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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
124/203

119.僕に従え **

 陽が落ちた。その夜は、名も無き少年が描いたシナリオ通りに動き出す。

 孤児院へと接近を開始するのは、村の自警団の男たち。騎士の駐在しないこの村では、彼らが実力を行使する。

 教会と孤児院は村から少々離れたところに位置していた。それでもこちらへ着実に近づく松明は、小さな略奪者たちを畏怖させる。

 教会を囲む生垣の内側、手入れが行き届かず伸びきった茂みの中にて。カルノはティタにくっ付いたままで、ただ恐怖に震え続けた。ティタは優しく抱擁してやるものの、彼女とて焦りを隠せない。

 その一方で、名も無き少年はこの期に及んで口角を上げる。意図は分からずとも、苛立ちが募ったティタは檄を飛ばした。

 「あんた……どうするつもりなのよ!? 私たち、みんなまとめて殺されるのよ!?」 

ホーブルもまた、それへ呼応されるように崩れ落ちる。

 「もう終わりだ……」

エルは言葉にこそ出さずとも、もう取り返しのつかないことを悟って手を組んだ。人智を超えた存在へ赦しを乞うつもりだったが、それもきっと叶わないだろう。人を殺めるということは、そういうことだ。

 名も無き少年は、釈然としてティタに返答した。それは同時に彼の秘めた才能が、またも天啓を示そうとしていることを意味する。

 「カルノ、ティタ、ホーブル、エル。君たちの中で、戦闘向けの魔法を使える者は?」

エルはついに口調を荒げる。その問いから、彼の考えていることが分かったから。

 「……私は戦わない。あなたにだけは、手を貸さない!」

対してカルノとホーブルは、ただ沈黙を貫いた。彼らにはそのような力は無い。

 皮肉にも、期待通りの返答が出来たのはティタのみだった。彼女は反抗心を押し殺すように呟く。

 「……私は、雷魔法が使える」

 「なら、あの教会に雷を落とすことは可能かい? それほど大きくなくてもいい。火種にさえなればね」

 「……それなりに照準を合わせる時間があれば、たぶん」

少年はその思考の中である結論へと辿り着き、その達成感を滲ませて微笑む。そして続けざまに、彼はクレントのほうへ振り向いた。

 「クレント、あとは君の魔法が必要だ。それでこの窮地は乗り切れる」

 「……いいだろう」

クレントはあまりに軽々と了承した。それはまさに、名も無き少年への忠誠を誓うかの如く。

 少年は都合の良い返事に笑顔で頷く。そして天性の策士は、一方的に場の全員へ指示を始めた。




 自警団で頭領務める男は松明を抱え先頭を進む。そのとき彼のそばに控える男は、どこか独り言のように呟いた。

 「あの教会、聞くところじゃ聖職者の老人と、身寄りの無い子供が住んでるだけみたいですけど……」

頭領の男は釈然と応じる。

 「殺しは無比の大罪。それが聖職者だろうと子供だろうと同じだ」

 「でも……」

頭領のそばの男には、微かな迷いがあった。しかしその迷いは、頭領のたった一言により払拭される。溜め息に続いて、頭領の男は後方を指差した。

 「なら、お前があいつを納得させて来い」

 「……あいつ?」

頭領の親指が指す方へ振り向けば、不思議と自然に目が合った。そのときそばに控える男は、視線の先の呪怨に愕然とする。

 そこに居たのは、略奪を受けた家の主。すなわち、愛する母と子を殺された者。暗い中でも不思議と目につく、あまりにも怨念に満ちた瞳だった。

 そばに控える男は思わず身震いする。説得など不可能なことは明白だろう。

 頭領の男は、そばの男が事情を理解したことを察し呟く。

 「為す術も無く妻子をいたぶられた者の心境など、推し量るまでもない。同情することすらおこがましい」

 「……ああ。俺が間違ってましたよ」




 そして自警団の一行は、早くも教会の目前まで辿り着いた。誰一人として歩みを止めることはせず、遠慮無く古びた門をくぐり抜ける。

 頭領の男は腰に差した魔法剣を抜いた。従えた者たちを鼓舞させるようなことはせずに、静かな声で粛々と方針を語る。

 「潜んでいる者は全員殺せ。女も子供も、例外は無い。ここに潜むのは無辜(むこ)の人間を殺めた醜い獣だ」

 頭領の背に続く男たちは一斉に得物を抜いた。彼らもまた、そこで子女を殺めることへの抵抗を捨て去る。

 漠然とした緊張感が場を支配するなか、ある男は頬に水滴のような感触を感じた。咄嗟に頬へ手を当てる。暗闇でそれが何かは見えなかったが、経験則から導き出される結論は当然のものだった。

