ep55 元日本最強探索者
「相馬……くんか?」
「礼司さん。なんで……って、ここ。よく見たらテレビで見たことある場所だ」
きょろきょろと周囲を見渡しながら答える相馬くん。
一瞬、幸坂と名乗った探索者の女性と、人込みの中の誰かに視線を取られていたが、直ぐに意識を切り替えた様子で右手に氷の剣を生成して決戦騎士たちに集中する。
服は戦闘で消し飛んだのか、裸だというのにまるで気にした様子はない。
否、彼の怪我の状態を思えばそんなことは些事にも等しいが、だがここは多くの人の目があるのに――彼には一切気にした素振りがなかった。
まるで……今後のことはもうどうでもいいと言いたげな程に。
相馬くんは決戦騎士たちを見つめ、彼らがバドラクルスと何やら話し合っているのを確認すると、左の大きな義手で腹に突き刺さっていた剣を引き抜いた。
ドボドボと赤黒い血が流れ、込み上げてきた血液を吐き出しながら、腹に空いた穴を氷で止血する。
その異様な姿に、誰も声を出せない。
俺も、幸坂と名乗った探索者も、周囲の人々も。
――ただ一人を除いて。
「せんぱいっ!」
悲痛に満ちた声が響き、人混みの中から一人の少女が現れる。
痛々しい相馬くんの姿を見て、ボロボロと大粒の涙を流し、震える手を伸ばす彼女に――相馬くんは、笑顔で答えた。
「悪いな。格好悪い所見せて。その様子じゃ、助けに来てくれたのか?」
「そ、そんなことより、早く怪我を、か、回復しなきゃ――死んじゃうよ!」
「確かにそうなんだけど……たぶん、向こうが許してくれなさそうだ」
ジッと彼が見つめる先では、作戦会議を終えたのかこちらの出方を伺う決戦騎士と決闘王の姿があった。正面にバドラクルスと大盾の男、そしてケモノ耳の少女が並び、後方にエルフと桃色の髪の少女が並ぶ。
(……無理だろ。あんな……っ、こんな戦力差、勝てるわけがない!)
口元が震え、歯がガチガチと音を鳴らす。
バドラクルス一人でも倒せなかったのに、そこに相馬くんをここまで追い詰める騎士が加わって、勝てるはずがない。
俺は千切れた左腕を抱えながら、無意識の内に一歩下がろうとして――その瞬間、相馬くんが振り向いた。
「礼司さん、ここは協力しましょう。俺は決戦騎士を相手にするので、皆さんはあの狼を――」
「……っ、ぁ」
その頼みに、答えられる者は居なかった。
俺を助けようと飛び込んでくれた彼らも彼女らも、みんな分かっていた。
俺が――雲龍礼司が勝てないなら、相馬創を待つしかない。
彼が来るまで時間を稼ぐことができれば勝てる。
あとは……勝ってくれると。
言葉にせずとも、すでにそんな希望しか抱けない程に、俺たちはバドラクルスに蹂躙され続けていたのだ。
けど、相馬くんはそんなこと知らない。
知らずに、何も答えられない俺たちを見て「……え?」と困惑の声を零した。
しかしすぐに何かを決意したように息を吐くと……静かに正面へと向き直って、言葉を続けた。
「あー……大丈夫です。俺が全員助けますから。俺が、全人類を守りますから」
その言葉が嘘偽りなく本気であり、同時に俺たちに対する失望であることは明白だった。
「せ、せんぱ――」
「悪い七規。少し下がっていてくれ。あまり近いと守り切れない」
そう言って、少年は足を――氷の義足を動かす。
カチャカチャと音を鳴らし、左のアダマンタイト製の義手を軽く動かす。
この絶望的な状況で、ただ一人、戦おうとしている。
(――なんだ、これは)
高校生が大怪我をして、それどころか死にかけの状況で一人剣を握っている。
誰かを守る為に、誰に頼ることもなく、ただ一人折れることなく前を向いている。
なのに彼は悲しむことも絶望することもなく、背中に俺たちを隠すように悠然と立っている。俺が守ると、行動で示している。
かつて抱いた感情が蘇るのを、俺は感じた。
(……絶対に、間違ってるッ!!)
