ep63 神に至りし者ども
体長五メートルを超える天使を相手に、再度殴り合いが始まる。
最初に動いたのは天使だった。
奴は自らの力を試すように俺へと全力で突っ込み、殴りつけてくる。何とか紙一重で回避するが――ぽきっと、風圧だけで腕がへし折れた。
(っ、マズい!)
俺は集中力を高め、先ほどと打って変わり魔法を織り交ぜながら攻撃を加える。火属性魔法の爆発を目くらましに使い『アイスエイジ』や『アブソリュート・ゼロ』を防御に織り交ぜる。
行動を先読みするために『フレイム・サーチ』をそこら中に張り巡らせながら、戦闘を繰り広げる。――が、それでも敵わない。サドラやクァン、フィカティリアがサポートに回るが、討伐しきれない。
『喝采』による身体強化は、俺の打撃を無意味にさせるほど彼我の実力差を明確なものにさせていた。
「ぐっ」
ふと、エンジェルロードの拳が霧化を解除したフィカティリアを襲う。狙っての動きではなく、適当に振り回した拳が偶然襲い掛かったのだ。直撃は回避したフィカティリアだが、その軽い身体は簡単に弾き飛ばされ――俺は何とか受け止めることに成功するが、そのままもみくちゃになって後方へと転がった。
「おい、大丈夫か!? フィカティリア!」
「……っ」
額から血を流しながらも立ち上がろうとするが、脳を揺らされたのか足元がおぼつかない。
このままじゃマズい。サドラとフィカティリア、そしてクァンのサポートがあったから、何とか戦線を維持できていたというのに、一人でも欠けたら一気に瓦解する。
(どうするッ、どうするどうするどうする――!)
「――選手交代だ」
そう告げて現れたのは、日本最強のAランク探索者――雲龍礼司だった。
「礼司、さん……」
「もっとも、俺たちじゃあ力不足にもほどがあるだろうし、結局最大の切り札が相馬くんであることに変わりはないんだけど。まぁ、そこは我慢してくれ」
彼の後ろからは時雨さんと、先ほどまでは見えなかった米山さんの姿があった。
二人とも血で汚れているが、回復魔法を施したのか傷自体は見当たらない。
日本のAランク探索者が三人。
それも、Aの中でも最強格に近い三人だ。
もちろん、彼ら三人が来たところで戦況は変わらない。フィカティリアの固有魔法と戦闘経験を考慮すれば、三対一でもフィカティリアに軍配が上がるかもしれない。そしてきっと、そんなことは彼らも分かっている。
分かっているけど……この場に立ってくれた。
Aランク探索者として。
「……ありがとうございます」
新たに礼司さん、時雨さん、米山さんを加え、俺たちはナイトメア・エンジェルロードへと駆け出す。直後、時雨さんが身体強化魔法を全員に施した。加えて風属性魔法で速度を高め、ロードに迫る。
礼司さんと米山さんの拳が唸りを挙げて叩き付けられる――が、当然無傷。
「かったっ!?」
「これは……流石に硬すぎるなッ!」
二人の横を駆け抜けて、俺も攻撃に参加。先ほどまでのフィカティリアの役割は時雨さんが勤め、サドラと米山さんが防御、回避しきれないところを時雨さんが回収し、俺と礼司さんが火力を出す。
が、礼司さんは当然のことながら俺の攻撃も通らない。
――と、その時だった。
応援の声が聞こえてきたのは。
『頑張れー!』『負けるな!!』『行ける行ける行ける!』『絶対勝てる!』『頑張ってくれぇえええええ!!』『相馬ァ!! 倒してくれぇえええええ!!』『みんな頑張れぇええええええ!!』
声の主は戦闘に参加できない探索者たち。
見れば、礼司さんのパーティーメンバーである吉瀬さんたちがフィカティリアの回復をしながら、声を張り上げていた。その近くでは、フラウを逃がして戻ってきたのか七規と幸坂さんの姿も……。
(……)
俺は唇を噛み締め――直後「はっ」と笑い声が聞こえた気がした。
それは、少し離れたところで状況を見ていたバドラクルスのもの。
彼は『応援は力になるだろう?』とでも言いたげに笑みを浮かべると、右手を掲げる。そこにはアクセサリーのようなものが握りしめられており……次の瞬間、アクセサリーに装飾された魔石が砕けて砂になる。
「人の十八番を取るんじゃねぇよ……ッ! 固有魔法――『喝采』」
そして……彼は吠えた。
「相馬ァ! 『拍手』ッ!!」
「……っ!」
言われるがままに拍手すると同時に、探索者たちも手を叩く。
あの時の――バドラクルスが初めて『喝采』を見せた時と同じ。
刹那、全身に魔力が流れ込んでくる。
軽く手をぐーぱーと握るだけで、全てが異なっていることに気付く。
エンジェルロードも明らかに警戒して距離を取り、こちらの様子を伺ってくる。
