ep56 vs決戦騎士団
俺こと相馬創は小さく息を吐く。
背後にはレイジや七規たち。
そして正面には決戦騎士団とバドラクルスと呼ばれた狼の姿がある。
(まさか、腕を回復してもらえるとは……)
再生した腕をぐっと握りながら、俺は一人で決戦騎士団と戦っていた時のことを思い出す。
彼らとの戦闘は、当初平行線を辿っていた。
互いに傷つけ合い、彼らだけが回復する。
本来なら一方的な殺戮になる戦場で、俺は戦い続けた。
相手の装備を破壊し、体力を削り続ける。
殺害は精神的ブレーキが働いて無理なので、ただただ捕らえる事だけを最優先し続けた。
結果、クァンの雷魔法が頭に直撃したり、サドラの剣が腹を貫いたりと何度も致命傷を負ったが……俺を殺し切るより早くヤトラの魔力が枯渇し始めた。
彼女よりクァンの方が魔法を使っていたが、どうやら特殊なのはエルフという種族のクァンだけだったらしい。ヤトラの魔力量だけで言えば、かつての俺や――ロシアのSランク探索者ルキーチ・カラシニコフと同程度なのかもしれない。
何はともあれ、次第に『ドミネーション』は無くなり、回復も節約するようになったことで、彼らは作戦を変更した。
クァンが見たこともない魔法陣を出現させると、全員これに乗ってどこかへと消えたのだ。
当然、逃がす選択肢はない。
三十六階層の富岡さんやレイジの元に合流されれば一溜りもないのだから。
俺は後を追って魔法陣に飛び込み――辿り着いたのが、このスクランブル交差点だった。
(いろいろ気になることはある)
特に、ダンジョン内からダンジョン外への転移魔法陣。
こんなものがあるなら、最初から使えばいいだけの話だ。
ダンジョンで探索者と戦う必要性などない。
何かしら制約があるのだろう。
だが、今はどうでもいい。
俺は右肩を回す。
光属性極大魔法『楽園』の効果で再生した右腕は、失われていたと思えない程軽快に動いた。
次に周囲を見やる。
そこには探索者でも何でもない一般人が大勢、俺たちを取り囲んでいる。
理由は分からない。
が、逃げないということは、逃げられない細工でもされているのか。
「――まぁいい」
やることは変わらない。
相手を全員生け捕りにして、全員を守り抜けば全て分かる話だ。
「そういえば、誰かの前で全力を出すのは初めてかもしれないなぁ」
なんて呟いて、俺は右手に氷の剣を生成する。
『No.1アルファ』を操作すると、カートリッジが排出された。
『No.1アルファ』には魔力を蓄積させたカートリッジを装填しておく機能がある。
これにより俺は、自前の魔力を使うことなく動かし続けられるのだ。
カートリッジはまだいくつか装填されている。
向こう数日、動かすことに支障がないほどに。
「さて、それじゃあそろそろ再開しようか」
これに答えたのはサドラ。
「この状況で戦うと? 周囲の人質が見えないのだろうか?」
「俺との戦闘で他人に構ってる暇なんかないくせに」
「……」
人質を殺そうとすれば隙が生まれる。
コンマ数秒以下の隙だ。
だが、これまでの戦闘でその隙が命取りになることは互いに把握している。
故に人質は気にしない。
「それに……お前の話は聞かないことにした。精神的に揺さぶりをかけてるだけかもしれないしな」
「そうか。なら――もっと分かりやすく揺さぶろう」
刹那、サドラが群衆目掛けて攻撃を行おうとして――それを制したのはバドラクルスだった。
「おいおい、そりゃねぇぜ騎士様よぉ。ここは俺の決闘場、あれは俺の観客だ。共闘はしてやるが、観客を殺すのは目の前の敵を殺した後だ。それとも……忘れたのか?」
「……必要なのか?」
「あぁ、切り札は最後に切るから効果があるんだぜ?」
何か抽象的な会話を行う二人。今のうちに仕掛けるかと思うが、その視線が時折こちらを見つめる。――『誘っている』と思わせることで、俺の動きを制限しているのだ。
(ほんと、こういう小細工が得意なことで)
「……そろそろいいか?」
俺の問いかけに答えたのはバドラクルスだった。
「あぁ、そうだな。そうさ相馬創。これ以上は観客も退屈するしな。……それじゃあ改めて、殺し合いを始めるとしようかッ!!」
直後、バドラクルスが踏み込み強襲を仕掛けてくる。
早い――が、ルナリアほどではない。
『フレイム・サーチ』に頼らずとも、目視で確認できるレベルだ。
俺は迫りくる拳を首をかしげることで回避し――バドラクルスを無視すると、魔速型の最高速でサドラに接近。
「速ッ!?」
目を見開くサドラだが、それも当然だ。
何しろ今の俺は両足が元通り存在し、『魔質増強剤』に加えて、Aランク探索者『時雨雫』の身体強化魔法を受けている。
ここまで見せたどの動きよりも、今の俺は――速い。
風を置き去りにした俺は、サドラ目掛けて蹴りを放つ。
盾で何とかガードするが、彼の足は衝撃を殺し切れずに大地を離れ、そのまま彼方のビルに突き刺さった。
「まず一人」
「……っ、この!」
クァンが人体切断魔法を発動するが、俺を捕らえることはできない。
速さが上がったから、というのもある。
