冒険の始まり 任務 1
「カシムです。王女殿下」
周囲に人影は無いが、俺はかしこまってドアをノックする。「どうぞ、お入りください」
中からアクシスの声がする。俺は異常に重く感じるドアを開け、室内に入る。
室内では、レースのカーテンを閉めた窓際のイスにアクシスが腰掛けて、ボンヤリと外を眺めている風だった。
室内は窓と言わず、棚やテーブル掛けにもレースが掛けられていた。花瓶には花が飾られていて、イスやソファーには刺繍の入ったクッションが沢山置かれていた。テーブルには縫いかけの刺繍もあって、クッションの刺繍はアクシスの手作りなのだと分かる。
アクシスがこちらを見もしないでボンヤリと大人しいので、俺は拍子抜けした様な、ホッとした様な気持ちでドアを閉めた。
「お兄様ぁぁぁぁぁ!!!」
ドアを閉めたとたんにアクシスがダッシュしてきて俺に抱きつくと、盛大に俺の胸元に頬ずりしてくる。
「お会いしたかったです!お会いしたかったですぅぅ~!!」
「ちょっと落ち着け、アクシス!離れろ!離れるんだ!!」
俺が強引にアクシスを引きはがす。アクシスはふくれた顔をしつつ、体を離す。
全く、子どもの頃のままじゃ無いか。俺はあきれつつアクシスを見る。
「何か用があって俺を呼んだんじゃなかったのか?」
するとアクシスが即答する。
「お会いしたかったのです!」
思わずガクッとする。
「だから、王女としてそれはまずいだろ?」
俺がたしなめると、アクシスはうなだれる。
「ごめんなさい・・・・・・。分かってはいるのですが、本当にどうしてもお会いしたかったのです。お兄様はすぐに修行に入ってしまって、しかもそれが相当に厳しい修行と聞いていたのでとても心配でした。それにわたくしの方も色々あったので、それでどうしようも無くお顔を拝見したくなってしまったものですから・・・・・・」
しょげた様子で言われると、これ以上怒れなくなってしまう。
「まあ、分かったよ。俺もごめん。アクシスの気持ちも考えずに怒ったりして」
そう言うと、アクシスはパッと顔を上げる。
「いいえ。お兄様はわたくしの事を思って叱ってくださったのですわ!」
うん。まあ、その通りではあるのだが、そんなに物わかりが良いと、かえって罪悪感が湧く。なんと言ってもそんなにも想ってくれているのに、俺はアクシスに会うのを嫌がっていたのだ。
俺はアクシスの頭をなでてやる。アクシスは猫のようにのどを鳴らして嬉しそうにする。
こうしていると本当に可愛く思う。
兄心か、何としてもこの子の事を守らなければと思ってしまう。もっともまだまだ俺は、この子を守るには力不足だ。
祖父や兄たちはもちろん、世界中を旅している冒険者たちにも遠く及ばない。
アクシスも、普段は王女として、懸命に自分を殺して頑張っているのは知っている。だから、俺の前で素の姿をさらけ出せているアクシスを見ると愛おしい。できれば、いつまでもこの素直なままのアクシスでいて欲しいと、願わざるを得ない。
◇ ◇
「我々人間は、魔力というものを、常に放出して生きています。一般的に魔力が無いとされている人々も例外ではありません。『魔力のある人間』とは、放出する魔力に方向性を持たせる事が出来る才能を持った人たちの事を差します。このことはもう皆様にとっても周知の事実でありましょう」
謁見の間では、アカデミーの生徒が研究内容を発表していた。アカデミーに入る事が出来るのは、かなり優秀か、特異な発想や技術の持ち主である。その中で、研究発表を表彰されるのは、相当に優れているか、先進的な内容なのだろう。
カシムが時間ちょうどに謁見の間に到着すると、すでに授賞式前の研究成果の発表がなされている最中だった。
「我々は、その放出され続ける魔力を、一定時間蓄積させる方法について研究してきました。
そもそも、神や、魔神たちは、魔力を吸収、保持する能力があると言われています。そして保持された魔力の他者への供出が、所謂神の恩恵であり、もっと身近な例で言えば、我々の使う魔法です」
生徒たちが真剣に語る中、カシムは案内されて、謁見の間の玉座に続く中央の赤い絨毯を避けて進み、中央寄りの最後列の席に案内される。
謁見の間は俺が修行した地下室の3倍はある、広く、天井の高い部屋である。室内には1000人近い人々が立って、座って参加している。
謁見の間にはグラーダ陛下もいた。
普段は広い5段の階の上の中央に、玉座が置かれているが、今日は玉座は階の上の右端に寄せられていた。
中央に設けられた演壇で生徒たちが懸命に発表している様子を、腕を組んで目をつぶりながら聞いていた。時々頷いているので、居眠りをしているわけではなさそうだ。
国王の反対側、左端には、豪華だがかわいらしいデザインのイスに座ったアクシスが、カシムの姿を見つけると、小さく手を振る。顔はベールで隠れていて、表情は窺えない。
アクシスはめったに公の場に出席する事は無いので、これは異例であり、参加者皆が驚いていた。
カシムは努めてアクシスを無視すると、生徒たちの発表に耳を傾ける。特に興味があったわけでは無かったが、会場の雰囲気からそうすべきだと思ったまでだ。




