夜の平野
道路の敷設のお陰で警戒網の広がりは目覚ましく、更には夜間警備の充実により暫くは襲撃の影も形もない日々が続く。
平野には警備小屋も建てられて少しずつだが確実に人間の領域が増していく。
「という訳で今日は俺らが警備小屋当番だ」
アキトは荷造りしながらレインにそう報告して突然の話にレインはびっくりする。
「え?!聞いてない!」
「幹部会での決まりでな、伝え忘れてた。すまんな」
アキトは申し訳無さを微塵も見せない態度で謝罪の言葉だけで出発の用意を進める。
「え?!ご飯は!?」
「夜食は俺が用意するが…昼食まだ食ってないなら早く行ってこい」
レインは慌てて宿舎を飛び出していく。アキトはキャンプ道具の手入れをしつつ今日の夕食と夜食は何にしようかとウキウキな顔をする。レインが戻る前に自分も宿舎を出ようと荷をまとめて部屋を出る。
暫く待って弁当箱まで持ってレインはやってくる。
「キャンプだけじゃ足りないかもってちょっと食材交渉して来ました」
「ナイスだ!オカズが増えるな。よし、出発だ」
二人は丘を越えて平野の警備小屋を目指すのであった。
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日の高い内は冒険者が平野を散策して特訓や採取に勤しむ姿が散見できてレインもトレーニングだと外を出歩きモンスターを狩る。
アキトは小屋の掃除と手入れを行い腰をトントンと叩き独り言を呟く。
「やれやれ、皆扱いが粗野だな。ベッドも壊されそうで心配だ」
夜の番をするからベッドは一つで交代で使うのだが乱雑に使われているのかマットのシーツに穴やほつれが見られていた。
裁縫道具までは持っていないアキトは報告案件だなとメモ書きして小屋の中のレポートを確認する。
ここ数日は特に何もなしでたまに牛鬼の群れが遠くに確認出来ると書かれていた。
「なにもない事は良いことだな。この調子なら小屋を中心に農地にして第二の拠点にできるかもな」
周囲の雑魚モンスターを掃討して加護を貰えればすぐにでもとアキトは伝言用のメモ書きを更に足す。
「聖女様が帰ったのは痛手だな、さっさと広げれば良かったな」
教会側との連絡には大陸と往復するのに船旅約七日と数日は掛かるとアキトは肩を落として暫くは無理かと溜め息をつくのであった。
掃除や小屋のメンテナンスを終えたアキトは早速外で夕食用のカマドの作成を始める。自分の今までの過酷なサバイバルの経験が活きる事に感謝と昂奮を覚える日々にアキトは鼻歌混じりになる。
日が傾いてレインがトレーニングから戻って来ると夕食の準備が進められていて有難がる。
「わー、仕込みが早いですね」
「夜は長いからな。夜食も作らないとだし」
「夜食も?」
アキトはレポートで確認出来た事をレインに伝えて注意をする。
「牛鬼の群れが見える距離まで近付く。だから夜に火を炊くのは厳禁だ。いいか?火虫と勘違いして襲われたくなかったら火は使うなよ?」
「な、なるほど…確かに…」
「だからカマドは使ったら崩す。あ、レポートにも注意書き足しとかないとな」
日が落ちる前に火は使い終えたいとアキトは話して手際良く貰った食材で手の込んだワンプレートを作ってレインに差し出す。レインは満足気に食事をいただきアキトは冷めても問題ない夜食を続けて作成に入る。
「アキトさまは?食べないのですか?」
「俺はまだいい、ちょっと気分が高まってて空腹感は減ってるからな」
「ほへー」
気の抜けた返事になるレインは食べ終わったなら先に休めと言われて有難がりながら小屋に入りまったりした様子でベッドに横になる。
アキトは調理を終えて簡単な串焼きとおにぎりだけ食べて夜間の監視作業に移る。
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夜はモンスターが活発になる時間帯と馬車の御者の間では伝えられていて夜の行軍は無謀と宿場町の発展が必須とされる程でアキトはその夜の脅威を肌で感じる。
