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第12章

 翌日、大人……と呼ぶにはやはりまだ幼い青年達がそんな馬鹿げた争いをしているとはつゆ知らず、エクレアは気持ちよく目覚め、ハイアサースに殴られ気絶するように眠った康大も目を覚ます。


 また、その頃には斥候に出ていた圭阿も戻ってきていた。

 ただし、今回も彼女は1人ではなく、もう1人の人間を伴っての帰還であった。


 そのもう1人は康大も顔を知っている人間であり、予想外……とも冷静に考えればいて不思議ではない人間とも言えた。



「お久しぶりっス」

 そう言ったのは当然リアンではない。


「あれ、ダイランドもこっちに来てたんだ」

 元海賊の頭目にして、現在フォックスバードの奴隷、筋骨隆々の成金蛮族ダイランドその人であった。

 小動物のような外見で中身も小動物に近いエクレアは当然怯えていたが、リアンは「でかいハゲがいるな」程度の反応しか見られなかった。口調的に通じるものでもあるのだろうか。


「ういっス。グラナダ湖の連中に頼まれたのと師匠の指示でこっちまで来てたっス。そこでケイアさんとばったり会って、じゃあせっかくだからってこっちまできたっスよ」

「フォックスバードさんの……」


 あの食えない大魔術師が、ただタイランドに対する嫌がらせだけで、彼をこんなな所までよこしたとは思えない。

 何か、グラナダ湖の事件に感じるところがあったのだろう。

 ……まあ多少は嫌がらせ的な意味もあったかもしれないが。


「何というかつくづく縁があるでござるなあ」

「私も海賊とこんなに縁が続くとは思わなかったぞ」

「もう海賊は廃業したんスけどね……」

 女性陣2人の言葉に、ダイランドは苦笑しながら答える。


「というか、ケイアさんからざっと話は聞いてたんスけど、また無茶をするらしいじゃないっスか」

「俺的には平和的に終わらせたいんだけどね」

 今度は康大が苦笑する。

 どうもこの元海賊といると、より血なまぐさい事態に発展するように思えてならない。


「ていうかダイランドの方も湖族に頼まれたって」

「あー、まああいつらもいつまでも山賊まがいの事続けられねえって思ってるみたいっス。山賊稼業に関しては周辺諸侯の許可も取ってないんで、このままじゃいずれ討伐されるだろうって。で、グラナダ湖の化け物をどうにかしてほしいって泣きついてきたわけっス。いやあ、これってタイミングバッチリじゃないっスか」

「喜んでいいのか悪いのか」

 はは、と康大は再び苦笑した。

 ここまでお膳立てされれば、今更「やっぱり危険そうだからやめます」とは言いづらい。

 退路は徐々に断たれつつあった。


「ということは、グラナダ湖に行く船はダイランドが用意してくれるわけだな」

 断るどころか、勝手に段取りさえ決めるハイアサース。

 もはや断る断らないの段階は、康大の知らない間に終わっていたらしい。


「そうっスね。こっから川を上ってそのまま行くことになるっス。ただ急造の小舟しか使えないっスから、モンスターの相手しなけりゃなんねえのは面倒っスね」

「モンスター……そういえば」

 海賊との一件以来馬車で移動することが多かったが、実際に襲われたことはなかった。

 だからといってモンスターがいなかったわけではなく、車窓からスライム的なモンスターや、野獣系のモンスターをよく見かけた。

 自分とハイアサースは仲間だと思われていても、ザルマや圭阿は違う。明らかに不自然だった。


「あのさ、なんで馬車乗ってる時ってモンスターに襲われないんだ?」

 康大の言葉に、皆呆然とした。

 今まで自分達がその問題に気づかなかったことに、驚いているわけではない。


 そんなことすら知らないのかと、呆れていたのだ。


 エクレアでさえ、信じられないような眼で康大を見ている。


「あー、そういえば子爵の()()の事すっかり忘れてたっす。こんな当たり前のこと知らなくても、おかしくはないんっすよね」

 リアンが同情するように言った。

 いちおう康大の出自を濁すあたり、彼女なりに状況は弁えているのだろう。


 そして、同じような口調でも最後の"す"の発音が、康大にはダイランドとリアンで微妙に違う気がした。

 これもフォックスバードの翻訳魔法のすごさなのか。

 リアンに半ば馬鹿にされたことより、康大はそちらの方が気になった。


「一般庶民が使うような乗合馬車にも、普通は魔物除けの魔法がかかってるものっす。子爵が乗ってる今の馬車は、貴族用の強力な、魔物の方から離れていくようなのがかかってるっす。だから魔物と会わなくて当然なんすよ」

「なるほど。でも船のときは普通にいたけど」

「そりゃたいてい文字っすから、水には弱いっすよ。まあ戦艦ぐらいの大きさになると、向こうが怖がって近づかないっすけど」

「そういう事だったのか……。そういえばここ最近ずっと晴れてるな」

 浮かんだ疑問は即解決された。

 森を徒歩で歩ていた時は、圭阿やコルセリアあたりが気配を察知し、遭遇しないようにルートを決めてくれていたが、隠れようのない馬車でも遭わないのにはそんな理由があったとは。


「まあ今回の小舟じゃ川を上りきるまで戦いどおっしスけどね」

「うーん」

「あの」

 今まで話を聞く一方だったエクレアが、不意に発言の許可を求める。

 ダイランドは場違いな美少年に不審な視線を送ったが、本人にはそれが脅しのように見え、すぐにハイアサースの陰に隠れた。


 それでも、言うべきことは言う。


「つまり皆さんは、山賊ではなく海賊だったんですね……」


 ただ、あまり緊急でも必要なことでもなかったが。


「まあ、当たらずとも遠からずってとこっスね」

「いやこれっぽっちも当たってねえよ」

 康大が反射的にダイランドの禿げ頭を叩く。

 現実セカイではヤクザの頭を叩くような行為で絶対にできなかったが、だんだんこのセカイの空気に毒されてきた。

 そこに、ゾンビ的な腕力も加算されたため、ダイランドは前面から思い切り地面に倒れる。


 その光景を後からやってきた湖族達が見て、一様にゾっとした。

 康大の耳に、「あの血まみれタコ坊主を一撃で……」、「誰だよ、あの見た目だしどうせ噂だけだろと言ってた命知らずの大馬鹿野郎は」、「怪物(モンスター)……」といったつぶやきが聞こえてきたが、全部無視した。


「一応これでもこいつはフジノミヤの子爵なんだがな。威厳が絶望的に足りてないことは、この場にいる全員が思っている事だが」

「てっきり山賊にも爵位があるのかと……」

 ザルマのフォローはエクレアにはあまり意味がないようであった。


 結局エクレアの中で"フジノミヤの海賊の子爵"という意味不明な立場が与えられたまま、一行はグラナダ湖へと進路を向けることになった……。

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