表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/114

十九話

 次に創汰に会ったのは土曜日だった。天気が良かったので公園のベンチで本を読むことにした。小学生のかけ声や元気に走り回っている姿は、とても癒されるものだ。夢中になってストーリーに入り込んでいると、となりに誰かが座った。

「わざわざ外で読んでるの?」

 はっと顔を上げると私服の創汰が笑っていた。黒白ボーダーのボートネックシャツ、灰色のダメージジーンズ、ブランド品のバッグとサングラス。ピアスは以前は二個ずつだったが、四個に増えていた。どれも十万円はしそうだ。

「別に、どこで読んでも私の勝手でしょ。邪魔しないでよ」

「制服の時より私服の方が可愛いね。どこで買ってるの?」

「うるさいな。話しかけないで」

「また新田亘紀の本?」

「今、いいところなの。あっちに行ってよ」

「つれないねえ。もっと柔らかい態度とれないの?」

「生まれつき頑固なんだってば。可愛げがないって、これでわかったでしょ。私よりずっと女の子らしい人、数えきれないほどいるんだし、創汰はモテモテなんだから」

「俺、全くモテないんだよね」

「え?」

 驚いて全身が固まった。創汰はにっこりと笑いながら続ける。

「嘘じゃないよ。女の子と手もつないだことないって教えただろ? 自分でも情けなくなってくるよ。彼女いない歴十六年。そのくせモデルにはスカウトされててさ」

 ははは……と苦笑している。とても信じられない。

「確か、創汰って偽物がいたんだよね? そっちは女の子にちやほやされて人気者だったんでしょ?」

「よく知ってるね。そうなんだ。しかも俺が本物の早乙女創汰だって言ったら、嘘つくんじゃないって怒られちゃった」

「怒られた? 創汰が? かっこ悪いって意味?」

「そう。ついでに言うと友だちもいないよ。仲良くしたくても必ず裏切られる。お金持ちはいいよなって妬まれてね」

 急に創汰が可哀想になってきた。ぐっと両手を握りしめる。

「酷い。嫉妬で別れるなんて。そんな人と付き合わなくていいよ。創汰には、もっと暖かくて穏やかな友だちがどこかにいるはずだよ」

「励ましてくれてありがとう。やっと柔らかなしゃべり方になったね」

 微笑んだ創汰に、どきどきと鼓動が速くなる。顔が赤くなってしまう。頬の火照りを隠そうとしたが、まるで風邪をひいた時のように真っ赤になる。

「あれ? どうかしたの?」

「な……何でもない。こっち見ないで」

「熱でもあるんじゃない? 大丈夫?」

「へ、平気。心配しないで」

 慌てて汗を拭うが、後から後から流れて止まらない。

「もしよかったら、喫茶店で冷たいもの飲もうか? 俺が奢ってあげる」

「そんな。ちゃんと自分で払うよ」

「俺が誘ってるんだから。よし。さっそく行こう」

 そっと手をつないで歩いていく。さらにどきどきが増して、赤い顔が周りの人にバレないように俯いて足を動かした。



 前回と同じ店にたどり着く。向かい合わせに座って、創汰からメニュー表を渡された。冷たいジュースとソフトクリームを頼み、深呼吸をしながら待つ。

「衣緒は、友だちたくさんいるの?」

 突然聞かれて、うんと頷いた。

「親友が三人。姉妹みたいに仲良しなのは、雅美って子」

「ふうん。友だち作りがうまいんだね。羨ましいよ」

「そういうわけじゃないよ。類は友を呼ぶみたいな感じで集まったんだよ」

「そっか。喧嘩したりいじめたりする?」

「ううん。関係がぎくしゃくしたら嫌だもん。これからも傷つけあったりしないよ」

「へえ。俺もその中に入りたいな」

 もし入ったら大変なことになる。まず知理子は彼女になろうと頑張り、雅美も創汰の話しかしなくなるだろう。こうやってお茶を飲んでいる事実を全て明らかにしないのは、その大変な目に遭いたくないからだ。

