第20話 《嵐》はまだ、姿を見せずして
流星学園の校舎を、親たちのクラスからずっと東側にありていくと、そこには光たちのクラス、四年一組が存在する。
さらにその奥まで進んでいくと、すぐにほとんど使われることのない階段がある。
エレベーターの方が、疲れなくていいし、そもそも階段が別の場所にもあるからだろう。
そんな不遇な階段だが、一応掃除だけはされていて、むしろ使われていない分他の場所よりも床などが傷んでなかったりして、綺麗である。
そんな使われない階段を、もちろん教師が通るはずもなく、密会や男女のあれこれに使われることが多々ある場所でもある。
木材の使われた手すりを愛好する変人も、数年に一回現れるとかなんとか。
そんな場所で話すのは、なかなかに新鮮である。
時は昼休み。
多くの学生が、学食を食べに食堂へ行っている時間帯に、進とみことはその場所で持ち寄った弁当を食べていた。
「珍しいよな。お前が弁当なんて」
みことは、自分の弁当を食べながら言った。
「ん、まぁそうだな」
進も、美味しそうに食べている。
「誰がつくたんだ?」
と言われて、一瞬固まったが。
みことはニヤリとした。
進が自分で作ってないということがわかったから。
「……な、なんだよ」
「いやぁ、母上にでも頼んだのかなぁ、なんて」
「違うな。全く違う」
進の母はいない。
いや、いるけど、いない。
あっちの世界ではもう死んでいるか、ということに気がついたので、死んでいる設定にしておこうと進は決める。
(いや、それにしても数千年のズレってどういうことなんだろう。単純に世界のはじまった時間がずれているっていうのなら、数十万年はずれていないとおかしい気がするのだが……)
どっちにしろ、もう彼には関係のない話だろう。
「えぇ、じゃぁ誰だよ。父の方か?」
「もっと違うな」
進の父はそもそも、こっちに来る前に死んでいた人間である。
それと、作ってくれたのは男じゃないからなぁ……、とみことには聞こえないように心ななかで呟いた。
その後、声を出す。
「唐揚げ、うめぇ……」
「こっちの話題にまさかの無視かよ!」
全力で、ツッコミを入れてくるみことに対して、進はじゃぁ、と逆に問う。
「その話題、そんなに必要?」
めちゃくちゃうんざりした目が向けられていた。
みことも負けじと言い返してくる。
「必要だろ! 高校生男子たるもの、日常のありとあらゆる話題に青春を見つけなければいけぬのだよ。特に、俺らみたいに男同士で飯を食う人間はなぁ!」
「その心は?」
「リア充、爆発しろ!」
そこまで叫ぶみことだったが、結果は虚しく、誰もいない階段に声が響いていくだけであった。
「ふぅ」
「いや、そこでやり切った感を出されても」
進は、半眼になって突っ込んだ。
みごとに周りは白けてしまっている。
ひゅう、と風は吹いてこない。
(……室内だしな)
しばらくして落ち着き、というか冷静さを取り戻したみことが再度、進に問う。
「で、結局誰が作ったんだ?」
と。
こいつ、学習してないな、と進は思い、言い返すのも面倒になったのでネタバレする。
「光だよ」
「光?」
(言ったらなんか「?」つけやがったよ、このやろう!)
と叫びそうになるのを進は気合いで抑えた。
「光って、あの?」
「……どの光を想像してるのかは知らないが、この学園のNo3の光だな」
ハッキングの件が片付いた後に時間が余ってしまったので、進が何をしようかと考えていると、光が勝手に作り始めたのだ。
(割とシリアスな雰囲気だったのに、どうにかしてやがる)
と、今更ながらに思った進だった。
(……まぁ、上手いからいいんだけどな。あと、男物の黒いエプロンがどういうわけか似合っていたなぁ。あれ、でもよくよく考えれば、光は能力で跳ねたものとかは防げるし、俺のエプロンつける意味なかったんじゃね?)
