15 幼馴染は心配する
更新期間が空いてしまっていますが、一応まだまだ書く気があります。よろしくお願いします。
リリーの幼馴染は、ただずっとリリーを案じている。きっと、もう迷っていないからだ。
この先、何が待ち受けているのか、リリーには皆目見当もつかない。けれど、答えはとっくに決まっていた。
「そちらの要求を呑もう」
クリスを抱く手に力を込める。
「ただし、わたしも連れて行け」
すぐそばで小さく息を吐く音がしただけで、彼らは大して驚いた様子もない。想定内ということか。
「うんうん、そう来なくっちゃ」
むしろ嬉しそうに大きく頷いたかと思えば、手を大きく広げてこちらに見せ、何かを待っている。
「……その手は?」
「ん〜? 転移魔法を使って拠点に帰るから、ほら手ぇ出して?」
やけに弾んで甘い語尾に、リリーは思わずクリスを抱えたままそっと距離を取った。
「ちょっと、気持ち悪い声で喋るのやめてくれる? 君たちも、これの言うことを真に受けないで。適当に服の裾でも掴めばいい」
なんともいえない空気になる前に、無感情ながらわずかに呆れを滲ませた少年が一蹴した。
一蹴された青年はといえば、少年の「これ」呼ばわりに何やらショックを受けている。その前に気にするべきところがもっとあると思う。
「あと、いつまでそうしてるの?」
「?」
「……いつまで、聖女を抱えてるの。どうでもいいけど、それじゃ何も掴めないんじゃないの」
あ、という声がクリスと重なった。そのままクリスに目を向けると、丁度クリスもリリーを見て、至近距離で目が合う。
ぼん、と音がしそうな勢いで、クリスの顔が朱に染まった。
「ごめんクリス、気づかなかっ」
「ももももう大丈夫だから! おおおお下ろして、下ろしてリリーっ!」
「……落ち着いてくれ。危ないから」
パニックになりそうなクリスをなんとか宥めようと思ったが、そのためにはやはりまず下ろすべきだろう。
暴れかけたクリスも、今手足を動かすとリリーに当たると気づいた途端に硬直した。その間に丁寧にクリスを地面に戻してやる。
「ぼ、ぼ、ぼく、ぼく……っ、初対面の人の前で、お、お姫さま抱っこで……っ」
クリスは足が着くと同時にへたり込んで、真っ赤な顔を覆って俯いた。ぶるぶると震え、か細い声で悶えている。
申し訳ないことをした。非常事態だったとはいえ、見知らぬ人間への警戒が先に来てクリスを抱えっぱなしなのをすっかり失念してしまったのだ。
クリスは可愛いが男としての矜持がないわけではないし、何より恥ずかしがり屋で人との至近距離での接触に弱い。
先程まではクリスもこの状況への混乱などがあって気づいていないようだったが、自覚した瞬間一気に羞恥が襲ったのだろう。
「なんで今更恥ずかしがってるの? その聖女」
頼むから今は何も言わないであげてほしい。リリーは困って眉を下げた。
「あはは、かわい子ちゃんたち、ほんとに仲良しなんだね〜?」
「……私はリリーだ。こちらの『聖女』はクリス」
「かわい子ちゃん」と呼ばれるたびに妙に背筋がぞわぞわとする。そのふざけた呼び方を改めてもらおうと、リリーは自分たちの名前を告げた。
というか散々目の前で呼び合っていたわけだが、まあ完全に迂闊だったので、これからは気をつけよう。
「聞いてて思ったけど、かわい〜名前だよね。かわい子ちゃんたちに超ぴったり」
かわい子ちゃん呼びが覆らないことに唖然としていると、冷えた眼差しの少年と目が合った。少し無駄話をしすぎたらしい。
呼び方の訂正はまた別の機会にするとして、対応すべきは未だ立ち直れていないクリスである。
「クリス、立てるか?」
「う、うぅ……リリー」
子供の頃にそうしたように両手を伸ばすと、ぎゅっと目を閉じて恥じ入った表情ながらも、手を掴んでよろよろと立ち上がった。
「さっきはありがとう、クリス」
「え?」
「何があろうと、わたしの答えは一つだ。あなたの味方でいる」
「リリー……」
感動したように目を潤ませるクリスの顔は、まだ赤みが残ってはいるが、強い羞恥の波は過ぎ去ったように見える。
よし、とリリーは頷いた。
「では、連れて行ってくれ。掴む場所はどこでもいいのか?」
「ええ〜、どうせなら手を……」
「はい」
唇を尖らせる青年を遮って、少年が雑に引っ掴んだ彼のローブの裾近くを差し出してくる。
そんな少年はこれまた雑に、倒れている方の青年のローブのフード部分を持って引き摺っていて、首が締まるのではないかと少し気になった。
リリーとクリスがそれぞれ裾を握ると、少年自身もさっさと別の場所の裾を掴んだ。
「早くして」
「はいはい、わかりました〜っと」
青年が呪文を唱えると、一瞬の浮遊感の後に、薄暗い空間が目の前に広がる。
揺らめく燭台の炎に、石造りの壁や柱。儀式めいた怪しい雰囲気が漂うそこには、一人の聖職者が佇んでいた。
暗がりに、ぼんやりと浮かび上がる白い髪。闇に紛れるような黒いカソックを身に纏っているため、もう少し暗ければ頭だけ浮いて見えたかもしれない。
先に会った三人と比べて、街中で見かけてもおかしくないシンプルで模範的な聖職者の服装。それだけに、こんな空間にいるのが一際異様だった。
そんなことをリリーが考えている間に、ゆったりと彼がこちらを振り返る。
「おかえり」
柔和な微笑みが胡散臭く思えるのは、長い前髪に片目が覆われ、表情の全貌が窺えないせいだろうか。薄ら開いたグレーの瞳には、底知れない光が宿っている。
「随分遅かったけれど、目的は達成できたみたいだね」
その言葉に、青年が気まずそうに頬を掻いた。
「いや〜それがさ、このお馬鹿がやらかしたんだよね。ちゃんと叱っておいてよ〜」
「……ぐ、やめ、ろ」
「うわ起きた。ええ、あれギリギリ殺さない範囲での最大威力だったんだけど〜……」
「ほんと、無駄に丈夫だね」
ずっとぐったりとしていた金髪の青年が、苦しげに呻きながら目を開けた。
「なるほど。グラジオ、後でゆっくり話を聞かせてくれるかな」
「……勘弁してくれ……」
にこりと笑みを向けられて、グラジオと呼ばれた彼は心底嫌そうに顔を顰める。
そんな表情もできたのか、と戦闘狂の一面しか見ていないリリーは意外に思った。
「ようこそ、『祝福の聖女』とその聖騎士。好きなところに座って、寛ぐといい」
手で示された場所を見ると、そこにはカーペットが敷かれ、座り心地の良さそうな椅子やテーブルがある。こんな場所にしっかりと寛ぎスペースがある違和感には、何も言うまい。
長椅子にクリスと並んで座ると、白髪の青年はその目の前の椅子に腰掛けた。他の三人も、思い思いの場所に座っている。
「さて。それでは、自己紹介から始めようか」




