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GUNMAN GEORGE  作者: 根井
9/21

第5話 i‐Pad編(前編)

フリートウィークで活気めいたNY。

その中で起こった大きなスキャンダル。


そのすべては、物言えぬ褐色の少女がNYに迷い込んだ事から始まった。


NYPDvsFBIの銃撃戦。


それを「契機」に、ジョージ&ウェッブの暴れん坊部下上司コンビが大暴れする!


やがてここからGGは、最終回に向けて新境地へ突入する事になるのだ-。

 いよいよGGも第5話を迎える事が出来た。2、3回で終わる連載であると思っていただけに、ここまで来れた事には深い感慨を覚えている。


さて、今回は「フリート・ウェイーク・オブ・ニューヨーク」に始まったとある出来事について書く。


ここからは、いつも通りのバッカーノ(馬鹿騒ぎ)の中でも、NYPD、もとい今の法的執行機関が抱える微妙な齟齬について扱っている。


貴方にとっても心当たりもあろうその問題について、今回は真正面から捉えていただきたい。


それでは重ねて、5話まで至る事の出来た幸運を、神と読者に感謝したい。

                       


自由の女神をフェリーから眺めながら

イゾルデ・エリザ




1、この日だからこそ起こった事件。


 今週末、NYはフリート・ウィークで賑わっている。


自由の女神が見守るマンハッタン島南端周辺は、米国の空母ジョージ・ワシントンらを始めとした様々な艦隊や、日本の護衛艦(DDH)「いせ」が初めて参加するとの事で、「その手」の奴らが自由の女神とのツーショットを狙おうと、びっしりとカメラを構え海岸に並んでいた。


今日も今日とて真っ青な空一面に赤、白、青と色とりどりの紙吹雪が舞うマンハッタンの海岸沿い。


海軍、海兵隊を始めとした、白い服を着た水兵たち、迷彩服の特殊部隊など、数ある軍備力を持つ男女がNYを渡り歩き、子ども達を多く含めた一般人と交流を深めあっていた。


それは勿論我らがNYPDも同様ではあったが-、一般人の注目を集めるのは大抵白馬に乗る騎乗隊か、オレンジに塗装されたイサカM37を携える、Eトラック前に佇むESU隊だ。


普通の巡査たちは、海岸沿いで軍都のごとく賑わうNYを警備する特別任務に携わっていた。といっても、区切られたエリアに固まって談笑している様は、フリートウィークを楽しむ一般人と何ら変わりはなかった。


「おいおい。何そこで縮こまってんだよー。」


そんな中、ついさっきまで水兵と会話を交わしていたアレクサンドルは、壁に寄りかかり身を固めている同僚、ヨーナスの肩を叩く。


今日はNYPDの花形でもあるというのに、ヨーナスは普段被らない八角帽子を深々と被り、メガネもサングラスといった、素性がバレない出で立ちで構えており、叩かれてズレたシルバーのサングラスを掛け直しながら、遠慮がちに呟いた。


「だって、アレクサンドルさん。さっきの会話だって「NYPDの犬」についてもちきりじゃなかったですか。こんなメイン会場のど真ん中に、NYPDの【ディンゴの方】がいるなんて知ったら、大騒ぎで警備どころじゃなくなるでしょう?」


と、ため息をつき、ヨーナスは帽子のつばを更に深く押しつけた。


「んだよ~ジョージが出てくるよりはマシだろ?気にしねえでお前もこっちおいでな!」


その言葉が更にヨーナスの心をえぐる事も知らないで、アレクサンドルはヨーナスの肩を掴みぐいと引き寄せる。


仲間たちの群を掻き分けヨーナスを海岸上に突き出した先には、太陽によって光る昼下がりの海の上に、白い帆を靡かせる帆船や艦が、自由の女神を背景に輝く景色が広がっていた。


「おぉ…。」


右手に見えるは、空母スターシップ・ヴィンソンに鎮座する艦載機たち。 ホーネット、ホークアイ、それらが並ぶ様はやはり男として心を踊らさずにはいられない。


「すごいなぁ…。」


そういやオーストラリアにいた時もずっと行きたいと思っていたっけ…。


帽子の中からジェットの回りを歩く兵士らを羨ましそうに見上げながら、アメリカ国旗と、赤、白、青に模したテープに彩られる、フリートウィークの賑わいを見渡した。


「まーさか、こんな風に兵隊さんがゴロゴロいる中で犯罪が起こるなんてこたあねーよ。もうちっと気を楽にしなよヨーナス。」


気難しい顔をしていたヨーナスに言葉をかけたアレクサンドルに対し


「それが心配なんですよ。」とヨーナスは呟いた。


確かにこの大人数態勢なら犯罪は起こりにくいではあろうと。

しかし、「中」はどうだ。


外に多分に人を出してしまった分、がら空きになった「中」にこそ、何か危ない事が起こるのではなかろうかと、思わずにはいられない。


目の前を通りすぎる大勢のボーイスカウトを横目に、今日は内勤で中にいるジョージの顔を思い浮かべながらヨーナスはふっと不安になる。が、


「えー!今の空母にさーウィル・スミス乗ってるんだって!」


「マジで!?どこどこ!?見てみてぇー!」


「今日のフリートライブ、ガガのチッケト2人分あるんだけど、今夜どう?」


「えー、今時ガガー?」


「おう!ヨーナス!そういや、さっき水兵の奴らにビアガーデン誘われたんだ!お前も今夜一緒に行こうぜ!」


ヨーナスの懸念は、お祭り騒ぎで浮かれる巡査たちの声に掻き消され、ヨーナスは再びアレクサンドルの手によって群の中に巻き込まれていった。


「ああ、もう仕方がないですねえ・・・・。」


賑わう群衆に向かうその振り向きざま―、遠い先の沿岸を船で走る沿岸警備隊が手を振っているのが見えた。


「本当、何もありませんように。」


そっと困ったように笑いながら、その大仰な手振りに応じるヨーナスであった。




2、喧噪


 さて、一方舞台はヨーナスが先ほど懸念していた「中」、ワン・ポリス・プラザ内である。


ヨーナスが予想した通り、がら空きになっているプラザ内の1階、ガラス枠に囲まれたビジターセンター受付にて、とある女性の泣き声が、がらんどうになった館内でより大きく響いていた。


「うっうううう・・・えぐ・・・えぐう・・・。」


吐き出そうとする言葉も、すべてしゃくり声になってしまう程の嗚咽に、腕節の強い男たちは女性の涙に戸惑い、何もできずにオロオロしている。


そこに、恰幅の良い黒人の中年女性がパソコン越しから一喝する。それに応じた男たちは震える女の肩を掴み、プラザに繋がる奥の廊下へと彼女を連れて行った。


「・・・・・一体何があったのですか、彼女。」


その女性の向かい、斜め前の執務机で内勤をしていた金髪おかっぱの男は、書類に手をつき顔をあげる。

2人しかいない、視界が広く感じる内勤室。


女性は今なら誰にも聞かれまいと判断し、パソコンを閉じる。そして重い口を開いた。


「あの()。つい先日までここで働いて、そしてようやく刑事になったメアリーって娘でね。まだ世間知らずだった性格が災いしてとんだトラブル起こしちまったのよ。」


「へえ、どうりで。私服着てるのに、何故ここに来て泣き出したんだろうと思いましたよ。まだこっちの方が馴染みがあるって事なんですね。」


「そうそう。そう繊細で甘えん坊さんな所もあってね。それも含めて悲しい目にあっちまったのさ。」


まるで自分の子どもの様に諭すその女性は低く、うなる様な声で深いため息をつく。

その眉間を押さえながら、その分厚い頬を膨らました。


「・・・・あの(、初めて担当する事件に、刑事として大張り切りで調査してたんだけどさ。それが「いつものごとく」、「あいつ」らの主観で切り捨てられて、捜査網からはずされてしまったんだ。」


「あいつら。」


察した言葉を強調するよう、金髪の男は口を開く。


「ああ、いくら内勤組のアンタでも大体察せるだろ。FBIだよ。」


FBI。正式名称はFederal Bureau of Investigation。


主に、アメリカ国内の事件を捜査する事に専した、司法省所属の法的執行機関である。


規模の違いはあれど、NYPDとは当然連結関係にある組織であるが、FBIにはNYPDに対し、全国規模の広域事件、またテロスパイ絡みの事件が起こった場合に、捜査権を強制的に移管させ活動を行う権限を持っている。


それにより、FBIはNYPDと歪みあっている間柄でもあるのだ。


「まだ、刑事になって浅いあの娘はそれに、真正面から抗議しちゃってね、弁えを知る先輩の制止も聞かず、遂にFBIに掴みかかっちゃったんだよ。FBIもFBIで、まさか新米の三級刑事が「噛みつく」とは思わなかったんだろうね。お互い口が走ってある事ない事言い合って、そして・・・。」


「ヒデぇもんでしたぜ!あんな風に侮辱するなんてよ!」


奥の廊下から男たちが、大声で怒りながら戻ってきた。

彼らは彼女と最近まで同じ部にいた巡査たちだ。


「ちゃんと刑事部に彼女を戻してきたのかい。アンタら。」


筋肉隆々の男たちにハスキーボイスで応えるその女性に、男はへいと萎縮しながら返事をする。


そんな野暮ったい彼らを率いる彼女は、内勤組のリーダーニア・ウェッブ巡査部長である。


アルバ・ウェッブの異父妹の同居人に当たる彼女は(つまりはそういう事である)、親戚同士である事、同じ恰幅の良い体格であること、そして何より荒くれどもの扱いに長け、キャリアの割にはそれを鼻にかけぬ、飾らない性格とでウェッブと並び、「NYPDのベアブラザー(熊兄妹)」と呼ばれる、巡査たちの心の拠り所となっていた。