 「……急な雨か?」

そのそばに居た別の男は、自然と異を唱える。

 「馬鹿な。今日はずっと快晴だったろ」

 「いや……でも今確かに……」

 男らは空を見上げた。しかしそこに月の姿は無い。かすかに目視できるのは、妙に紫がかった小さな雲。自警団の上空だけを覆うようにして漂うそれは、自然現象とは考えがたい。

 彼らはあまりに悠長だった。魔法に最も長けた頭領の男は、それがただの雨でないことを瞬時に理解する。

 「雨には決して濡れるな! 走れ――!!」

 その一声に反応できた者は僅かだった。頭領に続き、そのそばに控えた男と妻子を奪われた男が駆け出す。そこからさらに遅れて、数名の男が足を動かした。

 直後、突然にして雨足は強まる。出遅れた自警団の者たちもようやく動き出すが、すでに時は満ちていた。命という旋律は、虚しくも終曲へ。

 頬に水滴を感じた男は、真っ先に地面へと伏した。そして束の間、男は痙攣と共に泡を吹き始める。周囲の者はその突然の出来事に驚愕するが、このとき雨を浴びた彼らもまた、運命へ捕捉された身。目の前でもがき苦しむ男は、単に己の数秒後の姿にすぎない。

 咄嗟に行動出来た自警団のうち数名の者は、必然的に最寄りの建物である教会に立ち入った。扉を強引にこじ開けると、死の雨を凌ぐべく一斉に突入する。

 光の無い教会では松明だけが頼りになる。頭領の男は周囲の者へ注意を促した。

 「誰かが潜んでいるやもしれん。油断するなよ」




 そのときクレントはひとり、教会敷地内の生け垣に単独で身を潜め続ける。死の雨をもって、名も無き少年からの指令を忠実に全うしてみせたのだ。

 毒魔法、それは確かに希少な魔法でありながら、人を容易く殺める惨き術。数ある毒魔法の中でも強力な致死性を備えた彼の毒魔法は、幼き日の彼を虐げるに充分な理由であった。辺境の村で生を受けたクレントは、その悍ましい魔法のために村の者から迫害され、ついには孤児となったのだ。

 その魔法が、今また人間の命を奪った。それでももう、彼の顔に迷いは無い。殺しの味を知った少年は、ただ与えられた作戦の完遂を誇った。




 クレントを除く孤児たちは、孤児院で息を潜めていた。しかしまだ大きな迷いのあるエルは、毒に犯されゆく男たちの喧騒を耳にしてついに声を荒げる。

 「……なに、したの? クレントはどこ――!?」

 ホーブルはエルの口を塞いだ。一片の光もない孤児院の広間は、また静寂へと包まれる。そのとき名も無き少年は、彼女へ微笑んで答えを告げた。

 「クレントはまごうことなき天才だよ。彼という存在のおかげで、最も成功率の高い作戦を選択できた」

彼はまた達観した様子で続ける。中庭で集中を高めるティタに指示を送る。

 「さあティタ。次は君の出番だよ」

ティタはその合図を遵守すべく、自身から同心円状に広がる魔法陣を展開した。束の間、同じ魔法陣が離れた教会の上空に展開される。

 「雷魔法・霹靂(クラップ)――!!」

 けたたましい轟音とともに、一筋の落雷が教会へと墜落した。それは細くか弱い一撃でありながらも、名も無き少年には想定の範囲内である。教会を破壊することは目的でなく、予見されうるただの結末にすぎないのだから。

 彼の目論み通りに、教会は突如として炎に包まれた。そしてそれは一瞬のうちに、爆発の如き火災を引き起こす。

「油はこう使わないとね」

 名も無き少年の一言ののち、木造の教会は脆く崩れ始める。その中に居れば即死を免れないことは、誰の目にも明らかだった。

No.119 毒魔法


毒素を放つ発現魔法。魔法陣は紫色。毒性には様々な系統がある。毒性においては致死毒の他に麻痺を引き起こす毒や、血液凝固を疎外する毒性が確認されている。また毒魔法は術者の力量により、毒物を液体・固体・気体へ変化させることが出来る点から、発現魔法の中でも特殊な位置付けがなされている。

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