ep62 決戦騎士として
(これは一体……何がどうなっている?)
俺ことサドラは目の前の光景に困惑していた。
相馬に殴り飛ばされ、気絶。目が覚めて戻ってきた俺の視界に広がっていたのは強化種となったエンジェル・ロードと、そんな化け物から全てを――俺の仲間である決戦騎士や決闘王をも守ろうとする相馬創の姿だった。
「無理だ! 今は体制を立て直せ!」
バドラクルスの言葉に、相馬は首を横に振る。
「悪いが、それは無理だ。俺は誰も犠牲を出したくない。もし仮に最初の犠牲者が生まれるとすれば、それは俺でありたい」
「なんでっ!」
その問いに、相馬は困ったように答えた。
「そういう人間だから、かな」
俺は――今と同じ言葉を聞いたことがあった。
それは『決戦騎士団』団長にして第一席、人類最強と謳われた彼と交わした最後の言葉だ。
魔王の侵攻が始まり、我らが祖国シーフォース王国にその矛先が向いた時、彼は一人で戦いに向かおうとした。
そして彼が出発する前夜――俺は話をした。
王都にある時計塔の最上階。
美しきシーフォースの街が一望できるそこで、俺たちは話をした。
『こんな所に居たんですか』
『あぁ、ここが一番美しい景色だ。最後に見るならここがいいと思ってね。……それで、何か用かい?』
『……六席のホーンが逃亡しました。敵前逃亡など言語道断。以前より軽薄な男だとは思っておりましたが、よもやこれほどとは。反吐が出ます』
俺の言葉に、団長は笑う。
『ははっ、キミは真面目だねぇ。あまり悪く言ってやるなよ。逃げ出したくなる気持ちは分からないでもない。それほどまでに、魔王は強力な敵だからね。間違いなく神話時代に近しい力を持っているだろう。ただの人が逃げたくなるのも当然さ』
『しかし!』
『大丈夫。俺が倒してくるからさ』
静かに、はるか遠くを見つめる団長。
その瞳に俺や仲間は映っておらず、ただ魔王との決戦だけを見据えている。
俺は唇を噛み締め、告げた。
『やはり俺も同行します。いえ、俺だけじゃなくクァンやフィカティリア、ヤトラもきっとついて来てくれるはずです! あの者たちの心は決して逃げない!』
だが団長は俺を見ない。
静かに口元に笑みを浮かべて、謝罪する。
『気持ちはありがたいけど、ごめんね。キミたちを死なせるわけにはいかないんだ。俺だけならまだしも、キミたちまで居なくなると、シーフォースの戦力が落ちる。それに力ばかりの俺と違ってキミたちはまっすぐで頭もいい。今後の王国に、キミたちの力は不可欠なんだよ』
『……やはり、死ぬつもりなのですね』
『失礼だな。ちゃんと勝つつもりさ。ただ、死ぬ可能性があると言うだけで』
『なぜそこまで! あなたは“人類最強”――希望の光です! あなたが居れば国民は、人類は希望を抱き続けられる! 死ぬのなら、まずは我々が――ッ!』
叫ぶ俺に、団長は振り返って苦笑を浮かべた。
『やだよ、そんなの。俺はキミたちを守りたいんだ。守られたいわけじゃない。もし、我が王国から最初の犠牲者が生まれるのなら、それは誰でもなく、俺でありたいんだ』
『おかしいですよ、そんなの……!』
『確かにね。道理に合っていないし、ほとんど俺のわがままだ。だけどさ、仕方ないよ。俺はそういう人間として生まれてきてしまったんだから』
そうして、団長は単身で魔王に挑み――敗北した。
のちに世界を征服した魔王が最も苦戦した相手として名を出し、その雄姿をたたえてシーフォース王国の存続を許すほどに。
だから俺は国を守る為に他国を不幸に叩き落す。
彼が守った国と国民を守らなきゃいけないから。
どれほど蔑まれようと、どれほど憎まれようと、どれほど人の理からはずれた行為に手を染めようと、それで守れるのなら構わない。罪のない子供の心をへし折り、殺害を企てる事だって、やって見せる。
それが、正しいことだと思ったから。
(……はっ、正しいわけないだろッ!)
奥歯を噛み締める。こぶしを握り締める。
これが、あの団長に憧れた騎士の姿なのか?
俺が求めた、高潔でありたいと願い続けた騎士の姿か?
