第17話 ここから始まる《物語》
ガバリ、と進は飛び起きた。
いったい、今のはなんだったんだ? と。
頭の中での情報の処理が、追いついていない。
「あ、起きた?」
メモリーがいた。
いつの間に用意したのか、彼女専用らしい椅子に座って、本を読んでいた。
進とは真逆の落ち着きっぷりだ。
(……今の、は?)
進は、おそるおそる聞いてみる。
触れてしまってよかった物語なのか。
たった一人の人間ごときが。
「進くんが今見てきたのは、《忘却世界の鎮魂歌》。今の今まで、神々の中でしか語られてこなかった、本当の《原初の四神》の物語」
メモリーは、スラスラ語るが、
(いや、本当に俺なんかがしっちゃっていい内容だったの?!)
「進君も戻ったら探してみなよ。原初の神達の物語をさ。今の内容とぜんっぜん違っているから」
気にするな、と言うようにメモリーに返されて、進はやっと受け入れられた。
(これが、この世界の《始まり》。それと、俺の住んでいた世界の……)
おそらく、人類の誰もが知り得ないような情報を手に入れてしまった。
そして、なんの役に立つかもわからないような、壮大すぎる情報を。
「ところで進君」
(ん、なんだ?)
「君はその神話、どこまで見れたの?」
そういえば、と進は思い返す。
そういえば、あのお話、というか魔法はかなり不自然なところで終わっていた。
あれで終わりなのだと、すんなり受け入れてしまっていたが、よくよく考えてみるとおかしすぎる終わり方だ。
(なんか、《果て》から戻ってきた後に、よくわからないけど、何か強い神が現れたところまでだな。そこからは古いテレビの砂嵐みたいに、目の前がなっていって……)
そういうと、メモリーは急に詰め寄ってきて
「そこまでしか見れなかったの?!」
と言ってくる。
それがどうかしたのかはわからない進だったが、急に彼女が目と鼻の先まで近づいてきたのでそれどころじゃない。
「あ、ご、ごめん!」
メモリーもそれに気がついたようで、そういうと後ろに下がった。
彼女も目一杯赤くなっていたが、進は火照りかけた体を冷やすので、そんなことにな気が付かなかった。
「と、ともかく!。そこまでしか見れなかったんりゃね」
同じ理由で、彼女が噛んでしまったとしても気が付かない。
数秒息を吐き出して、やっとのことで落ち着いた進は答える。
(あぁ、そこまでしか見れなかったな。その後の方が大切だったとかそういうのか?)
メモリーも落ち着いてから喋り出す。
「ううん。あれは神話であって、世界のお話。どこからどこまでが一番大切で、逆にここは必要ない、なんて絶対にないよ。全部、大切な神話だ」
(じゃぁ、どうしてお前はそんなに驚いたような顔して、慌てるんだよ)
「っ、それは……。進君に話していい内容なのかはわからないけど……。うん、まぁいっか。さっきのお話は、見てきてわかったと思うんだけど、主人公は私じゃないんだ。《上に立つ者》がそう。できれば、彼の最後を見て欲しかったな。いや、私は最後まで見ることができるように設定していたはずなんだ。それなのに、それから先がないってことは。本当に、その先は失われちゃったんだね」
彼女が言っていることは、九割は理解できたが、
(失われた、ってどういうことだ?。お前は覚えているんじゃないのか?)
「覚えているよ。間違いなく、はっきりと。あの数億年間は絶対に忘れはしない。絶対に私は忘れはしないけど、物語としては失われてしまった。」
そうか、と進は心の中でつぶやいた。
彼女が、何を体験したかはただの憶測にしか過ぎないが、決して楽しいものではなかったのだろう、ということが、彼女の表情からは窺えた。
(……俺は、知ることができなかったみたいだな)
「あはは、そうだね。でも、この物語をひとかけらでも知っているっていうのは君の人生にとって何か大きな鍵になると思うんだ」
進は、そうかもしれないな、と苦笑する。
「あ、そうだ。話は変わるんだけど進君」
(ん、なんだ?)
