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第18話 《日常》の終わりの鐘がなる

 電話の向こうの声が、驚いたようなものに変わる。



「ちょっ! それって、どういうこと?!」

 


 逆に、進の方は冷静に語る。



「別に、どういうことって言われてもなぁ。ハックされていた、としか言いようがないんだよなぁ。」


 

 現状、メモリーと話して、ここに帰ってきてみたらハッキングされていたのだ。

 それまでは、怪しいサイトとかには入ってなかったし。


 そもそも、進のスマホにかぎらず、こちらの世界の電子機器は、あちらよりも大層立派なファイアウォールにプロテクトされているのだ。

 

 そうそう簡単にこんなことが起こるはずはない。



「そう考えると、今回のハッカーはかなりの手だれか、それこそ《精神操作系》のウエポンを持つ人間が関与してる……。そう考えた方がいいな」


 

 進は、考えてみるが、そんなことができる人間を彼は知らなかった。

 

 悠太あたりなら、そういうことに情報通なのかもしれないが。

 こんな私情で、ハッカー特定しろなんて頼めるはずがない。



「とりあえず、そのスマホは今どうなって……」


「使うぶんには問題はなさそうな感じだな。けど、この会話も筒抜けな可能性があるから、あんまり個人情報に関わるようなことは言わないようにしよう」

「了解したわ」



 テンポよく会話は進んでいく。



「というか、学校で話さねぇか?」


 

 進は、光にそう提案したが、光の方は学校はちょっと……、と言って承諾をしなかった。



「なんで?」


「……いや、だってさ。学校って、変な噂が立ちやすいし……。あのね、私、男子と話すのがあんまり好きじゃないから、学校だとあんまり話したりしないの。それが急に、早朝の学校で異性と……、とか。みんな大好きなネタでしょう?」


 

 あぁ、と進は遠い目になる。

 あったなぁ、幼馴染とそんなこと、という目だ。



「と、いうことで、誰も知らないあんたの家にいきますわ」


「いや、そっちの方がダメじゃね? つか、男子と話すのが嫌なら、無理して俺とも話さなくていいからな?!」



 進の言葉は、虚しく響くだけで聞き入れられることはなかった。



「あ、それだったら」

 


 進は電話が切られる前に慌てていう。



「?。どうしたの?」

「それだったら、GPSを切っておいてくれよ。こんなことを話しているけど、ハックされているのは俺の携帯じゃなくて、光の方かもしれないんだから」


 

 光は、あ、そうかと呟くと、



「了解。じゃぁね」

 と、言って通話を切った。


 

 十数分後。光が昨日に引き続き、今日も進の家にやってきた。

 彼女の第一声はこれだ。



「どういうこと?」


 

 おそらく、ハックの件に大して吐かれた言葉じゃないそれに、進はキョトンとして彼女を見つめる。

 どういうこと、とは?



「さっき、絶対絡んでくると思った不良どもが絡んで来なかったし。運動部みたいなノリになってたし! というか、不良が道を譲ってくれるってどういう状態よ!」



 言い切って、ゼーハーと息を荒くする光に対して、進は、あぁ、と手を打った。


 なんとなく、そうなった理由に心当たりがあって、というか心当たりしかなくて、その原因……、夜のお散歩の日課を光に説明する。



「……はぁ、あんたが原因なのね」

「え、ならしょうがないわねって続きそうな言葉やめてもらっていいですか?!」


「やーだ。だって進がきてから生活が変わってきたのは私も同じだし」

「え」


「あ、ちょ、ストップ! 今のなし、忘れて!!」

 


 と、しばらくそんなバカな言い争いは続き、それに終わりを迎えさせたのはスマホの、ピコンという通知音だった。



「ん、不正アクセスの逆探終わったか。っと、今はハックされてはいなさそうだな。けど、二十分前に一回、不正アクセスがあったぽいわ。場所は……、特定できない、か」


「進のスマホ、本当にやられてたんだ……。うーんやっぱり、《ハンター》にやられた、って可能性が一番高いわね」


 

 光が、鋭い目つきになってそういった。



「ハン、ター?」



 と、進は聞き返す。

 

 初めて聞く名前だ。

 狩り人、とか狩人とか、そういう意味だったと思うけど、と考えていると、光が答えてくれる。



「《ハンター》っていうのは、ここ数年で世界規模に大きくなった裏社会の組織ね。今では、世界の一国と互角に渡り合える戦力を持っているとか噂されているけど……。ほとんどが、都市伝説で語られていて、実際に会ったことのない人は、信じないわね」


「どうして光は……」



「私の場合、襲われたのは一度や二度ではないのよ。最近は、直接的に私の害になるような干渉はなかったけど……。まぁ、今回のそのハックの仕方、私の時と同じだわ」

「?!」


 

 進は光の方を見返す。お前もやられたのか、と。

 同時に確かな疑問も覚える。



(どうして、俺なんか。ただの一般人Aだぞ?)

