冒険の始まり 任務 2
生徒たちの発表が続く。
「そして、ある鉱石が、わずかなりとも放出された魔力を吸収、保持している事に気がついたのです。
その鉱石が『メタナイト』。我が国内でも採掘されている、特に珍しくない鉱石です。我々の研究はまだ途中で、この技術がどう発展していくのかいまだ未知数ですが、近い将来、我々は、この技術を発展、応用して、メタナイトが吸収、保持した魔力を『固定した魔力』として放出する事を考えています。
こうした研究の場合、まず、保持した魔力をエネルギーとする事を考えがちですがその為には、利用するエネルギーだけ、魔力を与える必要があり、かなり非効率となります。また、メタナイトの性質上、長時間の保持が出来ず、更に、一定量を超えての吸収が出来ない欠点があるため、エネルギー源として利用する案は断念しました。
ですが、魔力の固定化に関しては、微量ですが成功しております。ではご覧に入れましょう」
彼らは、緑色の小さい宝石を演壇に乗せる。そして、その宝石に向かって、2人の生徒が指をあてがう。
2人の生徒は「むむむ~」と、額に汗を浮かべながらうなって集中する。魔力を宝石に吸収させる作業をしている。
魔力の流れと放出のコントロールは難しい。魔法契約に必須な能力だが、魔法の場合、一度、神や魔神と契約すれば、その後はそこまでの集中は必要なく、簡単な呪文で魔法が発動する。
昔はこのシステムが恐ろしく複雑だったのと、魔法の才能の有無を判別する方法が確立されていなかったので、魔法使いになれる人は、本当に希だった。
今は、闘神王の武力で、神や魔神との協力を取り付け、リザリエが構築した新システムを使う事によって、魔法を使える人は飛躍的に増え、魔法の種類も性質も、人々の考え方も大きく変わった。
壇上の2人は、いわば宝石と魔法契約しているようなものである。
2人が顔を上げて一歩下がる。宝石に魔力を吸収させる事に成功したようだ。2人とも額に玉の汗をかいている。
「さて、我々が先ほどから述べている『魔力の固定化』とはどんな物か、皆さんは想像できるでしょうか?」
生徒の問いかけに、ほとんどの人が首をひねる。魔導師も例外では無い。
「お目に掛けましょう」
そう言うと、生徒は宝石を手にとって、床に叩きつけた。
メタナイトは非常に結合の弱い鉱石なので、簡単に砕ける。
生徒は、メタナイトが砕けた床に、広げたハンカチを被せる。すると、そこに小さな膨らみが形成されているのが分かる。大きさとしてはスイカ1個分程度である。そして、10秒もするとハンカチは床に落ちて平らになった。
魔法使い2人が汗して数分掛けて吸収させた魔力が、1回たったの10秒。しかもスイカ一個分の大きさの固定化である。
確かにエネルギーとしての利用は効率が悪すぎる。そして、生徒たちが言っていたように、この技術がどう発展して役に立つようになるのか、分かる人はほとんどいないだろう。
しかし、魔力の固定化というのはこれまでに無かった概念だし、初めて目にする魔力の形だ。そう考えると受賞するに値する研究と言えよう。
奇術のような派手さを期待していた人たちからは、まばらな拍手だったが、物事の本質を理解する人たちからは大きな拍手が沸き起こる。
カシムも、理解できていないが、流れに乗って拍手をする。それはやがて会場中を喝采で包み込む事となった。
生徒たちも、右の端に席を設けられていたリザリエも、満足そうな笑顔を浮かべていた。
生徒の発表が終わると、祝福の歌を吟遊詩人が歌う。
歌い手はリラ・バーグ。
今アメルで評判になっている吟遊詩人の冒険者である。
美しい歌声と、深い森林の中の空気のように澄んだ雰囲気のある美しいリラの姿に、会場の人々はうっとりと聞き惚れる。
リラも竪琴を奏でているが、宮廷音楽家達も演奏でリラの歌を演出する。まるで美しい森に、鳥や蝶が舞う様を幻視させるような歌声だった。
リラの歌が終わると、いよいよグラーダ三世の演説が始まる。
グラーダ三世は、ずっとつぶっていた目を開けると、すっくと立ち上がり、演壇に向かう。
カシムはギョッとする。闘神王の目の下に、黒々としたクマができており、立ち上がるや、鬼のような形相で会場の最後列にいるカシムを睨みつけると、不適に口元をゆがめて笑ったのだ。少なくともカシムにはそう見えた。
謁見の間の右端に席を連ねるギルバートとリザリエも同様に嫌な予感に襲われた。
グラーダ三世は語り出した。
「まず、今回の研究授賞式に集まってもらった皆に感謝する。この歴史的な瞬間を共に立ち会えた幸運を『竜恵』と感じる」
冒頭のグラーダ三世の言葉に会場がどよめく。
今の発表内容に「歴史的な瞬間」とまで感じられた者は皆無だった。そして、グラーダ三世はお世辞などを言う事は無いのである。
これから何が語られるのか、会場の一同が息を呑む。
「今回の研究発表は、真に素晴らしい内容であった事に、私は惜しみない拍手を送ろう。だが、拍手だけでは足りないと感じる。彼ら、彼女らの歴史的な功績に対して、私は我が名をもって博士号を贈りたい」
その言葉に、驚愕のあまり、口元を抑えたリザリエが思わず立ち上がる。アカデミーの学生たちも同様で、驚愕と興奮で全身を震わせている。
「ゼス・バウアン博士。メリス・スコットン博士。アルバート・レザル博士。諸君たちの発見した技術は本当に素晴らしいものであると私は理解している。これまで以上に資金を提供する事をグラーダ国王の名において約束しよう。是非とも正式に研究室を立ち上げて、この研究を発展させて欲しい」
学生たちは歓喜のあまり涙を流す。
グラーダ国王にここまで評価され、しかも名前まで「博士」付で呼んでもらえたのだ。覚えてもらったのだ。しかも各国のお偉方の集まる場でである。末代までの誉れである。
リザリエも驚きと喜びのあまり、涙を流して手を叩く。「賢聖」リザリエでさえ、こんな好待遇は想像だにしていなかった。
しかも、今回の研究発表と授賞式は、カシムを祝うための口実でしか無かったはずなのだ。
「なぜ?」とは思ったが、それよりも学生思いの理事長は、生徒の栄誉を、自分の事以上に喜び、疑問を投げ捨ててしまっていた。