ただ、すべてを無に帰したい。この偽りの世界そのものを、消し去りたい。


炎は十分間ほど燃え続け、やがて鎮火した。


残ったのは、黒く焼け焦げた廃墟だけだ。かつての村の面影は、どこにもない。生き残りもいない。すべてが、完全に消え去った。


私は焼け野原の中心に立ち、ゆっくりと周囲を見渡す。


これが、私の復讐の結末か。


でも、何も感じない。満足感も、後悔も、何も。ただ、空虚が胸を満たすだけだ。


「……お母さん」


私は小さく呟く。


「これでよかったの? これが、私が選ぶべき道?」


もちろん、答えはない。母親はもう、この世にいない。


でも、ふと気付く。焼け跡の隅に、小さな花が一本だけ残っている。それは、母親が特に好きだった、青い小花だ。炎の中でも奇跡的に生き延び、今も健気に咲いている。


私はその花の前に跪く。手を伸ばし、そっと触れる。


花は柔らかく、生きている温かみを感じる。


「……ごめんね」


私は思わず言ってしまった。


「私、やっぱり……人間みたいに、弱いんだ」


涙が、一筋頬を伝う。炎でも溶かせなかった心の氷が、一本の花の前で少しだけ解ける。


でも、それは一瞬だけだった。


背後から、グラウシュの声が聞こえる。


「お嬢様……すべて、終わったようですね」


振り返ると、彼が焼け跡の縁に立っている。彼の目には、複雑な感情が渦巻いている。恐怖と、ある種の畏敬、そして――利用しようとする計算。


「そうね、終わった」


私は立ち上がる。涙の跡は、もうない。


「でも、これで終わりじゃない」


「……どういうことですか?」


「この世界そのものが、間違っている」


私は空を見上げる。朝日が完全に昇り、焼け跡に冷たい光を投げかけている。


「人間も、魔族も、すべてが自分勝手に生き、弱いものを踏みつける。そんな世界、変えなければならない」


グラウシュの目が輝く。


「では……お嬢様は、もっと大きなことをお考えで?」


「そう」


私はきっぱりと言う。


「私は、この世界の王になる。人間だろうが魔族だろうが、すべてを従える絶対的な存在に」


グラウシュが深く頭を下げる。


「それなら……ぜひ、魔王軍へとお越しください。我が軍こそ、お嬢様の力を最も活かせる場所です」


「魔王軍?」


私は少し考えてから、うなずく。


「いいわ。まずは、そこから始めましょう」


でも心の中では、別のことを考えていた。


魔王軍も、私を利用しようとするだけだろう。でもいい。私もまた、彼らを利用する。力をつけ、仲間を集め、やがては魔王でさえも従える。


そして最後には――この世界そのものを、私の手で作り変える。


「行きましょう、グラウシュ」


私は最後に、焼け跡を見渡す。


「もう、ここに戻ることはない」


「はい!」


グラウシュは嬉しそうにうなずき、翼を広げる。


私も背中の翼を広げ、地面を蹴る。体が浮き上がり、焼け跡がどんどん小さくなる。


風が髪をなびかせ、翼が空気を切る音が耳に心地いい。


下を見下ろす。黒い焼け跡は、緑の森の中にぽっかりと空いた傷跡のように見える。


これが、私の出発点だ。


かつてのレティシアは、ここで死んだ。今ここにいるのは、新しい存在――世界を変えるために生まれ変わった、竜の血を引く魔王だ。


私は速度を上げ、雲の間へと飛び込んでいく。


背後から、グラウシュが必死についてくる。彼は、私を魔王軍へ連れて行くことで褒美を得ようと夢見ているだろう。


愚か者め。


でも、今は彼が必要だ。案内役として、そして――私が成長するまでの、盾として。


遠くに、魔王軍の砦の影が見えてきた。それは、人間の砦よりもはるかに巨大で、不気味な形をしている。黒い煙が立ち上り、周囲には死の気配が漂う。


これが、私の新しい住処か。


いいだろう。どこだって同じだ。牢獄だろうが、魔王軍の砦だろうが、私を閉じ込めることなどできない。


私は高度を下げ、砦の中央広場へと着地する。


周囲には、多くの魔族たちが集まっている。彼らは一様に、私とグラウシュを見つめている。その目には、好奇と警戒、そして――弱いものを見るような侮蔑が混じっている。


「グラウシュ、この人間めは何だ?」


