第19話 魔王さま、悩む。
朝が来る。今日からリースに精霊の力を教えることになる。昨日の実験で精霊は魔力に反応することはわかっている。しかし精霊の力を使うのは私ではない。リースが魔力を持っているのか知る必要がある。
「リース。尋ねるが、魔力はあるか?」
「まりょく?魔法を使うのに必要なやつよね?わからないわ!そんなもの測れないもの!」
魔力の測定は不可能なのか。私の世界では生まれてきた時から魔力を持っており、生活に魔法を使うのは当たり前だった。今思えばそんな世界だったからだろう、魔力測定器というものが存在した。もっともこれは裏設定であり、歴代最高値を叩き出したのが私を殺す勇者なのだ。
しかしこの世界には魔法がない。否、存在するが使える方が差別の対象となる。であれば測定器がないのは道理か。
「いいか、リース。今から私の魔力をその体に流す。とりあえずその感覚を覚えろ。意味はわからなくていい。」
「私はどうすればいいの?」
「両手を出せ。」
「ん!」
いうや否やリースが両手を出す。言ったのは私だが少々純粋過ぎやしないだろうか?
信用しきっているな。私が裏切るなど、考えてもいない顔をしている。おお、目がキラキラと……。
おっと、女性の手を握ることになるが問題はないだろうか?
「……握るがいいか?」
「ダリヤならいいわよ!」
私なら、か。ありがたいことなのだろうな。私には特にそういう欲望はない。ここにきて初めて、そのことに感謝した。いくら私が強いとはいえ、恩人と約束に嫌われるようなことはしたくない。
あまりリースを待たせるのも悪いと思い、差し出された両手をそっと握る。
「いくぞ、リース。」
「準備はできてるわ!」
触れている部分を通じて魔力を流す。私にとっては血液が全身に回ることと同じくらい当たり前のことだ。少し意識して他人に分け与えるイメージを持てばそれでいい。
魔力を右手から送り、左手で受け取る。うまく流れていると思うが、どうだろうか。
「ほわあぁ…。」
「何か幸せそうな顔をしているところ悪いが、これが魔力だ。わかっただろうか。」
「一応わかったわ!あたたかくて、何かわからないものが魔力なのね!」
……リース?それはわかっているのか?
む、精霊の声か。
『何やったの?あんた。私の体に力が溢れてくるのだけれど。』
『リースの体に魔力を流した。昨日風の精霊の力を何度か感じなかったか?魔力が関係していると思ってな。正解だろう?』
『ああ、昨日の強大な力はあんただったのね。それで、これからどうやって私の力を引き出すわけ?』
そこだ。私は別に精霊持ちではないため、近くにいる精霊の力を借りた。
前にも言っていたがリースの中にいる精霊が力を発揮すれば体内で発動し、リースが傷つくことになる。
もちろんそれを考えない私ではないわけだが。
「いったん外に出るぞ、リース。」
「外?なんで?」
「家を傷つけるわけにはいかないだろう?」
「ああ!そうね!」
外の木ならば傷つけても問題はない。倒れた木は薪にでもすればいい。
「リース。お前は精霊だ。お前はお前の体の中にいる精霊だ。精霊の力はお前の力だ。精霊、何ができる?」
『大抵のことはできるわよ。水も風も火も出し放題。』
「なら水だ。リース、どういう考えでもいい。あの木に水を出してみろ。」
「私は、精霊……。精霊の力は、私の力……。水ね!えいっ!」
振りかぶり、指先を木に向ける。そこからはちょろちょろと水が出ている。木に当たっているわけではないが、それは確かに人智を超えた力だった。
『呆れた。強引すぎるでしょ。そんな方法で力を引き出すなんて。』
『言っておくが、私は別に何もしていない。ちょっと教えただけだ。それにああ言い切ったが、確証があったわけでもない。この結果はリースとお前の力の結晶だ。』
「ダリヤ!水が!水が出てるわ!どうやって止めるのかしら!」
焦りに焦っている。無理もない。はたから見たら魔法のようなものなのだ。
「カハハ!焦るな、リース。精霊の力は?」
「私の力!自分で止めるのね!」
