旅の仲間 文化都市アメル 4
バネットさんが退室すると、トレットさんがソファーに飛び乗るように腰をかけると、机にあったお菓子をほおばる。
「呪術がさぁ、廃れたのって、魔法やら技術やらの進歩が原因じゃ無くってさぁ、呪術に体系が無いからなんじゃないかなぁって思うんだ、ボクは」
「体系?」
促されて俺もソファーに腰掛ける。
「そ。魔法もさぁ。リザリエ様が改革するまでは体系がしっかりして無くって滅びる寸前だったんだよね。一部の魔道師が独占しててさ」
昔の魔道師は、魔法が使えるってだけでもてはやされてかなりの高給取りだったそうだ。
魔法を使える人もごくわずかだった事がその一因として挙げられる。
何故なら、魔力の有無も魔法適性もわからなかったようで、魔力の無い人が何十年も無駄に修行したりするのなんてザラだったそうだ。
今のように簡単に魔力や魔法適性がわかって、しかも魔法学校で魔法を教えてもらえるなんて事は無かったのだから、それは放っておいたら滅びてしまうだろう。
その点、「賢聖」リザリエ様の功績は計り知れない。
そのおかげで、今でこそ「センス・シア」という種族は魔法特性のある種族だと認識されているが、昔は人々から迫害されて隠れ住んでいた。
センス・シアは種族的な盗人だったのだ。小さく、手先が器用だが、力が弱い彼らは人間に迫害されていた。ただ幸いにもセンス・シアには不思議な力があったため、奴隷にされる事は無かった。
その力とは、決して捕まえる事が出来ない力である。
手かせ、足かせをして牢屋に閉じ込めていても、センス・シアを箱に閉じ込めて鍵を掛けて衆人環境で見守っていても、不思議と居なくなっているのである。閉じ込めたり、捕まえておく事が出来ない種族がセンス・シアであった。
その為、センス・シアは盗賊特性が極めて高かった。
「捕まえるぐらいなら殺してしまえ」というのが、センス・シアの犯罪者への一般的認識だった。
現在は、さすがに死刑では無いが、罰金だったり社会的な地位への制裁など、他種族には無い罰がある。
幸いにいして、魔法改革によって、センス・シアにはエルフと同等かそれ以上の魔法特性がある事がわかったので、魔法を習って職に就き、高い社会的な地位を手に入れるセンス・シが多くなっている。
元々知力の高い種族である。以前のように法を犯さず迫害されず社会的活動をすれば、その能力を遺憾なく発揮して成功する者が増えるのは当然である。
そんな優秀なセンス・シアであるトレットさんも、この新しい研究室の室長に抜擢された以上、かなり優秀な人材なのだろう。
「呪術には魔法のような体系が無い。手法も様々だし、知識もあいまい。感覚的なんだよね」
トレットさんは、遊ぶようにお菓子をクルクル回しながらあどけない表情で話す。
「君の目を見て、すぐに『これこれこういう呪術にかかっている。これは何々系統の呪術でこういう効果がある。それ故に対処法はこう。解呪法はこう』ってならないのが、体系が出来ていないって事になるわけ」
ああ、なるほど。魔法だったら、それはすぐにわかるらしい。腕の良い魔法使いであれば相手が精神攻撃や幻術などを掛けてきても、すぐに対処する。
魔力感知と、魔法探知の魔法は基本で、其れにより相手が駆ける魔法にたいして対抗魔法をかける。魔法は発動する前に消失する、或いは発動しても効果を発揮できなかったり弱体化される。
すると仲間には全く影響が無い。
戦士や兵士が魔法攻撃を受けていないかのように戦えるって事は、その裏で魔法使いたちが目に見えない仕事をしているって事だ。
「だから、別に医療や魔法の進歩が呪術を廃れさせたわけじゃ無いんだよね、ってボクは思うな~」
今やソファーに寝そべって、足をパタパタさせながら言うので、見た感じのかわいらしさで誤魔化されてしまうが、やはりセンス・シアは頭が良い種族なのだとつくづく思う。
「なるほど」
俺が頷くと、トレットさんはガバッと起き上がる。
「んん?君、ボクの言ってる事わかるのかい?」
そう聞かれると自信が無い。
「いや、つまり、この研究室は呪術を体系化出来ないかって事を研究してるんですよね。呪術って魔法と違って生まれついての才能とか無くても使える術だって聞いているし・・・・・・」
「おお!そう。その通りだよ!君は見た目に拠らず頭が良いじゃないか!」
トレットさんはキラキラと輝く・・・・・・様に人間種族には見える笑顔で俺を見る。まあ、確かに俺は頭良さそうには見えないよな。でも、自称とは言え、一応「考古学者」なんだが・・・・・・。
「どうだろうね。君もここで研究員にならないかい、カシムお兄ちゃん!」
俺は慌てて首を振る。わかった。この人、俺をサンプルとしてしか見ていない。貴重なサンプルを手元に置いておきたいだけなのだ。見た目にだまされたり、俺はしないぞ!
「俺、やらなきゃいけない事があるんで」
すると、トレットさんは幼い顔を真っ赤にさせて叫ぶ。
「ボクが男の子だからだね!?女の子だったらカシムお兄ちゃんは断らなかったはずなんだ!ボクはカシムお兄ちゃんが男の人でも構わないと思っているのに、ひどい!!」
「ええ~~~~?!」
何だ、この話の流れは?俺、そんな感じで話ししたっけ?
研究員たちが肩をすくめてため息をつく。
「センス・シアって、この見た目でこうした事平気で言うんだよな。言われた方は社会的地位の危機だっていうのに・・・・・・」
「ふふん。冗談さ」
トレットさんは笑って誤魔化す。勘弁してくれ。
そんなやりとりをしていたら、ドアが開き、隣の部屋からバネットさんが出てきた。
「おいで」
俺が立ち上がると、トレットさんと他の3人も後に続く。
隣の部屋に入ると、地面に魔法陣のような図形がいくつか描かれていて、何か分からないが蓋のされた陶器の小瓶がいくつか並べられていた。俺は促されるままに図形の真ん中に座らされる。