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第11章

「実は僕はとある有力な商人の息子なんです!」

 全員が馬車に戻ると同時に、エクレアはそう言った。

 その場で思いついた出まかせ……という風ではない。

 この少年は一本気で、嘘がつけるタイプではない。何よりちょっとした仕草から見られる育ちの良さと、その身なりが彼の話が真実であることを如実に語っていた。


「まあそんな気はしていたがな」

 ハイアサースがうんうんと頷き、干し肉を噛みながら言う。

 この2人は見た目は似ていても、育ちは大分違った。


「それで僕が口を利けば、皆さんも都に行けるかもしれません!」

『・・・・・・』

 康大とザルマは顔を見合わせる。

 エクレアの話を信じてもいいものか、と。

 たとえ本人にその気があっても、エクレアにそこまでの力がない可能性がある。誰がどう見ても世間知らずのおぼっちゃまなのだ。


 しかし、そうと分かっていながら康大はザルマに頷いた。

 現状他に良い手段も思い浮かばないのだから、しようがない。

 北の関所に行ったところで通れる保証もないのだ。


「分かった。お前の力を頼りたい」

「そう言ってくれると思っていました! でも条件があります」

「だろうね」

 康大は苦笑する。

 今までの話の流れから、完全に善意でしてくれるとは思っていなかった。

 そしてその条件も、大方想像がついた。


「僕にはグラナダ湖の怪物がセイレーンだとは到底思えません。そこで皆さんにはそれがセイレーンでないことの証拠を見つけてほしいのです!」

「2つ問題がある」

 エクレアの条件を完璧に予想していた康大は、事前に用意していた質問をすぐに言った。


「なんでしょうか?」

「まず1つ目。それが本当にセイレーンの仕業だったらどうするんだ?」

「だからそれは――」

「完全にないとは言い切れない。むしろあらゆる状況証拠はセイレーンの犯行だと言っている。お前は自分の思ってたことと違う調査結果が出ても、それを受け入れることはできるのか? いや、その覚悟はあるのか?」

「・・・・・・」

 エクレアは黙り込む。

 絶対に別の犯人にがいると信じ込んでいるようだが、現実はそう甘くはない。

 濡れ衣だと信じていた相手が、やはり犯人だったというケースは珍しくもないのだ。

 そこに思いが至らないあたり、やはりまだ子供だ。

 少しだけ年上の康大にはそう思えた。


「もし万が一――」

 しばらくしてエクレアは口を開く。


「――もし万が一セイレーンが人を殺している場面に遭遇したら、僕も受け入れます」

「つまり条件を満たすことになるんだな?」

「……はい」

 エクレアはその流れるような金髪を垂らしながら、不承不承頷いた。

 真面目な少年であるため、一度約束すれば破ることもないだろう。

 契約書はなくとも言質が取れればそれで十分だ。


「それじゃあ2つ目。こっちは根本的な問題だ。どうやってグラナダ湖に行く?」

「あ」

 その点に関して、エクレアは全く考えていないようだった。

 「えーと」と言いながら、あらぬ方向を見ている。


 康大は苦笑する。

 やはり勢いだけで生きているようだ。

 現実セカイにいた頃の康大は、慎重というより憶病で、やりたいことでもリスクが少しでもあれば諦めていた。エクレアの様に純粋に目的のために動ける人間はむしろうらやましい。

 そういう点ではハイアサースとエクレアはよく似ていた。


「おそれながら康大殿。その方法はすでに康太殿の中にあるのではないですかな? むしろ()()()の存在を忘れるなど、康大殿らしくないでござる」

 圭阿が()()()()()の事を指摘する。

 もちろん圭阿の言うとおり、康大も気づいてはいた。

 気づいていたからこそ、その問題にも気づいたのである。


「ああ、確かに元湖族の連中を使えば、グラナダ湖にはいけるだろう。ただ問題は、アイツらが首を縦に振る可能性がかぎりなく低いことだ。これが俺が言いたかった本当の問題。せめて何か()()()がなくちゃ、あいつらは動かないだろうな」