「しかし、その間メアリー刑事から話を聞きましたが、実に胸糞悪いモンでさあ。俺らもああ言われたら殴ってやりたくなりまさあ!」


と、後ろに続く男が血管を浮立たせ太い腕を振るわせる事で、FBIに怒りを露わにする。


「・・・どういう風に言われたんですか?」


彼らの威圧感に怖れながら、おかっぱの男は質問した時、それにニアが伏し目がちに答えた。


「・・・・それがね。確かに酷いものなんだよ。


『お前らは所詮、我ら(FBI)の管轄の基で這いずり回るしか能のない落ちこぼれだ。たかが犬が我ら主人のいう事に逆らうな』


ってね。それ以上は彼女「本人」に対する侮蔑だ、とてもここで言えるもんじゃないよ。」


「そいつは、酷い!あんまりです!」


おかっぱ男は途端、持っていたペンを握りしめわなわなと震えだした。

それに呼応するよう、もう1人の巡査は「クソッ!」机を思い切り殴る。


「それは彼女だけではない、我らNYPDに対する侮辱です!抗議してしかるものですよ!」


「そいつが出来れば、ここまで怒ってりゃあしねえよ。」


分厚い紺の胸板から、巡査の1人はおかっぱ男を見下ろした。


「まあ、言葉の訂正、建前の謝罪位ならいくらでも出来よう、そもそもそれは昔からあった。それでも「こういう」事は全く持って終わらないのさ。FBIがNYPDに捜査権を奪う事が出来るという権限が認められてる限り、アイツらの、アタシらに対する優越感・侮蔑感はこれからも膿のように溢れ出して行くんだろうよ。」


「そんな・・・!権限を鼻にかけて私たちを見下すなんて思考が偏ってます!」


「君は生真面目な内勤組だね。そうは言っても、人の心まで法律は制止出来やしない。たとえ口から出さなくても、そういう雰囲気ってのは刑事部とFBIの間にゃ、煙草の煙位よく分かるんだそうだ。

更にねえ、悔しいのは、その通りFBIのいう事によって事件が解決されていたという「現実」だ。これじゃあ世間の目もFBI側に依ってしまうってワケよねぇ。」


ニアも男たちと同じ様に寂しげな目を隠す事が出来ずに、声をすぼめた、


「そ、そんな・・・・そんな事ってないよ・・・・。」


おかっぱ男はその、知らずにいた現実についにうなだれてしまう。彼の純粋な正義感をも打ち砕かれる、長い間鬱屈として溜まっている閉塞感が、ここにまで流れ着いてくるようになる。


「かわいそうに。メアリー、刑事になんのも3回の試験受けてやっとなれた矢先だったてのにな・・・・。」


同僚の呟きで更に重く、冷たい空気ががらんどうのビジターセンターに漂った。



「おーい、今けえってきたぞー。」


すると突然それを壊すような気だるい声で、休憩から戻ったジョージが自動ドアから入ってきた。


「あ、あら、お帰りジョージ。あら、もうそんな時間になったのね。」


さっきまでの困惑を慌てて隠してニアは顔をあげて笑う。


ニアはその屈強な性格故、ウェッブから直々に、NYPDの猟犬と敵味方からも畏れられる、ジョージの内勤の世話を一身に引き受けていたのだった。


「はい、じゃあ次はこのナンバーから、また調書のデーターベース化をよろしくね。」


ニアはPCを持ち上げながらガラス枠を回り、内勤室に入るジョージにそれを手渡す。ジョージは上司の直々のお達しにも特に気を遣わず、


「へーへー。」


と面倒くさそうに受け取り、席に着こうとした。


「ん、何。何かあったのか。」


その時になってようやく、3つ机を挟んだ奥で固まる、内勤組の重苦しい空気を感じる。ニアはそれを誤魔化すように見上げ手を振った。


「ううん、何でもないのよ!それより、今日はなんとか午後5時までに仕事を終わらせるようにしてね!」


「へーへー。」


ジョージはさほど興味が無さそうに目をそらし、PC片手に自分の机に近づきそれを置く。

他の巡査らも続けてその雰囲気を誤魔化そうと駆け寄った。


「そ、それよりなあ・・・!?お前、今日どこで休憩した!?」


「あ?いつもどーりのデリでだけど。なんでそんな事聞くんだお前。」


怪訝な顔をしてしまったジョージに巡査たちは更に慌てた。


「あ、いや・・・!あの、深い意味にゃなくて・・・っ!えと・・・!あ、そうそう今日帰る途中に何かあったか!?」


アホ!と心の中で後ろにいた巡査が同僚の肩を叩いた。ここビジターセンターでも、今日は不思議なくらい通報がないのだ。元々仕事人しか集まらないパーク・ロウ周辺に何か起こった事なんてあるわけがない。


「はー・・・?特に何もねーんだかー・・・。」


案の定、呆れながら息を吐くジョージ。

その様子に男は慌て、更に巡査の肩を強く掴んだのであった。


一方、ジョージはそれを見ながら、肩に掲げてした黒いバックをどんと鈍い音を立てて下し言った。


「本当何もねえ一日だったぜ。プラザのオブジェ前にこのバック拾った以外は。」


「ギャアアアアアアアアアアーッ!」


男たちの悲鳴が湧いた。


「馬鹿野郎―っ!!そんなモン当たり前の様に持ってくんじゃねえよ!しかもオブジェ前とか・・・!うわ、マジであれしかないわ!アワワワワワワ。」


男たちが腰を抜かしながらも流暢に叫ぶ。


「爆発処理班!いや、ESUを呼べェ!早くーっ!」


おかっぱの男はそれに応じて受話器を取るも、


「あれ、あ、あれあれ何番だったけ、ESU?爆発処理?アワワワワワ。」


と、手が震え、全く動くことが出来ない様である。


「ちっこれだから内勤組は嫌なんだ。」


とジョージは、バックから離れガタガタと震え出す仲間を見下していた。


「落ち着きなアンタら!」


それを一喝するはリーダー、ニアである。しかし彼女も突然の事に声が震え、うかつにバックに近づけないでいるようだ。


「ちぇっニア。おめーでもそのザマか。」


とジョージはつまなさそうに彼女を見やり、そしてにやっと嗤う。


「ガタガタぬかすなよおめーら。でーじょうぶだよ。コイツはただの落し物に決まってんだろが・・・。」


と優越感に浸り、ジョージが黒いバックに手をかける。


その時、バックがドンっと鼓動し机を強く叩いた。


「いっぎゃああああああ!」


追い詰められたように更にのぞける内勤組。ついにはニアも「きゃーっ!」と跳ねたようにそこから離れる。


1人は更に身体を腕で囲い震えるといった有様の中、ジョージはその場に立ったままバックを睨んだ。


「・・・・?何入ってんだ、コレ。」


「うわああああああ、開けんなああああああ!!」


皆の声に応じずジョージは腰を屈め、勝手にジッパーを引き下ろす。そして荒々しく、バックの中を両手で開いた時、ジョージは2つの黒真珠と目が合った。


いや、それは黒真珠のような大きな「眼」であった。


はっとなってジョージは慌てて視界を戻してみる、と、その中にいたのはバックの中にすっぽりうずくまったまま、自分の顔を真正面に見つめる子どもであった。


「あ・・・・!?」


まさかのジョージも、人が入っていたとは思わず目を見開く。一方中に入っていた子どもは突然の光に目を歪めるも、逆光で黒影にしか見えないジョージの姿に、びっくりしたように目を大きく見開いた。


すると突然、その姿を確認しようと子どもはぬいをバックから顔を出し、ジョージの目と鼻の先に顔をつきつけたのだ。


「お、女の子・・・・!?」


遠目からそれを見守っていたニアも驚いて、バックの中から這い出る「中身」の姿を捉える。


中にいたのは白いワンピース着ただけの、褐色の肌を持つ「少女」であった。

目の大きさの割に顔の成長が追い付けず、更に大きく浮いている眼、その成長の過程から見て年齢はまだ、3、4歳といった所か。


しかし、幼い少女にしては、ゆらりと揺れるセミロングの細い黒髪が褐色の肩に垂れる姿は、白い肩紐と合い重なってそは実に色っぽく、ニアの心を高鳴らせた。


バックの中から現れ出た少女は、ニア達の視線に構わずただ、ひたすら、まばたきする度に睫毛で前髪を揺らしながら、ジョージの顔を見つめ続ける。ふと黒真珠の眼にジョージの顔が映った。


「ちょ・・・・ちょっと、これはどういう事なのかしら!?」


ようやく我に返ったニアは唖然とする内勤組を通り過ぎ少女に近づいていった。


「知らねえよ。なんでガキが、あんなオブジェの下のバック入れられてんだ。」


ジョージはようやく少女から目を逸らしニアを見る。

一方ニアは、首を振りつつも、大仰に音を立てて蹲り、少女に話かけてみる事にした。


「ねえ、お嬢ちゃん。」


ふとストレートの黒髪を揺らしながら、ニアの方を向く黒真珠の目。


「こんちには。ここはNYPDよ。貴女今、ここに連れてこられたんだけど、お名前は?お父さんとお母さんはどこにいるの? というより、どうしてバックの中に入っていたのかしら?」


目線をあわせ話しかけてみるも、少女は困ったような表情で口を小さなぐうの手で覆い、ふるふると首を振るだけである。


「あら、ごめんなさい。色々一気に質問しすぎたかしら?じゃあ、名前だけでも教えてくれる?」


と今度は名前だけを訪ねるも、少女はそれでもあ、あ、と小さな声で呟きながら顔をうずめるだけである。


「ん・・・・?何か、この子おかしい・・・・?」


そう思った時、ガチャリと鉄の音がしたかと思うと突然耳元で何かがバアンと、爆発した。


「きゃあっ!!」


耳を覆いジョージを見上げるニア。何なの!?と叫ぶと、そこにはギルデットを天井に掲げるジョージがいた。


噴煙の中、ジョージは少女を見下ろす。彼女はその気配にジョージの顔を見上げるも、驚く様子はなく、ただきょとんとした表情で見つめていた。つまり―。


「今ので分かったぞ、コイツ。耳が聞こえないんだ。」


「「だからって、それをギルデッドで確かめる事はねえだろ!」」


度重なる恐怖に内勤組の凄まじいツッコミが響いた。

ニアはその情けない部下たちに呆れながらも頬に手を添え、今一度、その少女の姿を捉えた。


「困ったわあ・・・。この年で耳が聞こえないなら、きっと言葉も分からないわね。これじゃ、親を探すべくもないわよ・・・。」


「つーか大体、黒バックの中から出たとなりゃあ、更にアテにもなんねえからな。」


おすおすとギルデットをショルダーに戻すジョージ。


「まあ、仕方ないわね。ここはひとまず通信局に報告して、アテがつくまでここで預かる事にしましょ。はいみんな、なんかお菓子や食べ物持ってきて!あとこの子薄着だから、毛布もね!」