なぜ、光がエプロンをしたか。
それはきっと彼女のプライバシーに関わることなので深く言及しないでおこう。
いや、そもそも全く想像すらできていない進であったが。
みことが何か言っているが、進の耳には届かない。
そうして昼の時間も、いつも通り流れていく。
弁当を食べ終えて、昼休みが過ぎ去ると次は、午後の授業だ。
少し他の人たちと時間をずらして教室から出ようとすると、進たちのほかに、まだ一人の女子が残っていた。
何やら、慌てて机やカバンの中をゴソゴソと漁っているのを見て、進は授業前なのにどうしたのだろうか、と思い声をかける。
「何をしているんだ?」
声をかけられた方は、ビクリと一瞬肩を振るわせたが、すぐに振り向いて、
「あ、いやぁ、なんか教科書を忘れちゃったみたいで……」
と言う。
(なんだ、それだけか)
と、思った進だったが、授業が国語。
しかも、現代文ということを思い出してあぁ、と納得する。
なんというか、教師が他と比にならないくらいには怖いのだ。
(真面目ちゃんには辛いだろうな。あの人は)
かく言う進も少し怖かったりする。
「あーと、じゃぁ、俺のやつ使うか? 後ろの方だし、流石にバレないだろ」
音読とか、そう言うのがない限りはな、と進は付け足した。
え、いいの? と言うふうに彼女は一瞬目を輝かせたが、
「あ、えと、進くんは?」
と、おそるおそる聞き返してくる。
「あ、いや。大丈夫、気にするな。俺はみことのを使うから。それで、みことが忘れたことにする」
「え、ひどくない?!」
と言うのは、みことの叫びだ。
あと、目の前の少女もそう叫びそうになったことを目の前で見ていた進は知っている。
「ま、そう言うことだから気にすんな。授業終わったら返してくれよ。それでいいから」
投げやりなその言葉には、は、はい! という返事が返ってきた。
その女子は、その後時間を見て、慌てて走っていってしまった。
「あいつ、惚れたな。」
「……誰に?」
不意にみことが呟いて、進は素でキョトンとした声を返す。
「お前に」
だが、次にそう言われて、
「それはないな」
と、返す。
(うん、それはない。それだけは、絶対にない)
仮にそうなっていたとしても、ラブコメルートは存在しない。
みことも、十割冗談で言ったらしく、
「そうだよな」
と、笑って返してくる。
授業開始まで残り一分。
この時点で、二人はもう次の授業には間に合わないことを確信していた。
(これは、不幸だ、って叫ぶべきだろうか)
と、馬鹿なことを考えてこのネタはこの世界の人間はわからないのか、と本当にどうでもいい結論に至った進であった。
結局、進は先生に、「迷いました」といって、まぁ編入生だからな、という理由でギリギリ許してもらい、みことだけが怒られる羽目となった。
(S級なんだから良くね?)
と、思った進だったが、ダメらしい。
出席しなかったら、S級だからで許してもらえたかもしれない。
(お隣の席から、なぜか物理的精神ダメージがあるのだが。……いや、物理的精神ダメージってなんだよ)
「そういや、みこと」
と、小声で呼びかけると、みことも
「ん?」
と返してくる。
そういうあたりノリがいいと進は思う。
「あの先生の頭って、かつら?」
そう聞いてみた進だったが、みことからは、
「知らん」
と、答えが返ってくる。
「逆に、どうしてそう思ったんだよ」
「ん、あ、いや。ここから見るとちょっと髪の毛と、見た目が合ってない気がしてな。偏見だから、間違っている可能性もあるんだけど」
みことも、目を凝らして見てみるが、わからないらしく首を振る。
まず、そんなに見えないことに気がついたのだろうか。
「進お前、視力幾つだよ」
と、彼が聞いてきた。
「……えっと。確か二とかそれくらいだったと思うけど」
「いや、結構高いな?!」
日本ではな、と進は補足した。
こういう都会では、一般的に視力というものは落ちるものだ。
野生の中で生きていたら、視力が十以上になると聞いたこともある。
「まぁ、カツラかカツラじゃないかとか、はっきり言ってどうでもいいけど」
「うん、めちゃくちゃどうでもいいなこの話」
そして、教師が怖いほど授業の内容がよくわかるのはどうしてだろうか、と進は新たな疑問を発見した。
寝たら、ぶっ殺されるとわかっているため、流石の睡魔も襲ってこないからだろうか。
(今日に至っては、そういう油断が、最悪の結果を招く可能性もあるのだし)
