第十九章 星に生きる者たち(3)
ここで時間を少しさかのぼる。
その光輝くドラゴンは、ビャンマの町はずれにある古ぼけた家の近くで生まれた。すべてが柔らかい光に包まれ、草原を凪いでいる風さえもその動きを忘れたかのような一瞬の静寂が訪れる。やがてドラゴンは光たちを従え、碧空の彼方へと消えていった。
刀鍛冶職人キストの遺作となった聖剣アトラスを手に、ラックがそのデルタイを放った瞬間のできことである。
しかし彼の意図に反し、聖剣の切っ先から生まれた四体の光のドラゴンは、その軌道を曲げて一箇所に集約することなく、別々の方向へと消えていった。
彼の胸に不安がよぎるが、シーナたちにそれを悟られたくはなかった。
「アルマニオンでできた聖剣アトラス。そしてシャイニング・ドラゴン。色々なことがあったけど、少しずつ俺たちの知っている未来とは変わり始めている気がするんだ」
笑顔を作るラックに、背後から声をかける者がいた。
「皆さん、無事だったか?」
振り返ると、そこにはスクーターにまたがる施政官リゼールの姿がある。
「いや、無事ではなかったけど……」ラックが言葉を濁した。
「ともあれ目的は達成したようだな」
リゼールの視線は、ラックの右手にある聖剣アトラスに注がれていた。その刀身が青白く、そして太陽のように燦然と輝いている。
「ええ、色々なことがあったけど、おかげさまでアルマニオンの剣を手に入れることができました」
シーナは伏せ目がちになり、小声で答えた。
「その話は後日、聞かせていただこう。今は時間がないのだ。申し訳ないが、私と一緒に大至急来ていただきたい。わが国の将軍がアンゴルモア星人たちの居場所を特定し、カーウィン王子に無断でもうすぐ総攻撃を始めようとしている」
「何ですって?」シーナの顔色が変わった。
「ここから西にある砂漠のオアシスで、もうすぐ全面戦争が始まる。そうなれば、我々と奴らのどちらかが全滅するまで戦い続けることになるだろう」
リゼールは西を指さした。
「戦いになれば、きっと全滅するのは私たちのほうですね。味方になれば優しい豊穣の女神、でも敵にまわしたら冷徹で強大な漆黒の破壊神。私はマイヤ様とは戦いたくない。もっと別の道を模索したいの」
「それなら尚のこと、西のオアシスを目指していただきたい。我々にはあなたたちの力が必要なのだ。おそらくカーウィン王子とノクト殿もそこに向かっておられるはずだ」
「ノクト達も? ねえ、みんな、行きましょう」
シーナが色めきたった。その言葉にラックがうなずく。
「そうだな。こうなったら行くしかねえ」
「俺も行くぞ。どのみち全面戦争が始まれば、アンゴルモア星人の攻撃から逃げることはできないんだ」
「私もメルネちゃんと人間を戦わせたくありません」
ジールとルサンヌが同意すると、キャランも渋々それに従った。
「僕も行くよ。アンゴルモア語を話せる人間は、一人でも多いほうが良いだろう」
「礼を言う。……ところで皆さんのスクーターはどこに?」
リゼールがスクーターにまたがったまま、あたりを見渡した。
「ここからすぐの場所にあります」
ラックが傷の残る腹部に手を当て、小走りに走り出した。皆もそのペースにあわせて走り、キストの家の裏側に停めてあったスクーターに乗りこむ。
「ごめん、キストさん。急用ができてしまった。でも必ず、あなたを弔うためにここに戻ってくると約束するよ」
ラックがキストの家に向かって小さくつぶやいた。その声と同時に六機のスクーターが上空へと舞い上がる。
「皆さん、準備はよろしいか? それでは全速力でついて来ていただきたい」
「もちろんだ。リゼールさん、先導を頼みます」
「承知した」
リゼールの乗るスクーターが西の空をめがけて急発進した。残る五機のスクーターもそれに続くと、背後にあるビャンマの町がみるみる小さくなっていく。
前方に見えてきた鳥の群れを避けて迂回し、六機のスクーターは大空を疾走していく。その乗り心地はどこまでも滑らかであり、風を切る爽快感は格別であった。
ラックは初めてスクーターに乗り、メーヤルの塔を目指した時のことを思い出していた。あの時はラプラスの復活を阻止するために、そして今はラプラスたちと人間との争いを阻止するために、似たような経路を飛んでいることになる。ラックにはつい先日の出来事のように感じられるが、実際にはあの時のほうがはるか未来であった。
「もうすぐ着きますぞ」
