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住んでる場所が田舎すぎて、ダンジョン探索者が俺一人なんだが?  作者: 赤月ヤモリ
第三章 渋谷ダンジョン編

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ep52 富岡久信

 私こと富岡久信は、娘の沙耶と共に目の前の特殊個体、エンジェル・クイーンへと駆け出した。


 相手の体長は二メートル半ばといったところか。

 スカートのような鎧を揺らすモンスターは、こちらの動きに対して反応を見せない。


(……何はともあれ、情報を集めなければ)


 どのような攻撃を繰り出すのか。

 どのような回避行動をとるのか。

 或いは、どのような攻撃なら致命傷を与えることができるのか。


 それを引き出さねば攻略は難しい。


 息の合った動きで駆け出す私たちに対し、真っ先に動いたのはクイーンの周囲を固めていた数体のエンジェル・ナイトだった。メイスのような武器を手に攻撃を仕掛けてくるが、問題はない。


 集中するように浅く息を吐きだすと、振り下ろされたメイスを刀を振り上げる動作で弾き、流れる動きでナイトを叩き切る。硬質な鎧にまとわれたモンスターだけれど、その隙間を縫うように攻撃すれば刃は通る。


(Sランク指定のモンスターだが、私とは相性がいい)


 エンジェル・ナイトが厄介とされるのは魔法に対する耐性を持っているからだ。

 物理に特化した私の相手ではない。

 魔力を全身に巡らせて身体を強化しつつ、続けてナイトを処理。

 三体討伐するのに二十秒もかからなかった。


 次はクイーンだ、と視線を向けようとして――。


「お父さん! 右っ!」


「……っ」


 沙耶の声に、私は躊躇することなく回避行動に移る。

 後方にジャンプした刹那、目先の地面が抉られた。


 何が――と思っていると、今度は左側から迫っていた何か(・・)を沙耶が刀で切り落とす。切り落とされたそれは、人の腕ほどもある太さの茨だった。薔薇の茎のように鋭利な棘が生え揃い、まるで蛸の触手の様にうねうねと動いている。


 その発生源は、エンジェル・クイーンのスカートの中。

 よく見ると、先ほどまではなかった白い花が右肩から咲いていた。


「意味が分からないな」


「お父さん大丈夫?」


「あぁ、問題ないよ。沙耶は?」


「大丈夫……だけどっ」


 何かに気づいた彼女が、地面に刀を突きさす。

 それは切り落とした茨の先端だった。


「結構面倒くさいかも、コレ」


 切断した後も動いている触手を執拗に攻撃する沙耶。どうやら蜥蜴のしっぽのように、斬られた後もしばらくは動けるらしい。それなりに大きく、棘という凶器もついているのだから厄介極まりない。


「そのようだな。それに……死角の多い父さんは特に不利かもしれない」


「大丈夫だよ。そのための私だから」


 眼帯で覆われた左目に触れる私を、優しく励ます沙耶。

 沙耶が左に立ったのを確認して、私は刀を構えて駆け出した。


 迫りくる茨の動きは縦横無尽で、今まで経験したことのない戦闘を強いられる。

 しかし、私たちの動きは止まらない。

 次々と茨を切り落とし、彼我の距離を縮めることに成功。私の刀の切っ先が鎧の隙間を抉ろうとした――刹那、地面から出現した氷の槍が攻撃を防ぐ。


「っ、なるほど」


 弾かれた勢いを利用して距離を取るが、胸中に未だ焦りはない。

 エンジェル・ナイト同様魔法を使うことは想定内だからだ。

 

(防御で使ったということは、攻撃は得意ではない? ……いや、そう思わせるためのブラフか)


 静かに思考を巡らせながら、再度斬りかかる。

 すると今度は火属性魔法で迎撃してきた。


 回避しようとすれば茨で塞がれたので、容赦なく切断しながら移動する。魔法を切ることも可能といえば可能だが、火属性魔法だと当然火傷の可能性が高まる。ならば切断後の動きを考慮しても、茨の道を突き進む方がよほど楽だ。


