第十九章 星に生きる者たち(5)
「嘘を言ってすまなかった。私はこの国の後継者であり――そして王女だ。本当の名をソリナという」
一同はその名前に聞き覚えがあった。未来の世界で見た碑文に、アンゴルモア語でこう書かれていたのである。
私の名はソリナ・マハイラ。
グリンピア王国暦620年7月、すなわちネリシア王国暦1999年7月、
アンゴルモアの大王ラプラスが蘇るであろう。
その計画を阻止するために、今こそネリシア王国最後の遺品を託そう。
広大なる空は汝らのもの。スクーターの機動力がそれを可能にするであろう。
偉大なる力は汝らのもの。スーパーストリング砲の破壊力がそれを可能にするであろう。
旅人たちよ、残された時間は少ない。
ラプラス復活の地、メーヤルの塔を目指しなさい。
「ではあなたが後のソリナ王妃? でもなぜ性別を偽るようなことを……」
「今から十二年前のことだ。国民たちは、病弱なヘンド王の後継者として、背中に羽を持つ者たちと戦うことのできる勇敢な王子の誕生を求めていた。しかし生まれてきたのは女の私だった。当時の大臣たちは王子が生まれたと発表し、私は王子として生きることを求められた。幼い頃はそれでも何とかなったが、私ももう十二歳だ。体つきはどうしても女になってくる。これ以上、国民を欺くことに限界を感じていた」
カーウィン王子――いや、ソリナ王女が唇をかんだ。
「だからか。生まれて初めての自由を満喫したいと言って、瓜二つの俺にずっとカーウィン王子を演じさせていたのは、それが目的だったのかい?」
ノクトが驚きの声を上げる。ソリナは少しだけ躊躇してから、小さくうなずいた。
「そういえば王女がデルタイに目覚めたのは半年ほど前のことだったな。自分を押し殺して王子としての職務に励む毎日の中で、もっと自由に生きたいと思い悩んだ。だから重力から解放されるデルタイに目覚めたって言っていた。自分を押し殺して王子としての職務に励むとはそういう意味だったのか」
「え、少し待って」
ノクトの言葉を遮ったのはシーナである。
「グリンピア王宮の地下にあった碑文を覚えているかしら。我々はマイヤを王国の守護神として迎え入れ、後の世に漆黒の破壊神の正体を伝えることを禁じた、と。私はあの碑文を見て、国民に言論制限を強いたカーウィン王の人物像を、人々を上から押さえつけるようなタイプだと思ったの。そしてデルタイがその人の考え方や性格を反映するのだとしたら、カーウィン王の人物像に近いのは、重力から開放されて自由に空を飛ぶソリナ王女ではなく、重力で相手を押さえつけるノクトってことでしょ?」
シーナの言わんとするところはすぐ皆に伝わった。彼女たちの知っている歴史では、カーウィン王子として育てられたソリナ王女がグリンピア王国の初代王妃になり、その夫――グリンピア王国の初代国王に即位したカーウィンと名乗る人物はノクトだというのである。
「俺がグリンピア王国の初代カーウィン王ってこと?」
「では私はノクトの妻になったというのか?」
ノクトとソリナ王女が唖然とした顔でお互いの顔を見つめあった。
「なるほど、だからソリナ王妃はアンゴルモア語の碑文を作成できたのか」
キャランが納得した表情でうなずく。
「これでパズルのピースがつながったな。僕たちの歴史では、グリンピア王国の王室に二個、ノキリの村に二個、ハプスの村に二個、ランデルマートに一個、オリハルコンのペンダントが伝えられていた。そしてそれらの所持者は剣士カシウスやその朋友たちの子孫だとされていた。一方でアンゴルモア語の碑文はグリンピアの王室、ノキリの村、ランデルマートの三か所にだけあった。今ここにいるのはソリナ王女、ノクト、ラック、シーナ、ジール、ルサンヌ、そして僕の七人だが、この中でアンゴルモア語を操れるのはソリナ王女、シーナ、僕の三人しかいない。つまり――」
永き旅の果てに真実を知った歴史学者キャラン・コラウニーが、そのすべてを語る。
「ノクトとソリナ王女が後のカーウィン王とソリナ王妃になり、アンゴルモア語の碑文を残した。そしてランデルマートでアンゴルモア語の碑文を残したコラウニー家の始祖は僕だろう。名家になったが故に、五百年以上のあいだ、名字が変わることなく子孫にペンダントを伝えていったのだと思う。そしてもちろんフレイム・ドラゴンを操る剣士カシウスの正体はラックだ。さっきもネリシア女王からそう紹介されていたしね。でもノキリの村には二個のペンダントとアンゴルモア語の碑文が遺されていた。つまりそこにはシーナもいたことになる。ラックとシーナがノキリの村に移り住み、子孫であるノクトが生まれてきたんだ。残りの二人、ジールとルサンヌは唯一アンゴルモア語の碑文を遺さなかったハプスの村に移り住んだのだろう」
「ってことは、俺とシーナが……」ラックが何やら考えこんでいた。
「私とジールさんが一緒に?」ルサンヌの声は上ずっている。
この二人はもちろんのこと、シーナやジールの顔まで赤くなっていた。
「どうした、みんなそれで満足したか? それならラプラスが定めた歴史に従ったままでも良いんだぞ」