 と。



 S級でもなければ、《ハンター》の敵に回ったこともない。

 奴らにとって、不利益な情報も持ってはいない。



「……進、気をつけてね。これはおそらく、奴らからの宣戦布告だから」




《行間》




 月日は百代の過客にして、行くこう年もまた旅人なり、と芭蕉はいった。

 

 それを綴った、奥の細道はこの世界にも存在し、内容も対して変わってはいない。


 

 あぁ、全くその通りである。時は、人を置いていく。

 まってくれは通用しない。


 故に、日常の終わりがいつ訪れたとしても、人間ごときに文句を言う資格はない。

 権利もない。


 ぷはっ、と誰かが笑いだすとその笑いは瞬く間に伝播していくように、崩壊なんてすぐに始まる。


 

 ここは、とあるビルの中。

 例の三人の男たちがいた場所だ。

 

 今は、二人が別の場所へと帰っていき、白衣の男だけが残る形となっている。


 

 いや、そうでもないか。

 いなくなった、二人の男の代わりにどうやら今度は男の部下が、二名ほどこの場所にやってきているようだ。



 彼らは白衣の男の前に跪き、黙って指示を待っている。

 


 それは、殺し屋というよりは、古き良き王道ファンタジーに出てくる王と貴族に近いが。

 白衣の男が重苦しそうな口を開いた。



「《ヴォルダ(・・・・)》より、貴様らに伝言を伝える。今回の任務は殺しではない(・・・・・・)


 

 部下二人の体が、ぴくりと動いた。

 

 どういうことですか、とでも言いたいのだろう、と白衣の男改め、ヴォルダは考える。

 ハッ、と嘲笑う。



「最近は、殺しの任務が少なくなってしまって退屈かもしれないがな。これさえ手に入ってしまえば好きなだけ、暴れられるんだ。まず、これは暴れるための前哨戦。失敗だけは許されない。心して望めよ、犬ども」


「「はっ!!」」

 という、返事が二つ。



 以上だ、というと遠ざかっていく足音も二つ。

 ヴォルダは立ち上がる。


 あらかじめ、ターゲットや作戦内容は彼らに伝えてあった。

 だから、決行前には伝言しか行わない。


 それだけで、奴らは動く。



 なぜなら、奴らは犬だから。

 自分の使うコマとなる、たった二匹の《狂犬》だから。



 ガチャリ、とそこのドアがおそるおそる開かれた。

 

 どうやら、何か異物が混ざり込んでしまったらしい。

 そういうものは、追い返すのではなく、殺してしまうのが一番いい。

 

 家に出た、ゴキブリと同じように。

 数秒後、その部屋の中には、行き場を失った中年の男性の声が、血飛沫と共に残響していた。



 ピルルルルルルル……、と非合法のスマホが鳴る。


 今度はなんだよ、とヴォルダは訝しみながらそれにでる。




「ヤッホー。聞こえる?」


 


 そんな、彼の電話に出たのは女だった。

 そんなのが名前も言わずに話しかけてきた。


 普通なら、表の人間を装って、すみませんどちら様でしょうか、とでも言っただろう。

 しかし、今回は違う。



 この女の声を、彼が聞き間違えるはずがない。

 ヴォルダは震えた声で、驚きを表情に出しながら言う。



「っ! 裏か。なんのようだ」


 

 しかし、それでも虚勢は一応貼ってみる。



「あはは。無駄だよ、無駄。そんなに虚勢を張ってもね。今回は一つ、忠告をしにきたんだ」

「忠、告?」



「そう、君たちに任せっきりになっている《____》のことだけど。あれ、完成したらちゃんと私にちょうだいよね」



 何をバカなことを、とヴォルダは言い切ってやるつもりだった。

 しかし、口が思ったように動かない。

 

 この声に、恐れをなした?、いや、そうではない。



(クソッ。この女。こんなに遠く離れた場所にいるのに、これだけピンポイントに《空間支配》を行ってやがるのか?!)



