205.激動の地下都市 *
一台の魔力駆動車は、遂に人気の無い検問へと至る。朽ちた魔獣防護壁の風穴を通り抜ければ、その先の一帯は廃墟と化した検問前広場。かつては人々の憩いの場であったが、現在は地下に入れない魔力駆動車が数台ばかり乗り捨てられただけの、陳腐な空き地となれ果てた。
コムレスが乱雑に車両を停めた束の間、レントは座席から飛び降りる。そこから忙しなく階段へ向かう彼の背中は、残る二人の道標となった。
地下階段の行く末は、オラトリアの外郭部。賑々しい中心部からやや距離のあるその場所は、少々風紀の乱れた様相を呈する。巣くう者は浮浪者ばかり。身を追われた人間の隠れ蓑には、最適ともいえるだろうか。
そして先述したようなオラトリア郊外の性格は、三人のよそ者でも十分に察しが付く。そのうえでエクアは指示を仰いだ。
「――レント! どうする!?」
レントは冷静に呟く。
「……進むぞ。捕まえる側だって同じことを考えつくはずだ。絶対に先を越されてる。なんなら、もう捕まってると見るべきだ」
リーダーたるレントの決断に、二人は疑うことなく頷く。三人は、地下街・オラトリアの中心部へと駆けた。
一切の車両が立ち入らない街の構造に救われ、三人は賑わいつつも十分な広さのある遊歩道を快活に進む。道脇で尻餅をついて俯く酒飲みの男と、その男の金品を狙う浮浪者。露出の多い女を両脇に抱えた、派手な中年の男。気晴らしに街へ訪れた、誰知れぬ魔導師パーティの面々。護衛を連ねて遊興に訪れた、貴族らしき女。多様な人間が入り乱れる街は間も無く明け方を迎えるが、一向に眠りの気配を醸さない。
そしてその混沌の街は、立ち入った三人の魔導師へ偶然をもたらした。幸か不幸か、三人が目撃したものは、汚れた薄着を纏う、縛られた女。そしてそれを肩へ担ぎ上げる屈強な巨漢と、刀を携えた細身の男。一見すれば異様な光景でも、混沌の街では誰もそれを気に留めなかった。
巨漢は呟く。
「――中々にウマい報酬の割には、随分と楽な仕事だったなぁ、兄貴」
「――うるせぇ。眠ぃし、さっさとこの女引き渡して宿探すぞ」
叫ぶ気力すらも感じない女は、ただ無抵抗に俯く。金の髪は薄汚れているが、レントはそれが探し人だと理解するまでに、そう時間を要しなかった。
そしてその横顔を窺ったコムレスは、直ぐに事態を察する。一刻を争うことは承知の上に、彼は落ち着いて尋ねた。
「……恐らくは、近隣の魔導師でしょう。依頼書はジュテムだけでなく、その他近郊のギルドにも掲示されていたようです。やはり、先を越されました」
レントは黙り込む。そして次に彼の横顔へ宿ったものは、紛れない焦燥であった。
女を連れた魔導師たちの向かう先は、間違いなく依頼者たる貴族の元。そこで引き渡しが完了してしまえば、恩人は償いを強いられる。その償いがいかなるものかは分からない。償いそれ自体は正当であり、女に確かな落ち度がある為に執行されるものなのかもしれない。部外者のレントに事の子細を知る術は無いが、それでも依頼者たる貴族の悪評をかねてより小耳へ挟んでいた彼は、その不確定な情報だけで英断した。
レントは足早に二人の魔導師へと駆け寄り、まずは穏便に言葉を交わす。
「――すまない。少し伺ってよいだろうか?」
二人は聞き慣れぬ声に振り返った。屈強な男は、無作法にその珍客へ応じる。
「お前、誰だ?」
「レント=ハンシュ。ギルド・ジュテムで魔導師をやっている」
レントに追いついたコムレスは、傍のエクアと己を纏めて紹介した。
「そして我々は、彼の魔導師パーティに参加している魔導師です」
面倒事を悟った帯刀の男は、顔をしかめて言葉を紡ぐ。
「仕事中だ。また後にしてくれ」
それでもレントは、狼狽えずに言い放った。
「単刀直入に言おう。その女を引き取りたい。見たところ、貴殿らも依頼を請け負った魔導師なのだろう?」
帯刀の男は鋭い視線でそれへ応じる。
「悪いが、その交渉には乗れない。我々も魔導師である以上、仕事を完遂することに拘りがあるのでね」
「……無礼は承知の上だ。交渉に応じてくれるのなら、依頼書の報酬に上乗せして支払う」
「駄目だ。おい愚弟、さっさと雇用主の元に行くぞ」
そして二人の魔導師は、三人から背を向けて再び歩みを進める。レントの持ちかけた交渉は、呆気なく決裂した。
ただそのときエクアは、ある種の確信を持って鋭く言い放つ。
「……お前ら、ギルド魔導師じゃないな」
その文句を聞き、二人は足を止める。その咄嗟の反応がまさに図星であったことは、レントやコムレスにも察しが付いた。
エクアは不審な二人の男を追い詰めるようにして、先の発言の根拠を示す。
「お前らが依頼を受けた魔導師なのなら、貴族は雇用主じゃない。依頼主だ。そこを混同してるあたり、お前らは汚れ仕事を任された、貴族お抱えの訳あり魔導師ってところか。頑なに名前で呼び合わないのも、何か知られたくない事情があるからだろ」
痛烈な推理は、帯刀の男を白状へと追いやる。男は溜め息を吐いて呟いた。
「……まったくあの馬鹿貴族め、ギルドにまで依頼を寄越すのは、どう考えても悪手だったろう。まあいい、確かに俺たちは、お前が思った通りの存在だとも」
そして帯刀の男の声色は、微かな怒気を帯びる。
「そこまで分かっているのなら手を引け。我々はギルドの掟に縛られない魔導師だ。殺しの後処理くらい容易い」




