エピローグ
――鼓動が早まる。今まで経験してきたどんな戦場よりも、どんな窮地よりも、緊張していた。このまま心臓が燃え尽きて、死んでしまうのではないかとさえ思う。
「ウフフ、よぉくお似合いよぉ。死の王子ちゃんっ」
「そ、そう……だろうか」
僕の着付けをしてくれた猫魔物の男……いや、女……オネェ? が、クスリと笑う。
「ほぉら、鏡見なさいよ! 今のアンタ、魔王様にお似合いの、とびっきりのイイ男よ? このアタシがスタイリストなんだから当然っちゃ当然だけどねっ」
「…………」
言われた通りに鏡を見る。そこに映るのは――きらびやかなタキシードを着た、僕の姿。黒のシャツに、赤いネクタイ。ネクタイよりも少し暗い赤のベスト。ジャケットとパンツは美しい漆黒だ。赤と黒。シュバルツェンの――魔の色。魔王の色。
「……なんだか妙な気持ちだな。軍服以外の正装は、あまり、慣れない」
「やぁねぇ、これだから軍人さんは。……ま、あの魔王様とはお似合いカップルなのかもしれないけどねぇ」
「……そうだ、クインスは? まだ支度が整わないのか?」
別室で着替えている奴のことを尋ねた、その時だった。
こんこん、とノックの音がしたかと思うと、がちゃりと扉が開かれる。
「…………く、クインス……!!」
「……ヴィンデ、」
落ち着かない様子で視線をさ迷わせる彼は、僕の着ているものと同じデザインのタキシードを身に纏っている。ただし、奴のシャツは赤で、ネクタイとベストは黒。色違いになっていた。
いつもの軍服姿以上に、優美で、気品溢れる姿。胸の高鳴りが止まらない。ああ、なんて……美しい。
「すごい……とても、綺麗だ……、クインス、」
「そ、そう、だろうか……。あまり着なれていなくてな、衣装に負けているのではないかと」
「そんなことはない!! とても優雅で……きらびやかで。美しい。惚れ直したぞ」
「!!」
真っ赤になる彼がいとおしい。
「……ヴィンデ。その、おまえも……とても似合っている。やはり王子なのだな、キラキラしていて……本当に、素敵だ」
「そんな……! 貴様の美しさには負けるぞ」
「なっ……! そ、そんな恥ずかしい台詞、どこで覚えてきた……!?」
「僕は思ったことを言ったまでだ」
見つめあい、そのまま、手を握りあう。美しいひと。愛しいひと。幸せすぎてどうにかなりそうだ。
――そういえば、いつもならこの辺で側近の邪魔が入ってきそうなものだが……今日はやけに静かだな。
たしか魔王に着いていたはずでは、と、ちらりと見れば、奴はボロボロ号泣していた。
「ぐすっ……ああ、まさか、坊っちゃまの晴れ姿をこの目で見られる日がくるなんて……。ううっ……」
「も~、ローゼちゃん、泣かないのっ! 結婚式はこれからなのよぉ?」
「これが泣かずにいられますか! あのクインス様が家庭を持つことができただなんて……ううぅ、嬉しくて、嬉しくて、……ぐすっ、なんとご立派になられて……」
……なにやら、スタイリストの猫魔物になだめられているようだ。
「……ふふふ。ローゼは先程からずっとああなのだ……困ったものだ」
「…………それだけ、この婚姻を喜んでくれているのだろう?」
「ああ。嬉しい限りだ」
クインスの顔は幸せに満ち溢れていて、僕まで笑顔になってしまう。
「ローゼだけではない。我が国の民は皆、私達の婚姻を祝福してくれている。おまえが我が花婿となることを喜んでくれている……おまえの居場所はここにあるのだ、ヴィンデ、」
「……ありがとう」
人間、しかも勇者の兄であり今まで数多の魔物を殺してきた僕は、そうそう受け入れられることはないと思っていた。
しかし、先の戦争で、勇者を捕らえた僕の功績は――思った以上に魔物からの信頼を勝ち取れたらしい。未だに冷たい目を向けられることもあったが、少しずつでも、僕がクインスの伴侶として認められてきていることが嬉しかった。
「…………おそらくは、おまえの妹も、この婚姻を祝福していることだろう」
「……そう、なのだろうか」
ネルケは今も、魔王城に人質として捕らわれている。あいつとのわだかまりが消えたわけではない、が、しかし――奴のおかげで今の僕があること、こうしてクインスと結婚できる未来を築けたことに関しては、感謝してやってもいいのかもしれない。少しだけ。
「……そろそろ時間だな。民たちも待っている……行こう」
「……ああ」
僕たちは手を繋ぎ、式の会場に向かい歩き出す。この控え室のドアの先では、たくさんの魔物たちが僕らを待っている……。
魔物の結婚式とは普通、二人の愛を魔王に誓う儀式だ。とはいえクインスは魔王本人のため、歴代魔王に誓うこととなる。
会場の奥には歴代魔王の肖像画が飾られ、そこに繋がる道には真っ赤なカーペットが敷かれている。
道の両脇には、参列者の魔物たちがずらりと並んでいた。
クインスと二人、レッドカーペットを歩きながら、心臓がばくばくと脈打つのを感じる。本当に僕でいいのだろうか。僕に、魔王を幸せにできるだろうか。魔王の伴侶として、僕は、相応しい存在となれるだろうか……。
(…………何を今更迷っているのだ。我が心は永久にクインスのもの。決めたではないか。世界中の全てを敵に回しても、この男を愛し続けると――)
横目でクインスを見遣れば、幸せそうに微笑んでくれる。……そうだ、大丈夫だ。だって、僕たちは今幸せなのだから。
部屋の奥、歴代魔王の肖像の元までたどり着くと、僕たちはゆっくり歩みを止める。そして、互いに向かい合った。
「……我、クインス」
クインスが、誓いの文言を唱え出す。
「歴代魔王の元に誓う。汝ヴィンデを永久に愛し、生涯の伴侶とすることを……」
……次は、僕の番だ。
「……我、ヴィンデ。歴代魔王陛下の元に誓う。汝、クインスを永久に愛し、生涯の伴侶とすることを」
誓いの文言に反応して、魔方陣が光り出す。
最後に、誓いの印として口づけをして、互いの魔力を送り合えば婚姻成立だ。
「……ヴィンデ、」
甘い声で名前を呼ぶと、奴は、恥ずかしげに目を閉じ身を屈める。何度口づけを交わしても、こうして恥じらってくれる彼がいとおしい。
「クインス……」
ぐい、と、彼の頭を引き寄せて。僕は彼に口づける。互いの魔力が混ざりあい、きらきらと、魔方陣が僕らを包み込む――。
……愛している、クインス。僕の大好きなひと。貴様と共になら、どんな苦しみも乗り越えて見せよう。
我が、最愛なる魔王様。
ムーンライトノベルズにて、番外編として初夜編投稿しております!ご興味ありましたらそちらもよろしくお願いします。
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