偽披露宴(準備)の裏側での話 I
お久しぶりです!
今回はカルロさん
この前まで、存在空気だったのは裏でこうしてたからなんですよーって話。
【前回のあらすじ】
carinoなメイドさんはカルロさんのご親戚でした。
朱い着物が、屋敷の方に歩いていく。とぼとぼと、遠くから見ても分かるぐらい憂鬱そうに。
ぁーあかわいそうに。こんなところにいきなり連れて来られて。なんかごめんね。
それを見とどけてから部下に指示を出して、彼女(男だが)の荷物を運ばせる。着物やアクセサリー、勉強道具やらマンガやら、そんなものまで入った荷物を、彼女の部屋に。
途端に、あの子が自分の嫁になるんだという実感がわいてきた。
……だからどうしたってことは無いけれど。
ボスとあの子が話しているのを背に、プライベートジェットを戻しにかかった。
今日は忙しい日である。いくつ仕事を終わらせようと、次の仕事が舞い込んでくる。そんな忙しい時に。
「やっほー! 花婿。
僕のかわいい優華を返せこの野郎! アハハ!」
とてもめんどくさい人に見つかってしまった。
「Piace….Uh…………」
えっと、日本語で初めましてってなんていうんだっけ? 日本語は仕事であまり使わないので、ほとんど覚えていないのだ。(だから、最初なんて言ってたかも分からない。)
「Va bene! |Io posso parlare italiano《話せるよ》.」
どうしようかとポケットに手を突っ込んでいたら、着物からは想像できないぐらい流暢なイタリア語が飛んできた。気を使われたことに、少し気分を悪くしながらイタリア語で話す。
早く会話が終わることを期待して歩きながら。だが、向こうはどうしても話したいようで、ついてきた。
長い廊下に、コツコツコツコツ追いかけっこのように靴の音が響く。
「ご用向きは? 」
「冷たいなぁ。いいじゃないか少しぐらい話してくれても。」
「というか、アナタも披露宴の準備で忙しいのでは?」
「つれないなぁ。てか、僕は披露宴出席しないよ。」
「は?」
んなわけあるか。花嫁の父親がいない披露宴なんてあるわけないだろう?
使用人が声の聞こえない距離にいることを確認してから、声を落として話をしてくる。
「あのね。うちの跡取りはあの子じゃないことになってんだから、ボスの僕が披露宴でてたら変でしょ?」
「え? そうでした?」
「あーれぇ? ファウスト君に伝えといたはずなんだけどなぁ…?」
そんなことを言われてた気はするが、聞いていない。わざわざ知る必要もないし。これから仮面夫婦を演じるのに、なんで余計な情報を知る必要があるのか。
表面上、だけでいいのだ。この結婚は。
俺の心は別のところにあるんだから。
「あのね。んじゃ、説明するけど
優華は【誠の月】の幹部がボスやってる【激渦】って組織の『表の世界で生かせられない隠し子』ってことになってんの。だから、今日の披露宴に来るのは、父親役のさっき言ったボス。母親役は、そこの奥方。OK?」
「Ho capito.」
あぁ、そういう設定なのか。ならばそういう風に振る舞うだけだ。俺も彼女も。
話はもう終わりだろう。さっさとこの場を去ろう。早く部屋に戻りたい。
そう思ったのに、仕舞った右手を包み込むように取られ、満面の笑みで語りかけられる。
「んでんで! うちのお姫様はどうだった?」
「………………。」
来るとも思ってなかった質問に、顔をしかめることしかできない。
誰も居ない部屋の空気がやけに肌に張り付く。鬱陶しい。
「ねぇねぇ! どうだった?」
「………怖がられました。」
「………あちゃー……。
まぁ、そのこっわい顔じゃねー。しょーがないわー。」
自覚はあるし、自分でもそうだと思うので反論などしない。が、それを面と向かって人に言うのはどうかと思う。
「って聞きたいのは、そういう事じゃないよ! だいたい想像付いてたし!」