相馬くんが一人で戦うのは、これが初めてではない。
あの日も――彼が三船ダンジョンを攻略した時も、彼は一人で戦ったと聞いた。
異世界人からの最初の侵略攻撃を、たった一人で、四肢を失い、眼球を失い、記憶を失い、それでも撃退して見せた。
住んでる場所が田舎すぎて、まともに戦えるダンジョン探索者が彼しかいなかったからだ。
だから、俺は思ったはずだ。
そんなのは違う。間違っている。
高校二年生の少年一人に、任せていいことじゃないって――。
(そう、思ったんだろうがッ!)
俺は強く拳を握り、口を開く。
「相馬く――相馬ッ!」
「どうしましたか? あまり余裕のある状況ではな――」
「うるさいッ! 勝手に失望するな!」
俺の言葉に、相馬は驚いて目を見開く。
「正直に言って、俺ではあの人狼――バドラクルスの足止めも出来ない。ここからの戦いは、相馬に任せることになる。けど……っ、何もできないとは言ってない!」
「いったい何を……」
困惑する彼を無視して、俺は魔法を詠唱する。
相馬くんの足元に魔法陣が浮かび、薄緑色の光が彼を包む。
「これは……回復魔法?」
「許す訳ないだろッ!」
刹那、バドラクルスが獰猛な笑みを浮かべて突っ込んでくる。
誰もが後退りそうになる迫力の中、相馬くんに『七規』と呼ばれていた少女が動いた。
「『ドミネーション』」
「ぐっ」
それはほんの一瞬。一秒以下の足止め。
しかし僅かに動きが鈍った攻撃を、幸坂と名乗った探索者がガードした。
「舐めんなッ!」
二度も同じ手は通じないと言わんばかりにバドラクルスは大きく踏み込み、そのまま彼女を殴り飛ばす。幸坂さんは周囲の探索者を巻き込みながら転倒。
バドラクルスはすぐさま相馬へと切り返し――。
「さぁ、せるかぁあああああッ!」
先ほどまで気を失っていた雫が意識を取り戻し、バドラクルスの攻撃を防いだ。
「レイジッ! 早く!」
「早く手を貸せ決戦騎士!」
俺の意図を理解して、雫とバドラクルスがそれぞれ叫ぶ。
これを受け、決戦騎士たちも遅ればせながらに動き出すが――もう遅い。
魔法陣が完成したことで光がより一層強くなる。
魔法陣の中に幻想の草花が咲き乱れ、相馬くんを包み込む。
それは、日本中で俺しか使えない魔法。
全属性を極大魔法まで使える、雲龍礼司だけの魔法。
光属性極大魔法。
「――『楽園』」
次の瞬間、相馬くんの身体を眩い光が包み込む。
と同時――。
「くそっ、抜けられた!」
雫の声に視線を向けると、バドラクルスが鋭い爪で光の中にいる相馬くんへと斬撃を飛ばし――その腕を、光の中から伸びた右手が掴む。
光が弱まり、姿を見せたのは……全身の傷が回復し、失われていた右腕と両足が再生した、ダンジョンで別れる前の状態に回復した相馬創の姿であった。
相馬くんはそのままバドラクルスを蹴り飛ばすと、身体を確かめるように肩を回す。
これこそ世界最強の回復魔法にして、光属性極大魔法――『楽園』の効果。通常長い時間を要する欠損レベルの傷も一瞬で再生してしまう、神の奇跡にも近しい魔法だ。
問題があるとすれば、必要魔力が多すぎる点か。
(あぁ、くそ。何か消えたな)
大切な何か――おそらくは魔法の過剰使用による記憶喪失に内心歯噛みしつつ、しかし俺は表に出さないよう注意しながら、上着を脱いで腰に巻き、自分のズボンを相馬に渡す。
手や足の感覚を確かめていた彼は、ズボンを受け取りながら尋ねてくる。
「礼司さん、今のは……」
「俺の最後の切り札だ。悪いがもう魔力切れだし、乱発は出来ない。……任せていいか?」
「……はい。任せてください」
静かに頷いた相馬くんは、右手に氷の剣を生成し、同時に身体を守るように再度氷の鎧を張り巡らせる。
「……雫」
「分かってる」
答えると同時、彼女は身体強化の魔法を相馬くんに施す。
彼は軽く手を握って感覚を確かめると、小さく息を吐き――。
「それじゃあ、行ってきます」
と、戦闘を再開させた。