「……相馬くん?」
礼司さんの呼びかけに、俺は短く答えた。
「今、本気なら勝てます」
「……え?」
「サドラ、この意味が分かるな?」
「あぁ……。おい、雲龍礼司とそこの女。手を貸せ。我儘なSランク探索者は、結局一人じゃないと戦えないんだとよ」
短く作戦を伝え合う彼らを背に、俺は一歩前へと踏み出す。
次の瞬間、背後で魔法が詠唱される。
サドラ、クァン、礼司さん、時雨さんによる合わせ技。
風属性極大魔法『ウィンド・ストーム』。
大竜巻をも超える暴風が俺とナイトメア・エンジェルロードを包み込む。これが攻撃目的なら、天使には通じない。だが、ただ強い風を起こして周囲の大気を持ち上げているだけなら――無効化することもできない。
天使の身体は風に煽られて遥か上空へ。
それに続くように俺も天高く舞い上がる。
そして――先ほどフラウに飛ばされた超高高度を越え、雲のさらに上まで達すると、俺は静かに息を吐いて、呟いた。
「ここなら、誰も邪魔しない……っ! お前、言葉が通じてるのかは分からないけど、戦いたいんだよなァ!? 本気で! だったら見せてやるよッ!!」
俺の指から黒い炎が上がる。
威力を抑える必要もない、全身全霊の――火属性極大魔法。
「『インフェルノ』ッ!!」
俺を中心に大爆発が引き起こされるのだった。
§
氷の足場を生成して空中に留まりながら、黒煙が晴れるのを待つ。
隙を付いた奇襲――なんてものではない。
今の俺が放つ『インフェルノ』は、思考力も判断力も反応速度も無意味な一撃だ。
体感では、三船ダンジョンで『亜獣の国』に対して放ったものより高火力なのは間違いない。間違いないのだが……相手もまた、ナイトメア・ゴブリンロードたちとは比較にならない強さを有していた。
黒煙の晴れた先にあったのは、一部鎧を溶解させながらも健在のナイトメア・エンジェルロードだった。
黒い天使は羽をはばたかせて、浮遊している。
俺は直感していた。
目の前のモンスターは、今まで出会った何者よりも強いと。そう、それはあのテスタロッサやルナリアをも凌ぎ、バドラクルスも決戦騎士も、亜獣の国も誰も到達しえない領域にあると。
そして自分もまた、同様であると。
兜の奥に瞳があるのかは分からないが、一瞬視線が交差した気がして――刹那、同時に距離を詰めた。俺は氷の足場を砕くほどの跳躍、天使は大気を揺るがす羽ばたき。彼我の距離は瞬きより早くゼロになり、戦闘が再開する。
天使は四本の腕を巧みに利用し、流れるようなラッシュを繰り出す。最初に比べて洗練されたそれは、天使が戦闘の中で技術を身に着け始めている証左だ。対する俺は回避に専念する――が。
「おっ!?」
一翼が横合いから迫り、吹き飛ばされる。
両手両足に集中していたからこその、死角からの一撃。
衝撃は凄まじく、俺は空を数百メートルは吹き飛ばされ――咄嗟に『アイスエイジ』で足場を生成すると、着地して跳躍。一転攻勢を仕掛ける。
天使は余裕の様子で構えるが、その直前でさらに氷の足場を生成し、跳躍。また足場を生成し、跳躍。生成、跳躍。生成、跳躍を繰り返す。狭い密室でゴムボールを弾いたように、三次元的な動きで攪乱すると、俺は背後から『No.1アルファ』で殴りつけた。
それは先ほどの『インフェルノ』で僅かに溶けていた箇所。殴りつけると、目に見えて大きな亀裂が入る。
『……ッ!』
羽を振り乱して距離を取ろうとする天使だが、許すはずがない。
俺は追撃とばかりに懐に潜り込むと――再度『インフェルノ』を放つ。
渋谷の空を大爆発が包み込む。
が、天使は健在だった。それに先ほどと比べて明らかに外傷が少ない。
魔法無効能力自体は突破したが、それ以前に何か見えない壁で威力を減衰された。
氷の足場に着地して思考を巡らせると、かすかな風が頬を撫でる。
空は風が強いが、それとは別種の規則的な風。
(風魔法で壁を作ったか)
なら――。
俺は笑みを浮かべながら再度足場を蹴る。
夜の空気を全身に浴び、月光の下で戦闘に身を投じる。
極大魔法を放ち、極大魔法を放たれ、他者の介在を一切許さない魔法の応酬を繰り広げる。
「……ははっ」
気が付くと、声が漏れていた。
それほどまでに、俺は高揚していた。
ずっと、ずっとストレスだったんだ。
俺は元来、モンスターと戦うのが好きだ。
疲れるし、人に命令されてばっかりだったけど、それでも戦うのが好きじゃなければ探索者を続けていなかった。
――全力を出して、未知のモンスターと戦う。
その行動に、俺は熱中していたんだ。