平和主義者のキャランが珍しく挑発するように言った。七人の中で一番年長の彼だけがこの中で独りぼっちであり、多少の悔しさがあったことは否定できない。
「いや、そんなはずないだろう。アンゴルモア星人たちから恨みを買ったまま、この星に住む地球人たちが一方的に虐殺される未来。俺はその歴史を変えるために、この時代にやって来たのだと思う」
ラックが一歩前に進み出る。
「私はようやく自分の過ちに気付いたわ。ノキリの村に『汝、漆黒の破壊神の計画を阻止せよ』という碑文を遺し、それを未来の世界でマイヤ様に伝えてしまったの。きっと私の心の奥底にあったマイヤ様に対する猜疑心を見抜かれて、失望させてしまったでしょうね。でも今の私が求めているのはマイヤ様たちアンゴルモア星人との平和な共存。あの過ちをもう一度繰り返したくないの」
シーナがまっすぐな瞳でマイヤを見つめる。
「俺もご先祖様たちに協力するよ」
ノクトが二人の先祖を仰ぎ見る。
「私はこの国の正統な後継者として、王女として皆の力になろう」
ソリナが宣誓する。
「ハプスの村に移り住んだ人物は剣士カシウスの朋友だったよな。そうだよ、俺はこの中で一番長くラックと一緒にいて、いつも喧嘩して、そして笑ってきた仲間なんだ。だから俺は最後までお前と一緒にいるぜ」
ジールが長年の朋友に笑顔を向ける。
「メルネちゃんは私にとって初めてできた友達です。私を助けるために石像の姿になってしまって、私が生きているあいだに元の姿に戻ることはないでしょう。でも今から二百年以上先の未来で私が生まれてきた時、もう一度友達になりたいのです。だから地球人とアンゴルモア星人との間にある心の壁をなくしたいし、そのためなら私は何でもします」
ルサンヌがもう二度と逢えないであろう友を想う。
「……分かったわ。他の者たちはともかく、少なくともあなたたちには借りができてしまった。だからあなたたちの目的が争いではなく話し合いだというなら、ラプラス陛下の元に案内しましょう。でもそこから先は、あなたたちがラプラス陛下を説得できるかどうかにかかっているわ。私は一切関知しないけど良いわね?」
「ありがとうございます、マイヤ様」
シーナがスクーターの座席から頭を下げた。しかしマイヤはシーナには見向きもせず、ラプラスが入っていった黒い霧をじっと見つめている。
「日の光もほとんど差さない極寒の大地、惑星アンゴルモア。それが私たちの故郷。そこに生まれた人口千人足らずのアンゴルモア王国。それが私たちの祖国。現在の大王ラプラスは、類まれなるデルタイを持っていたために幼くして父から王位を引き継いだ私の弟。ラプラスや私は最初、自分たちよりはるかに無力で凶暴な種族が、この温暖で肥沃な大地にいち早く移住したことに嫉妬したのかもしれないわ」
その横顔は、かつて未来の世界でラックたちに見せたのと同じ憂いを含んでいた。
「マイヤ様、案内をお願いします」
しばらくの時を置いて、シーナが遠慮がちに申し出る。
「ええ、分かったわ。でもあなたたちの乗っているスクーターはここに置いていきなさい。あなたたちの目的が本当に話し合いだというのなら、その機動力は必要ないでしょう」
スクーターを警戒するマイヤに、キャランが同意する。
「承知しました。スクーターには重力場の変化に弱いという致命的な欠陥があるみたいだから、あの黒い霧の向こうに持っていくだけで壊れてしまうかもしれません。だからここに置いていきます」
「でもマイヤ様、これだけは帯刀させて下さい」
そう申し出たのはラックだった。彼の腰にはアルマニオンから錬造された聖剣アトラスがある。
「それは話し合いに必要なの?」
マイヤの表情が厳しくなり、一同が言葉に詰まる中、ソリナが返答した。
「もちろん必要だ。ラプラス殿は貴国の大王であり、私はこの国の王の名代として交渉の場に向かう。でも身体的な能力だけなら、そちらの方がはるかに上だ。ラプラス殿の気まぐれで我々全員がいとも簡単に惨殺されてしまうような場で真っ当な交渉はできない。私たちにも最低限の護身能力が欲しい」
マイヤの冷たい視線がソリナに向けられた。しかしソリナは凛としてその態度を崩すことはない。しばらく両者のにらみ合いが続いた後、マイヤがため息をついた。
「私たちにとって、国民を光あふれる世界へと導く大王陛下は絶対的な存在です。それを理解した上での発言と捉えて良いのですか?」
「もちろんだ。我が祖国ネリシア王国の名代として約束しよう」
ソリナ王女の言葉には、生まれてからこれまで自分の性別を偽ってまで守り通してきた王子としての矜持があった。それを理解したマイヤが初めて折れる。
「名代殿のご厚情に深謝いたします」
「こちらこそ」
ソリナも礼をもって応じた。その王族同士の堅苦しいやり取りを終えてから、マイヤが一同を見渡す。
「ところでここに残りたい者がいれば、残っても良いのよ」
だが皆それぞれの決意を胸に秘め、尻込みをする者はいない。
「誰もいないようね」
先導するマイヤが自らの羽で羽ばたき、黒い霧の中へと消えていった。それを確認してから七人はソリナのデルタイで宙に浮かび、後を追う。あとには灼けつくような砂漠だけが残され、陽炎の中で揺らめいていた。




