1話 奇跡の少女
腰まで伸ばした闇のように黒い髪とは対照的に、雪のように白い瞳を持つ、平民の少女。
少女は雪の結晶を模した髪飾りに手を当て、目を見張るほどの大きさのある学園を前に、深呼吸を繰り返す。
少女の名はミルフィユ・アレスティファ。平民でありながらその規格外の強さで、特待生として貴族のみが通う王立魔法学園に入学することを許された、奇跡の少女であった。
この王国――ライヴィジル王国では、身分に関係なく、すべての人間が魔法を扱えることができた。
しかし、魔法を発動するための魔力は貴族の方が平民よりもずっと強く、貴族のみが通える、魔法に特化した王立魔法学園ができるほどだ。
そのため、長い歴史を持つ王立魔法学園は、平民が誇り高い本校に通うなんてありえないという考えであった。
しかし、とある理由で教会を訪れたミルフィユを一目見た神父が、彼女は将来、この国の救世主となるだろうと告げた。
ミルフィユが正しく魔法を使えるように。そして、その力を将来、この国のために生かすため。ライヴィジル王国の国王は、ミルフィユが魔法学園に入学することを認めたのだ。
自分なんかが由緒正しい学園に通ってもよいのかという考えがミルフィユの頭によぎるが、彼女が魔法学園に通うのは王命。
王命に逆らえば、ミルフィユの首が胴体から離れるということになるだろう。
(それだけは、絶対に嫌……)
魔法学園は寮制であり、入学式を明日に控えている。
魔法学園初の平民の生徒。ミルフィユには否が応でもその事実が付きまとい、彼女が注目されるのは不可避であろう。
でも、目立つなんてミルフィユはごめんであった。もうあんな、好奇な目にさらされたくはない。
とにかく、明日は落ち着いて、学園になじむことを優先しよう。
「……どうしたんだ? 先ほどからずっと学園の門の前で」
「ヒャッ……!?」
(し、心臓が止まるかと思った……)
ミルフィユは考え事に夢中だったせいで背後から近づく人物の気配に気が付かなかったらしい。
急いでミルフィユは背後を振り返り、自分に声を掛けた人物――青を基調とした学園の制服を身に着けた男性に謝罪をする。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、僕の方こそ急に話しかけてごめんな。……えっと、大丈夫?」
目の前に立つ男性の問いにミルフィユはこくりと頷き、逸る心臓を押さえつけながら、目の前で心配そうに自分をうかがう男性のことを観察する。
青みがかった黒髪を持ち、眼鏡の奥の蒼眼は、困惑しながらもとても穏やにミルフィユのことを見つめ、目鼻立ちの整った顔は、あ、この人はモテるなと、そう思わせる魅力がある。
「見た所、君はこの学園に来たばかりのようだからな。焦るのも無理はない…………って、まさか君、例の特待生の子か!?」
やはりというか、なんというか、平民のミルフィユが学園に入学することになっているのは、生徒たちにも知られているらしい。
「僕の名前はリシュラ・ディスユイルだ。君の名前は……」
「えっと、私はミルフィユ・アレスティファです」
「おぉ、やっぱり君は特待生の子だったか! 色々大変だと思うけど、明日から頑張ってね!!」
「あ、はい……ありがとうございます……」
ミルフィユは学園の生徒はみんな、自分の入学を快く思っていないだろうと考えていたせいか、男子生徒――リシュラの素直な応援の言葉に、少し拍子抜けする。
「本当ならば寮まで案内してあげたいところだが、僕はこの後、少し用事があってな。……一人で寮まで行けるか?」
「大丈夫です。一度だけここに訪れたことがありますから」
「そうか! じゃあ僕はこれで。また明日!!」
満面の笑みを浮かべるリシュラに、ミルフィユは感謝の意を示すため、ぺこりと控えめに頭を下げる。
学園の校舎へと向かうリシュラを見送りながら、ミルフィユはあの落ち着き具合からして、彼は上級生だろうかと思考するが、すぐに自分一人で考えたって答えなどでないと判断し、本来の目的である寮へと向かう。
明日からの学園生活への不安を、案外、他の生徒たちもリシュラのように自分を歓迎してくれるかもしれないという、一縷の望みで誤魔化しながら……。
「広……」
寮にある自分の部屋のドアを開けた瞬間に広がってくる、豪華な内装と広すぎる空間に、ミルフィユは無意識のうちに口からそうこぼす。
ミルフィユが今日から三年間住まう、自分だけの部屋。なのだけど、あまりの広さに、ミルフィユは居心地の悪さしか感じられなかった。
こんな部屋で本当に心も体も休めれるのかという疑問に押しつぶされそうになりながらも、ミルフィユはとりあえず手荷物を整理しようと、動き出したのであった。
「……ねぇ、あの子じゃないかしら? 特待生の子って」
「あら、本当。やぁねぇ、誇り高き魔法学園に平民なんて。この学園が汚れてしまうわ」
自分の方をチラチラと見ながら、それなりの声の大きさで話す令嬢たち。
ミルフィユは肩身の狭い思いをしながら、やはりこうなるのか、と、ひそかにため息をつく。
昨日会ったリシュラも、平民である自分が魔法が君に入学するのを、内心では快く思っていなかったのだろうか。
そんな後ろ向きな考えを振り払いながら、ミルフィユは指定された席に座り、入学式が早く始まるのを、今か今かと待つ。
耳を澄まさなくても、否が応でも聞こえてくる、自身の悪口。
気にしたってしょうがない。自分が悪口を言われるのは当たり前なのだから。
それでも、ミルフィユの胸は確かにズキズキと痛みを訴え、彼女はキュッと、自身の胸元を軽くつかむ。
入学式が始まるまで、あと五分。たったそれだけなのに、ミルフィユには果てしない時間のように感じた。