しかし、意外と拍子抜けした。
これだけ待っても、ハッカーは行動を起こしてこない。
ということはやはり放課後が怪しいのだろうか、と進は考える。
(だとしても、やっぱり奴らが何をやりたいのかはさっぱりわからない。極論になるけど、俺のスマホに連絡を入れてきたのは、何かの目的を果たすための《フェイク》かもしれない)
あとは、あのハッカーが《ハンター》ではなかったということ。
(考え出したら、ほぼ無限に可能性なんてものは浮上してくるんだが……。まぁ、最大限警戒するに越したことはないだろうな)
と思い、進は薄く笑う。
(後々、後悔の残らないように行動しよう)
そうして、さらに時間は進み、やっと今日一日の授業が全て終了した午後四時前。
一日の開放感にかけられて、一層騒がしくなった教室で伸びをすると、みことが背後から押してきた。
「なんだよ」
といいながら振り返ると目の前に教科書があった。
「あ、あのこれ。ありがとうございました」
そういえば、二時間前にこれを貸していたな、と進はどうでもいい事のように思いだす。
みことはどうやら進にこれを教えてくれたらしい。
当の本人は自分の荷物の整理を始めているから、ありがとうという気にもならなかったが。
「いや、大丈夫大丈夫」
そう言って、教科書を受け取ると、進はそのままバックに詰め込んでいく。
なかなか、使用事の型崩れが起きないバックだ。
女子の方はまた走り去って、という距離でもなかったらしく大人しく歩いて返って行った。
「さてと、問題はこっからだな」
進は、みことに言う。
彼も頷く。
ここから、ここから盤面がどう動いていくのかが大切だ。
《ハンター》がもし、本当に進を狙っているのだとすれば、逃がしてくれるはずもないだろうし。
(住所を特定されていたら、ほぼ積んでいるようなものだな)
「大人数、ってことはないだろうな」
進はみことにいった。
「あぁ、《ハンター》ってのは狂っていやがるからな」
「はっ、らしいな」
そういう、進の言葉に対してみことは挑戦的な目で見つめ返してくる。
「そもそも、俺は奴らとちょっとした因縁があるんだ。いずれ炙り出して潰してやろうって考えてたくらいだし。動いてくれるんなら、ちょうどいい」
そんなみことの言葉に、進は苦笑した。
周りの人間は、おそらく何を話しているのか分かっていないのだろう。
危険が迫っていると言うことにも、気がついていないわけであるし。
(ま、いくら能力社会とは言っても、表の世界を生きている人間にとっては、人殺しは仮想戦闘スタジアムの中だけだしな)
進は、メモリーとの会話を思い出した。
メモリーは何を持って、進に変わったことはないか、と問いかけたのだろうか。
思い返してみれば、進はおかしいことに気がつく。
「変わったことはない?」「取り返しのつかない異なる前に」彼女が、なんの意味もなしにそんなことを言うはずがなかったのだ。
(まさか、メモリーはこれを見越していた、と言うのだろうか)
流石にありえないといいたいが、それでも進は彼女ならと考えてしまう。
(彼女なら、これくらいの予測、楽にできてしまうんじゃないか?)
彼女は、進に言っていたじゃないか。
自分は《原初の四神》の一柱だと。
進は、実際に、追憶を体験してきたのだ。
あれは、ある一種の警告だったのではないだろうか。
「……いや、それでももう、こうなってしまったんだ。仕方がない。久しぶりに、腹を括るか」
引き攣った笑顔で、彼はそう言った。
《行間》
《目標確認成功》
《目標識別完了》
《配置準備完了》
《地形把握完了》
《能力の核全回復》
《全完了》
ヒュゴォォォォォ……と風の吹くビルの屋上で、《長距離砲》を手にかけた人間が一人。
無線の先にいる人間に声をかける。
「α2、準備完了。作戦決行まで待機する」
無線の奥からも、返答の声が返ってくる。
『α15も準備完了。まだ目標は学園からは出ていない。確認するが、弾丸は?』
「殺しにではなく、脅しに使うための弾丸を装填している。打ち込み次第、俺は撤退する。どっちを狙う? というか、当ててもいいのか?」
『万が一に備えて、威嚇だけにしろ。前線の方は俺がどうにかする。間違っても殺すなよ』
「分かっている」
ニヤリと、男の口角が上がる。
さぁ、もうすぐターニングポイントだ。
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