リースがりきむと水は止まった。
なかなか時間はかかったが、精霊との約束は守ったと言っていいだろう。鍛えていけば自衛できるようになるはずだ。そうなれば王との約束も自ずと果たされよう。それまでは私が守る。
まあ、魔力の問題を解決せねば先へは進めぬがな。
「疲れはしていないか?」
「ぜ、全然疲れてないわ!」
「嘘はよくないぞ。汗だくだ。それに肩が上下している。今日は休め。それと、できる限り私たち以外の前で力を使うなよ。使っていいのは襲われた時だけだ。」
精霊の力を使うのも一筋縄ではいかないらしい。私は感覚だけは魔法で知っているから特に疲労は感じなかったのだろう。
リースはこれから頑張っていけばいい。
「それなら部屋で寝ておくわ。」
「そうしておけ。」
私は笑いながら、家に入るリースを見送った。
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午後からはザニールの稽古になる。とはいえもう教えることは特にないのだが。
「今日も頼むぜ!ダリヤ!」
「それはいいがザニール、教えることが特になくなった。何かやりたいことはないか?」
「やりたいことかあ。んーーー。あーーー。そうだ!魔法使ってみてくれよ!魔法使ったお前と戦ってみたい!」
「どうなるかわからんぞ?それでもいいなら使おう。」
「ああ!頼むぜ!」
「……いいだろう。魔力開放!」
簡易版の魔力全開放と言ったところだ。あちらはすべての魔力と引き換えに一度だけ身体強化する技だが、こちらは時流制御のように魔力をだんだん使いながら長い間身体強化する技だ。
一撃にすべてを込める必要がないならこちらの方がいい。
「では行くぞ。」
地を蹴り、ザニールとの距離を詰める。
「はやっ!」
左下段から逆袈裟で斬る。ザニールは……。反応しきれていないか…!
しかしここまで加速してしまえば止められない…。
「痛っ!」
刃を潰していなければ痛いでは済まなかったな……。
「すまない!回復する、少し待て。」
「い、いいよ。俺が頼んだことだからさ!」
「それでは私の気が晴れん。それに女性の肌だ。傷があるのも嫌だろう。」
ザニールに回復をかける。やはり魔法など使うべきでなかったのだ!こうなることはわかっていたはず。いいと言われても断ればよかっただろう!
「……今日はここまでだ。休め。いや、休んでくれ。私は外にいる。」
「……。わかった。」
ザニールが家に戻る。やってくるのは後悔の念ばかり。
……私は何をやっているのだ。
そもそも私は魔王だぞ?このようなことをして何になる?彼女らに殺されたいのか?なぜシェリルを連れている?なぜリースを守る?なぜザニールに剣を教える?私がそれをする必要はないはずだ。
いや、シェリルは恩人だ。リースは約束だ。ザニールは今だけでも弟子ではないか。しかし……。しかし私にそんな資格はあるのか?現にこうしてザニールを傷つけた。誰が何と言おうと、私は魔王だ。それが揺らぐことはない。
思考がまとまらない。頭の中が混濁する感覚に陥る。足が震える。動悸が激しくなる。クリスタルソードを取り落とす。そのうち立っていられなくなり、地に膝をつく。木々に塞がれた天を仰ぐ。
「私は……。私、は……。」
このような感情は生まれて初めてだ。
なんなのだ、これは?
ああ、消えてしまいたい。
この世界になど、来なければ……。
「……リヤ……ん……ダリ……さん。」
ふと、声が聞こえた。
この声は…?聞き覚えがある…ような…。
肩を揺さぶられている感覚もある。
「ダリヤさん!しっかりしてください!」
「シェリル……か?」
「そうです!私です!シェリルです!シェリル・ミア・トートです!」
「そう叫ばずとも聞こえている。どうした?」
両足で大地を踏みしめ立ち、すぐに取り繕う。シェリルに情けないところなど……見られたくはない。
「どうしたはこっちのセリフです!ザニールさんから話は聞きました!」
そうか、今あったことを話したから来たのか。私は……何を言われるのだろうか?
