第40章
男セイレーンが死んだ後、旗艦は錨を上げ、すぐに部隊の再編成を行う。
やはり無傷とはいかず、今回の戦いに参加した艦隊の半分以上は男セイレーンによって撃沈されていた。
ただ、ワーメントの命令内容が船の撃沈であったため、人的被害はそこまで致命的ではなく、半数以上の人間は無事だった船に助けれれていた。
なお、撃沈された戦艦の半分近くはあの時カチョウの命令を無視して逃げ出した船だった。
康大の読み通り、動けば男セイレーンも船の方を優先したようだ。
そして全ての作業を終え、メルセデスの港に帰った頃にはすでに夜の帳は完全に取り払われていた――。
朝日を受けながら帰還する満身創痍のアイチ艦隊を、港の人々が手を振って迎える。
それに対し、旗艦の船首に立っているカチョウが手を振って応えた。
そこで人々の歓声がさらに大きくなる。
カチョウの態度はそのまま勝利宣言と同様であった。
着岸と同時にカチョウは集まる人々を押し分け、今回の戦争に参加したアイチ首脳陣と共に会議に向かう。
おそらく話の中心はナゴヤに対する処分だろう。
カチョウも今回の件がワーメントの独断であることは分かっているはずだ。
だがそれを認めれば、アイチはやられ損ということになる。
特に今回の戦いで主力を務め、被害を最も受けたメルセデスは到底納得できない。
戦後交渉が実際の戦いと同程度に激化することは火を見るよりも明らかだ。
ただそれは、康大の役目ではない。
やれることはもう終わったのだ。
これ以上の内政干渉はアムゼンも望まないだろう。……望まないよな?
康大の洞察力でアムゼンの真意を読むことはまだ到底不可能だった。
その後に下船した兵士達も歓待を受け、最後に部外者の康大達が船を降りる。
いちおうちらほらと歓迎してくれる人もいたが、惰性でしているだけであり、康大達がどこの国の人間かも知らない。
本当に事情を知って待っていたのは2人だけだった。
「お疲れ様です!」
「ご無事で何よりです……」
エクレッドは興奮した様子で、ベルーガは心底安堵した表情で康大達を迎えた。
同じような美貌の持ち主かつ体力であるが、やはり男と女でその反応は違った。
康大はエクレッドの顔を見て言葉に詰まる。
なんだかんだ言っても、自分達は彼の父親を殺したのだ。
何と言っていいのか分からなかった。
「お前の父親は俺達が殺した。許されざる敵としてな」
康大の代わりにザルマが端的に事情を説明する。
憎まれ役を買って出てくれたのだ。
まるで今まで大して活躍できなかったことに対する償いのように。
エクレッドは表情を少し悲し気にしたが、口では何も言わなかった。
むしろ、隣のベルーガの方が悲痛な表情をしている。
「こうなることは――」やおらエクレッドは口を開いた。
「こうなることは皆さんが出港した時点で覚悟していました。父は私にとっては良い人間でしたが、それ以外の多くの人々にとっては許せない存在だったのですから。今更仇どうこうを言ったりはしません。そもそも戦いに参加できなかった僕には、その資格すらありません。だから今は皆さんが無事に戻ってきたことを喜びたいです」
『・・・・・・』
大人達はこの哀れな少年にかけてやる言葉が見つからなかった。
アイチとナゴヤの関係を考えれば、たとえ無関係でも過酷な未来が待っていることは分かっている。
ならばせめてエクレッドが責任を問われたとき、できる限りの弁護してやろうと、康大は心に決めた。
「それより、みなさん大変活躍されたんですよね! ぜひそのお話がお聞きしたいです!」
エクレッドは無理やり表情を作り、話を変える。
エクレッドの心情が分かっていた康大達は、全員がその涙ぐましい努力に乗った。
「今回もコータが活躍したな。婚約者として誇らしいぞ」
ハイアサースがその大きすぎる胸を張って答える。
面と向かって褒められると康大もこそばゆい。
ただ、"も"はさすがに持ち上げ過ぎかなと思った。
しかし、他の仲間達もそれに追随する。
「確かに今回は康大殿の独り舞台でしたな。まさか最後まで危険な湖に残っているとはおくびょ……もとい、慎重な康大殿とは思えぬ大胆不敵な振舞でござった」
「そうっスね。奇声を発して自分から男セイレーンの口の中に飛び込んでった時は、正直気でも狂ったかと思ったっス」
「・・・・・・」
実戦班2人の評価は康大にはあまり褒めているようには聞こえなかった。
――と同時に、自分の評価などこれぐらいでちょうどいいのかもとも思った。
「す、すごいですね。子爵様はあまり実戦向きの方とは思っていなかったのですが……」
「俺自身そう思ってる」
尊敬の目で見るエクレッドに少し困りながら康大は返した。
同じことをもう一度しろと言われたら、全力で逃げ切るつもりだ。
また、今回は珍しい人間……ではなくセイレーンからも褒められる。
「そうだな、今回の活躍で俺も考えを改めざるを得ない」
「お」
そう言ってデネボラは康大の肩をポンポンとたたく。
