冒険の始まり 登城 4
謁見の間は、祝宴の会の準備が整え終えていた。
カシムの功績を讃えるためでは無い。
理由としてはリザリエが主催したアカデミーでの研究発表会で、特に優れた発表を行ったグループの授賞式と言う事になっている。
授賞式自体はすでにアカデミーで終えているのだから、あえて王都の王城で、しかも謁見の間で行う必要など無い。この準備に、約2週間を費やした。
つまり、カシムの功績を祝す会のカモフラージュだ。
その授賞式が今日行われると言う事は、剣聖ジーンは、カシムの修行終了の時期を、正確に見越していたと言う事になる。
受賞会場と化した謁見の間でリザリエがギルバートと話していた。
「お手間をおかけします」
ギルバートがリザリエに言う。カモフラージュのために、文化都市アメルから、王立高等学院「アカデミー」の生徒を選別してメルスィンまで来させたのだ。アカデミーの理事長であるリザリエにギルバートが礼を言う。
「いいえ。あなたが得意とするからめ手ですね。悪巧みをしているようで、少しワクワクしましたわ。それに生徒たちもとっても嬉しそうでした。大変な名誉ですもの。今回の事はきっと他の生徒たちのやる気にもつながるでしょうね」
そういうリザリエは、まるで少女のようで、政治工作やいろんな汚れ仕事をしているギルバートにはとても眩しかった。
こんなに美しい人が生涯独身でいる事が信じられない。自分を含めて、いくらでも手を挙げたがる男はいただろうに。だが、ギルバートはその理由を知っていた。
リザリエが若かりし頃、生き別れた男の事を、いまだに深く愛しているのだそうだ。ギルバートはその男が憎くもうらやましくもあった。
とは言え、今はギルバートにも愛する妻がいる。
今は、ただ淋しく思うだけである。この人はいつも他人の幸せばかり願う。この人自身にも、もっと幸せになってほしいと・・・・・・。
「会場の準備が整いました。これから参加者を入場させます」 そこに会場の隠密警備を任された、特殊斥候部隊「鷹」隊長ノリス・ガイウスが現れ、声を掛けてきた。気配無く現れるのだから心臓に悪い。
不審な人物が侵入してこないか、目を光らす為に、ジーンにより配置されていた。
「それでは、しっかり頼みます。今回は王のお声掛かりで、各国の大使や各国の有力者である方々までご出席なさるのですから」
いかに世界最高の学校とは言え、学生の研究発表、授賞式に、これほどの賓客を招待するというのは、いささか大げさなのではと思う。
ギルバートはこの件に関して何ら相談を受けていなかったので疑問に感じていた。
とは言え、招待された方も、グラーダ国王直々のお声掛かりとあっては出席しない訳には行かない。
その為もあって、この謁見の間の隠密警備に特殊斥候部隊「鷹」がかり出されたのだ。その責任の重さを感じ、ノリスは真剣な表情で頷き下がりかける。
それをギルバートが呼び止める。
「そうだ、ノリス隊長」
「は?何でしょうか?」
「カシム君の噂を広めたのはあなたですね」
ギルバートに睨まれて、ノリスは首をすくめた。
「い、いえ・・・・・・。その・・・・・・。申し訳ありません。どうしても彼を誉めてやりたくて・・・・・・」
ノリスの様子にリザリエが微笑む。
「すっかり彼のファンですね」
その言葉にノリスは頬を赤らめて頭をかく。
「はっ。その通りです!彼には人を惹きつける何かがあります」
それにはギルバートも頷く。リザリエも微笑みながら頷く。
しかし、ギルバートは苦言を呈さねばならない。
「それは同感です。今日会って、そんな気がしました。・・・・・・しかし、ほどほどにして下さい。具体的では無いが、妙な広がり方をしていますよ、その噂」
ノリスは「賢政」にも「賢聖」にもカシムが認められている事を知って、恐縮する振りをしつつ嬉しくなった。
「ところでノリスさん。授賞式で祝福の歌を歌う予定になっている吟遊詩人ですが、まだ会場に来ていないみたいです。私がアメルで声を掛けて来てもらった方なんです。不慣れなので迷っているかも知れません。良かったら見てきてくださらないかしら?」
リザリエがそう言った時、謁見の間の扉が衛士によって押し開けられ、見目麗しい吟遊詩人が頬を赤らめながら入室してきた。
「ああ。良かった。間に合いましたね」
リザリエが微笑む。
それを見てノリスが退室していく。
「ところでリザリエ様」
ギルバートの声が緊張をはらむ。
「何でしょうか?」
「王がされるカシム君への依頼内容をご存知ですか?」
この受賞式の後、国王が自らカシムに、冒険者としての依頼を申し渡す事になっている。
「いいえ。一切相談してくださらないのよ。・・・・・・困った子ね」
あの日から1ヶ月。リザリエもアメルに戻っていた事もあり、グラーダ三世と会っていない。
ギルバートは執務で毎日会っているが、何を考えているのか分からない。
ただ、日に日にグラーダ三世の人相が悪くなっているので、不安が増すばかりだった。
あまりに無茶な依頼でもされた日には、「剣聖」ジーンもさすがに黙ってはいないだろう。この場が戦場となる可能性もある。
ギルバートは深くため息をついた。