パンパンと叩くニアの合図に合わせ、のそのそと立ち上がる内勤組。ジョージはひと段落したと背のびした後、腰に手を添え、その場から離れようとしていた。


「あ?」


しかし、それは何かに掴まれた事で、止められた。


「あら、貴方は彼女と一緒にいた方が良いみたいね、ジョージ。」


「ああっ!?」


彼女の目線を追って下を見てみと、ぴったりとジョージの身体線に沿った紺色の巡査服を掴む、小さな褐色の手があったのだ。

少女はささやかな力で、しかしそれでも懸命に、ジョージを引き留めようと裾を握っていた。


「どうやら貴方の事、気に入たみたいね。」


ジョージを見つつ、くすりと笑うニア。


「あああああぁぁぁまたかよぉぉぉ、面倒くせええええええ~!」


それに対しジョージは本人の前で悪態ついた。

金髪の頭を引っ掻き、だるそうに少女を見下ろす彼の様子に、物言わぬ少女はつぶらな瞳で少し笑って、それに応えたのだった。





3、犬社会


 「は、はあ・・・・そういう事でございますか・・・。」


次の舞台は、同じくプラザ。しかし今度は本部の最上階に位置する、「市警本部長室」である。

ヨーナスのGLOCK18C所持がバレて、摘発された日からしばらく経った今日の本部長室。


教導担当委員長のウェッブと共に、冷徹な眼差しでそれを摘発したバード・フェルナンデスも、今日に至って非常におどおどとした目つきで執務机には座らず、その前のソファにうずくまっていた。

小刻みに震える肩と薄い毛髪、そこには市警本部長としての威厳はかけらもない。


それを察したのか、彼の向かいに座る1人の女は、大仰に黒ストッキングの脚を組み交わし、余裕を見せつけるかのごとくフェルナンデスを見下ろした。


彼も彼で、何もこの細長いメガネをかけた女。-薄い唇、締め付けるかの如くオールバックに黒髪をまとめる細面の、「如何にも」、性格の「キツそう」な彼女に恐れを抱いているのではない。

彼が恐れているものは、彼女が羽織る薄っぺらい紺色ジャケットの右胸に瞬く、「FBI」という山吹色のフォントであった。


「ですから、先ほども言ったように、今すぐ我々に協力してNYPDの制服組を出動させ、捜査に協力して欲しいと言っているのです。このメモリアルデーの騒ぎを狙って現れた、テロリストを事前に捕まえるために。」


女の赤黒いグロス塗りの唇から響く、よどみのないハキハキとした声が、更にフェルナンデスを萎縮させる。


「いや・・・それはそうなんですけど・・・今、このフリートウィークでパトロールマンは殆ど外に出てますし、今は都合悪いのです。あの・・・・そちらの方だけでなんとかならないのですか?」


「それが出来たら、わざわざ「こんな所」に私が尋ねてくるとでも思ったか!」


フェルナンデスの曖昧な言い方を斬り捨てる厳しい口調。その刃の様な衣着せぬ発言に、フェルナンデスは身体が固まった。


「テロ対策は連邦政府だけじゃ任せきれないと、大口を叩いたNYPDの刑事部局長の言葉を忘れたとは言わせぬぞ!それに乗じて我々の反対を押し切り、どこかにある管制室を勝手に作りあげて、我々の領域を侵そうとした分際で、我らの要請に今さら応じないなど・・・勝手に程があるとは思わぬか!」


この時フェルナンデスは程会った事もないケリー元刑事部局長を憎んだことはなかった。つーかお前らもアイツのお蔭で生まれてきた様なもんじゃねーか。と言いたくても、言えないのである。


「いや・・・はい・・・・。確かに私もあれはグレーゾーンに踏み込みすぎた所は反省すべきと思います。しかし、今回はですね、テロリスト摘発と言ってもこれは少々・・・・。」


フェルナンデスはふと、彼女からさっき手渡された資料に目をやる。そこに映った彼女のいう、「テロ組織容疑者」の写真にどうしても違和感を抱かざるおえなかったのだ。

しかし、なあなあに済まそうとするフェルナンデスの態度に、ついに女は怒りを抑える事が出来なかったようだ。


「煩い!貴様ら、ずぶの素人が何をほざく!良いから我々の要請に応じろ!時間がないんだ!」


一体この女は何をそんなに焦っているんだ。とぼやきつつも、フェルナンデスは机を蹴り上げる紅いピンヒールがこれ程怖いと思った事はなかった。


後ろに控える警視、警部らも彼女の指摘にただ俯き、フェルナンデスの出方を伺うばかり。そんな八方ふさがりの中フェルナンデスはどう対応しようか頭の中で思考をめぐらす。


しかし、それが更に彼女を苛立たせたのか、細長い眉とピクピクと痙攣させていることに焦り、思慮する所ではなかった。


「くっそ・・・!どうすりゃいいんだこれは・・・!」


片手で拳を握りしめ俯くフェルナンデス。

このまま彼女の言う通り、いや副コミッショナーの言う通りにするしかないのかと、思わず口を開こうとした時であった―。


「おーい!フェルナンデスー!休憩時間だからメシ食おーぜメシ!」


緊迫した空気を入れ替えるよう、扉を叩き開き現れたのはウェッブである。


女はその姿を見た時、大きな「熊」のようだと思った。


「・・・・!ウェッブ!こんな時になんで・・・!」


「なんで・・ってさっき一緒にメシ食おうと約束しただろ!―ってあれ?」


両手を広げ全体を見下ろすウェッブも、その場違いな自分にようやく気が付いたようだ。目の前のソファに座り目を見開く女を見て、にやりと分厚い唇から白い歯をのぞかせた。


「おー。誰かと思いきや、JTTFの鬼指揮官と評されるサーラー・アリ様じゃねーの。」


「そういう貴様は・・・NYPDコミッシュナー、教導担当委員長アルバ・ウェッブか・・・・通称NYPDの大熊・・・!」


ウェッブの皮肉をそのままに返す、薄褐色の肌を持つ女。

しかしそれをふふんと笑う事で返したウェッブは大股で近づき2人の間に仁王立ちする。


「で?アンタたちは今どんな事でもめ合ってるわけ?」


とフェルナンデスの手からそれを取り上げた。


「あっ・・・!ちょっと何を勝手に・・・!」


急いで取り返そうとするも、ウェッブの肩章にある四ツ星に怯んでしまう。今は市警本部長とコミッシュナーという間柄、「上」の命令が絶対の「犬社会」で噛みつく姿をさらすわけにもいかず、黙るしかなかったのだ。


「ちっ。貴方が読んでいる間にもどんどん時間がなくなっているというのに・・・。」


唇を噛み、明らかに嫌そうな顔でウェッブのたるんだ頬を見るサーラー。やがてウェッブが揃っていない口髭をふと揺らした事にサーラーは「何だ。」と太い声をあげた。


「何だ、と言いたいのコッチの方でだぜサーラー。なんだこのふざけた要請書は。」


ウェッブゥゥゥゥウウウウと大声をあげながら思わずその分厚い唇を塞ぎたくなるフェルナンデス。

空になった片手がガタガタと震えた。


「なんだと!」


それに対し、再び蹴り上げるアーサーのピンヒールの前にウェッブは残りの書類を投げ捨てる。


「何をする!これはJTTF直々の調査によって判明された事実なんだぞ!」


「アホう、その結果がそのザマかよ。鬼じゃなくて、人間の感性で考えてみろ。大体こんな事ってあるか。4歳の女の子がテロリストなんてよ!」


ウェッブはせせら笑い「これはフェルナンデスも嫌がる訳だ」と額に汗かく彼に顔を向けながら呟いた。


「名前はアリイシャ・ルンコレム。インドネシア・バリ島に住む4歳の少女ね。・・・ああ、ビンディがついてるから、ヒンズー教徒。へえ~、なんか写真で見ると将来結構な美人になりそうだなコイツぁ。ってええ!?こいつ爆発物のスペシャリストで、中東を中心に、何回か爆発テロを行った事があるって!?何コレ意味が分からねえ!」


「-っ良い加減にしろ!」


ついにサーラーは目をひん剥き、どすんとネイルをつけた拳で机を叩いた。


「確かに、私も疑問には思っていたよ!しかし今時、数十人の強盗を従える13歳の少年の例もあるんだ!前例はないが、「こういう」事もあっても可笑しくはない時代でもある!」


そして何よりとサーラーは付け加えた。


「これは我らがFBIの最新の管制設備で捉えた新鮮な情報だ!間違えるはずがない!」


「そうです。だからこそ、その技術によって彼女が21日付けでもって、NY入りした事が空港との照らし合わせで判明したんですよ。」


サーラーの後ろに立つ、同じく細面のメガネの青年が答えた。


「このお祭り騒ぎにテロリストの少女が入り込んでるなどと市民に知れたら大騒ぎだ。今いる分署を含めたNYPDの巡査総動員で、FBIと連結し何とか彼女を確保しようとて提案していた所なのだよ!」


「ふん、提案ねえ。押し付けの間違いじゃねえか。」


「黙れ!お前はただの教導担当だろが!畑違いが首を突っ込むんじゃない!」


唇をとがらせるサーラーの隣で男が「もう、副コミッシュナーには認証していただいてますので」と付け加える。ウェッブは腕を組み、軟弱で優柔不断な同じ、「四ツ星」の同僚の腑抜けた顔を思い浮かべた。