(昼間の平野とは違うな…荒野でも感じたが飢えた獣に睨まれ続けてる様な感覚だ…こりゃ馬なんかは脚が竦んでコントロール出来なくなるな)
平野のモンスターは小型のものが多い報告だがそれでコレなら森は危険だなとアキトは荒野側の様子を眺めつつ想像する。しかし、森は虫が出るからそもそもレインが嫌がるなと苦笑いしてしまう。
アキトはそんな中でも別世界にいる家族や仲間達を思い返して少し憂鬱気な顔をする。
(あいつらちゃんと飯…あー、親父とおふくろが飯作ってくれてるから大丈夫か。今更ながら子供出来たとか言われてたし…妊娠期間どうなってんだろう…経験してる竜のやつに聞いときゃ良かったな。あと神螺)
嫁達の体調は大丈夫だろうかと何も出来ない身で案じる。早く帰ってやるのが一番の孝行というものだがまだまだ魔王(推測)までの道程は遠いなと星明かりだけの中薄っすらと見える山を眺めるのであった。
時計は無いが星の動きで時間を計りアキトは天高く登った月を見てそろそろ交代するかと小屋の中に入る。
気持ちよく眠っているレインの顔を見て起こすのは忍びないと感じ小屋を出ようとする。
「アキトさまぁー…むにゃむにゃ」
寝言で自分を呼ばれて掛け布団にしがみついている様がどうにも気に入らずアキトはやっぱり起こす事にする。
「おい、交代だ。起きろ」
肩を叩くと逆にガシッと掴まれて引っ張られる。寝惚け眼のレインは夢の続きを見ているのかハグをめいいっぱいしてきてアキトは呆れ顔になる。
「いい加減に…」
ベッドに引きずり込まれそうなアキトは怒りマークが頭に浮かぶ勢いで叱りつけようとする。
「良いじゃないですか…誰も居ませんし…」
「起きてるなら尚更だ、交代だ」
静かに怒られてレインは渋々、残念とアキトを解放してベッドから身を起こす。
「暇だったら寝静まってる所で襲っちゃいますよ?」
「ハハッ浮気にならなくて済むならそっちの方がマシだな」
レインの軽口に軽口で返して崩したカマドの横に夜食もあると伝えてアキトはヌクヌクになっているベッドに横たわる。
外に出たレインは早速と夜食を口にしながら平野を見渡して軽く身震いする。
「視界が悪いとこうも…昼間の森とはまた違う不気味さです…」
アキトが感じた脅威を不気味さで感じ取るレイン、肌寒い空気に少し身震いする。
「うー。寒くなるなら上着持って来るべきでした…アキトさまの黒コート借りようかな…」
そうしようとアキトのいる小屋に入り壁に掛けてある黒コートを眺める。
次に寝ているアキトの横顔を見てウズウズするピンクな感情にそっと口付けなら等と甘い事を考える。
(だ、駄目よレイン、アキトさまが陥落して本人から手が出て初めて勝利と言えるのよ、私から手を出したら負けを認めるのと同義!)
葛藤しながら上着だけ借りようと羽織りながら外へ出ようとするがズシッと何か重たい感覚がして内ポケットの多さと暗器の数々に目を丸くする。
(な、なるほど…こうやって重りつけながら生活することで身体を軽く感じる様にトレーニングを…私もしようかな…?)
武器なのだがウェイトトレーニングしていると勘違いするレインなのであった。
外へ出て早速身体を暖めようとコートを羽織って素振りを始める。
ズシッと肩に乗る重みに普段より身に入る気がしてコレは便利だと唸りながら近くのスライムを倒そうと思い見張り番なんて忘れて狩りに出る。
「アチョー!アター!」
如意棒で夜の狂化されたモンスターをしばき倒し特訓だと楽しげに暴れまわりそろそろ戻ろうと思い小屋に戻るとアキトが仏頂面で監視の作業をしていてレインはハッとする。
「おう、勝手に防寒着借りるのはいいがサボりはいかんぞ?」
「あ、あはは…ちょっと気持ちが昂ってて…」
「仕事は仕事」
メイドたる物仕事に忠実であれとアキトにデコピンされてレインは平謝りするのであった。