しかし彼女ほどの実力者なら先の先を読んで切断することも可能だ。
人体切断魔法の厄介なところは、予備動作がほとんどなく、発動直前に出現する魔法陣でしか確認できないことにあった。つまり――いつ発動しようとしているのかをもっと先んじて把握できたなら、対処はかなり楽になる。
そして、先ほどまで指や腕輪に装飾された魔石を媒介にして人体切断魔法を放っていた彼女だが、既に手首周辺の装飾品はすべて砕けて砂になっていた。
その結果、ネックレスやイヤリングといった装飾品に手を伸ばして魔石を媒介にするしかない。
必然的に、その動作が魔法発動のタイミングを教えてくれているのだ。
(早い段階で魔石を媒介にしてるって気付けなきゃ、とうの昔にバラバラにされてただろうな……。まったく西木先輩には頭が上がらない)
人見知りな先輩を思い浮かべつつ、俺はクァンに突貫する――が、直前でフィカティリアが割り込んでくる。
「調子に、乗るな」
「そりゃ無理だ。今最高に調子いいからな」
振りかぶった氷の剣を振り下ろすと、フィカティリアはこれを気にすることなく自らの剣を俺の首へと突き出した。
俺が攻撃を止めると確信しての行動。
殺し合いの戦場において、絶対にありえない敵への信頼からの行動。
だが、それは正解だ。
俺はフィカティリアに当たる寸前で手を止める。
対して、迫りくる剣は喉元に氷を張ってガードすることで回避。そのまま切っ先を滑らせるようにして距離を詰めると、氷の剣を手放してフィカティリアの首を掴んだ。
期せずして、最初に彼女を捕まえた時と同じ構図だ。
「ふと思ったんだが、お前を抱きしめてたら人体切断魔法が飛んでこないんじゃないか?」
「このっ! 変態! ふざけ……るなっ!」
直後、フィカティリアは霧となって消え――これを確認すると同時に、俺はクァンへと最接近。クァンは完全に虚を突かれつつも、一切よどみない動きで弓を構えて矢を射る。
俺は迫りくる矢を『No.1アルファ』で叩き落すと、第二射が放たれる前に彼女の腹を右手で殴った。
前衛がいなければ、彼女を倒すことなど容易だ。
「カハッ――!」
クァンの身体がくの字に曲がり、息が吐き出されて悶絶。
サドラほど頑丈じゃないことを考慮して力を抜いたが、もう立ち上がることはできないだろう。
これで二人目。
俺は油断なく三人目――ヤトラへと視線を向け……あ? ヤトラは唇を噛み締めながらも動く様子がなかった。
魔力に余裕がないとはいえ、魔法を使う気配すらない。
何故? と思うが、思考を巡らせている余裕はない。
戦意がないなら楽なだけだ。
俺は一息でヤトラに接近すると、彼女の華奢な身体を蹴り飛ばす。
当然彼女は体術でガードしようとしていたが、その手は空を切っていた。
というのも、俺は彼女に対して二度蹴りを放ったのだ。
一度目はフェイント。
体術を誘発させるための蹴りだ。
ダンジョンで彼女の体術にやられた時、ヤトラは俺の動きを一度しか目で追えておらず、続く追撃に虚を突かれていた。
つまり、俺の身体能力に彼女は付いて来れないのだ。
結果、蹴り飛ばされたヤトラはビルに激突。
崩れた瓦礫の山に埋もれる。
騎士ならあの程度で死ぬことはない。
次に俺は霧状になったフィカティリアを探そうとして……。
「おい、観客には手を出すなと言ったはずだ」
別所よりバドラクルスの声が響く。
最初に躱して以降、俺と決戦騎士の戦闘を観察していた彼だ。
何が――と視線を向けると、そこでは一般人を人質に取ろうとしたフィカティリアを、バドラクルスが容赦なく殴り飛ばしていた。
「……仲間じゃないのか?」
気を失ったのか、倒れるフィカティリアを足蹴にしながら、バドラクルスは笑う。
「協力者だが仲間じゃねぇな。それに、俺は再三警告したんだ。観客には手を出すなって。なのにこいつは人質を取ろうとした。言って聞かないなら実力行使に移るのは道理だろう?」
「……まぁ、数を削ってくれたのなら、願ってもないことだ」
「そうか……にしても、お前随分と強いなぁ! 剣聖から聞いていたより、さらに実力は上に感じるぜ!」
「お前は、テスタロッサを毛嫌いしていないんだな」
「あん? あ~、そういえばサドラのおっさんたちは剣聖のこと嫌ってたな。まぁ、俺もめんどくせー女だとは思うが、一応同じ国の出身だし、決戦騎士からすりゃあ何度も戦争した相手だろうからなぁ。嫌うのも分かるってもんだ」
異世界の知らないお国事情をゲット。
まったくもって現状では使い道のない話だ。
「さて、それじゃあ第二ラウンドと行こうか」
「……個人的には、平和裏に解決するに越したことはないんだがな」
ぐっと拳を握り、ファイティングポーズを取るバドラクルス。
(レイジたちがやられたことを考えても、かなりの実力者。武器を使用した形跡はないから、徒手空拳の使い手……さて、どう戦うか)
逡巡の後、俺は氷の剣を生成――せず、彼に倣う様に拳を握る。
「へぇ」
人狼――バドラクルス・エルデカイデンは獰猛に牙を剥き出しにして笑みを浮かべると、アスファルトを砕きながら踏み込んだ。