「とにかく、副コミッシュナーが認めている以上要請を受け入れてくれるよな、フェルナンデス。」


「は、はい・・・・。」


「お、おい!フェルナンデス!」


ウェッブが慌ててそれを留めようとするもサーラーの言葉は続いた。


「では、早速その具体的手配と内容についてはNYPD側の方に任せる事にする。早速8階の室内で話し合う事にする、いいな。」


そうしてサーラーは立ち上がり、側に絶つウェッブを突き飛ばす様に振り返り、部下たちを含め執務室から出て行ってしまった。


「・・・ちぇっ何が連結だ。所詮JTTFも殆どFBIが主導になってんじゃねえかよ。」


薄い紺のジャケット背部にも刺繍されたFBIの文字に捨て台詞をはくウェッブ。

やがて、会議に参加する担当部門の警視たちもそれに続き、部屋にはフェルナンデスとウェッブしかいなくなった。


「ウェッブ・・・・今は・・同僚・・いや、もう「友人」として話していいか・・・・。」


「ああ、いいよ。」


扉に顔を向けたまま、何気なくウェッブが答えた瞬間―、突然それが振り向かれたかと思うと、フェルナンデスの片手によってウェッブの胸倉が掴み上げられた。


「貴様・・・・!何余計な事をしやがって・・・・!」


震える頬と軋む歯茎は恐れでなく、怒りによって表されている。

汗をたらし、光のないブラウンの瞳孔でフェルナンデスはきっとウェッブを睨み上げていた。


「そういう顔は、あの女にしてやるべきだったろ。」


ウェッブは突然の友の暴挙に怒る事もなく、まるで憐れむかの様に友人を見下す。


「うるさい!「ああいう」のはな、なあなあに従った方が無難なんだよ、ウェッブ。そうした方が余計に「傷つく」事なく、「うまく」やっていけるんだよ。現場にいないコミッシュナーのお前にゃ、この微妙な刑事たちの綱渡りが分からないだろうがなぁ・・・・・!!」


アメリカ国旗を側に、荘厳な雰囲気で壁に刑事されたNYPDの憲章。

その前で、同じNYPD側であるはずの男2人が「FBI」の事でもみ合っている。

ただ、震えるフェルナンデスの片手の感覚を首筋で感じながら、ウェッブはこの状況を自ら哀れと思っていた。


「微妙な綱渡りのために、自らの「正義」を歪ませるというのか、バート。このNYPDの憲章の前で?」


フェルナンデスは、はっとなって憲章を横に見る。するとそこから逃げるように荒々しくウェッブの突き飛ばし、手を胸倉から離したのだった。


「・・・・歪ませてるんじゃない。何が一番、「NY市民にとって」正しい行動であろうか判断しそれに従っているだけだ。これは断じて、FBIのためなんかじゃない・・・!私たちは今までそれで上手くやってきた。これからもそうするだけだよ、アルバ!」


顔を背け、フェルナンデスは部屋から抜け出そた。これから彼も8階の会議に参加するに違いない。最後に光った彼の四ツ星の肩章がウェッブの視界に妙に焼付いていた。

ウェッブは一度深いため息をつくと、葉巻を取り出し、火をつけた。

煙を鼻から、口から吐きながらそびえ立つ憲章をもう一度見上げる。


正直、ウェッブはフェルナンデスをそこまで責めるつもりはなかった。

今一番苦しい思いをしているのはアイツなのだと身に染みる程分かっていたから。


「・・・・・しかし、これが最初の「間違い」なのかもしれないぜ・・・?」


いないフェルナンデスに言いかけるようにウェッブは煙をくゆらせなかがら呟いた。

ふと、腰ポケットに入れていた携帯電話がなる。


画面を見ると義妹のニアからである。

怪訝に思いながらボタンを押してかけた。


「おう、どうしたニア。珍しいなお前から電話するなんて。」


「突然ごめんなさいアルバ、1つ聞いてほしい事があるのよ。今、ビジターセンターにいる耳の聞こえない4歳くらいの女の子なんだけどね―。」





4、偶然という名の奇跡


ウェッブは今日この日、こんな事があるものかと、驚愕で目を閉じられなかった。

急いでビジターに駆け寄ってみたら、今、皆が血眼になって探し求めているテロリスト(と言われる)の少女が、目の前にいる。


「そんな・・・・こんな事ってないわ・・・。」


後ろにいるニアも、ウェッブから渡されたJFFTの要請書を片手に呟いた。

写真と全く同じ容姿の少女が今、このNYPDのど真ん中のプラザのベンチに裸足で座っている。


少女は手元に大事そうに、たくさんのキャンディやクッキーを抱えていた。


「そんな・・・・この子が前歴のあるテロリストだなんてとても信じられないわ・・・・。」


「俺もだよ。」


実物を目の前にするとやはり信じられないと思う。

しかしあの女はそれでも構わず彼女に手錠をかけるだろうか。


「え、テロリスト?じゃあ逮捕しとくか?」


と、少女の隣に座るジョージは嬉々として手錠を取り出した。


「「ヤメテ!」」


咎められた事に舌打ちしながら、ジョージは怪訝な目で少女を見て言う。


「にしったて、これからどうすんだよコレ。このまま8階にいる奴らに隠し通していくつもりなのか?」


ジョージがかったるそうに首を掻く。それだけは勘弁と言った様子だ。

それにウェッブが腰に手を当て、訝しげに黒く厚い唇を尖らせた。


「まあ、これはまさに森の中の木。当分の間は見つかるもんでもなかろうが、コイツの親を探すってえ事になると、難しいかもな。それに、すでにいるって分かってるのに、他の奴らが無駄働きする事も、それ以上に気がひける。」


「え、だからってこの子をそのままあの女に引き渡すつもりなの?私嫌よ。あいつ、分からず屋だし、そもそもこの子、今ジョージにすごくなついてるのよ。無理やり引きはがすのもかわいそうじゃない。」


確かに、暇さえあればその少女は、ジョージの方を向きその顔をずっと見続けていた。

小さな口から必死に声を出し、ジョージと話をしようとする健気さも感じ取れる。


雰囲気から察しても、ウェッブもできればこのままにしておきたい。しかし、それではあまりにも分が悪いのだ。


「できればコイツと少しでもコミュニケーションができればな・・・。」


ふと、ウェッブは大きい腹を曲げ、少女と面と向かう。突然現れ出た大きな顔の黒人に、ビクっと少女が肩を震わせたが、怖がらないでというようにウェッブはにっこりと笑った。

そして、ゆっくりと大きな口を少女の目の前で開き-、


「ア・リ・イ・シャ」


と途切れ途切れに口に出した。すると少女はみるみるその目を大きく見開いたではないか。


「やっぱりこいつなんだ、本当に・・・。」


その一方、様子を見てジョージは向かいの机にあったi-Padを取り出す。


「ちょ、それアタシの・・・。」


ニアの言葉に答えず、ジョージは手慣れた操作でグーグル通訳にインドネシア語を登録する。そして言葉を書き記し、少女の小さな肩を叩いてそれを示した。


『お前はインドネシアに住むアリイシャか?』


少女は更に目を大きく開きi-Padをがしと掴んだ。そして、ジョージの手振りに合わせてゆっくりと、たどたどしくもインドネシア語で答えを打つ。それをグーグルが自動翻訳して英語となって現れた。


『そうよ。』


「アリイシャ!貴女、4歳なのに文字は分かるのね!」


ニアはその瞬間手を叩いて喜んだ。

ジョージはアリイシャと向かい合い、続けてi-Padに言葉を綴る。


『お前はテロリストか。』


「アホッ!名前の次の質問がそれかよっ!」


とウェッブが突っ込んだが、それに対するアリイシャの答えは


『テロリストってなあに。』であった。


ぽかんとして口を開く少女の長い睫毛の中に光る黒い瞳には、嘘も欠片も全くない。いよいよ2人は、彼女がテロリストである事を否定する事に至ったのであった。


「しかし、ウェッブ殿。彼女は一度やはり向こうに引き渡した方が良いのではないでしょうか・・・。文字は分かるそうですし、彼女がテロリストではないという事を示せれば後はどうにでもなるのでは・・・・。」


そこで、ようやくおかっぱの男がそこで口を開く。しかしそれとは別に、ウェッブはあのサーラーという女に対するある「1つの疑念」に腕を交わして考えていたのだった。


「・・・・ん?そういや。アリイシャ、さっきから菓子を食べようとしてねえな。」


白ワンピースの上に置かれた菓子類に、ウェッブはふと視線を移す。

それにニアも横からそれを不思議に思い眉を顰める。


「そうなのよ。最初渡した時は、すごく可愛い笑顔で受け取ったのにね、まるで宝物を持つように全く手をつけないのよ。どういう事なのかしら?」


頬に手を添え、心配そうにつぶやくニア。

するとウェッブはアリイシャが抱えるお菓子の1つを取り出した。


「わーさすがウェッブ!喰いモンに関しちゃガキにも容赦ねえーっ!」


と、ジョージがわざとらしく叫ぶのをよそに、ウェッブはアリイシャの目の前でクッキーをべきつ2つに割ってみせる。

それに、アリイシャはああ!とか細い声を出して悲しそうな表情をした。


それを哀れに止めようとするニアをかわし、ウェッブは割れたクッキーを突出して「eat(食え)。」と言ったのだ。すると、アリイシャは瞳を潤わせながらも、それを受け取りようやく口につけたのであった。


「なるほどねェ。」


「え、なに。どういう事なのアルバ。」


その様子を見下ろしながら、ウェッブはやがて淡々として言った。


「コイツ、お菓子が嫌いなんかじゃねえ。コレを後々どこかで「売ろう」としてとっておいたんだよ。」


「なんですって!?」


「おそらくインドネシアでもそうして糧を得て生きてたんだろ。貧民層に住む奴らにはよくある話だ。援助を貰ってもそれを金に引換えされ、全部親に没収される。結局当の本人は何ももらえない。―そんな過酷な生活をな。」