シェリルに責められたとして……この世界で前向きに生きていける気はしない。
しかしその先に続く言葉は、私の予想を裏切った。
「ザニールさんがいいって言ってるんです!自分を許してあげてくださいよ!ダリヤさん!」
「だが!私は取り返しのつかないことを……!」
「本当にそうですか?傷は残っていませんでした。回復させたのでしょう?それに…それにザニールさんはむしろ張り切っていましたよ?あれを超えるんだ!って。本当に、本当に取り返しはつかないんですか?私の話を聞いて、まだ取り返しがつかないと思いますか?」
「人の内面まで分かったものではないだろう!?トラウマになることも……あるのではないか……?」
「私の言葉とザニールさんの言葉は、信用できませんか?」
「っ!?」
私はきっと、これまで誰にも見せたことがないような、いや、それどころではない。自分の記憶にすらない顔をしていたと思う。
シェリルとザニールの言葉に信用がない?そんなわけがない。だが……。いや、そう考えるのは2人を信用していないということになる、か。
「最初に言ったでしょう?ダリヤさんは私の道しるべなんです。私たちを信用しているのなら、しっかりしてください。」
「……そこまで言われて、立ち直らないわけにはいかないな。」
もう一度天を仰ぐ。木々に塞がれているとはいえ、隙間から陽は注いでいる。
私は、愚かで、何も知らぬ…馬鹿だった。
「ありがとう、シェリル。」
「お礼を言われるようなことではありませんが……。はい!どういたしまして、です!」
やはりシェリルは私の恩人だ。これからも、それはきっと変わらないのだろう。
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「ザニール、さっきはすまなかった。」
「え?いいってば。さっきも言ったけど俺が頼んだことだし。」
家に入り、いきなり頭を下げる私に対し、6本の腕をわたわたと動かしながら笑うザニール。
「いや、これを言わなければ私が先に進めない。だから言わせてもらった。」
頭をあげる。我ながら自分勝手なことを言っているのはわかっている。しかし言わずにはいられないのだ。
「あんまり謝られるといい加減殴りたくなってくるぞ?」
「殴られたくはないな。もう謝らないさ。ザニールのことは信用している。そんなザニールの言葉を信用できないほど落ちぶれてはいないからな。」
「ふーん。それで?明日はどうすんだ?」
「ザニールがやりたいならやろう。ただし、魔法は先に一度見せることにする。試合で使うかどうかは私の勝手だが、威力を見て使ってほしくないなら言え。その時は使わずにいよう。」
「わかった!それでいいぜ!それならある程度覚悟できるし、それに傷ついたら治してくれるだろ?」
全く強かなやつだ。勿論それくらいのことはするつもりだがな。
「よし、では決まりだ。明日からは魔法を絡めて稽古することにしよう。」
「頼むぜ!ダリヤ!」
ザニールとの仲が戻ったようでとても嬉しく思う。私に気のおける者などできないと思っていたものだが……。どうやらそんなことはないらしい。
思えばここに来て、知人がよく増えるようになった。
最初に会ったのがシェリルだったからかもしれんな……。
「仲直りはできましたか?じゃあおやつにしましょう。といっても生えてる果物をザニールさんに採ってきてもらっただけですが。」
そう考えているとシェリルが台所から顔を出した。噂をすれば影がさす、とはこのことか。脳内で考えただけではあるがな。
『精霊、リースはまだ寝ているか?』
『ええ、ぐっすり。何かあった?』
『果物がある。寝ているならリースの分は残しておくぞ。』
『起きたら食べるでしょ。そっとしておいてあげて。』
『わかった。』
森に来て随分とゆっくり過ごしている。このままここにいても……。いや、私は帰らねばならんのか……。それに時折忘れるが私たちは隠れて過ごしている身、ばれる前に森から離れねばならないのだ。
「どうした?ダリヤ?美味いぞ?」
「ああ、頂こう。」
森にいる今だけでも、ずっとこうしてゆっくり過ごして……。
「RAAAAAAAAAAAAaaaaaa!!!」
その時、甲高い何かが聞こえた。空気の振動を必要としていないような、それでいて物理的な音だ。
「この音は!?」
「来やがったなァ……!」
瞬間、ザニールの顔が憎悪に歪む。
なるほど、では今の声が……。
「魔王ォ!」
ザニールが剣を持ち、家から出ようとする。
「待て!ザニール!」
「止めるのか!?いくらダリヤでもこれだけは聞けねえぞ!」
「違う!一人で行く気かと聞きたいだけだ!」
「ああ!?どういうことだよ!」
額に青筋を浮かべて振り返るザニール。この一瞬で顔が大きく歪むほど、恨みを抱いていることがわかる。
「私も行こう。それとも、私のことは信用ならんか?」
「へっ!意趣返しかよ!ヤツは俺が殺すからな!」
「承知している。できる限りアシストしよう。」
「頼むぜ、ダリヤァ!」
しかし、この世界で平穏な暮らしなど長くは続かない。
その時が、来たのだった。
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