康大は異性というより、体育会系の部活の先輩と話しているような気がした。
「とりあえず今まで言った暴言は訂正しよう。すまなかった」
「いや、そう素直に言われると逆に何というか申し訳ないというか」
「ベルーガにも言われるが、俺は常に自分に正直だからな。どうしても口が悪くなってしまう」
そう言ってデネボラは笑った。
こうして見ると、やはり彼女もベルーガの姉だけあって美人だ。
何より胸も大きい。
ただそれを損なって余りあるバーバリアンとしての性質があったが。
デネボラが康大と親密に話していると、なぜかエクレッドが不機嫌そうな顔をする。
「べ、別に今は無理でも、いずれ僕も子爵様の様に立派に戦場に立つことはできます!」
「うーん、お前の場合軍人じゃなくて、商人として生きた方がいいんじゃないか。非力だけど人当たりはいいし頭も悪くないし」
「・・・・・・」
康大の正論に、エクレッドは頭を下げ少し不貞腐れながら俯く。
そんなエクレッドを見てベルーガは苦笑した。
あまり恋人に情けない姿を見せるのも悪いと思い、康大は一応フォローをしておく。
「ま、人には得手不得手があるからな。こういう事は俺やデネボラあたりに任せればいいさ」
「なんだ、口説いているのか?」
「お前がそういう冗談を言うのは意外だ。そうだな、今回世話にもなったしお茶でも誘おうか――」
「な、な、な、な、何を言ってるんですか!」
そう叫んだのは婚約者ではない。
ハイアサースはこの冗談じみたやり取りに、肩をすくめて呆れているだけだ。
あからさまに取り乱したのはエクレッドであった。
「こ、婚約者がいながら他の女性を口説くなど、破廉恥が過ぎます!」
「いや、別に本気で口説いてるわけじゃ……」
「で、デネボラもデネボラです! い、色目を使うなんて」
「・・・・・・」
唐突に矛先が自分に向かったデネボラは呆気にとられる。
怒鳴られた康大も、腹が立つより呆然とした。
そんな康大の横腹を、ひそかに近づいてきたベルーガが肘で小突く。
康大が反射的にそちらを向くと、
「(その、姉さんとエクレッドさんにはいろいろありますから)」
となんとも楽しそうな顔で囁かれた。
ここまで言われれば、さすがに恋愛に疎い康大でも真実が分かる。
つまり自分は勘違いしていたのだ。
その見た目から、てっきりベルーガとエクレッドが恋愛関係にあると思い込んでいた。
しかし事実は違った。
「エクレッドと付き合ってたのは、デネボラの方だったのか……」
あまりに意外過ぎて思わず声に出てしまった。
まさに美女と野獣ならぬ、美少年と雌野獣だ。
康大がそう言った瞬間、エクレッドの顔が真っ赤になる。
一方、デネボラの方は冷静で「そうだ」とすぐに肯定した。
この2人の関係に、一部を除き皆驚く。
「まさかでねぼら殿と小僧が付き合っていたとは……」
「これ夜の方どうなるんスかね!?」
「下品すぎるぞ! でもまあ正直びっくらこいたべ……」
「確かに大格差はすさまじいが、それを言ったら私とケイア卿の関係も人に誇れなくなるな……」
「貴様なんぞと関係があってたまるか!」
「ありがとうございます!」
最後のどうでもいいやり取りで、ザルマは湖に蹴り落とされる。
「ていうか自分は最初から知ってたっすけどね。自分以外気付いている人がいなかったのが意外っす」
その一部だけは平然とそう言った。
「マジかよ!?」
「マジっす。坊やの彼女を見る目は明らかにそれでしたよ。まあ体格差はとんでもないっすけど、そういう偏見をなくせばわかりやすかったっす。自分はチェリー殿下の下でそういう話とか修羅場を滅茶苦茶体験したんで、この中でも一番目敏いかもしれないっすね」
「お前もお前で意外過ぎるな……」
知ったつもりになっていた人間達の意外な一面に康大は驚く。
「と、と、とにかく! これから子爵様達はすぐに都に向かいますか!? そうなら僕もお付き合いしますが!」
「あ、ああ、そうだな」
康大はそこで本来の任務を思い出し、ついでにエクレッドからもらったネックレスを返す。
「これは……」
「もらったやつだけどやっぱり返す。お前がいてくれたら十分だしな。ていうかそういう重いバックボーンがあるものもらうと、むしろこっちがつらい」
「でも――」
「もらっとけ。子爵閣下の命令だ」
「……分かりました」
康大に命令され、エクレッドは不承不承ネックレスを受け取る。
ただもらった後の表情は、安堵しているように見えた。
「で、出発だけど、俺は休む。今死ぬほどきつい。安心したら頭おかしくなるぐらい眠くなった。ぶっちゃけ今こうして立ってるだけでも辛い。というわけであとはまかせたみなさんおやすみなさい」
そう言うと康大はその場に頽れ、石畳の上だというのに本当に寝息を立て始めた。
呆気にとられる一同。
やがて婚約者が溜息を吐きながら、康大をおぶる。
「ま、私も今回はあまり役に立てなかったからな。最後ぐらいはわがままも聞いてやるさ」
そう言って、楽しそうに笑うのだった……。