団長の下で過ごした果てが、子供を不条理に甚振り、無辜の民を虐殺することなのか?
(ふざけるなっ!)
俺が、俺がしたかったのはこんなことじゃないだろ。
魔王の言いなりになり、他国を侵略するんじゃない。
俺が、サドラ・ウォーカーが本当にしたかったのは――。
あの日、断られても付いて行って、団長と共に戦いたかった。
魔王に、抗いたかった。
あなたが守られるのを嫌ったように、俺も嫌だった。
俺も、誰かを守る為に騎士に……『決戦騎士』なったんだッ!
「――だからッ!」
俺は盾を手にして跳躍。
ほんの一息で相馬たちの下に着地する。
「お前、サドラ……なんで」
目を見開く相馬創。
何故か強化種の様に身体が真っ黒な彼に、俺は告げた。
「立て、騎士よ! 我らが本懐の怪物討伐だ! 我々の敗北が決まった今、これ以上無辜の民を傷つけることは許されない! 恥の上塗りはやめ、相馬創と協力し、これを打倒する! ――『決戦騎士』の名をこの地に示せ!」
§
サドラの言葉を受け、真っ先に動いたのはヤトラだった。
彼女は額から血を流しながらも、俺に触れて魔法を唱える。
「『ハイエスト・ヒーリング』……っ、こ、これが限界だよぉ……」
「……なんで、お前ら……っ」
「相も変わらず愚かな少年だな。今すべきは問答ではなく、目の前の怪物の討伐だ。……違うか?」
「言い方は腹立つけど……その通りだよ!」
俺の言葉に軽く笑みを浮かべたサドラは、周囲を軽く一瞥。
「今動けるのはクァンとフィカティリアのみか」
これに対して「悪いなおっさん」と謝るバドラクルスと、ゼーゼー息を吐くヤトラ。クァンとフィカティリアの両名は、俺とバドラクルスによって気絶こそしていたが、だからこそ体力には余裕がありそうだ。
「さて……それでどうする相馬。お前に合わせて動いてやろうか?」
「こんな時まで試そうとするな。異世界の騎士様がいるのに俺が口を挟むわけないだろ。……だが、戦力として数えてくれていいぜ。この状態じゃあ負けなしだから」
「強化種、か……。人の強化種なぞ悪夢に近しいが……相馬なら大丈夫か」
含みのある言葉に違和感を持つが、今は気にしている暇はない。
「ついて来れるのか?」と煽ってくるサドラに「当然だ」と即答。
するとサドラは口元を緩めて笑い――。
「上等だ。ならば――行くぞッ!」
その声に合わせて俺たちは踏み込む。最前線をサドラが進み、その後ろを俺とフィカティリア。最後尾ではクァンが雷属性上級魔法『ライトニングスラッシュ』を発動する。魔法無効化能力を持っているとはいえ、目くらましとしては充分だ。
(にしても、まだあれだけ魔法を使えるって……ヤバすぎだろあのエルフ)
そんな俺たちを漆黒の天使は悠然と迎え撃つ。四つすべての手に光の剣を生成すると、容赦なく振り下ろしてきた。しかし、体格が大きいため、予備動作で行動を読むのは容易だ。
こいつには知能のようなものを感じるが、技術的にはテスタロッサやバドラクルス、サドラたちには遠く及ばず、それどころか俺よりも下だ。
剣はすべて空を切り、俺たちは天使の懐に潜り込む。
そして、俺は全身に魔力を流し込んで――魔速型の最高速度でナイトメア・エンジェルロードを殴りつけた。衝撃は大気を揺らし、天使の身体が僅かに傾く。鎧には相変わらず傷一つ付いていないが、その巨体を殴り飛ばすことには成功。
だが、天使もただ受けるだけではなく、右手の二本でカウンター攻撃を行う。
迫りくる二本の光剣。一本目をサドラが盾で受け流し、もう一本が俺の身体に触れる直前、霧になっていたフィカティリアが俺の身体を掴んで回収してくれた。
そのまま距離を取り……しかし、俺たちの攻撃は終わらない。
「クァン!」
俺の呼びかけに、クァンが手にしていた魔石が砕け散る。
それと同時、天使の身体中に魔法陣が出現した。
俺の身体を何度も刻んでくれた『人体切断魔法』だ。
(普通の魔法は効果なし。だが、魔石を使ったあの特殊な技はどうだ!)