 女はおそらく、スマホの向こうでニヤついている。



「ほらほらほーら。ちゃんと返事をしない子は、今すぐここで殺しちゃうぞ(・・・・・・)?」


 

 ドス黒い、その言葉の後に、その場の支配が解除される。

 ヴォルダは、それでも必死に言葉を吐き出した。



「悪いな、渡すつもりはねぇよ」

「ふん、じゃぁ____」


 

 ガリガリガリ、と地面が狂い抉られた。



「……あ、いや、殺さないでいいか。やってみてよ。その場合、結果がどう転ぶのか興味があるから。」




《行間》




 一方の話。


 流起友野は今日、学園側の指名で午前六時に東京を飛行機で飛び立っていた。

 福岡のイベントに行ってこい、とのことだ。

 

 同じ飛行機内には、同じ用事のNo2、No6、No8も乗り合わせていることだろう。

 


 この世界では、機内でもインターネットを使っていいらしい。

 飛行機の仕組みが、そもそも《セカンド》とは異なっているのだろうか。


 

 そう言うこともあって、今もかれは、親友とメッセージのやり取りをやめない。



『今、飛行機が大体、大阪のあたりを飛んでるわ。』

『おう、じゃぁもうすぐつくじゃねぇか。』



『いやいや、まだ半分なんですけど?』

『あ、そうか。海外飛んでるとその距離ってもうすぐに感じるんだよな。』


 

 親友の旅の感覚は、この五年でかなり、狂ってしまったらしい。

 いや、それもそうなるか、と友野は思う。


 実際、親友ほど海外へ出たことはない彼でも、あいつの移動距離半端ねぇしな、それに比べたら……、となってしまっているし。



『すまんな。俺が海外で活動する金をずっと貸してもらってて。』

 と、相手からメッセージが届く。



『いや、大丈夫だって。俺はそもそも、お金が有り余っているわけだし。』



 No1という肩書きがあるだけで、月に百万近いお金が手元に入ってくるのだから。



『お前、去年の年収いくらだったけ?。』

『確か、一千五百二万九千三百一円だったっけ?。それで、今手元に残っているのが、五百万ちょっとなはず。』

『おおう、高収入。』


 

 そういう親友の方の年収も九百万円を超していたと思う。

 しかもこれ、高校生だからって、本当の収入の一割なんだぜ?。

 信じられるか?。



『何って、税金で半分取られたのを引いてそれって、やっぱりえぐいよ。』

『いや、でもどんだけ金遣いを荒くしても、海外を飛び続けられるんだからありがたいだろ。』


『いや、マジでそれよ。』

『で、情報の方はどうなんだ?。』



『入ってきてはないなぁ。俺たちの目標の方については。』



 変な言い回しを使ってきたな、と友野は思った。

 情報が入ってきていないのならばそれだけでいいのに。

 

 と、思って思い出す。



『まさか、《禁忌目録(アカシックレコード)》に何か書かれていたのか?。』



『正解だ。とはいえ、そんなにはっきりとした情報ではなかったんだが……。それによると、五月十二日、つまり今日の東京で何かが起こる、ってことだけだ。』


『そうか、そこまで大きな被害が出るようなものじゃなければ、残った人間がどうにかするだろ。……それにもし、《禁忌目録(アカシックレコード)》にさらに枠が追加されたのだとしたら、こっちには《__》がある。』



『まぁ、それもそうか。《禁忌目録(アカシックレコード)》がもし更新されたのなら、速攻連絡する。』


 

 もしもこの時、流起友野が戻る、という選択をとっていたらどうなっていただろうか。

 


 少なくとも、これからのような被害は生まれることがなかっただろう。

 しかし、時間は巻き戻ることなければ、正しいことを伝えることもできない。



『まぁ、もしもこの選択が間違っていたとしても、俺は後悔しないよ。その場その場で、最善の策を作り上げる。』

『あぁ、そうだな。今はもうあいつはいないから。』



 この二人も、進と同類の人間だった。

 目的のためなら、多少の犠牲は許容できる、そんな人間だ。

 


 ただ、無条件に人が殺されるのを、黙って見ていることができない、というだけの。



 何かを失い、何かを求める。

 

 それこそ人間だと、まるで当たり前だ、というように。

 友野の青の双眸はくっきりと、狂気すらも閉じ込めていた。


 

 いったい、いつからだろう。

 いつから彼らの物語は始まって、そうして近づき始めたのだろう。


 そうやって個々の世界と世界が交差するとき、錬金術師の物語は加速する。


 

 取り返しのつかない、未来へと。

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