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貿易商ジェフリー・リンドグレーン氏


お茶会当日。

秘書だという目上の男を伴って現れたリンドグレーン氏は、さっぱりとした黒髪に同色の瞳、背が高く逞しい体つきをした、事業家というよりは兵士のような雰囲気の男だった。

二重幅の狭い切れ長の目は、鋭い印象を受ける。


しかし喋ると饒舌で、狡猾な笑みをたたえ、貴族と遜色のない優雅な立ち居振舞いだった。

成金のブルジョワ特有だ。

貴族以上に金持ちであるが、身分がないために下に見られる屈辱。上昇志向の強い彼らはどうにか貴族と対等に見られようと、身分コンプレックスを克服しようと、我が子の教育に心血を注ぎ、二世は野心の塊で出来ている。


ジェフリー・リンドグレーン氏はそんな二世だ。

一代で財を築いた父親は、植民地でのさとうきび農園の経営で大成功を収めた『砂糖長者』だ。一つの島丸ごとを農園プランターにして、大勢の奴隷を住まわせて働かせ続けた。

リンドグレーン印の砂糖は今や我が国のみならず、全世界でシェアを誇る。

二世のジェフリー氏は植民地育ちではなく本土で高等教育を受け、父親の事業を継いだ。植民地にある大農園から届いた原糖を、さらに精製するための工場を本土に展開している。そこで上白糖にして商品化する工程と、卸し販売が主な事業だ。

副業として、その他様々な商品を輸出入して販売している。砂糖以外の事業も手広く展開中だ。であるからして、ざっくり言って『貿易商』と名乗っている。

砂糖長者の二世と呼ばれるのが嫌なのかもしれない。



「君と話してると、経済レポートの記者と対談してる気分になるよ。そんなに仕事の話、面白いかな。もっと俺自身にも興味を持ってほしいなぁ」


私があまりにも仕事の話ばかり聞きたがるため、四度目のデートでたまりかねたようにジェフが言った。

最初の茶会から一ヶ月だ。

私たちの交際は順調に進み、十ヶ月後に結婚することに決まった。

砂糖長者の二世、ジェフリー・リンドグレーン氏は私の婚約者だ。

最初こそ気取った立ち居振舞いをしていたジェフだが、縁談がまとまるとすぐに素を見せた。

自分のことは「俺」と言い、私には愛称でジェフと呼んでほしいと言った。

敬えない夫だと思えば敬わなくて良い、君に愛されるために努力すると真面目な顔をして言った。

私はそんなジェフにわりと好感を持った。


皇女様としてではなく、まるで妹を可愛がるような感じで、本物の二人の兄よりもよほど兄らしかった。

豪快で逞しく、ときにユーモアを交え、ときに真剣に、私を気遣ってくれた。

笑っていないと鋭く見える目は、笑うと糸のように細くなる。

私たちは良い家族になれそうな気がした。直感でそう感じた。


「だってジェフと結婚したら、私もお仕事を手伝うもの。今から色々知って勉強しておきたいのよ。当然の心がけでしょう?」


そう答えると、ジェフは細い目を丸くした。


「君が仕事を手伝うって?」

「ええ。何か問題が?」

「いやっ、ああ、じゃあそうだな……秘書に採用しよう。俺が全部教える」


意気揚々と言ったあと、ジェフは急に深刻な顔をして眉間を揉んだ。


「まずいな。楽しすぎて仕事になるかな。君に今より幻滅されても困るし」


「幻滅されるようなお仕事ぶりなんですか? それに聞き捨てなりませんけど、今より幻滅とは? 私が婚約者に幻滅していると?」


詰め寄るとジェフは胸が痛いような顔をした。


「金で皇女を買った。世間はそう噂しているし、事実だ。無理やり手に入れてすまない」


そのことは暗黙の了承というか、話題にしない方向でやり過ごしていたのに。こう真っ向から謝罪されては、向き合うしかないではないか。金で買われたという事実に。


「ありがたいお話でした。国の借金を助けてくださって本当に感謝しています。私にそれに見合う価値はないというのに。だから少しでも役に立って恩返ししたいの。仕事を覚えて、銅貨一つでも多く稼ぐわ」


「逞しいな」


ジェフが笑った。


「隣にいてくれるだけで十分だが、君の意気込みに敬意を表して、銅貨一つでも多く稼いでもらうとするよ」



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