第九話 最高最大の誤算
「良かったのですか? せっかく手に入れた王位を継がなくて」
あの森の屋敷の庭園で今日も変わらずティータイムを嗜んでいると、レイティアにそう尋ねられた。
見れば「もしかして自分の為に欲しかったものを放棄したのではないか」とでも言いたげな瞳と丁度かち合う。
本心を隠さないまっすぐな瞳に、俺は「良いんだ別に」と本心から言う。
「俺の今の望みは、レイティアとの時間を邪魔されない事。王位など、むしろ最も邪魔なものじゃないか。仕事に追われてこんな時間も取れなくなってしまうんだぞ?」
「それで良いのか」と尋ねれば、口を尖らせた「……それは、ちょっと寂しいです」が返ってくる。
可愛い婚約者の反応に、クラードはもう頬を綻ばせずにはいられない。
「まぁ問題ない。後任はちゃんと一国を背負うに値するヤツを選任しているし、俺は定期的に結界に魔力を込めに行くだけで事足りるからな。お前との時間を犠牲にするような事にはならない」
そう言って、彼女の愛の証を指の腹で優しく撫でる。
結局王位を継承しなかったクラードは、しかし王位継承の象徴であるその指だけは頑として保持を譲らなかった。
一見すれば、それも渡して完全に義務を他に渡すのが楽なのだが、何と言ってもこの指輪はレイティアから貰い受けたものだ。
それを誰かの手に渡すなど、どうしてできるというのだろう。
「王位を譲り結界を維持する義務を負う代わりに、あちらには俺の周りには決して手出しをしないと誓わせた。今後誰よりも俺の近くにいるお前が害される事はない。王位関連も雑務に煩わされる事も無く、――まぁ魔力だけは定期的に注入しに行かねばならないが、それだけなら特に問題にするまでもない」
幸いにも、クラードの魔力もそれなりに多い。
注入して疲れるような事はあっても、足りないという事はない点は安心できる。
「まぁ全ては、レイティアという最大の誤算があったからこそだな」
思えば復讐を誓ったクラードがそれを完遂しない道を選んだことも、ウィルダムの思惑が叶わなかった事も、このような少し歪な国の役割分担が行われた事も、全てはレイティアに端を発している。
全ては彼女が誤算であり、彼女が全ての中心だった。
「その『最大の誤算』とやらは、クラード様にとっては些かご迷惑だったではないですか?」
試すような、揶揄うような口調でそう尋ねられた。
それに応戦するようにクラードはニヤリと笑みを浮かべる。
「そもそも俺にとってレイティアは『最大の誤算』などでは無い。もっと大きく素晴らしい……そう、『最高最大の誤算』だった」
そう告げて、彼女の手を優しく取った。
くすぐったそうに「ふふふっ」と笑うレイティアに、すぐ近くで紅茶の用意をするノースタスとお菓子を持ってやってくるマーク。
そんないつもの光景の中、新顔がたった一つだけ。
レイティアの左手の薬指にも、クラードがしているのとよく似た指輪がはめられていた。
この指輪は、実は今『王位を蹴ったクラードが、自身の持つ古代の遺跡に似せて最高の技師に作らせて贈った、永遠の愛を誓う指輪』として社交界で密かに噂になっているのだが、そのような世情の話など彼等はまるで眼中にない。
~~Fin.