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14 幼馴染は硬直する


 リリーの幼馴染は理解が追いつかないという顔で固まっていた。無理もない。

 クリスが攻略対象と言った青年に、雑な理由で攻撃されたと思えば、飛んできた何かが後頭部を直撃した青年は倒れ。それと同時に現れた、これまた怪しい二人組。

 何もかもが急展開すぎた。


 数ある疑問を隅に追いやりつつ、リリーは彼らを観察する。友好的な雰囲気であっても、彼らの正体も目的もわからない以上、警戒を解く理由はない。

 軽薄そうな青年は横髪をくるくると指に絡ませながら、困ったように眉を下げた。


「あちゃ〜。オレたち、警戒されちゃってるっぽい?」

「当然でしょ」


 彼の言葉に、リリーたちと同年代くらいに見える少年が淡々と返す。

 大きな丸眼鏡越しに、猫のような双眸がリリーを捉えた。かと思えば、大した興味もなさそうにすぐに逸らされる。


「笑いながら大剣ぶん回す狂人に、妙に馴れ馴れしくて気持ち悪い変態」

「後半ってもしかしてオレのこと?」

「状況を顧みても、この場で簡単に気を許すわけないね」

「無視か〜」


 彼ら三人の中で最も小柄で幼い見た目の少年は、なかなか容赦のない毒舌を吐くらしい。ただしお互い慣れたことなのか、険悪な雰囲気になる様子はなかった。

 あまりに自然体な彼らの会話に、リリーは少し毒気を抜かれる。躊躇うが、このままでは話が進まなそうだと思い、自ら問いかけることにした。


「……あなたたちは、何者だ?」

「あっ、やっと喋ってくれた。オレらが何者かっていうのはね〜……ここでは言えないんだ、ごめんね。詳しい話は、オレたちの拠点までついてきてもらわないとなんだけど」

「………」

「……うん、無理だよね〜」


 警戒を崩さないリリーを見て、青年は乾いた笑いを浮かべる。


「……とりあえず、君が聞きたいであろうことだけ言うよ」


 埒が明かないと言いたげに、ため息を吐いた少年が口を開いた。


「まず、僕たちは君の敵ではない。君が聖国の敵にならない限りはね」

「ちょ〜っと待とうか!」


 話の腰を折られた少年は、「何?」とその声の主である青年に怪訝そうな目を向ける。


「その言い方だとちょっと脅しみたいじゃない?」

「この場で言える範囲で、最も簡潔かつ明瞭な説明だと思うけど?」

「いやいや、今の台詞、結局オレらは『いつ敵になるかわからない相手』だっていう印象しか与えてない気がするな〜……?」


 しばらく言い合った後、少年は釈然としない表情で言い直した。


「僕たちは、君とその聖女を誘拐しようとした奴らの敵。好き好んで君たちと敵対する気はない。……はぁ、これでいい?」


 青年は少年の視線と問いかけを綺麗に無視し、笑顔で口を開く。


「そうそう、一応予定ではさ、攫われたお姫さまたちを華麗に救出! ってやるはずだったんだよ〜? このおバカが台無しにしちゃったけど」


 このおバカ、という言葉で、地面に転がったままの金髪の青年をトントンと足でつついた。

 なるほど、クリスの言った「『攻略対象』に助け出される」というのは本当だったようだ。正直、人選が致命的であるように思えてならない。


「それでね〜、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

「僕たちからの要求は一つだ。君が腕に抱えてる、その聖女の身柄の確保」

「ああ〜、はっきり言っちゃった〜……」


 ざわ、と風が木々を揺らす。巻き上げられた髪が視界を邪魔するのも構わず、リリーは僅かに顎を上げ、二人の男を真っ直ぐに見据えた。


「……わたしたちを攫った人間と同じことを言う」

「り、リリー……」


 固唾を飲んで見ていたクリスが、気遣うように声を上げる。

 大丈夫、わかっている、とリリーは心の中で返した。クリスはこの先のことを知っている。クリスは、もう決めている。リリーが出張るところではない。


「あはは……可愛い顔して鋭いね。いや実を言うとその通りでさ〜? オレたち今、どっちが先に聖女ちゃんを手に入れるか、みたいな状況なわけ」

「悪いけど、選択肢はないよ。僕らはその聖女が奴らの手に渡ることだけは防がなきゃならない」

「………」


 選択肢がないのは、リリーも薄々わかっていた。

 いざ現実で直面すると、突きつけられた理不尽に打ちのめされそうになる。なんでクリスが、と叫びたくもなる。もしクリスが『ゲーム』の記憶を持たなければ、何も知らないまま、突然日常を奪われていたのかもしれない。

 クリスに「協力する」なんて誓っておいて、結局心のどこかでは信じきれていなかったのだろうか。覚悟ができていなかったのは、リリーの方なのだろうか。


「ほんと、このまま帰してあげられたら良かったんだけどね。でもそうすると、きっとまた攫われちゃうから……って、オレらの事情に勝手に巻き込んじゃってるのに、言い訳するのはナシかな?」


 押し黙ったリリーをどう思ったのか、軽薄そうな青年が妙に優しげな声音で言った。


「……一応、名目は『保護』だからね。危険がないとは言わないけど、できる限り守るし、不自由が少ないよう取り計らう」


 少年も仕方なさそうに付け足す。何故か青年に鬱陶しそうな視線を向けていたが、青年は気づいていないかのようにリリーたちの方を向いたままだ。

 クリスの話が本当なら、彼らの雇い主は教皇である。いち聖騎士に過ぎないリリーなど、いくらでも脅せるはずだ。リリーがそれに応じないとしても、恐らく、大変に悔しいことだが、リリーの実力は彼らには及ばない。

 それらを顧みるとやはり、気遣われてる、のだろうか。彼らなりに誠意を見せようとしているのかもしれない。

 少なくとも、リリーを納得させることに彼らは時間を割いているのだ。


「……リリー」


 クリスに再び名前を呼ばれる。リリーはその時初めて青年たちから目を逸らし、クリスの顔を見た。

 『聖女』として仕事を始める時のように、引き締まった表情。いつもは可愛いとばかり感じるそれに、どうしてかリリーは一瞬言葉を失くした。


「ぼくは大丈夫」


 腕の中で、ヘーゼルの瞳がリリーを捉える。緑や金が入り混じる不思議な模様に、リリーの空色が映り込んでいた。

 思えば、こんなに近い距離で目を合わせたことはほとんどない。リリーがじっと見つめると、クリスは大抵恥ずかしがってすぐに目を逸らしてしまうから。


「リリー、ぼくのことを、信じてくれる?」

「わたしは、」

「……なんて、言うまでもないかな。えへへ」


 信じている。きっと、誰よりも。

 そんなリリーの言葉は、ふにゃりと照れたように表情を崩したクリスに先回りされて、結局声にはならなかった。

 いつも自信なさげにしているクリスが、リリーの思いは疑わないでいてくれる。それが妙にくすぐったくて嬉しくて、リリーもつられてふわりと表情を緩ませた。

 今リリーのやるべきことは、運命を嘆くことではない。


「……まとまったかな?」


 リリーが顔を上げると、静観していた青年が少しいたずらっぽく口元を歪めて問いかけた。


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