『……ッ、GYAGAAAAAAAAAAAAッ!!』


 鬱陶しそうに私へと攻撃の出力を割くエンジェル・クイーン。私は背後を取らせないように注力しつつ、茨と魔法による攻撃を捌いていく。


 そうやってヘイトを稼ぐ私の視線の先では沙耶が音もたてずに移動して、クイーンの背後から攻撃の機会を窺っていた。


(そろそろか)


 視線だけで合図すると、私はクイーンに切り込んで敵の手札を暴いていく。その結果、火属性と氷属性の他に雷属性と風属性の魔法も確認。基本的には防御で使用するが、牽制として攻撃もしてくる。


 しかしクイーンの一番のウェポンは、無尽蔵の茨だ。

 質量に加えて機動力、切断後も動く生命力、そして無限にあふれるその物量。

 すべてにおいて厄介極まる。


 これに加えてエンジェル・ナイトが持っていたような魔法に対する耐性も有していると考えていいだろう。明らかに上位種であるクイーンが持っていない訳がない。


 実際、後ろで他のエンジェル・ナイトやポーンを相手にする探索者たちの魔法の一つが流れ弾としてクイーンに飛んで行ったが、反応すら示さなかった。それすなわち、危険視する必要すらないということだ。


「さて、どうするか……」


 他の探索者のカバーにも回りたいことを考慮すると、時間をかける訳にはいかない。私は静かに息を吐き、手にしていた刀を一度納刀する。


 天使の女王が明確に警戒の色を濃くする中、全身に魔力を巡らせて身体能力を極限まで高めると――次の瞬間、戦場に稲妻が迸った。


 否、稲妻の如き速度の一閃が迸ったと言い換えるべきか。


 カチンッ、と再び納刀した私の姿は、クイーンの正面から背後に移動している。ゼロコンマ一秒にも満たない一閃は、魔法――ではなく、示現流に伝わる『雲耀』と呼ばれる技術だ。


 空を走る稲妻に例えられた技術を、私は魔力による身体強化で現実に再現した。


 速度だけなら相馬くんでも再現可能だろうが、この技で重要なのはその速度の中で的確に攻撃を振るうことにある。


 エンジェル・クイーンの足元には、ガードのために用意したであろう氷の障壁や茨が散乱し、鎧には五つの斬撃が刻まれていた。


「ふぅ……決めたつもりでしたが、避けきるとは。沙耶、気付いたことは?」


 私の言葉に、沙耶は顎に手を当てて答える。


「……理由は分からないけど、左手を重点的に守ってた……と思う」


「左手か……」


 娘の言葉に思考を巡らせる。


(左手を守る理由が分からないな。もしこいつがエンジェル・ナイトと似たモンスターなら、急所は人間とほぼ変わらないはず。腕を失ったところで特に痛手にはならないはずだが……)


 しかし、私が沙耶の言葉を疑うことはあり得ない。

 何しろ彼女は、私の()なのだから。


 かつて私は、左目を失うことで大きく視力を落とした。距離感もつかめないし、視界も半分になる。回復魔法での治療を試みたが、怪我から時間が経ち過ぎていたからか、再生は不可能だった。

 回復術師曰く『魂がその形で定まってしまった』とのこと。

 最初は日常生活も困難だったが、数日もすれば慣れる。

 だが、戦闘への影響は大きかった。


 はっきり言って、自分の攻撃の速さ(・・・・・・・・)自分の視力(・・・・・)が追いつかなくなったのだ。


 Aランク探索者としての身体能力はそのままに、視力が半分になった。

 当然と言えば当然だ。

 だから、引退も視野に入れていた時――沙耶が言ったのだ。


『私が目になる』と。


 元より探索者になりたいという彼女の要望を聞いて鍛えていたこともあり、私はその願いを受諾。そして、失われた視界を補う沙耶の瞳は、稲妻の動きすら見逃さない。――絶対に。


 故に、私は娘の言葉を疑わない。


(守る理由は分からないが、まぁいい。狙えば動きを誘導できるだけでも朗報だ)


 浅く息を吐くと、刀を収めて構える。

 そして――再度攻撃を仕掛けるのだった。

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