第38話 《少女》と《No1》
「……むっし暑くなってきたなぁ」
朝、目を覚ました進はそう呟いた。
カレンダーはすでに五月の後半、六月に差し掛かったに付けをさしていて、そろそろ梅雨入りするのではないかと思う。
今日の天気は、雨だった。
五月らしいしっとりとした五月雨が昨日の夜くらいから降っていた。
この季節は、雨が降るたびに湿気と気温が上がってきて耐えられない。
この前の《ファイヤー・ドレイク》のことが解決して以来、図書館に行く頻度は少なくなった。
メモリーが伝えたかったのがあの《混沌》のことだとわかったからだ。
今日は、せっかくの休みなので多少は外出しようと思ったのだが。
「雨が降ってるの、地味にうざいよな……」
別に、これくらいの雨ならば外出できないこともないのだが、そうなると多少なりとも濡れる覚悟をしなければいけなくなる。
そんなリスクのようなものを起こしてまで外出する必要はない、と進は考え直したのだが、冷蔵庫の中を見てため息をついた。
こういう時に運命の悪戯なのか冷蔵庫の中身は空っぽだった。
しょうがないな、と思いながら少し沈んだ気分で進は私服を手に取る。
(ウィンドブレイカーを着ていけば雨は多少は防げるだろ)
そう考えて、それを手に取ったあと進は部屋を出た。
考えてみれば、進が《オリジン》という世界にやってきてから初めてみた雨だったので、なんだか久しぶりな気がした。
いつもの街にはないピチャピチャという水の跳ねる音が辺りから聞こえてくる。
(さて、何を買うか)
食材は当たり前として、そのほかの娯楽品もそろそろ欲しくなってきた頃だった。
スマホでソシャゲをやっているのも面白いといえば面白いのだが、本格的な家庭用ゲームを買うことができるのなら、やはりそちらの方が欲しいものだ。
「何もなく、終わるといいんだけどなぁ」
進は無意識にそうこぼした。
《行間》
ここはとあるショッピングモールの地下。
運命的にも進が向かった場所でもあった。
そこに人知れずとして存在する空間があった。
もちろん、そこにはスタッフでさえも入ってこない。
数ヶ月前までは、不良が寝ぐらとしていた場所だが、今はどうやらいないらしい。
そんな場所で流起友野は何かを探すように歩いていた。
「ここにいた連中もいなくなってるのか……。これも《ハンター》の奴らの?」
友野は不思議なものを見たかのように首を傾げて考えた。
そもそも、今回の目的はここにいた不良たちに情報をもらう、というものだったのだ。
(……もっと、簡単に情報が入る術もあるんだけど。流石にいつも頼って楽するのはずるすぎる気がするんだよな)
その簡単な術はなんなのかわからなかったが、友野にとってできればやりたくないことらしい。
ピコンとスマホがなった。
メッセージアプリの着信音だ。
おそらく親友からだろう、と思って画面を開くと案の定だった。
今日は連絡不可能っていってなかったっけ、と思ったがどうやら連絡というよりは緊急の報告らしい。
それらしいスタンプもなしに、端的に要件だけが告げられていた。
『《ハンター》の奴らが、《神話降ろし》の第二工程に到達した』
友野はそれを見て、驚くと同時に疑問を顔を浮かべた。
(たった数日の間でそれだけの進歩をするのか……。いや、そもそも《神話降ろし》なんかして何がやりたい?)
友野には、それが一番わからなかった。確かに《ハンター》という組織は動き出しているのだが、どうしてそうまでも急に動き始めた?
人間は何かをするならば、その行動に意味を持つものだ。
たとえそれが無意識化で行われることだったとしても。
例えば、誰かを救いたい、誰かの笑顔が見たい。
そんな動機があって行動というものは生まれるはずだ。
ただ、動きたいから動くというのは不自然だった。
それが、顕著に表れる裏社会の組織であればもっと。
(金で雇われたか……。あるいは、それなりの動機を持っているのか)
考えれば考えるほど、《ハンター》の行動理由が見えてこなくなる友野であった。
数分考えても全くそれらしいことが思い浮かばなかったのでまぁいいか、と思考を締めくくった友野は、そのままそこを出ようとした。
思考にふけっていたからだろうか。
ぴちゃん、ぴちゃんとあたりに水がしたたり落ちるような音がしているということに。
あるいは、アスファルトの地面をペタン、ペタンと裸足で歩いてくる音がすることに気が付かなかったのは。
それは、振り返ってきた先から響いていて、反射的に友野は口を開いた。
「誰か、いるのか?」
そういった瞬間、地面からニュッと、まるで生えてくるかのように出てきたのは、幼い少女だった。
年齢は六歳か、それくらいだろうか。
友野はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「流起友野だよね」
「ん?」
「No1で、《全攻撃》で、めちゃくちゃ強い流起友野だよね!」
少女らしい高いソプラノボイスに少女らしかねない剣幕で捲し立てられ、これには流石の友野もお、おうと曖昧な返事を返すことしかできなかった。
(……なんだ、こいつ)
一瞬、少女に化けた何かかと身構えたがそうでもないらしい。
というか、そういう思考が咄嗟に出て来るあたり、No 1は異常である。
「俺に、何か用でもあるのか?」
およそ少女に聞くような聞き方ではなかっただろう。
本来なら、もう少し高い声で落ち着けるように言葉を発するべきだっただろう。
しかし、なぜかこの少女にはその必要はないと友野は思ったし、それよりも少女が何か急いでいるような感じがしたのだ。
「ッ! ……そうなんだよ。最強のNo1なら私のこともどうにかしてくれると思って!」
案の定だったらしい。
案外、感というものもバカにはできないなと再認識する。