なのに、ここ最近は誰かを守るためだとか、同じ見た目の異世界人との戦闘だとか……そんな全力を出せない戦いばかりが続いていた。
だからこそ――俺は今、心底楽しかった。
「はははははっ!!」
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッ!!』
呼応するかの如く天使も高らかに吠える。
高揚し、笑い声のような咆哮を夜空に響かせる。
そして俺たちは、再度ぶつかる。
殴り殴られ、吹き飛ばし吹き飛ばされ、爆発を引き起こし引き起こされ――誰の邪魔もない、広大な空の上で魔法と近接戦を織り交ぜながら、戦い合う。
『GAAAAAAAAAAッ!!』
ナイトメア・エンジェルロードが風属性魔法で推進力を挙げながら接近。俺はカウンターの構えを取り……直後、天使の指先から黒炎が上がる。
「まじかっ」
俺は即座に『アイスエイジ』で身を守ろうとして……やめる。
違うだろ。ここで守りは絶対に違う。
だから――俺は笑みを浮かべながら告げた。
「『インフェルノ』ッ!!」
火属性極大魔法がぶつかり合う。
すべてを破壊し焼き尽くす大爆発が夜空を覆い、ほんの数秒だが世界から夜が消し飛ぶ。
爆発音で鼓膜が吹き飛び、音が聞こえない。
だが、俺の身体は無事だ。
一部火傷しているが、それでも爆発の大半は押し返せただろう。
空を覆う黒煙の中、氷の足場に俺は着地。
ナイトメア・エンジェルロードがどうなったかを確認――することなく、奴がいるであろう場所へと飛び込んだ。
黒煙を突き抜けて飛び込んだ先には――ぼろぼろのナイトメア・エンジェルロードの姿があった。全身黒焦げで、これまで見せた中でも一番の重傷。『インフェルノ』の押し付け合いは俺に軍配が上がったらしい。
だが意識はしっかりしているようで、俺を見つけると即座に風の壁を生成し、その内側で魔法を唱える。
眼前で浮かび上がる魔法の光は、先ほど礼司さんが俺を癒してくれたものと同種のもの。それ即ち――光属性極大魔法『楽園』。
俺の『インフェルノ』どころか、バドラクルスの固有魔法すら模倣してしまう神のような天使は、当然のごとく自らを完全回復させる魔法を使おうとする。
風の壁は厚く『インフェルノ』では仕留めきれない。
かといって、無謀にも突っ込んだところで風の刃により身体が千切れる。
なら、回復するのを待って、もう一度当たり合いを行い、今度こそ一撃で仕留めればいいとも思うが、目の前の天使は成長している。今は技術と魔法の威力で俺が押しているが、長引けばどうなるか。
こんなチャンスは二度と来ないかもしれない。
それに、奴に力を渡した『アンキ』が介入してこないとも限らない。
だから今……今だ。今しかない。今、ここで、この場で、この瞬間に、風の壁を突破して、回復魔法が発動される前に、こいつを――消し飛ばすッ!!
面の攻撃である『インフェルノ』で突破できないなら――残る選択肢は一つ。
俺は、左腕を前に突き出した。
――『No.1アルファ』
それはドイツの魔石加工職人クリストフ・シュヴァルツコップの孫娘クラウディア・シュヴァルツコップが作り出した、世界に一つしかない戦闘用魔石式義腕。自在に扱えて、魔力を蓄積することもでき、硬く、強く、この激しい戦闘の中でも問題なく稼働し続ける最強の魔道具。
だがその神髄は、彼女の祖父が作った『No.3サファイア』の魔石式機構と呼応することで発揮される。胸に焼き付いたサファイアの魔石が輝き、かつて俺が最も愛用し、信頼した武器の一撃が左腕に流れ『No.1アルファ』の魔石式機構が増幅させる。
だからこそ、この一撃に名前を付けるとすれば、それは『サファイア』でも『アルファ』でもない。俺は風の壁越しにナイトメア・エンジェルロードへと照準を定めて――呟いた。
「――『シュヴァルツコップ』」
掌の発射口から射出された青い光の一撃は、風の壁を容易く突破。
天使は魔法を中断して回避しようとするが、もう遅い。
青い一撃は天使を飲み込み、夏の夜空へと一直線に伸びていく。
大気を震わせ、衝撃波が吹き荒れる。
それは僅か五秒ほどの攻撃。
夏の夜空を割る青い流星が駆け抜け、アルファから光が収まる。
特殊なカートリッジが排夾され、アルファの動きが止まった。
内部に蓄積していた魔力が完全に切れたのだろう。
しかし、俺は自ら魔力を流して動かすことはしない。
もう、その必要はないからだ。
「……楽しかったよ。ありがとう」
俺の言葉は星空に溶けて消え、誰にも届くことはない。
ナイトメア・エンジェルロードとの戦いは終わりを迎え、俺は短く息を吐くのだった。