「ひどい・・・そんな事って・・・。」


そういう視点でアリイシャを見るとその実態がよく分かる。

針金のように細い色黒の手足に、少女の身体としては相応しくない角ばった鎖骨。

妙に黒真珠のように目だけが大きく見えたのも、栄養失調で痩せこけていただけなのであろう。


「だめよ・・・!アリイシャ、貴女はちゃんと食べないと・・・!」


ニアは事実を知った途端いたたまれなくなり、お菓子を次々に割ってアリイシャの口に添えた。最初は抵抗していたアリイシャも、初めて食べるお菓子の美味しさに叶わず、次々とそれを食べ始めたようだ。


「しっかし、気になんな。そんな貧困層のガールがきちんとリストとして載っているなんて不可解だ。ただでさえ向こうでも、戸籍すら書かれてない出自だろうというのに・・・。」


ウェッブは再び腕を組み交わしうーんと唸って考えた。さっきフェルナンデスも指摘したようなあのサーラーの苛立ちと焦り様も気になる。このままアリイシャを向こうに引き渡せばそれさえも曖昧にされてしまいそう。


それはウェッブにとっては非常に解せない結果であった。

その思惑に黙っている間に、電話が鳴る。手にとってみると、それはフェルナンデスからだった。


「ウェッブ、私信だ。遂に会議でNYPDが捜査に協力する事になった役割と、時間帯がきまった。」


さっきまでの喧騒を一旦置くように意識している声の震えに、ウェッブは電話ごしに音が聞こえないよう、眉を歪めて口角をあげた。


「そうか。どんな感じだ。」


代わりに返したのはいつもどおりの野太い声。それにフェルナンデスも安堵したのか、途端に嫌そうな声を露わにして言った。


「最悪だよ。これから30分以内に全メンバーを集約、具体的なテロリストの容姿と担当捜査地帯を把握させた後で、少女が見つかるまで「1日中」捜査するって事になったよ。」


「な・・・・!こっち(NYPD)のシフトの都合も全然考えてねえのかよ!」


「ああ、それは実な不可解な会議だった。こんな前代未聞な例、勿論俺も反対したがFBIを始めCIAの連中も、緊急を有するという名の「弁証論」での押し通し。推奨するサーラー氏のあの焦り様と言い、これには何かFBI側の方で裏がありそうな気がしてならないな。」


「ああ、それは俺も思ったぜ。」


脇目もふらずにお菓子を食べつくすアリイシャを横目に、ウェッブは口端にえくぼのような歪みをつけて答えた。NYPDを1日中コキ使わせるJTTF共のその態度と、少女の事について何か隠そうとしている思惑に、ウェッブは今、NYPDのコミッシュナーとして非常に腹が立っていった。


しかし現に少女は「ここ」にいる。

それを報告し引き渡せば万事解決ではあろう。それが双方の関係にとって一番妥当な解決方法であるのもウェッブには分かる。


が、しかしこの様な歪んだ「連結」関係が、果たしてこれからNY市民にとって良い事であろうものかといえば、鼻ただ疑問でもあったのだ。


「・・・・すまん・・・・フェルナンデス。俺はお前とは違うんだ・・・・・・。」


「はぁ?急に黙ってると思ったら、何を言い出すんだウェッブ。」


掠れる様なウェッブの言葉に、怪訝するフェルナンデス。更に話そうとする彼をウェッブは「すまん」の一言で区切って切った。

ウェッブは力なく電話を持ち、再び隅に座るアリイシャの様子を見る。


貧しい中、己の不自由さに貶められても、懸命にその運命を受け入れて生きてきたであろう聾唖の少女。


「同じ様な境遇に生きていた」ウェッブにとって、彼女に対する思い入れは並大

抵なものではなくなった。


その間にもアリイシャは再びi-Padを手に取り、慣れない操作をしながらジョージに手渡している。


『お兄ちゃんの名前は?』

『ジョージ。』


ジョージはそれを素っ気なく返していく。


『ジョージ・・・・お兄ちゃんはおまわりさんなの?』


『見れば分かんだろ。つーかお前、今追われてる身なの分かってんのか?』


?を頭に思い浮かんで、首をこくんと傾けるアリイシャ。


『お前、今からアメリカのこええー奴らの所にこれから引き渡されようとされてんだぜ。お前、なんか何かしでかしたのか。』


インドネシア語で変換されたジョージの遠慮ない言葉に、アリイシャは最初は何の意味か分からず目を瞬かせいたが、次第に声を震わせ涙ぐんだ。


『やだ。知らない、そんなの知らないよ私。嫌、嫌よ。私、ジョージお兄ちゃんから離れたくない。』


震える手で操作しながら、潤んだ瞳でジョージの姿を映すアリイシャ。

その時、ウェッブの携帯が開かれる音が響いた。


「そうは、させねえよ。」


とウェッブは一言答え、携帯に耳をかける。


「え?何をするつもりなの、アルバ。」


首をかしげるニアにウェッブは息を吐いて一旦置いて、答える。それは、これから皆を巻き込ませる罪悪感と、そして覚悟を確認するために必要だった時間-。


「これから俺は、教導担当委員長として皆に命令する。これから今すぐ、8階緊急対策本部室を封鎖せよ、ってね。」


「え、それってつまり・・・・・・。」


「ああ…JFFTがアリイシャを追いかけるその本当の理由を教えてくれるまで、JFFTをフェルナンデスごと閉じ込める。」


「「「ま、マジっすかああああーッ!?」」」


内勤組の、悲鳴とも歓喜とも区別のつかぬ声が弾けた。


「ヒャッハァァァ―――ッ!!面白くなってきたぜェェェ――ッ!!」


白眼を光らせて俯くウェッブの隣で、ジョージは机の上に軽々飛び乗り、長い脚を広げライオンキングよろしく、吠えるように犬歯を剥き出しにして叫んだ。


その様子をアリイシャは頬を染め、崇めるかのごとく見上げていたのだった。





5、NYPDvsFBI 


 「開かない!開かないぞフェルナンデス!」


サーラーのヒステリックな声が、小体育館程の広さを持つ緊急対策本部室に響いていった。


会議を終え、早速行動に移そうとドアに触れたその矢先、びくとも動かないそのドアに対策部の一同が面食らったのだ。


ドアに集まり叩き、蹴り開こうとするも、巨大なドアはびくともしない。

一方ドアの向こう側は、ありったけの事務机をピラミッド上に押し付け、彼らを閉じ込めるNYPD一同。


ありあわせの彼らはドア前の踊場をも机でバリケードを張り、鈍音を響かせるドアの前に立ち一斉にハンドガンを構えていた。


「ふふふ、ざまぁみろFBIどもめ。そこで大人しく蒸し風呂にされていれば良いんだ。」


距離8m、ドア真正面のバリケードを盾に、目を腫らしたばかりのメアリー刑事がSIGP226を両手で持ち、笑う。


「おまっ…まさかお前がそんな事言うなんて…。」


と、同じように銃を構える私服刑事の同僚たちが彼女の変わり様に唖然としていた。


そして、その間に割り込み、ウェッブが拡声器片手にドアに向かって叫ぶ。


「よぉく聞け!お偉いさん共!ここは今、俺らNYPDが包囲した! お前らがこの理不尽な捜査要請の真意を報告しない限り、俺たちはこのまま抗議の意としてそこに閉じ込める!」


ウェッブの怒声にドアを隔てたサーラーも怒声でもって返す。


「ふざけるな!この捜査に対する真意などない! 理不尽なのはお前らの方だろが!すぐにここを開けろ!」


「あぁ、駄目だやっこさん。気がたって冷静な判断が出来ないでやがるな。」


ウェッブの嘲笑に回りの巡査、刑事たちも同情した。


「あれそういえばジョージは?こういうの真っ先に駆けつけそうなのにね。」


と、バリケードに張り付く女巡査が一人呟く。


「あぁ、アイツならいざという時のためにってK-9の所へ行っちまったぜ。」


と、さっきまでジョージと一緒にいた内勤組の大男が答えた。


「え…いざという時のためって?」


首をかしげる彼女の後ろ、ウェッブはその意味を察し


「ふっ・・・テメーら今の内、弾をしっかり込めておけよ。」


と含み笑いをしたのであった。


***


「こ、これがK-9…?」

場所はプラザ一階の屋外。おかっぱ頭の男が入り口近くに立つ、二アの後ろにしがみつく。


一方アリイシャは屋外の広場のゲージ前にしゃがむジョージにしがみつき、 目を輝かせながら、ジョージの前に立ち並ぶ彼らを見渡していた。


「ペルージア、お前はこれから二アとおかっぱとアリイシャについてって援護しろ。」


ジョージの言葉に、並ぶK-9(警察犬)のメンバーの1匹、ホワイト・スイス・シェパードは「バウ」と吠えた。


「キュイージ、ウィテルボは8階のバリケードの援護を階段から、ウエイは各部局の監視を随時行え。」


ペルージアに続くジャーマン・ジェパードもバウと景気良く答える。


「ヴォルテーラーとチェルベトリは管制室を監視。」


「ワン!」


それに答えるは、黒のラブラドールとゴールデンレトリーバー。


「オルビエトとタルキーニアは有り余ったESUの元に。」


「ヴー」と灰毛の2匹のチーズ。


「で、最後にアレッツォ。お前は俺につけ。」


「キャンッ」


そしてつぶらな目を瞬かせる、純白のチワワが最後に吠えた。


「「NYPDの猟犬なだけに犬と会話出きるってか・・・?てか、なんで犬の名前がみんなエトルリア古代12都市からきてる・・・・・・・。」」


「よし、行け!」


ジョージが両手を挙げたのを合図に、K-9たちが一斉にコンクリートを覆う粉塵をかきあげて屋内へと駆け出した。


その時無線が3人の腰元でノイズを出す。管制室からの報告だ。


「プラザ内の全NYPDメンバーに告ぎます。ウェッブ教導委員長のご忠告通り、いよいよ「奴ら」がやってきました。侵入経路はプラザ入り口とその裏口です。そうやら、NYPDの監視員を難無く押しのけ侵入する模様。各々の対応を望みます。」