刹那、魔法陣が発動し――鎧に切れ目が入る。
が、切断には至らない。
あれだけ俺を苦しめた切断魔法が、天使には通じない。
「ッ、クァン! 全然切れてないけど、ちゃんと本気出してるのか!? 仲間になった瞬間弱体化するとか、ゲームの中だけにして欲しいんだけど!?」
「なに言ってるのか意味わかんないっすけど、本気っすよ! 大体、あれは切ってるんじゃなくてちょっと転移させてるだけ……相手の質量が大きかったらそれだけ動かしにくいんっすよ!」
意外なところで人体切断魔法のからくりを知る。
要は物質を中程から少し転移させることで、結果として切断という事象を引き起こしていたということだろう。
そんな俺たちの横で、サドラが呟く。
「固有魔法は通る。相馬の火力も、見た目には分かりにくいがダメージにはなっている。……が、足りない」
「固有魔法ってのは、魔石を使った魔法のことか?」
「そうだ。魔石を介した魔法は通常のものとは少し異なり、魔法無効を突破できる。我々の中では、クァン、フィカティリア、バドラクルスが使えるが……どれも有効打にはなりえない」
クァンは切断魔法。フィカティリアは……霧化のあれか?
バドラクルスは確か『喝采』とかいう身体能力を上げる魔法のはずだ。
「魔法無効の相手を倒す場合、身体能力を上げて物理で叩き潰すか、固有魔法の二択しかない」
その言葉に、俺は違和感を抱く。
何しろ俺はかつて……亜獣の国として攻めてきたナイトメア・ゴブリンロードを、魔法で討伐している。ゴブリンロードは魔法に対する耐性を持っていた。
そのことをサドラに伝えると、彼は「本当か?」と目を見開き――刹那、作戦会議の時間は与えないと天使が突っ込んでくる。
「させるかッ!」
俺は魔速型で迎撃、速度を生かした近接戦へと移行する。
剣の間合いよりも一歩内側へ。
これがテスタロッサだったら、間合いの中の相手に対する戦い方も心得ていただろうが、相手はド素人。天使は剣の扱いに苦戦し……即座に剣を放棄。
『GA,GAGAGAGAGAAAAAAA――ッ!!』
まるで笑う様に、俺と殴り合いを始めた。
それだけでも意外だったというのに、さらに予想を超えたのは……ナイトメア・エンジェルロードが回避行動をとるようになったこと。
殺し合いではなく、試合に近い。
何を考えているのか分からない。何も考えていないのかもしれない。
でも、ならば――負ける道理はない。
迫りくる拳を紙一重で回避し、フェイントをかけながら攻撃を加える。これまで戦ってきたテスタロッサ、サドラ、バドラクルスという高い技術を持つ彼らにやられ続けてきたことを、今度は俺がお返しする。
単純にフェイントに引っ掛かる天使に、俺は身体を捻って蹴りを放つ。直撃。拳を回避し、顔面にパンチ。直撃。四本の腕を巧みに扱い質量で攻めてくるが、魔速型を捕らえることはできない。腕の一本を軽く蹴って地面に降り立つと、そのまま大地を強く蹴ってアッパーカット。直撃。
天使の身体がぐらりと傾き、後方へと一二歩下がった。
彼我の距離が僅かに開き、睨みあう。
すると、ナイトメア・エンジェルロードは一度大きく脱力して――吠えた。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッ!!』
モンスターの絶叫に、しかし耳を塞ぐようなことはしない。
しないが……一瞬だけ、思考に穴が開いた。
既視感のあるそれは、闇属性魔法『ドミネーション』だ。
なぜ今? と思うのと同時に、俺は先ほどの戦闘を思い出す。
光剣を捨てて、近接戦に移行したこと。
近接戦を楽しんでいたこと。
周囲の人々を追い払うのに魔法を使って以降、一度も魔法を使用していない事。
……何故かそれが、バドラクルスとの戦闘とダブって思えて……だから、次に見せたエンジェルロードの動きに、反応が遅れた。
エンジェルロードは四本の腕を軽く持ち上げると、頭上で『拍手』――瞬間、パキンッと何かが砕けた音がして……。
エンジェルロードの身体が一回り大きくなった。
「今のは、まさか……っ!」
「……おいおい、ふざけんなよ。俺の固有魔法だぞ」
愚痴ったのはバドラクルス。
エンジェルロードが見せたのは彼の固有魔法『喝采』だった。