「女の子にモテないらしいけど、告白したことはないの?」

 ふと疑問が浮かんで質問した。創汰は首を横に振って即答した。

「したけどフラれちゃった。ずっとそばにいたくないって」

「創汰がモテない? フラれる? みんな頭が狂ってるんじゃないの?」

「狂ってる?」

「だって……。こんなにかっこいいのに」

 無意識に呟いた。ぼっと創汰の顔が赤くなった。完全に照れているとわかる。

「そ、そうかな? 俺、かっこいい?」

「かっこいいからモデルにスカウトされたんでしょ? 背が高くてスタイル抜群。イケメンで文武両道。もう創汰に勝てる男なんてどこにもいないよ」

「いや……。衣緒にそこまで褒められちゃうとは……。嬉しいなあ」

 あははと軽く笑う。つられて衣緒も微笑んだ。男子にヨイショをしたのは初めてで、緊張でいっぱいになった。

 ジュースが運ばれて一気飲みをした。のどが冷たく潤され、とても気分がいい。ふう、と息を吐いて創汰の方に視線を向けた。

「はあ、すっきりするね。創汰は?」

「俺も同じ。さっきまで炎の中にいるみたいだったけど」

「そっか。よかったね」

 自然に笑みがこぼれた。男嫌いなのに、なぜか創汰の前では素直な気持ちになれる。

「やっぱり衣緒は可愛いな。もっと衣緒のこと知りたいよ」

 創汰のペースに乗せられそうになっていると気が付いた。ぶんぶんと首を横に振り、男と関わってはいけないと自分に言い聞かせた。

「それは残念だけど無理だから。私は彼氏いらないし、創汰と付き合う気はさらさらないもん」

「頑固な性格に戻らないで。ずっと柔らかな衣緒がいい」

「本当の私はこれなの。しょうがないでしょ」

 ふん、と目を逸らしたが、実は自己嫌悪に陥っていた。他人に気遣う穏やかな人だと思われたい。頑固者だと呼ばれたくない。だが、うまくできないのだ。

 その後運ばれたソフトクリームも完食し店を出た。支払いの時にバッグから財布を探したが、その前に創汰がレジへ行っていた。また奢らせてしまった。

「私、創汰にお金使わせたくないよ」

「いいんだよ。いっぱいあるんだから」

「いっぱいあっても、申し訳」

「じゃあさ。俺とデートしてくれない?」

 遮られ、だらだらと冷や汗が流れた。

「デ……デート?」

「うん。予定がない日は二人きりで出かけよう。誰にも邪魔されずに」

 男子とデートをする日がくるなど夢にも思っていなかった。まるで恋人同士のようだが頷いた。

「わ、わかった」

「決まり。衣緒を一人占めできるなんて、俺は幸せ者だなあ」

 そして、ぎゅっと力強く抱きしめられた。いきなりで、衣緒はそのまま創汰の広い胸に倒れこむ。

「うわあっ。は……放してっ」

「こうすると、ちょうどすっぽりと腕の中に収まっちゃうんだね」

「そ、創汰は……。体が大きいから」

「あの夜も、ぎゅって抱きしめてあげたよね」

 そうだ。創汰に助けてもらわなかったら、衣緒はトラックにひかれて死んでいた。どきどきしながら耳元で囁く。

「ありがとう……」

「ん?」

「あ、ありがとう……。助けてくれて……」

「あはは。どういたしまして。衣緒は絶対に護ってみせるよ。どんなに遠くにいても必ず」

 かっこよくて男らしい言葉に、ばくんばくんと心臓が速くなる。興奮して頭のてっぺんから足のつま先まで、小刻みに震えた。けれど創汰のペースには乗ってはいけないと考え直し、ぐいっと離れた。

「いい。自分の身は自分で護れるし、創汰に迷惑かけちゃう。しゃあ、今日はこれで。ジュースとソフトクリームごちそうさま」

 とりあえずそれだけ伝えると、くるりと後ろを振り返って逃げるように走った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