だとしても、何がこの少女をそんなに急がせているのか。
違う言葉で言えば、何がこの少女を焦らせているのか。
ただ単純に親とはぐれた、友達とはぐれた、とそんなところだったらわざわざこんなところまでNo1を探しにはやってこないだろう。
それこそ、何か命に関わるようなことでなければ。
「それは、俺じゃないといけないことなのか? 俺以外……例えば天智未来とか、星見琴光とかじゃダメなのか?」
友野は、当然の疑問を少女にぶつけた。
少女は、うーんと声を出して可愛らしく考えた後に、首をしっかりと横に振った。
「やっぱり、No1じゃないとダメなんだよ!」
そう真っ直ぐに見つめられて否定された友野は今度こそ怪訝な顔になった。
「……」
その瞳に宿る本気さから、友野は逃げることもとぼけることも、ましてや無視することもできないことを悟ったらしく、一度大きなため息をついた後、少女に問うた。
「わかったよ。俺にできることならやってやるけど……。まず、お前の名前を教えてくれないか? 参考までに。つか、なんでそんなに濡れてんだよ。寒くねぇのか?」
どうやら、ため息と一緒に本音の方も漏れてしまったようだ。
友野自身も、あ、と口を押さえていた。
「すまん。そこについては触れないようにしてたんだが……」
「ハハハ、いいんだよ。あなたって結構ユニークな性格? じゃぁじゃぁ、特別に教えてあげる!」
なんだか、しょうがないなぁーと言われているような友野は苦笑いした。
そんなことを気にすることはない少女は、髪の毛についた水滴、首を振って払った。
「うをっ、冷た」
「私の名前は発飛。能力は《水竜》。水の中に溶け込むみたいに潜ることができるの! すごいでしょ!」
「あ、あぁそうだな」
「反応薄っすい!」
頬をプクーと膨らませた少女に、友野はさらに質問を重ねてみることにした。
「で、お前はどうして俺のところに来たんだよ。俺に何をして欲しい?」
そう返すと、少女はえ、と目を見開いた。
「え、ってなんだよ……」
「えっと、いやぁ……。信じてくれるの? 私のこと」
「? 信じない、なんてことはないだろ。見た感じお前には俺への敵対心はないし」
発飛がそれを聞いて笑顔になったのを見て、友野は本当に子供は感情の起伏が大きいな、と思った。
それでも、子供にしては口調がはっきりしているし、子供らしくない言動も多いのだが。
「聞いてくれる? 私がどんな人間だったとしても」
友野はあぁ、とうなずいた。
どうしてかはわからない。
それでも、この少女は自分が救わなければ命が危うくなるとおもったのだ。
それが運命に従ったことだとは友野は思わなかった。
運命から背いたことだ、とも。
「聞いてやる。お前がおれの敵じゃない限りはその願いを聞き入れてやるよ」
パッと、少女の顔に笑顔が浮かんだ。
それから、えへへとはにかんで言った。
「えーと。私の名前が発飛だっていうのは話したから……。そうだ、私はねつい三日前にとある実験施設を抜け出してきたんだ」
「ん、それって戻った方がいいんじゃないのか?」
友野はやっぱり迷子の相談だろうか、と思ってそういった。
発飛はそんな友野から目を背けながら決定的な言葉を口にした。
「私がいたところはおそらくあなたが想像しているような生ぬるいところじゃないよ。……おそらくもう私が戻ったとしても殺されるだけだと思う」
「はぁ。殺されるってそんな大袈裟な……」
「ううん。それくらいの覚悟でいないといけないの。だって、私が抜け出してきたところだと違法薬物とかが平気で使用されてたもん」
「なっ」
その組織は、一体なんていう組織なんだ。
と、友野は聞こうとしたがそれよりも前に発飛は俯いた顔をあげて、友野を睨みつけるように懇願しながら言った。
「私の、私のいた組織は正式名称はないよ。でも、確か表ではこう呼ばれているって聞いた……。確か、《ハンター》」
ブワッと友野は自分の体のどこかが、いいや全身が反応したのがわかった。
「信じてって言ってもいきなりは信じてくれないかもしれないけど……。本当のことなんだよ! 私は、私は!」
「ちょっと待って!」
「え、あ、はい」
それが、もしも本当のことだったとしたら一大事だった。
裏社会の人間は基本的に裏社会同士でしか人身売買は行わないはずだった。
だからこそ、《ハンター》という組織がありながらも国は政府は足取りを掴むことができなかったのだ。
それが、表社会にも手が出ているとでもいうのだろうか。
「……お前からは、裏社会の人間の匂いがしないから信じてやってもいい。けどさ」
「なん、ですか?」
「ちょっとだけ、質問していいか?」
「うん、何個でもいいよ」
友野には聞きたいことが多くあった。
その中でも、選りすぐった質問だけを口に出す。
「お前は、《ハンター》の実験施設から逃げ出してきたって言ったな。ここからは大前提としてお前が《ハンター》の一員じゃないと考えて話すんだが……。お前の体にはGPSとかつけられてないだろうな」
「GPS?」
少女は、首を傾げた。
おそらくGPSが何かわからなかったのだろうと思い、友野は口を開き直そうとしたが。
少女の口調が無機質なものへと変わった。
『ワード確認|《GPS》。検索完了。GPSとはGlobal Positioning Systemの略称でアメリカが軍事目的に開発した情報系の機器である。また、1993年三月からは日本や世界の各国が無償利用できるようになっていて、一般市民もこれを利用することが可能である』
友野はその様子の変わった少女を見て目を見開いた。
何が起こっている、というよりはお前は誰だ、という驚きに近いものに。
『私は発飛。《ハンター》に植え付けられたもう一つの発飛です』
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