メモリーが思い出したかのように話題を変えてきた。
「進君の周りで、なんか変わったこととか起こってたりしない?」
そう聞かれて、進は少し上を向くような仕草をしながら、えーとなんかあったけ、と最近のことを思い出してみる。
(変わったこと……、変わったこと……。変わったことって例えば?」
特に変わったことが思い浮かばなかったので聞き返す。
身の回りで変わったことといえば最近生活環境が突然一変したくらいか。
そのせいで、何にも感じなくなっている可能性はある。
「うーん。変なところで人の死体が確認されたり、とか?」
(怖?! ねぇよ! んなもんあったら真っ先に思い浮かぶわ!)
「じゃぁ、彼女ができたり、とか」
(いや、ねぇな)
進は、それだけはないなと思って、というか考える前に口が動いてた。
「よかったぁ〜」
(?)
「そんな女がいたら、今からここで呪い殺すところだった」
(いやもっと怖?! 神だってことを明かしたメモリーがいうと冗談に聞こえないんですけど?! てか、冗談ですよね、メモリーさん?!)
「ははは、そうに決まってるよ。……多分」
(いや、最後の何?! 多分って何?! 言い切ってくれよ!)
進は思った。
メモリーって、意外と独占欲高めなんだな、と。
しかも、なんかメモリーの周りに黒いオーラが見えるような気が…。
ここには、気温とかそういうものがないが、もしも存在していたとすれば五度くらい気温が下がったのではないだろうか。
(あ、そうだ)
と、進は心の中で言った。
「なになに?」
と、メモリーも聞き返してくる。
気温が五度上がった。
(《精神操作系》の能力者とたまたま会ったんだけどだ。あれってどうにかして防ぐことはできないのか?)
精神攻撃に、まんまと引っかかってしまった彼としてはそこら辺をきちんと知っておきたい。
ああいうタイプは、目の前に現れないから厄介だ。
「あぁ、出会ったんだ」
メモリーはまるでまさか、とでもいいたげに表情を変えた。
それもそうだろう。精神を操るタイプのウエポンを持つ人間はごくわずかだから。
数千人の生徒、いや、一万人に届く生徒数を抱えるあの流星学園内ですらおそらく、いない。
いたとしても、一人か二人。
多くても、二桁には届かないだろう。
発現率そのものが低いのだ。
同時に、サンプルが少なく、対策が取りにくい相手であったりもする。
光もあまり戦ったことはない、と言っていたので聞いていないし、みことに関しては聞くのが癪に触ったので聞いていない。
だから、歩く図書館。
いや《知識》の神様であるメモリーに聞いてみる。
ほら、困ったときは神頼みっていうし。
まぁ、進ほど直に神様にお願いをする人間はあまりいないと思うが。
「防ぐ方法? いいよ、別に。そんなに難しいことじゃないし。教えてあげる」
メモリーがいうには、《能力の核》の操作能力が高い人ほど、そういうのにはかかりにくくなるそうだ。
理由としては、《能力》は自分よりも密度の高い《能力の核》にぶつかると、消滅反応を起こすという性質を持っているからだとか、なんだとか。
つまりは、能力を使いまくって強くなれ、とそういうことらしい。
いや、まぁどうせそんなことだろうとは思っていたけれども。
(あれ、じゃぁ《精神操作系》って思ったよりも強くないのか?)
そう考えたが、メモリーがいいや、とかえした。
「そういう人たちの強みは、奇襲とかそういうのに大きく役立つこと。特に、大体の人は常日頃から警戒、なんてしていないでしょ?」
(はい。おっしゃる通りです)
進は、なんだか自分がいい例にされたような気になって少し、目を逸らした。
メモリーはその目をおう。
イタズラげに笑っているのが進の方から確認できたので、おそらく目の前で進君のようにね、とでも言っているのだろう。
ダイレクトにその意思が伝わってくる。
顔面が可愛いので、イライラしたりはしないが。
むしろ、眼福である。
(まぁ、これから精神攻撃の方は気をつけていくとして……。あれ、こんなことしてて俺の体の疲れの方はちゃんと取れてるんだろな?)
