206.獣の道、転がるマリオネット。 *
帯刀の男が口走ったものは、紛れない脅迫文。巨体の男はその文句を待っていたかの如く、即座に魔法陣を展開した。
「……泥魔法・弾丸!」
放たれたのは、泥で形作られたの弾丸の数々。それらは群れを成し、三人を正面から狙った。
三人は各々が魔法戦闘の幕開けを悟り、本能的に凶弾を回避する。中でもエクアは、怯まずに反撃の一手を打った。
行使したのは、強化魔法・俊敏。淡い光は自身のみならず二人の仲間をも包み込み、集団戦の基盤を構築する。
その庇護を受けて果敢に駆け出したのは、パーティで前衛魔導師を務めるコムレス。鉄魔法・造形にて創造された鉄の槍を手に、彼は巨漢の懐を目指した。
しかし巨漢に生じた隙を察知してか、帯刀の男は二人の間合いへ強引に介入する。既に抜かれた一刀は、コムレスを弾き返すよう振り放たれた。
コムレスは咄嗟に攻守を切り替え、握った槍で凶刃を堪える。ただし単なる鉄の槍と、魔装加工の施された魔法剣に、性能の差は歴然。鉄の槍は、瞬く間にして粉砕された。
そして魔法剣の刀身は軌道を逸れながらも、いまだコムレスを捉える。咄嗟に身を引いたが、彼は凶刃に左肩から脇腹を浅く斬り裂かれた。
束の間、巨漢は狡猾にも追討ちを仕掛ける。泥魔法・罠は、魔道四天門においてドニーが用いた戦術と同じもの。コムレスの足元は舗装されてこそいたものの、その土壌は緩い泥と化し、突然に機動力を奪い去った。
そしてその隙を見計らったかのように、帯刀の男はまた魔法剣を振るう。凄まじ連携を前にしたコムレスに、もはやそれを回避する術など無い。
ただその窮地を救ったのは、一匹の黒き獣。獅子を模した肉体を成すその生き物は、紛れもない魔獣。そして無論それを従えたのは、魔導師パーティ・獣道の由来たる、レント=ハンジュであった。
黒き獅子は獰猛に帯刀の男へ突進し、容易く側方へと吹き飛ばす。更にその不意の一撃は、男の手から魔法剣を引き剥がした。
兄と慕うほどの仲間が攻撃を受けたとき、やはり巨漢は僅かに動揺を露わにする。そしてその不意を狙い澄まして、コムレスは鉄の拳を振り上げた。刹那に繰り出した一撃は、巨漢の大きな腹を揺らす。厚い脂肪でも抑えきれぬ強烈な衝撃は、たった一発で男から意識を手放させた。
突如巻き起こった戦禍は、こうして早々に幕を下ろした。それでも獣道の面々からしてみれば、これはただの作戦の一過に過ぎない。
「……レント、これからどうする? オラトリアを出て、ジュテムに戻るか?」
エクアの判断に、レントは迷わず返答する。
「……彼女の怪我が酷い。あまり動かしたくないから、そこの路地に入ろう。俺の治癒魔法を使って、彼女の危機を脱するのが先だ」
「でもさっきの二人組、ただ気絶してるだけだぜ。そんなに時間は取れないぞ」
「……ああ、分かってる」
リーダーの結論に、エクアは異論は持たず応じた。そうして三人は、道の傍に転がる女性の元へと向かう。前衛を務めたコムレスは、開いた傷口に手を当てながら呟いた。
「レント君。その子の治癒魔法が終わったら、僕の怪我もよろしくねー」
「――それでいい……それでいい。諸君は敵を壊し損ねた。それが不滅の人形だとも知らずに。糸の調べで息を吹き返す、可憐な傀儡であると知らずに」
窮地を脱した三人の魔導師から、ほど近い家屋。薄暗い二階で茶を嗜むのは、一人の男。一昔前の西洋人と遜色無い跳ねた髭を携え、高貴な衣装に身を包む。そして男の指先を照らすのは、灰色の光を宿す魔法陣。すなわちは、召喚魔法。
「――それでテクタの旦那様、本当に奴を使ったのですかな?」
老齢の執事は、ある貴族の元へ葡萄酒を差し出す。ズグゼル家の血を引く肥えた男は、手に馴染んだそのグラスを受け取って応じた。
「ああそうだとも。奴は実に使える男だ。それに何より、使う魔法が心地良い」
「……と、申しますと」
「奴の扱う召喚魔法とかいう代物は、どうも希少らしくてな。魔獣を生み出し、それを従えるのだそうだ」
老人は葡萄酒を注ぎ直す。
「ほうほう……まるで百獣の王者というわけですな」
「いいや、奴は召喚魔法の中でも更に希少。行使する魔獣は野蛮な獣などではなく、見違えぬ人間の姿をしているんだとも」
テクタは饒舌に語る。
「つまり奴は自らの手を汚すことなく、人に人を殺させることが出来る。少々やりすぎてしまった奴は若くして魔導師の世界を追われてしまったが、今は掃除屋として私に飼われているわけだ」
執事はその上機嫌にそっと歩を揃える。
「そうでございましたか。それはそれは、良い男を手にしましたねぇ」
「……奴の力があれば、私はまだまだ大きくなれる。ズグゼル家の頭目にも、きっと手が届く……!」