「こ、これの言う「奴ら」もFBIですかぁ!?」


「ええ、そうよ。対策室を開けさせようと、サーラーが携帯で呼び出したに違いないわ。」


つまり、これはNYPDとFBIがここで戦う事になるという事。その事実を頭の中で収まりきれずに、ガタガタとまた震えだしたおかっぱ男の一方、ジョージは武者震いをして再び拳を突き上げる。


「よっおしゃぁぁあ!!これがホントのNYPDvsFBIってモンよおおお!」


勢い良く廊下を駆け出したジョージの足元で懸命に追うアレッツォ(チワワ)。


『あ、お兄ちゃん待って私も一緒に行く!』


と言いたげなアリイシャを、ホワイトシェパードのペルージアはそこでしっかりと、肩紐を噛んで留めたのであった。


***


フロントのガラスドアを突き破りついに奴らは入ってきた。吹き抜けになったホールの4階から黒い特殊服を着て蠢く男たちに、最初の一発を放つは、NYPD版特殊部隊ESU。


頭上から彼らの足元へとたて続けに弾幕を張り 彼らの足並みを乱す。しかしFBIも、すぐさま迎撃を開始し、吹き抜けに幾つもの弾道が交差した。


「くっそ!結構な数が揃ってやがるあの鬼女め!」


壁に張り付きM14カービンをリロードするESUの男。しかし、ポンと弾かれたような音がしたかと思うと、彼の足元に、煙を吐いた弾が転がった。


「クッソ!催涙ガスだ!一旦待避!」


緊急事態故、ガスマスクを持ち合わせない彼らは、フードを首に巻き側を離れる。

こうしてESUは最前線侵入不可避を管制室に伝えたのであった。


***


 ホールを突破したFBIの特殊部隊は2チームに分けられ、Aチームは階段を駆け上がる。

その頭上、階段の上から「せいっ」と声が聞こえたと思いきや、FBI隊員のゴーグルごしから紺の巡査服を着た、男の靴底が見えた。


「な・・・・!?」


Aチームの群の中へと飛び降りる巡査-、その屈強な身体で先頭に立つGメンの頭を、銃ごと蹴とばしたのだ。


「あが・・・!?」


「ジュードに続けええええ!!」


蹴られたGメンのうめき声と共に、何人もの大柄な警官たちが、階段から群の中に飛び降り、Gメンに襲いかかった。こうして狭い階段の中、大勢の男たちによる警棒、銃、そして鍛えた拳でよる、しっちゃかめっちゃかという名の相応しい、「殴り合い」が始まったのである。


獣の様な叫声が幾重にも響いていった。


***

 それは裏口から回ったBチームも同じであった。狭い通路を列になって、銃を構えながら走り去る時、突然走った後の扉が開いたと思いきや、先頭の前の扉が開き、チームは扉によって挟みうちになったのだ。


「なんだ・・・・っ!」


最後尾のGメンが思わずトアに向かって銃を撃つ。しかしそれに気をとられている内に、列の間のドアも勢いよく開かれ、その男を突き飛ばした。


「日頃の恨みだぁぁぁああああ!覚悟しろGメンどもがぁぁぁあああああ!」


次々とドアの中から殴り込んだ、銃をも恐れぬ警官たち。その狭い空間から逃れようとGメンたちは走るも、挟むドアを盾に押さえつける警官たちによってそれは潰される。


そうしてドアとドアの狭い間の中にも、血しぶき散る、喧噪が繰り広げられたのだった。


***

 階下の警官らが奮闘しているその一方、目的地、前8階踊り場では、妨害をすり抜けた隊員がバリケードに向かって銃を放っている所であった。


「来たぞっ!!」


ウェッブの合図でバリケードを跳び超え応戦する刑事たち。一方相手も入り口付近の壁に隠れ、それを盾にNYPDを追い詰める。そこでも、噴煙と発熱が繰り替えし、飛び交う激戦場となった。


「ちっ・・・!やっぱ伊達じゃないわね!SWAT!?」


SIGP226を片手に、頭を出した敵に向かって3発放つメアリー刑事は悪態をつく。


「いや、あれはフルタイムの方(HRT)だ!ちっ、たかが同僚助けるために厄介なのよこしやがってよ、クッソ!」


HRTが放った弾道が頬にかすり、痛みに叫びながら同僚は答える。その一瞬の隙を狙い、やがてバリケードに向かってHRTが防弾シードを構えながら近づいてきた。

刑事らは諦めずにそれに向かい銃を放つもハンドガンではかわされる。


「くるなあああああ!」


威勢の良い叫びは銃声にかき消された。

そして遂にHRTはバリケードの机を蹴とばし、真正面にいた警官らを勢いよく突き飛ばしたのだ。


「うぐあ・・・っ!」


飛ばされた警官らの銃が軽い音を立てて転がる。中央から破壊されたバリケードは一気に総崩れとなった。


倒れる刑事たちを難無く、その分厚いブーツで踏み潰し行進するHRTたち。


「ホントにあんたら・・・!、あたしらを何だと思ってえええええええ!!」


側にいたメアリーがかな斬り声を上げ、走りながら銃を放つ。それが丁度横を通るHRTの防弾チョッキのスキマに当たり1人が倒れた。


がしかし、その間にも彼女の横に構えていたもう一方が、シードを盾に彼女に襲いかかる!


「ひっ・・・・!」


間に合わないと悟り、メアリーが身体を伏せた瞬間-、今度がウェッブがその前に立ちはだかった。


そしてばりいんというガラスの音と共に、拳でもって砲弾シートのガラスごと突き破り、男の顔を思いっきり殴ったのだ。


「ウェッブ委員長殿・・・!」


「うおりゃあああああああああああ!!」


そのまま襟首を掴みシートごと、男をHRTに向かって投げつけるウェッブ。

味方に攻撃が出来ないまま鈍音と共に巻き添えを食らい倒れるHRTたちはそれでもドアに近づこうとするが、ウェッブはS&W・M10でたて続けに撃ってそれを阻んだ。


「ウェッブ殿に続けえ!」


それに続く刑事ら両側からの攻撃によって、そこでHRTは一先ず退却する事に至った。


「ふう・・・!」


「すごい・・・ウェッブ殿・・・。」


へたれこみながら感嘆の息をもらすメアリー。噴煙の中、その前に立ち両手でM10を構えるウェッブはにやりといつものように口角を上げて笑った。


「へっ。ひさっびさだなこういうのも。」


しかし、余裕の笑みを浮かべたのもつかの間、突然ウェッブの腹に弾道が走り、彼のホルスターが切り落ちる。彼のM10は、両者の間に音を立てて転がった。


「あ、しまっ・・・・!」


弾の切れた一方を投げ捨て、バリケードを跳び超えて端に飛ばされた銃を拾おうとするウェッブ。


遮りのない踊り場に出た大柄のウェッブは相手方にとっては絶好の的だ。すぐさま弾幕が張られるも、それを大きな腹を軸に前転する事でかわす。


刑事らも慌ててウェッブが撃たれぬようにと迎え撃ち善戦した。

そして這いつくばるように銃を取りそのまま一発。迎え撃つ丁度相手に当たり、瞬時の差で何とか撃たれる事はまぬがれた。


しかし階下の連中がついに崩れてきたのだろうか、続々とHRTは間も無く階段を駆け上がり出てきたのだ。


「うわ、正にこれが物量戦争「ごっこ」って奴か!」


「まあ、俺らがいつもしてんのと同じだけどな。」


刑事部の冗談も、その物量によるけたたましい弾幕でかき消される。バリケードもまだ不完全に直されぬままに続けられる戦いはいよいよNYPD側の不利となっていった。


ありあわせのハンドガンしか持っていない刑事らには到底ライフルを持つ特殊部隊に叶うべくはない。そしてついに、 


「わああああああ!」


不完全なバリケードの中央部分が数発の銃弾によって破壊された。先ほどまで弾を抑えていた鉄板の机が大きな穴が開き、その原型を留めずガタガタと震える。


「ついにM14使いやがったな、あんにゃろ・・・!」


悲鳴をあげながらその場を離れる刑事たち。M14の一発一発が確実にバリケードの机を弾き飛ばす。弾倉が尽きかけた刑事らには、最早その勢いに対し弾幕を張る事が出来ずなすがままにされ、飛ぶように脇へと退却していった。


「ちくしょう!」


それにはさすがのウェッブも為す術なく端に伏せ、頭すぐ上を通り過ぎる弾道で動けないままでいる。その状況を察し、いよいよ再突入しようとHRTが構えた、その時であった。


突然、そのM14を持った男がエンジン音と共に横から弾き飛ばされたのだ。


アーチ状に、身体を仰向けにして飛ばされる男と、M14が弾かれるモノローグがバリケードに張り付く刑事たちからもよく見えた。


その顛末に目を奪われる間、次々とHRT隊員が―、水色のNYPDのフォントが塗装されたボディを持つBMW―R1200に突進され、廊下に転がったのだ。


「ジョーッジ!?」


R1200が男を跳ね飛ばそうと飛び上がった刹那―、黒いバイクジャケットを着た胸の中に、白いチワワを入れて跨るジョージがバリケードを見たのだった。


仲間が唖然としている様子に、ヘルメットのスキマから蒼い目を覗かせ優雅にジョージは嗤う。廊下をけたたましく音を立てながらすべる、R1200を皮布ズボンを履いた長い脚で支える合間、攻撃を避けたHRTらはジョージに向かって銃を構える。


しかし、滑りながら蹲る隊員の襟首を掴みジョージはそれを盾にした。

そして、片足でR1200を抑えながら片方のギルデッドで掴んだ隊員の脇の下から弾を撃ちこんだのだ。


刑事らの弾幕と違い、一発で確実に仕留めるギルデットのテクに圧倒されるHRT。

しかしそれでも数が多すぎて踊り場に入り込む隊員をジョージは抑える事ができない。


「ヒャッハアア!」


しかしそのピンチをも契機をと、掴んだ隊員を投げ捨て再びホイールに手を掴む。ぐるりと狭い廊下の幅で折り返し、そのままHRTを追っかけ踊り場の中へ駆け込んだ。


「これで全滅だクズ共ぉぉぉ――――っ!!」


後ろから追っかけたR1200はジョージの手元から離れ、床の上を2回、大きく円を描く様に転がった。火花を散らし、重さ200kgの鉄の塊がHRTに襲いかかる。


その間にジョージは転がった机に勢い高く飛び上がり、そこから大きく宙返りをした。頭上に突然舞い上がるジョージに隊員たちは思わずライフルを掲げる。


しかし銃身が長いため近距離の射撃に向かないライフルの弾道は、わずかにジョージの脚をえぐるのみに留まり、ジョージは宙返りした態勢のまま、ギルデッドを交互に組み合わせ奴らを次々と撃ちぬいた。