代わりに、ふと疑問がどこからか湧き出てきた。
メモリーは、笑って返してくれる。
「大丈夫大丈夫。こっちにいるのはあくまでも精神の方だけだから。肉体の方は今もずっと眠ってる。多分、進君がこっちから帰った瞬間に目覚めると思う。転移した時もそうだったでしょ?」
そう言われたので、進は思い出してみる。
変な時間に起きてしまったのはそのせいか、と、いらない情報を手に入れた。
どれくらいいらないかというと、中学校の美術で習った染色面くらい。
はい、『染色面とは』と検索しようとした人、アウトです、と心の中で、馬鹿なことを考えているとメモリーがグッと伸びをした。
……なんというか、神様の体って神秘的だよね、と思った。
「進君?」
(あ、やべ)
やはり、というかもちろん思ったことは彼女に伝わってしまうわけであって……。
そのせいで、進はとっても気まずくなったが。まったく、と声を漏らしてから普通に話しかけてくれたので、怒ってはいないらしい。
ほっとため息を進がついた時、フッと辺りが薄らぎ始めた。
(……あ、時間になったみたいだ。また、いつでも呼んでくれ。じゃぁな。)
「……うん、じゃぁね。」
結局、それ以来彼と彼女が会うことはなかった。
いや、それはこの《大図書館》の中では、という意味だが。
それはなぜか_____まだ知るべき情報ではない_____からだ。
《行間》
目が覚めた進は、ちらりと時計を見た。
デジタル時計には、六時十三分と表示されている。
いつも起きる時間とそう大差がない。
窓から、朝日がうっすらと差し込んできて、進は静かだ、と感じた。
今の今まで、ここにいない少女と二人で騒いでいたから、少し物寂しく感じる。
(いいや、寝起きにはこれくらいがちょうどいい、か)
叩き起こされもせず、ただゆっくりと流れていくだけの時間を寂しく感じられるのも一つ、この世界ならでわのことだから。
テレビの電源を入れて、ニュースを開いてみる。
一通り目を通してみたら、特に何もやっていなかった。
仕方がないので、天気予報でもみておくことにする。
今日も東京は晴れらしい。
《オリジン》にはいったいいつ雨が降るのだろうか。
「さぁて、暇だし。いつも通りラジオ体操でもしますかね」
と、つぶやいたときスマホが、ピコンとなった。
ん、と声を漏らし進は首を傾げる。
こんなに朝早くに連絡を送って来たのはいったい誰なんだ、と。
(みことだったら、許さん)
そう思いながらも、みことであることをちょっと期待しながら画面を開くと、
(光? 珍しすぎるだろ、こんな時間に連絡をよこすなんて。しかもこれ、どういうことなんだ?)
送られてきたのは、おはようというスタンプだけ。
彼女らしく、簡素な物である。
送り間違いだろうか。
なぜなら、友人には、午前中はできるだけメールとかスタンプとか送ってこないでくれ、と、言ってあるから。
暇なので、?、のマークを送り返す。
すると、すぐに既読がつき、そのまま返信は返ってこなかった。
「……」
なんなんだよ、本当に、と画面を見ながら思った進は、思い切って光に電話をかけてみる。
……でない。
もう一度掛け直す。
もう一度。
さらにもう一度。
そうして、やっと電話に出た光は、少し不機嫌で。
「……何?」
いつもよりも、低い声で聞いてきた。
「いや、何って。こっちこそ……。いや」
進は何を思ったか、真面目な声を装い、光に問いかける。
「なぁ、光。お前のスマホから、俺のスマホにさっき連絡入れた?。もしくは、俺の連絡が行ってる?」
果たして、答えは否であった。
進は思わず苦笑いしながらいう。
「つまり、俺のこのスマホに届いた連絡は、光の名前でハックしてきた、誰かさんからってことかよ」
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