第十九章 星に生きる者たち(4)
「ネリシア女王だと? そんなバカな……」
作戦を指揮するベラール・スノイマー将軍が、スクーターに乗るシーナを睨みつけた。たしかにネリシア女王と瓜二つではあるが、大昔の人物が現代によみがえるはずはない。そんなことはあり得ない。
「全軍に告ぐ。あの女は偽物だ。攻撃を継続せよ」
スノイマー将軍の指令を受け、再び砲撃が始まった。だが兵士たちの中にはネリシア女王の登場に戸惑う者もいたのだろう。先ほどと比べ、明らかに砲撃の勢いは落ちていた。
身体能力に長けるラプラスとマイヤはその攻撃を次々にかわしていくが、メルネの動きにはどこか精彩がなかった。セルナの命を一瞬にして奪ったスーパーストリング砲。その攻撃がどこから飛んでくるかもしれないという恐怖の中で、普段よりも体の動きがぎこちない。
そしてその動揺する姿はルサンヌの眼にも届いていた。グリンピア王国歴248年に初めて出会った時よりも幼い少女が、必死の形相で逃げまどっている。その姿は痛々しくもあり、ルサンヌは当然のようにメルネを応援する側に回っていた。
と、そこに砂漠にできた山の陰で砲身を構える兵士の姿が見えた。多くの砲撃が飛んでくる方向とは反対側であり、メルネはもちろんのこと、ラプラスやマイヤも気づいていない。
「メルネちゃん、後ろ、後ろ!」
ルサンヌは堪らず声をあげた。しかしメルネにとって見知らぬ女からの呼びかけは、その注意力をさらに別のことに振り向けるだけに終わってしまう。
もう間に合わない。
ルサンヌはとっさに自らのスクーターを兵士めがけて急加速させた。その暴力的な加速度に追いつかず、彼女の体が空中へと放り出される。一方、無人のスクーターは兵士の持つ砲身へと突っこんでいく。
その刹那、砲身から淡い紫色の光が放たれた――少なくともメルネの眼にはそう映った。だが高速疾走するスクーターの風圧が兵士の体勢を崩し、その光芒は見当違いの虚空へと消えていく。
「アイス・ブリザード!」
二本目のスーパーストリング砲を見つけたマイヤがそのデルタイを放ち、兵士と砲身を凍てつかせた。
無人のスクーターは砂漠を横滑りして不時着し、ルサンヌは砂漠に落下した。メルネはその両者を目で追ってから、ルサンヌの元に飛翔する。
「ねぇ、どうして私を助けてくれたのぉ?」
メルネの問いかけを聞き、ルサンヌは砂漠に埋もれていた顔を上げた。そこにはまだ大量の砂がついている。
「だって私たち、友達でしょ」
顔面砂まみれの見知らぬ女から友達と言われ、メルネはきょとんとしていた。
「私は今から数百年後にこのオアシスで生まれ、そしてメルネちゃんと友達になるんだよ」
そう言われて、メルネもようやく目の前の人物が未来からの来訪者であることを理解した。
「ふーん、そっかぁ。私にも地球人の友達ができるんだねぇ」
メルネは珍しいものでも見るかのように、ルサンヌの顔をまじまじと眺めている。
「そう、だから」と言いかけて、ルサンヌの言葉が途切れた。その視線はメルネの背後に向けられている。
メルネが振り返ると、そこに三人の兵士がいた。それぞれが砲身を構え、その標準をメルネに定めている。ここでメルネが攻撃をかわせば、後ろにいるルサンヌはひとたまりもないだろう。
この中にスーパーストリング砲はありませんように――とメルネは生まれて初めて神に祈った。
アンゴルモア王国に特定の宗教はないし、地球人たちがポセイドンを神のごとく崇めていたと伝え聞いて、おかしな風習だと思ったこともある。そんなメルネが初めて超常的な何かに救いを求めた。
三つの砲身が同時に火を噴く。だがそこに紫色の光芒はない。それを確認して、メルネは一瞬のうちに決意した。
――たとえ自分がソドのように休眠状態に入ろうとも、スーパーストリング砲の一撃から救い、友達と呼んでくれたこの地球人を見捨てることはできない。
メルネが両腕を伸ばし、砲撃の一つを受け流す。その軌跡は横へと逸れていくが、彼女の腕から感覚を奪うほどの強い衝撃を残していった。
そして、それが限界だった。
残り二つの砲撃をもろに浴びたメルネの体が白く変色し、石像のような姿になって砂漠へと落下していく。
「メルネちゃん!」
ルサンヌが悲鳴に近い声で、その名を呼んだ。きっとメルネはこの攻撃で永い休眠状態に陥り、ルサンヌが生きている間にはもう二度と語り合えないだろう。そう直感した。
それと同時に、メルネに攻撃を仕掛けた三人の兵士たちが吹雪の中へと消えていくのが見えた。空を見上げると、マイヤがアイス・ブリザードを放ったままの姿勢でルサンヌを見下ろしている。お互いの視線が絡み合った。そこに――
「カシウス、そしてカーウィン王子。こちらへ来なさい」
シーナの声がスピーカーの大音量で聞こえてきた。
呼びかけている相手は、カーウィン王子のデルタイでようやくその場にたどり着いたラックとノクトである。なにやらもう一芝居するつもりのようだ。王子のデルタイを借りて、二人がシーナのスクーターに近づいた。リゼールのスクーターはやや離れた場所から事の成り行きを見守っている。
「私が話をするから、ノクトはその仕草だけしてくれ」
カーウィン王子がスクーターに備え付けられた無線マイクを手に取り、ノクトに渡すふりをしてから、自分の口元へと持っていく。