オイ。
「僕が聞きたいのは、君があの子をどう思ったかってこと!」
「はぁ……。」
そんなことを言われても、返答に困る。
この人の前では はっきり言えないが、はっきり言って彼女には大して興味もないのだ。かわいそうだなーとか、大変だなーと憐れむことはあっても、それだからってどうということは無い。
この世界じゃありふれた話だ。
仕方がないので、当たり障りのないことを言っておくか。
「普通の女の子だなと思いましたよ。」
(良く知らないマフィアの飛行機で寝ちゃうような危機感の薄い)というのは伏せておく。
「お菓子出したらすっごい喜んでましたし。頬緩んでましたよ。」
「優華らしいなぁ。」
それはそれは愛おしそうに目を伏せて、かわいいこどもの名を呟く。この人と彼女の顔は見間違うほど似てるのに、その笑みは全くの別物だった。
親の顔だった。
しかしそれは一瞬で、一度まばたきすれば何もなかったかのように、さっきまでのお愛想が張り付いていた。
そして気づけば、行きたかった自分の部屋にたどり着いていた。
あまり楽しくない話が終わったことを何かに感謝しながら、部屋のドアを開けようとする。と、袖を引くように、最後に話しかけられた。
「君も好きかい? 甘いお菓子は。」
そう語りかけられて、俺の脳みそに浮かんだのはただ一つだった。
「|Certo!≪もちろん≫.」
ドアを開けると、目の前に今開いたドアなど比べられないほど分厚いドアが立っている。ここには召使が一人もいない。代わりに、天井に散弾銃の付いた監視カメラがついていて、この場所に土足で踏み入った無作法者を……まぁ、言わなくても分かるだろう。
壁についているタッチパネルに暗証番号を打ち込んで、OPEN。
電子機器が内臓の分厚いドアを片手で押し開けた先に
俺のとびっきりのDOLCEが待ってる。
天蓋付きの、雲のように柔らかいベッドの中で眠る、俺のGattina。使わずに腐らせてきた金を、惜しみなく使った調度品が霞むぐらい、こいつは綺麗だ。
でもまだ。
まだまだだ。きっとこの閉ざされた目が開いたとしたら、霞むどころじゃない。きっと女神だって目に入らなくなる。
実際、あの涙で濡れた、俺だけを見ていた俺だけを見ていた、あの目はあっという間に俺の心を占領した。
まだ起きないのだろうか。
起きたらたくさん話をしよう。
尽きることのない愛を語ろう。この子に似合うものじゃなくて、この子の好きなものをこの部屋に置こう。甘い甘いお菓子を食べさせてもらおう。
俺の心にはもうこの子しかいなかった。
でも、これから君じゃない人間と手をつなぐことになるんだ。周りに見せつけるためにソイツの肩を抱くんだ。さも愛おしいかのように名前を呼ぶハメになるんだ。本当にごめんね。
だから、今だけは君の傍で寝させて。
安眠の邪魔にならないように、でもできるだけ近くで、スーツに皴が付くことも厭わず、ズシリとベッドに身体を鎮めた。
もう少ししたらきっと、あのテキパキ動く赤毛が仕事を持ってくるだろう。ほんの短い時間だろう。それでもとても深い深い時間だ。
この幸せをかみしめるようにゆっくりと目を閉じた。
*****
少女は歯を食いしばらないように、ギュッと力を込めて眼をつむらないようにすることに全力を注いでいた。あくまで、安らかに、何も知らずに眠っているふりをしていた。自分の為に、まだ眠っていたかった。
これが夢であることだけを願って、ただただシーツの下で小さなこぶしを握りしめていた。そこに、救いの天使でも眠っているかのように、ただただ自分の掌の中に縋っていた。
そんなものいやしないのに。
少女を救う天使など、この世にいない。
少女を救ったのはただ一人。少女の横に眠る、真っ赤な色の狂人だけだ。
少女はその事実を直視しないように、ずっとずっと目をつむっていた。