「うまみとは?」

「金」

 康大はエクレアの質問に即答する。

 古今東西、次元を問わず、人を動かすものは常に金だ。

 それなくして、セカイは回らない。


「お金ですか……、とりあえず手持ちはありますが」

 エクレアは懐にしまっていた革袋を康大に渡す。

 中を開くと、そこには金貨が20枚ほど入っていた。

 ハイアサースあたりは「この坊主っここんなに持ってたんだべか!?」と吃驚していたが、康大はうーんと眉間にしわを寄せる。


「湖族の相場は分からないけど、あの人数がこの程度の金で動くかね」

「まあ動かせて数人でござろうな。何せ命がけでござる。あ奴らもできることなら二度と戻りたくはないでござろう」

 圭阿は冷徹に人間の命を金貨に換算する。

 また、他の問題点も指摘した。


「そもそも、戦力としても不十分でござる。あ奴らだけでどうにかできる相手なら、そもそも逃げる必要などなかったでござろう。拙者も陸なら後れを取らぬ自信はありますが、水の中となると保証はできませなんだ」

「まあそれもまた問題だよな」

 康大はそう言いながら金貨をエクレアに返す。

 使うかどうかわからない物をもらってもしようがない。


「しかし案ずるより産むがやすしという。どうだコータ、とりあえず湖族の連中に会いに行ってみては」

「ま、それもそうなんだよな」

 ハイアサースの提案は行き当たりばったりだが、否定する理由もなかった。


「ザルマとリアンも反論はないか?」

「方針に関してはお前に任せる。最終的に都に入れればそれでいい」

「そうっすね。自分も学術的にグラナダ湖の怪物には興味があるっす」

「じゃまあそういことで」

「あ、ありがとうございます!」

 エクレアが素晴らし勢いかつかなりの角度で頭を下げる。


 こうして方針は決まり、康大達は馬車で元来た道を戻ることになった。

 ただし時間も遅く、夜の森林道を進むのは危険だという結論に至り、一泊して翌日出発することになった。


 いちおう即席の宿泊施設はあったが、あまりにお粗末でそれなら馬車に泊まった方がマシだという結論に至り、斥候に出た圭阿を除いて全員で台車で一晩過ごすことになった。

 台車は国賓が使う物だけあって大きく豪華な内装が施され、中には小さなベッドまであるが、さすがに5人が寝るには小さすぎた。


 そこで最年少かつ一番華奢なエクレアがベッドで寝、他は椅子に座ったまま寝るという結論に至ったのだが。



「それでは申し訳が立ちません! 僕は野宿する覚悟です!」


 本人が無駄に強い口調で遠慮した。

 そのため、ハイアサースとリアンの女性陣がベッドで寝、エクレアを含む男性陣が椅子で寝ることになった。


 疲れていたのか、エクレアは椅子に座った瞬間すぐに安らかな寝息を立て始める。

 ザルマもこういう経験に慣れているのか、微かな寝息が聞こえてきた。


 唯一康大だけが寝られなかった。

 別に椅子の感触が堅かったり、無理な態勢だったからではない。


「すー……」


「・・・・・・」


「すー……」


「・・・・・・」


「すー……」


「・・・・・・(助けて)」


 自分の肩に顔を預け、その長いまつげを微かに揺らめかせながら、天使のような寝顔をしているエクレアによって、開けてはならない扉をこじ開けられそうになったのである。


 康大は当然同性愛者ではなく、ショタコンの趣味もない。物心ついてから筋金入りのおっぱい星人だ。

 ただそんな康太を惑わすほど、エクレアのあどけない美貌には恐るべき魔力があった。


(このままではいかん!)


 康大は自分を奮い立たせ、豪快な寝相で寝ているハイアサースの胸を思いきりつかむ。


「よし」

「よしじゃねえべ!」

 さすがに起きたハイアサースに思い切り殴り飛ばされたが、最低限異常性欲者のレッテルだけは回避できた……。

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