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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第5章 ~小さき盗賊の冒険譚~

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65.眠る母と迷う子

 ピリック通り某所に位置する、高級感溢れた宝石店にて。華々しい格好で着飾った貴族らが店内を闊歩する平穏は、突如として崩れ去った。

 突然の激しい音と共に、ガラス片が周辺へと飛散する。

 「――な、なんだ!?」

 無論店内は、瞬く間に騒然となった。貴族らは一斉に出口へと逃げ惑う。店主はもはや、訳も分からずにその場で立ち尽くし困惑した。なぜなら彼らの瞳には、一つの異変すら捉えることが叶わないから。

 宝石店を襲撃したのは、ダイトとウォン。ただし彼らは、エフィの諜報魔法・不可視(インヴィジブル)を纏ったうえでこの店へと至る。ゆえに今の彼らは、この場の誰からもその姿を認識されない。

 ウォンはガラスケースを破壊すると、そこから目に付く宝石をありったけ持ち上げた。空中へ浮遊する宝石に気付いた店員は叫ぶ。

 「……ど、泥棒だ!!」

 それを聞いた用心棒の男は懐の拳銃を抜き、すかさずウォンの元へと迫った。ただしそこへ割って立ちはだかるのは、ダイト=アダマンスティア。少年の手に握られたのは、鉄の棍棒。事前に鉄魔法・造形(クラフト)で創り出したそれには、既に諜報魔法・不可視(インヴィジブル)の行使を済ませてあった。

 ダイトは用心棒の男に向かって、躊躇なくそれを振り払った。腹に不可視の一撃を叩き込まれた男は、そのままあえなく後方へと吹き飛ばされる。

 屈強な男は、何の前触れも無しに空へと舞った。逃げ惑う貴族と店員には、少なくともそう見える。不可視の現象に恐れおののくのは、無理もないことであった。

 ウォンが宝石を持ち寄った小袋にしまったところで、また彼は再び不可視の住人となる。ダイトもたそこで引き際を察し、手当たり次第に宝石を掴み取って店を後にした。

 二人は商店街の喧騒に紛れ、店から遠く遠くへと逃げ続ける。自分でも恐ろしいほど冷静にやってのけた。無論そこに、罪悪感は存在しない。これが彼の解釈した、世界の縮図なのだから。




 「――存外チョロいもんだな」

 彼らはやすやすと基地へ逃げ帰った。ウォンはご機嫌な様子で小袋の宝石をテーブルへと広げる。ライブラは慎ましく微笑んだ。

 「これだけあれば、当分の間は生きていけるわねー」

眩しいほど輝く宝石たちを目の当たりに、笑顔が零れる。対して、ひと休憩を終えたダイトはまだ気を緩めることなく提案した。

 「とりあえず早いとこ、金に換えちまおう。万が一にも足が付くと面倒だ」

 そして繰り返される、盗賊としての日々。ある日は気楽に、食料品店へ。またある日は気を引き締め、宝石店や魔法具店へ。彼らは手を汚して、もはや正常な感性を失っていった。




 幾度と日が流れれば、ダイトには約束の日が訪れた。彼は久しくして、ギノバス王立病院を訪れる。清潔感のある院内で感じる周りの視線から、自分の容姿が場違いであることをなんとなく察した。汚れきったぼろぼろの服。くすんで伸びきった白い髪。ただそれだけではなく、窓に映る自分の人相が随分と悪くなった気がした。

 病室の扉を開く。母の傍に控えるのは、あのときと同じ治癒魔導師の少女・セイカ。彼女はダイトが抱えた麻袋を見ると、驚いた表情を見せる。

 「まさか君……本当に……!?」

ダイトは顔色一つ変えず、ただ淡々と話した。追究されたくなかった。無意識に口が早く回る。

 「……これで一年分はあります。だから母を生かしてください。それでは――」

セイカは感じた違和感を押し殺すわけにいかなかった。麻袋を床に捨ててすぐに病室から出ようとしたダイトの腕を掴む。

 「ま、待って! こんなお金をどうやって!?」

ダイトは少し間をあけてから答えた。

 「そんなの分かるでしょ。奪ったんです。それが、このふざけた世界で生きるということですから」

セイカはダイトの頬を弾く。それは反射的だった。

 「き、君は大馬鹿だ! こんなやり方は――」

 「こんなやり方って、あんたがそうさせたんだろ? あんたが金を集めろって言ったんだ。加担してないとは言わせねぇ」

 ダイトと目が合ったとき、セイカは彼の瞳に宿る狂気的な何かを感じた。彼はもはや、あの日の弱りきった少年ではない。彼女が感じたのは、紛れない恐怖であった。

 そしてダイトは、怯えるセイカをさらに追い詰める。

 「……俺の苦労を何も知らずに、ただ金を作れだって!? ふざけるな!! どれだけ誠実に生きても、何もかも無くなっていくってのに、次は親を見殺しにしろって言うのかよ!?」