着地する寸前の回転でも、腕を広げ、脇に逸れていく隊員を4人撃ちぬいた。倒れる男を踏み潰すように勢いよく着地し、そして最後、踏みつけた男のM14を瞬時に引き抜き後ろ手で、真後ろに構える男をシードごと1発で撃ち倒したのだった。


「うおおおおおお!すっげええええ―っ!!」


己のとは比べものにならない程、イキの良いジョージの殺陣に歓声をあげる刑事たち。

顔をあげて、一瞬にやと笑いジョージが振り向いた先は、うめき声をあげる生ける屍が広がるばかりだった。


「よおし!今の内だ!バリケードを張り直せ!そしてまたありったけのブツを持ってこい!」


飛び上がったウェッブの怒声に一気に沸き立つ刑事たち。崩れていたバリケードの丁度良い所にR1200が挟まっており、立て直すには大して時間はかからないようだ。


取りあえずの休戦にせわしく動き始める部下をすりぬけ、ウェッブはジョージの元に駆け寄った。


「よくやったな!助かったぜジョージ!」


ウェッブの言葉に顔を向ける。

胸の中にうずくまるチワワがキャンと吠えた。


「ああ、それより確認しにきた。今中の状態はどうだ。奴らゲロッたか?」


M14の弾により所々穴が開いている人質たちの部屋のドア。

ウェッブもジョージと共に怪訝な顔で伺うも、中から聞こえる女の元気そうな「私は何も知らない」だの「早く出せ」との怒声を聞き、再び向き合った。


「あの通りな、全く口割らねえもんだから、ぶっちゃけ只今絶賛停滞中ってもんよ。」


「やべーぞソレ。下の方は予想以上に特殊部隊を増やして突入しやがってる。このまましてっと、後30分位でおじゃんになるかもしれねえな。」


ヘルメットをはずし棘の様に硬い金髪を靡かせながらジョージは答える。その予想以上のFBI側の対応の速さが、更のウェッブの疑惑に真実味をましていった。


「こりゃー、今の内にウチらの方で予想を立ててソレを相手に突きつけるってやり方じゃねーとこっちが負けるぜ。」


と汗をふきながらジョージはM14の弾数を確認しながら再び弾倉を付け直して言った。


「わあってるよ。だからさっきから管制室で、FBIの内部事情を探ろうとはっきんg・・じゃなくて調査してもらってんだよ。」


***

 一方、舞台は管制室である。プラザ12~16階付近(正確な階は不詳)に位置する大きな吹き抜けを持つ管制室は、9.11以来「航空機をも撃墜出来る程の性能」を持つと称された極秘の施設だった。


今回それを使用するは、カメリア・サーバー警視監率いる「SAU」のメンバーたち。


来年で定年を迎えるカメリア警視監は薄い白髪を掻き、不服ながらも三ツ星の彼女は四ツ星のウェッブに到底適うべくないので、その調査の指揮を担っている所だった。


「おい、そっちの状態はどうだ。」


ウェッブからの無線に彼女は恭しく、丸メガネを整えながら答えた。


「はいはい、随時調査している所ですわよ。内務調査局の方の情報を含めて察するに、この騒動はFBIのあるケアレスミスによって、引き起こされた可能性が現れた次第だわ。」


「ケアレスミス?」


ジョージもウェッブに近づき耳を当てその無線の内容を聞き取る。


「ええ、FBIによるテロリストリストの入力ミスですわ。」


しゃがれた老婆の一言にウェッブとジョージは一種のデジャヴを感じた。


「何かそれ・・・!聞いたことあっぞ!何年前だが忘れたがそういうの前もあったよな!」


「ええ、あれは確かCIA側のミスでしたけれど、まだ小学生にも満たない海外から旅行に来た女の子をテロリストと認識して、門前払いさせたって事件でしたわねえ。」


もう年だからよく覚えてませんわと曖昧な感じに答えるカメリア。


「アーッ!知ってる!それで後で謝っても、その子の親からもう二度とアメリカには来ないって言われちゃって、とんだ恥をかいた事件だったよなー!そりゃあそーだわなー!」


M14片手に、まるで他人事のようにバカ笑いをするジョージ。


「で、それが、今度はFBI側にあったという事か?」


「ええ。今FBI側のアリイシャちゃんのリストを抽出した所なのですけれども、入力したメンバーの名前、これが60年前に殉職した人の名前になっているのですわ。有り得ない話、これは完璧にミスリストですわね。」


ようやく尻尾を掴めた―。中にいるであろうサーラーに向かってウェッブはニヤリとドアを睨んだ。


「ほお、よくやった。そのミスを隠そうってために、FBIはバれる前に出来るだけ早くNYPDにこき使わせてアリイシャを確保した上、それを内部でなかった事にしようと思ってたんだな。」


「ええ、おそらく。もしかしたらこれに一番驚いたのは、紛れもなくFBI側だったのかもしれませんわね。しかしミスと思っても、もしこれが「本当」で、アリイシャちゃんを放っておいて何か起こってしまったたらそれもそれで、FBIの不手際になりますし。全く、あちら側の迷走が目に見えるようですわ。」


「ああ、しかも、NY入りさせた後にそれに気づいたってのも致命的なミスだしな。」


とジョージ。


「それに、そのミスが引き起こされたのは予算を2倍もかけて整備した新管制システムであった事も含めて

ね。」


と、カメリアの前で接続カメラ映像を監視する、ジョージの知り合いでもあるギークボーイが答えた。

ウェッブはそこでようやく疑惑が浮き彫りになったと、無線を肩にのせて両手を叩く。


「っしゃああ!これでようやく追求できるぜェ!?カメリア、そのデータを俺に今すぐ送ってくれ!」


「はいはい。」


穏やかな老婆の声に安堵するウェッブ。がしかし、その無線の声に続いたのはギークボーイの叫び声だった。


「やばいっ!コイツはやばいぜ!」


「何、どうしたんだ!」


ふとその奥で犬の唸り声と、鈍い音が響いた。


「今、次々と新たに特殊部隊が入り込んでいるのです!しかも・・・・!ヒィッ!こっちにも襲撃する!それに電制室まで・・・!?」


「ちい!遂にそこまで襲う事になったか!」


「そこまで不手際を隠したいのかよ!?」


無線ごしから聞こえる、援護をまかせたK―9の吠え声に、水色の目を見開かせるジョージ。その様子から、これはもう抑えきれてないのだと察した。


「駄目ですわ!ここには、戦闘隊員が1人もいませんわ!このままだと・・・!」


「いいからデータをよこせって!」


ギークボーイのカタカタとなるキーボードの音が聞こえる。しかし、それ以上の爆発音が2人の耳につんざいたのだった。


「ヴォルテーラー!チェルベトリ!」


2匹のキャウンという「悲鳴」が爆発音と共にジョージの耳に張り付いた。


「いっ、やあああああああああああああああああ!」


カメリア警視監のしゃがれた悲鳴がそれに続く。その後に続くのはノイズ音。


「管制室が占拠されたぞ――ッ!」


ウェッブの怒声にバリケードが大きくどよめいた。上の階にいる管制室が占拠されたという事はつまり―、全員がそう思った矢先に大勢の足音が地鳴りのよう響いた。


「来るぞお!」


再び態勢を整え、バリケードで銃を構える刑事、巡査たち。ウェッブもニューヨークリロードでもって備える。ジョージもギルデッドを掲げその地鳴りを待ち構えるも、突然ウェッブがESU用のイサカM37を天井に掲げスライドを引く。爆発音が頭上にいくつも響いた。


「ちょっ!何やらかしてんですか委員長殿!?」


崩れ落ちた天井の壁に埋もれ頭を伏せる刑事たちをよそにウェッブは噴煙の中、ジョージに向かい、両手を出した。


「ジョージお前は天井裏に行ってとりあえず逃げろ!」


「はあっ!?」


「電制室まで抑えられたらもう手はねえ!そこだけでも死守するんだ!あそこまで行けるのは多分もうお前しかいねえだろ!」


ジョージはウェッブに従い、舌打ちしながら銃をしまう。そして助走しバリケードの上、そしてウェッブの両手に足をかけ飛び上がった。ウェッブの腕の筋力によって勢いよく挙げられた身体で、穴の開いた天井裏に手をつける。そうして這い上がって脚をしまいこむそのかかとに、弾が走った。


天井裏にジョージが経立った寸時に、再びバリケードで銃撃戦が始まった。


ジョージは匍匐前進で天井裏を渡る。早くしなければ、と地下室の電制室まで急いだのだった。





6、逆転の鍵を握る男


 幾多のHRTとの遭遇を、その身体能力でもってなんとか切り抜け、地下一階まで至る事が出来たジョージ。電制室に続く廊下の手前、階段の格子に手を突き、ぜいぜいと息をあげるジョージを心配そうに見上げるアレッツォの吠え声ではっと顔を挙げた時、電制室に駆けつけようとするHRTたちが早足に通り過ぎる。


そして、アレッツォの声に隊員らがこちらに顔を向けた。


「くっそ!」


すぐさまジョージは自身に構えた、ライフルを蹴り飛ばす。空中にギルデットを投げ、グリップを握り引き金を引いて相手の動きを止めた。


続く隊員の攻撃にもう一方を取り真正面に構える。がしかし、突然唸り声が聞こえたかと思うと電制室側の廊下から、2匹のシーズが横からHRTに襲いかかったのだ。


「オルビエト、タルキーニア!」


こいつらが今ここにいる、という事は―、

廊下に顔を出そうとした時、ジョージの筋の通った鼻先に弾が走った。


いや、これはジョージを狙っての事ではない。電制室に一瞬顔を向けば、そこには見慣れたフォントを着る男たちがライフルを構え、HRTを攻撃している!