リゼールの乗るスクーターが速度を落とした。それにあわせてラックもスクーターの速度を落とす。その時、はるか前方の空に浮かぶ二つの人影を見つけた。
「あれはアンゴルモア星人か?」
ラックが自問するが、どう見てもその背中には白くて長い羽はない。リゼールが呆然とつぶやいた。
「いや、カーウィン王子とノクト殿のようだ。スクーターがなくても自力で向かうと言っておられたが、まさか自力で空を飛べたとは……。王子はこんな秘密も隠しておられたのか」
「こんな秘密も? ということは他にも」
シーナは自分の声が外部スピーカーから流れていることに気づき、音量を下げた。そのあたりは初めての人間でも直感的に操作できるようになっている。
「とりあえず接近してみよう」
キャランの乗るスクーターが二人の元へと向かうと、残りの五機もそれに追従した。
「やあ、みんな、来てくれたのか?」
スクーターの接近に気付いた少年が振り向き、嬉しそうに手を振った。その衣装は、一週間前に会ったカーウィン王子の正装と同じである。隣にはみすぼらしい衣装を着た別の少年が浮遊していた。
「カーウィン王子、いや、その話し方はもしかしてノクトか?」
ラックが尋ねると、正装姿の少年が笑顔のまま答えた。
「そうだよ。訳あって俺がカーウィン王子と入れ替わっていたんだ」
「でもスクーターなしでなぜ空を飛べる?」
「これがカーウィン王子のデルタイなんだよ」ノクトはみすぼらしい衣装の少年を振り返った。
「王子のデルタイだって?」
「そう、俺と正反対でね。重力から解放されて、好きな方向へ飛べるのさ」
「まさか王子がそんなデルタイを持っていたとは知らなかった」
ラックが感嘆してカーウィン王子の顔を見た瞬間、その肩越しに、小さな日干し煉瓦の家から何者かが飛び立つのが見えた。
「あれはマイヤ様?」
シーナが声を上げた。その視線の先には、黒いドレスを着て、白くて長い羽を持つ人物が空に浮かんでいた。その人物は襲いかかる数本のロケット弾をすべてかわし、両手掌からアイス・ブリザードを放っている。
それはこの時代に漆黒の破壊神と呼ばれた女神マイヤの姿に他ならない。すでに戦いは始まっているらしい。
今度は日干し煉瓦のすぐ上に浮かぶ人物をめがけて、無数のロケット弾が襲いかかった。まばゆいばかりの光が炸裂し、少し遅れて、あたりの空気をビリビリと振動させる巨大な爆音が響き渡る。
「ソドがやられたのか?」
「マイヤ様が危ない!」
ジールに続いてシーナが叫んだ。
「メルネちゃんは?」というルサンヌの声も聞こえる。
無数のロケット弾が、今度はマイヤめがけて襲いかかろうとしていた。
ラックはとっさにスクーターの座席部分に飛び乗り、聖剣アトラスを抜いた。体勢は不十分だが、仕方ない。
「シャイニング・ドラゴン!」
ラックが放った光のドラゴンは、マイヤの手前ですべての砲撃を飲みこみ、南西の空へと消えていった。一方でラック自身はバランスを崩し、スクーターから落下してしまう。
「ラック、つかまれ」
ジールが自分のスクーターをラックに近づけ、右手を差し伸べた。ラックが左手を伸ばすが、わずかに届かない。
「もう一度!」
ジールの乗るスクーターが、自然落下するラックを追いかけようとしたその時、急にラックの体が空中で静止した。
「大丈夫だ。心配いらない」
みすぼらしい衣装のカーウィン王子がうなずいた。きっと王子がそのデルタイで救ってくれたのだろう。同時にラックの乗っていたスクーターが砂漠に墜落し、爆音を上げて炎上するのが見えた。
シーナはラックの無事を確認すると、マイヤの元へとスクーターを加速させた。それにルサンヌとキャランが続く。ジールとリゼールのスクーターは、カーウィン王子、ノクト、ラックの三人を見守りながら、その場に留まっていた。
「シーナ、なぜここに?」
マイヤが不思議そうな顔で声をかけるが、自分がシーナたちによって窮地から救われたことはすぐに理解した。そして目の前でソドを石化されて怒りに震えるラプラスに、少し様子を見るよう合図を送る。
「皆、攻撃をやめなさい!」
シーナはマイヤの手前でスクーターを停止させ、地上にいる兵士たちに向かって呼びかけた。外部スピーカーの音量は最大にしてある。マイヤに向かって更なる砲撃を仕掛けようとしていた兵士たちの手が止まった。
「私はこの王国の初代女王ネリシア。この争いをやめさせるために、遥かなる時を越えてこの時代へとやってきました」
シーナは方舟の内部で見たネリシアの喋り方を真似て、ゆっくりとした口調で語りかけた。




