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Just-Ice ~明星注ぐ理想郷にて~  作者: 福ノ音のすたる
第7章 ~革命の塔編②~
123/203

118.導きのままに **

 「ねえねえ! 今日の夜ご飯はなーに!?」

 エンジ村に住まうとある少年は、母親の足にしがみついてご機嫌に尋ねた。母親は小さな炊事場で忙しなく手を動かしながらも、優しい笑顔で返す。

 「……できてからのお楽しみよ」

 「ええー! 教えてよ!」

少年は不服そうに頬を膨らませる。母親はその可愛らしい様相を見て少しばかり微笑んだ。

 そのとき、家の扉が開かれる。二人はそれが畑仕事から帰った父であると思い、炊事場から声を飛ばした。

 「お父さん、お帰りなさーい!」

 「おかえりなさい、あなた」

しかしそこに返事はない。いつもとは違う様子に、母親だけが僅かな違和感を抱いていた。その一方で少年は、何の疑いも抱くことなく父の元へ走り出す。炊事場から忙しない足音が遠ざかった。

 母親の視線は手元の鍋で温められたスープへ戻る。些細なことで違和感を覚えてしまった自分が考えすぎなのだと思い、気にかけることはやめにした。

 残酷とは、不意に訪れるから残酷なのだ。母親の堪は間違っていなかった。次の瞬間、居間へと帰ってきたものは大きな衝突音。皆で囲むはずだったテーブルは横転し、そこには眼球を剥き出したままで頭から血を流す息子の姿があった。

 母は己の顔が青ざめていくよりもずっと前に、ただ少年のもとへ駆け出していた。

 不思議と声は出なかった。母親はいくら少年を揺さぶろうと、それはもう動かない。開きっぱなしの瞼の奥には、無気力な瞳がどこか途方も無い遠くを見つめていた。

 「――これでいいんだよな」

 「ああ、それでいい」

 扉の向こうから、聞き慣れぬ声が差し込んだ。まだ若いその声の主は、幼き日のクレント=ズニア。背後には、彼をこうさせた名も無き少年の姿もある。

 その少年はまたある少女へと声をかける。その少女もまた、彼らの一味であった。

 「素晴らしい魔法だね、フィノン」

 この年齢にして強化魔法・剛力(ストロングス)を会得するフィノンは、義理の兄であるクレントへそれを付与していた。

 フィノンはまだ迷いが拭えないようで、その少年には何も応答せずにいる。幼いながらも、人を傷付けることの罪深さを心のどこかで認知していた。

 「……君は優しいんだね、フィノン。でも、優しさと甘さを履き違えてはいけない」

少女は応じない。名も無き少年は、話し相手をクレントへ変更した。

 「にしてもまさか、よりにもよって君が僕の話に乗ってくれるとは驚いたよ。昨晩は一番反発していたように見えたけど」

 「……お前の気味悪い思想に乗ったわけじゃない。手を汚すしかないのなら、年長の俺の役目だと思った。本当なら、フィノンも置いてくるはずだった」

 「なるほど。素晴らしい信条だ」

名も無き少年は話を現状に戻す。

 「ところで、あの子供はちゃんと殺せているだろうか?」

あまりにも軽々しく命を語った。クレントは無き少年に嫌悪しながらも、渋々と応じた。

 「……ただ殴っただけだ。分からん」

 「強化魔法の乗った拳なら、内臓を破裂させる感覚ぐらい分かると聞く。ちょうど母親もいることだし、そいつで練習してみてくれ。人間を壊す感覚を覚えておこう」

クレントは少し黙り込むと、背中を向けたまま少年へ尋ねた。

 「……お前は一体何者なんだ。なぜ魔法の使えないお前が、そこまで魔法に詳しい? たいして年も変わらぬお前が、なぜそこまで達観して生死を語れる?」

 「全て本で読んだ。魔法は人を殺せるということも、人が人を殺すことで、そこに何かが生まれるということも」

その少年は少しだけ微笑むと、改まって次の指示を下す。

 「無駄話は後だ。さあ、さっさと殺してしまってくれ。長引くと厄介な事が起こりかねない」

クレントは拳を掲げた。仲間を生かすために、己が手を汚す。それが正義であって正義でないことは分かっていたはずなのに。

 名も無き少年に従って街へおりたのは、フィノンとクレントの二人のみであった。他の者は己の良心に従い、廃墟と化すのみである孤児院にて夜を待つ。それにも関わらず、たった三人の子供による略奪は敢行されたのだ。




 夜になれば、三人の略奪者は孤児院へ充分な食糧を持ち帰った。それでも孤児院に残った者たちは、それを素直に喜べるほど毒されていない。

 エルは名も無き少年へ恐る恐る尋ねた。

 「本当にやったの……? 村の人から物を盗んでしまったの……?」

少年は屈託なき笑顔で答える。

 「ああ、そうだよ。発覚を遅らせるために、始末した上で略奪した。それでも僕の見立てでは、きっと今晩にでも自警団による犯人捜しが始まる。早ければ、深夜にはここが突き止められるね」

 「ふ、ふざけないで!」

 「ふざける? 何のことだい?」

エルは少年の胸ぐらを掴んだまま、一種の怯えを帯びた声で尋ねた。

 「どうしてあなたは……笑っているの?」

 「まだ分からなくていい。君たちもいずれ、同じように笑っているから」

少年の言葉は続いた。それは恐ろしいくらいに的を得ているように聞こえてしまう。

 「それに、君も分かっているんだろう? もし君が本当に略奪を拒んだのなら、僕たちを止めるべきだった。それをせず傍観した君は、僕たちの仲間だよ。もちろん、歓迎しよう」

 そのときティタはクレントに語りかけた。

 「……クレント」

 「……なんだ?」

 「あんたがさ、殺ったんでしょ。フィノンと魔法の使えないそいつが、そんなことできるとは思えない」

 「……ああ、そうだ。俺が殺した」

 「それは、あんたが一番年上だから?」

クレントは答えない。沈黙が黙認であることくらい、ティタにも理解出来た。そして彼女の一言が、さらに孤児院の情勢を変える。

 「……ごめん、クレント。私はあんたに背負わせすぎた。私も、そいつに従う」

ホーブルはティタの両肩を掴んだ。

 「おい! 正気かよ!?」

 「当たり前じゃん。革命家気取りのそいつは気に入らないけど、クレントだけに手を汚させるのは耐えられない。それに私だって、クレントの次に年上なのよ……!」

彼女と同年齢であるホーブルは、言い返す言葉を失う。友が次々と毒に侵されゆく様を見ているようだった。

 名も無き少年は話の軌道を戻す。

 「もし未明に自警団が孤児院へ来たならば、僕たちは協力なしで生きられない。僕たちに残された道は、たった一つだよ」

どこか余裕のある少年の口調に、エルは感情的に批判する気力を失った。

 「これが最後だ。僕に従え。僕の導きがあれば、また明日の黎明を皆で見ることができる。約束しよう」

No.118 エンジ村


王都・ギノバスから遙か遠方に位置する辺境の村。騎士の配備が行われていないため、村民により自警団が組織されている。

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