「お前ら―っ!」


ジョージの声に電制室の中にいる男たちが反応した。


「おーっ!ジョージか!」


ジョージのいる階段まで通らせまいと、弾幕が走りHRTは尻込みする中で手を振る彼らが見えた。


「ここは何とか俺たちが守る!お前はどっか他を守ってくれ!」


それは、最初の前線に敗れていたESUだった。

逃れた後、やがて電制室が狙われると察し、すぐさまそこに移動していたのだ。


「特殊部隊ってのがFBIだけにあるじゃないってことを今、思い知らせてやるぜええええええ!」


勢いよく景気付き、HRTにショットガンを食らわせるESUたち。


「なんとかこっちでうまく終わらせてやるからっ!それまで持ちこたえろよ!」


とジョージが叫ぶと、


「おうよ!」

「ワン!」


と威勢良く答えた。その仲間の声を確認し、硝煙の中ジョージは何とか階段を駆け上がりそこから退避するに至ったのだった。


***


ニ階へ上がったすぐ手前、アレッツォの反応を察し、休憩室のソファの裏へ隠れるジョージ。


部屋に入りこんだHRTたちをなんとかやりすごした後、急いでジャケットとズボンをぬぎ、肌着の中から取り出した巡査服に着替えながらジョージは考えていた。


管制室が占拠された今、せっかく掴んだFBIのミスもデータとして手に入れる事が出来ないままだ。果たしてそれを掴む新たな方法はないものか。と。


「・・・やっぱ管制室を襲って取り戻すしかないか?」


それも、たった一人で-?


着替え終わった後、脳裏によぎった背中を湿らせる嫌な予感と共に神妙な面持ちで相棒(ギルデットリロードするジョージ。すると、突然足元で大人しくしていたアレッツォが、ふるふると細い尻尾を懸命に振り、ジョージの腰裾に噛みついてきた。


「大人しくしてろ。アレッツォ。」


ジョージはソファごしに首を伸ばし、外の様子を伺いながら呟く。しかしアレッツォはそれをやめない。ジョージは舌打ちし、アレッツォの小さな黒い鼻にデコピンをくらわせるも、アレッツォはまるで涙を流しているように黒い瞳を瞬かせ、ひたすら尾を振ったままだ。


「・・・なんだよ一体・・・。」


廊下に誰もいない事を確認して立ち上がる。すると、アレッツォは噛む所をジョージの足裾に変え、まるで誘導するかのようにジョージの足を引っ張った。


「わあったわあった。ついてってやるから離せ。」


その言葉にキャンと答えたアレッツォはすぐさま廊下へと部屋を出て、それを追いかけるジョージを確認した後、階段を駆け上がった。針金のような足で懸命に走るアレッツォの後ろを大股で歩いて追うジョージ。


「なんだ?管制室まで安全に案内してやるって事かぁ?」


しかし、アレッツォが案内した先は5階の廊下だった。静まり返った5階の遠いどこかでHRTとNYPDが衝突し合う音が響く。


その廊下を真っ直ぐに通った突き当り、遠目に見えた白い犬の姿は護衛をまかせたK―9の中でも特に聡明な知力を持つ、ペルージアだった。


「おまっ・・・!なんでこんな所に・・・!?」


あの3人の護衛を任せただろと言いたげなジョージに、駆け寄り吠えるペルージア。

そして弁明するかのように長い鼻先を壁に位置する屋内消火栓設備に向ける。

ジョージがその前にしゃがみ中を開いた時、

その中には消火栓、ホースと共の隙間で毛布を羽織って蹲る、アリイシャがいたのだ。


突然開かれた扉に、驚き肩を震わせるアリイシャ。しかしそれがジョージだと黒真珠の瞳で捉えるや否や、わあと声を上げながら、その胸の中に飛び込んだ。


「うおっなんだ、どうしてこんな所にいるんだ。一緒にいたニアとあのおかっぱはどうした。」


ジョージの紺ネクタイを小さな手で握りしめながら、アリイシャはひたすら嗚咽をあげていた。

中に隠れていた事を察するに、相手に見つかってあわや捕獲される寸前だったのだろうか。

とジョージはただ黙ってアリイシャが片手にしっかりと掴む、i-Padを取り上げる。


『何があった。さっさと教えろ。時間がないんだ。』


目の前に出されたi-Padを泣きながら見るアリイシャ。そしてそのまま震える手で、その答えを書き記した。


『おばちゃんとおかっぱのおにいちゃんは捕まってしまったわ。ビジターセンターにも怖い人が来てね。そこでしばらく隠れていたんだけれど、ある人をおばちゃんが写真を撮った時、そのシャッター音に気付かれて襲われたの。私はあのアンジン・プティ、(インドネシア語で白い犬)に乗せられて、ここまで逃げてきたから無事だったの。』


背筋をピンとのばし佇むペルージアを指差しアリイシャはひゃくり声をあげ、大粒の涙を褐色の頬に流した。


『ニアが写真を撮った?』


『うん。何か、とても大事な事を言ってた人みたい。おばちゃん、それを聞いた時とても驚いた顔してた。確かその人、私の写真がのったあの紙を見ながら言ってたわ。』


そうしてアリイシャは器用にi-Padの中からニアがアリイシャに託したのであろう、その写真をジョージに示した。


そこに映っていたのは、特殊部隊の服を着た初老の男に説明するように、例の要請書を片手に立つ私服の男だ。


細身の身体に目じりに皺が刻まれた細長い端正な顔立ち、濃い短髪の金髪を持ったアンバーの目を持つ白人の男。


どう見ても特殊部隊の一員ではない。一方説明を聞く初老の男の方は、袖の腕章を見る限りHRTの指揮官の模様。


「もしかして、これは「例の事」を教えてる事なのか・・・・?」


FBIも当然、上の命令が絶対の犬社会だ。しかし、一応連結関係にあるNYPDを侵入するという前代未聞の事件であるなら、特殊部隊もそれなりにその要因を知りたい所であろう。


それを仕方なく、この男が教えていたのではなかろうか-。ジョージは元々貧しい頭を懸命に使ってそう推理する。


『これが撮られたのはいつ頃だ。』


アリイシャはえーとと、細く短い指を震わせつつも、ゆっくりと折りながら数えた。


『えと・・・よく分からないけど・・・大体20分位前・・・かな・・・・?』


そうか、と声にあげない納得の面持ちでジョージは考えた。


その時間なら、まだこの男はここにいるのかもしれない。

この男を先に捕まえる事が出来れば、ゲロさせてやることでこの勝負、NYPDが勝てるのかもしれない。


ふと見つけた新たな活路に、段々ジョージは身体が熱くなるのを自覚した。


こうしちゃおられないとジョージはi-Padをアリイシャから取り上げ、ニア名義のメールでそれを内部にいるNYPDメンバー全員に、添付画像と共に一斉送信しようと指を動かした。


さすがはウェッブの義妹、ベアブラザーの妹だけはある。

巡査部長という立場ながら、多くの巡査たちを始め、普段顔も合わせない上官たちのメルアドもしっかり登録されている。


至急この男に関する情報を望むジョージは返事を待ちながらにやりと笑った時、鼻にかすった時の傷がにじみ赤い血が鼻筋に沿ってすべった。


それをアリイシャは痛々しそうに見つめ、その鼻にそっと手を添える。

そうしてアリイシャを胸に留めたまま待つこと2分。


最初の返事が返ってきた。それはなんと8階で閉じ込められている側のフェルナンデスからだ。

ジョージは目を見開き急いでメールを開く。


「その男今、NYPD前の広場、HRTの装甲車の前で、俺たちに連絡を取ろうと外にいるぞ。ただちに「全力でもってして貴方たちを保護するから安心して留まれ」とか言ってる。」


次に来たのは同じく8階のバリケードに張り付くメアリー刑事からだ。


「間違い、あの男。あたしを侮辱したポール・ヴォスって奴だ。殺す、アイツは私が殺す。捕まえたら真っ先に私に連絡してちょうだい、ジョージ。」


8階のバリケードは今相当な激戦地区になっているというのに、しっかりと返したメアリー刑事の、女としての執拗さに少し引いたジョージであった。


アリイシャが様子をうかがっているのを余所に、ジョージはやがて顎に手を添える。

今自分が広場に襲ってポールという、その男を確保できないかと思っていた。

しかし装甲車の側にいる男、-一度襲ったとしても頑丈な車の中に入れられたら、さすがのジョージもギルデッドではジ・エンドだ。


しかし、ふと、フェルナンデスの顔を思い浮かべた時、ジョージの頭の中に電流が走った。


「そうだ、装甲車を逆手にとってやればいいんだ。」


ジョージは今度はアイフォンを取り上げ、電話をかけた。かけた先はウェッブだっだ。


「なんだあ!?このクソ忙しい時にメールとか電話とか寄越しやがってよ!電制室の方は無事だったのは安心だったけどなあ!」


弾幕の音に負けじと大声で応えるウェッブ、それに対比してジョージは落ち着いた声でこう切り出した。


「安心しろウェッブ。これでもう最後だ。この俺の言う通りにやりゃ、あと5分でこの勝負は俺らの勝ちにしといてやる。」


「はあ!?今何を言って―。」


「とにかくやってくれ、これはお前にしか出来ねえ事なんだ。」


「ジョージ・・・・。」


いつも軽々しい口調で話すジョージの、年相応の落ち着いた声にウェッブは一瞬はっとなる。


「さあ、始めようか。最後のショータイムをよぉ。」


アリイシャを抱えたまま、ジョージは口角をあげて嗤う。

水色の目が光を放った事に、アリイシャは、


「ああ、やっぱりこの人は-。」


小さな胸がどくんと波打つのを感じた。



〈続〉


















































































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