セイカは何も言い返せなかった。彼女に募るのは、冷たく重たい罪悪感。

 「……ごめん。君の言っていることは正しい。最初から分かってたんだ。幼い君がこんなたくさんのお金を作る方法なんて、これしかない。なのに、ボクは君にやれと言ったんだ。君が手を染めたのは、ボクのせいだ」

ダイトはそれに何の応答もせず、セイカの手を乱暴に振りほどく。

 「……金は払った。また一年後、払いに来る。だからそれまで、母を生かしてくれ」

 「……」

セイカは黙り込む。ダイトは返事の無い彼女を、躊躇無く脅迫した。

 「もし治療を止めたなら、俺はお前を殺しに行く」

暴論だった。それでも彼女は、凜として言葉を紡ぐ。

 「……君の母が起きたら、そのときボクは、ボクの命で君の母にお詫びする。君が手を汚したのは、ボクのせいだから」

ダイトは無言のまま病室を後にした。今の人相は、眠る母にすら見せたくない。

 そしてセイカはダイトの母と共に、静かな病室へと取り残される。彼女はふと呟いた。

 「……こんなお金、受け取れないよ」

は麻袋をベッドの下に隠すと、彼女はベッド傍の椅子へと腰掛ける。

 「……ごめんなさい、オリハさん。ボクのせいで、あなたの大切な息子さんは変わってしまいました。絶対に、目覚めさせますから。その時、ボクを許せとは言いません。せめて彼を、思いっきり叱ってやってください」




 盗賊の旅路は続く。商店街・ピリック通りで頻発する盗難は、遂に騎士たちの知るところとなった。商店街には日に日に騎士の姿が増える。それでも彼らは止まれなかった。

 ダイトは一六歳になっていた。盗賊稼業を始めて六年も経てば、魔法がからっきしだったウォンとライブラにも、簡単な魔法が身につく。ゆえに盗みはより周到に、そして暴力的になった。

 「――さ、今回もまずまずだな」

 「さっさと換金してポンド街に配りましょーか」

 「そうだな」

 商店街に並ぶ景気の良い店を襲撃する日々。まずは盗賊団の生活費と、ダイトの母の治療費へ。余り余った利益は、ポンド街の住民へと還元された。ゆえに少年少女は、さながらポンド街の救済者と化す。




 「――ポンド街の盗賊? いや、知らねぇな……」

 「――そうですか、ご協力ありがとうございました。それでは、失礼いたします」

 ポンド街には度々騎士が足を踏み入れ始めるも、大きな成果は上がらない。なぜならそこに住む皆が、救済者たる盗賊の正体を匿ったから。




 それでもその虚構に過ぎない安泰など、永遠には続かない。この日、ダイトの命運は揺れ動いた。

 「――ったく、なんで俺はお前の買い物に付き合うはめになってんだよ」

 「――いいじゃんいいじゃん! だって今日受ける予定だった依頼、急にキャンセルになっちゃったんだし。どうせ暇でしょ?」

 「……それはまあ、暇だよそりゃ」

 ピリック通りを訪れたのは、今を生きる大陸最強の魔導師パーティ・煌めきの理想郷(ステトピア)の二人、フェイバル=リートハイトとクアナ=ロビッツ。

 「……んで、何買うんだよ? また魔導書か?」

 「うんん、違う」

 「じゃ何だよ?」

 「これといって特には、何も考えてませんねー」

 「……んぁ?」

 「何か気になった店があったら、ふらっと入りたいなーって感じかな」

 「なんだよ。俺はてっきり荷物持ちかと思ってたんだか、何も決めてないのか」

 「……ま、まあね」

ただ意味も無く、同じ時間を共有したかった。クアナのそんな思惑に、不器用な男は気付けない。

 フェイバルは呟く。気付けなくとも、彼とてまんざらでは無いから。

 「ま、たまにはいいか。ここらはギルドから少し遠いし、一人じゃあんまり来ねぇーからな。ただの散歩も悪くないな」

 「でしょ! へへ、乗ってきたね。 さ、たまには依頼なんて忘れてのんびり歩きましょうよ」

No.65 セイカ=?


ギノバス王立病院に勤務する治癒魔導師。ダイトよりも一つ年上の、二一歳。低身長と白い姫毛が年齢より幼く映える。幼少期から治癒魔導師としての才能は凄まじく、作中現時点での勤務歴は一〇年を超える。

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