大きな魔族が前に出る。彼は他の者たちよりも大きく、三本の角が生えている。


「軍団長……!」


グラウシュが慌てて頭を下げる。


「彼女は、レティシアと申します。竜の血を引くハーフで、驚異的な魔力をお持ちで……」


「ハーフ?」


軍団長が鼻で笑う。


「人間と竜の雑種か。そんなものが、何の役に立つ」


私は黙って、彼を見つめていた。彼の傲慢な態度、上から目線の物言い――すべてが、人間の村人たちとそっくりだ。


「グラウシュ」


私は静かに言う。


「この人、あなたの上司?」


「は、はい……第七軍団長、バルゴス様で……」


「そう」


私は一歩前に出る。


「バルゴスさん、あなたがこの軍団で一番偉いの?」


バルゴスが誇らしげに胸を張る。


「そうだ。お前のような雑種が、俺に何か用か?」


「ええ、一つだけ」


私は微笑む。それは、底知れぬ闇を含んだ、危険な微笑みだった。


「あなたの席、私に譲ってくれない?」


一瞬、場が静まり返る。


次の瞬間、バルゴスが爆笑する。


「はははは! このガキが何を言う! お前みたいな雑種が、俺の座を奪えると?」


他の魔族たちも笑い出す。嘲笑の声が、広場に響き渡る。


でも、私は動じない。ただ、金色の瞳を細めるだけ。


「笑えるのね」


私は小さく呟く。


「でも、すぐに笑えなくなるわ」


手を上げる。指先から、黒い雷が走る。


バルゴスの笑顔が一瞬で消える。彼は本能で危険を察知し、斧を構える。


「小僧、本気で……」


「本気よ」


私はそう言い、雷を放った。


バルゴスは斧で受け止めようとするが、黒い雷は斧を易々と貫き、彼の体を直撃する。


「がああああっ!?」


彼の体が痙攣し、黒い煙が立ち上る。頑丈な魔族の皮膚が、みるみるうちに焼け爛れる。


周囲の魔族たちが騒然とする。


「軍団長!」


「あのガキ、本当にやった……!」


「殺せ!」


魔族たちが一斉に襲いかかってくる。


私はため息をつく。


「面倒ね」


両手を広げる。背中の翼が最大限に広がり、頭の角が不気味に輝く。


体中から、黒いオーラが噴き出す。それは見る見うちに巨大な竜の形を成し、広場全体を覆う。


「これが、私の力」


私は静かに宣言する。


「従うか、死ぬか――選びなさい」


オーラがさらに膨張し、魔族たちを押し潰す。彼らは地面に跪き、呼吸さえも苦しそうにする。


バルゴスは這いつくばりながら、必死に頭を上げる。


「わ、わかった……! 降伏する……! この軍団は、お前のものだ……!」


「そうでしょうね」


私はオーラを収める。魔族たちは一様に、恐怖に震えながらうなだれている。


グラウシュが、呆然とした表情で私を見つめる。彼は、私がここまで強いとは思っていなかったのだろう。


「グラウシュ」


「は、はい!」


「この軍団をまとめなさい。あなたが、副官のまま」


「え……? ですが、私は……」


「あなたは私をここへ連れてきた。それだけの功績がある」


私は彼に微笑みかける。でも、その笑みには何の温かみもない。


「でも、裏切れば殺す。覚えておいて」


グラウシュが必死にうなずく。


「は、はい! 決して裏切りません!」


「よかった」


私は広場の中心に立ち、周囲を見渡す。


魔王軍第七軍団――これが、私の最初の勢力だ。


小さな一歩に過ぎない。でも、ここから始まる。世界を変えるための、長い長い旅が。


私は空を見上げる。雲の間から、太陽の光が差し込んでいる。


「お母さん」


心の中で呟く。


「私は、もう優しくしない。でも、あなたの教えを完全に忘れたわけじゃない」


「ただ……私なりのやり方で、この世界を変える」


風が吹き、銀髪が揺れる。背中の翼が、月明かりを反射して鈍く光る。


これが、のちに『竜魔王』と呼ばれることになる少女の、本当の始まりの物語。


すべての裏切りを経験し、すべての優しさを失い、それでもなお前へと進む――そんな彼女の旅は、まだまだ続いていく。

明日出せると思うので見てください!

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