「皆、私が誰だか分かるな? カーウィン・マハイラだ。私自身もにわかには信じられなかったが、我が王国の初代女王ネリシア様が、この戦いに終止符を打つため、今日ここに来られたのだ」
それはたしかに兵士たちの知るカーウィン王子の姿であり、声だった。自らのデルタイで空に浮かぶカーウィン王子が、千年以上昔に生きた初代女王ネリシアを紹介している。
兵士たちはその信じられない光景にざわついた。しかし王子に向けて攻撃を仕掛けるわけにもいかない。一人、また一人とその手を下ろしていく。
それを見届けたシーナが、再びマイクに向かって語りかけた。
「私とここにいる剣士カシウスは、彼らアンゴルモア星人のデルタイによって、永き旅の果てにこの時代へとたどりつきました。なぜこのようなことになったのか。私はそれを考え、そして一つの答えに辿りつきました。私はきっと、皆さんに真実を伝えるためにこの時代へと来たのです。私たちの文明は、ここから遠く離れた地球にあるアトランティスと呼ばれる地で発祥しました。そしてそこに文明を授けてくれた開祖ポセイドンこそ、彼らと同じく背中に羽を持つ者――アンゴルモア星人だったのです。彼らは私たちの出方次第で、強大な敵にもなり、素晴らしい友にもなります。私は今日、それを皆さんに伝えに来ました」
兵士たちは皆、その演説を静かに聞いていた。シーナは二人のアンゴルモア星人に向き直る。
「ラプラス、マイヤ。私たちの間には、かつて不幸な過去があったようです。でもその上で、もう一度あなたたちの友人になるためのチャンスを私たちにください」
「ふん、勝手なことを言うな。いつも最初に喧嘩を売ってきたのはお前たちだろう。今もソドとメルネがお前たちによって石像化させてしまった」
ラプラスがその右手をシーナのスクーターに向けると、マイヤはそれをさえぎるようにシーナの前へと飛翔する。
「大王陛下、お待ちください。少なくとも今の彼女たちは、私たちに対する敵意を持っておりません。しかしそれでも陛下が攻撃をされるのであれば、あのアルマニオンの剣を持つ剣士ともここで戦うことになるでしょう。それは私たちの計画にはなかった不確定要素のはず。陛下は一度、ここから撤収してください」
「今さらそんなことはできない」
「私たちの最重要任務は、黒い霧を作り出すデルタイを持つ陛下をお守りすること。今ここで陛下の身に万が一のことがあれば、セルナたちの犠牲が無駄になってしまいます」
マイヤの口調は穏やかだが、その眼差しは鋭い。
「……分かった。後は姉上に任せよう」
ラプラスは唇を噛んでから、日干し煉瓦の家屋の上空に黒い霧を作り出し、その中へと消えていった。それを見届けてからマイヤが大きく息を吐く。
「シーナ、ありがとう。おかげで助かったわ」
「いえ、そんな。あのまま戦いを続けていれば、お互いに被害が広がっていたでしょう。それを止めたかっただけです」
シーナは外部スピーカーの電源を切ってからマイヤに語りかけた。
「それで、さっきあなたが言った、私たちと友人になるためのチャンスとは何なの?」
「それは……」シーナが言いよどんだ。
「私の知っている未来では、あなたたちは私たちの王国の守護神になっていました。でもその一方で、あなたたちの脅威も別の形で語り継がれていました。つまり私たちにとって、あなたたちの存在感は良くも悪くも大きすぎて、最後まで歩み寄ることができなかったのです。だからそれをやり直すするために、しばらくの間この星の歴史の表舞台から姿を消していただきたいのです」
「何ですって?」
マイヤが驚きの声を上げるが、シーナはそれに構わず言葉を続けた。
「私たち人間の寿命は、あなたたちアンゴルモア星人よりはるかに短い。その中で、数百年の歳月は真実を風化させるには十分な時間です。私は、今のあなたたちの脅威ではなく、私たちに文明を授けてくれたポセイドンの存在を、アンゴルモア星人の姿として語り継いで行きたいのです。だから申し訳ないのですが、五百年の時を置いてもう一度この星に来てください。そしてその時こそ、私たちもあなたたちを友人として迎え入れることができれば……」
「いい加減にして。これ以上あなたの夢物語を聞いても仕方ないわ」
マイヤの声色はあくまでも冷静であり、そして冷たかった。
「俺も約束するよ。人間の歴史なんて、良くも悪くもほんの百年足らずで簡単に捏造できる。俺はそれを未来の世界で見たんだ」
「私もシーナやノクトに同意する。この国の後継者として、王子として、我々の文明の源泉となったアンゴルモア星人のことを語り継ぎ、いつの日かあなたたちを迎え入れる土壌を作ることを約束しよう」
ノクトが、そしてカーウィン王子がシーナの言葉に同調した。
「たわ言を。そんな嘘に騙されるつもりはないわ」
不意にマイヤが冷笑を浮かべた。その右人差し指はカーウィン王子を指している。
「私は嘘など言っていない。何を根拠にそんなことを……」
「それでは訊くけど、あなたは本当にこの国の王子なの? その言葉に嘘はないの?」
「……」
王子が絶句した。その姿を見つめるシーナの脳裏に、二つの場面が去来する。
かつてカシウスの王宮にマイヤが現れた時、マイヤは「あなたは本当にカーウィン王子なの?」と問いかけていた。
王子が空を飛べることを知った時、リゼールは「王子はこんな秘密も隠しておられたのか」とつぶやいていた。
王子にはまだシーナの知らない秘密がある。そう確信した時、王子の口から意外な言葉が漏れた。




